蒼き流れの中で

白い黒猫

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七章 ~何かの予兆~ キンバリーの世界

地獄の光景

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 罪を犯した者が恐怖の中逃げ惑い捕まり生きたまま喰われ堕ちていく。その光景はマグダレンが昔見た宗教画の絵そのものであった。
 黒い髪の神儀長は、あまりにも悍ましい光景に拳を小さく震わせていた。パラディンとして生きていたからだろう、慄きながらも毅然とした顔で、状況を必死に判断し対応を考えているようだ。
 牢獄という閉鎖された環境に多数の人間がいる空間だっただけに、その感染の拡がりは爆発的に早かったようだ 。外部に通じる鉄格子の扉を揺らし看守に助けを求めるものの、開かれるわけもなく迫りくる腐人に襲われ堕ちていく罪人たち。
「あらら、結構な状況に。
 さてと、どこから手をつけるべきか……」
 イサールのノンビリとした声が隣から聞こえる。全員が腐化していたなら、一斉に牢獄ごと焼けば済むのだろう。鍵をもっていた看守や、倒れている看守から鍵を奪った囚人が牢に逃げ込み鍵をかけ立て込もって助けを待っている事もあり、面倒でも地道に倒していくしかないようだ。
 マグダレンは神儀長とは別の意味で行動を悩んでいた。この状況を一番平和に安全に解決するのは、マグダレンのサークレットもしくは、イサールの装飾品にもついている印章に込められたルークスの力をこの牢獄内に放てば腐人の動きを止める事が出来る。いやイサールの言葉を信頼するならば彼がもつルークスの力で一瞬で一掃する事も可能なはずである。しかしルークスはこちらの世界においては幻の能力。下手にその存在をみせてしまったら、ますますマグダレン達はややこしい立場に立たされる。
《イサール、余計な事はするなよ》
 イサールはマグダレンに視線を向けフッと笑う。
《……ところで結界石とやらを今持っていますか?》
 マグダレンは、冷静な瞳でこちらをジッと見詰めるイサールの表情に一瞬ドキリとする。
《ああ、まさかお前も同じ事を考えるとはな。材料の聖隷石はいくつか持っているので作る事は出来る》
 思ったよりもイサールは賢かったようだ。この一緒にいた時間で、この世界においての己の立ち位置というのをしっかり学んできている。
《一番それが自然でしょうから。それはどの程度範囲を限定出来るのですか?》
 結界石の存在は誰もが知っていて、その技法も巫ならば大体理解はしている。しかしイサールがその存在を知っているのにマグダレンは違和感を覚える。
《条件によっていかようにも調整出来る。路銀を稼ぐ為に旅人用のサイズを多く持ってきたから丁度良いかもしれない》
 あまり余計な技術を伝えたくないので、マグダレンは簡単に答える。
 心話によって二人の意見のすり合わせが終了する。
「猊下 、いかがいたしましょうか?」
 黒い髪の神儀長にマグダレンは声をかける。あくまでもここを今仕切っているのは彼である。彼を無視して事を進めるわけにはいかない。
「まずは、生存者の救出を第一にいくしかないですね。ただし、そこまで行くためにも、手前から切り開いていくしかない」
 知的な雰囲気の男だが、顔に似合わず武闘派で戦術といった事は得意ではないようである。そもそも腐人のような知性のない魔物と戦うのにそこまで複雑な戦術なんて必要がなかったからかもしれない。
「それでは、向かっていく内に被害は増えるだけですよ。それよりも生存者にとって安全な空間を先に作るべきでしょう」
 イサールが静かにそう切り出していく。
「しかし、どうやって……」
  戸惑うようにそんな言葉を返す神儀長にイサールは柔らかい笑みを返す。
「マグダレン様に退魔結界石を作って頂き、退魔結界で守られた空間を作ります。その上でコチラの入り口から結界で守られた道を作成します。コチラの結界方面に逃げてきた者がいれば保護すれば良いし、腐人は結界から逃げる。堕ちた者と無事な者の選別も自動で行われる。我々は結界からハジかれた者だけを討てばいい」
 マグダレンは結界石を作成しながら、牢獄内に気を放ち探る。生存者が隠れている場所は十四箇所あった。皮肉なもので彼らの自由を奪っていた堅強な牢が今は彼らを守っていた。そこらにいるのは馬鹿な行動さえしなければ助かるだろう。問題は腐人に囲まれた者たちである。
「この中央エリアに結界を作りましょう。食堂の排気口にいる人間は、そのまま我慢してもらいますか、若干厄介な位置にいるのであそこで隠れ続けてもらうしかないですね」
 作られた結界石をパラディンに手渡し、地図を見ながらイサールが場所を示し指示を与えていっている。神儀長は火の巫なのだろう、ここまで腐の気に満ちた中で正確に生存者の場所を特定することができないようで素直に頷いている。彼が自己顕示欲が強く、自分の職務を侵害される事に怒りを覚えるタイプでなくて良かったとマグダレンは思う。


 中央広場の天井に向かって結界石のついた矢が放たれる。そうして広場を中心にした結界が作成される。 
「無事な者は今貼った結界へ向かえ! そこで倒れているものには一切触れず待機してろ! 隠れている者はそのまま待機していろ! 今から助けにいく!」
 神儀長の声が牢の中に響く。
 腐人の動きが結界石に反応する。結界内にはまった腐人は石の力で動きを止める。結界から逃れた腐人は狩りどころでなく結界を背に離れていき、そして生存者だけが広場へ向かって走り出す。イサールの言う通り非常に分りやすい図式である。
 ジッと牢獄内を見詰めるイサールの表情を観察しながらマグダレンは考える。マグダレンは、イサールという人物の事を、物事を深く考えない、面倒な事も嫌う日和見主義だと思っていた。しかしこの場で誰よりも冷静に判断し動いている姿を見て、その印象を改めなければならと考える。見直したというよりも、より油断ならない相手という意味で。
 マグダレンの視線に気が付いたのか、イサールは振り返り二コリと笑いかけてくる。マグダレンはそも笑みに睨みを返す。
《彼らの補佐として、結界を担当しますか? それとも》
 マグダレンは上目使いにイサールを見上げ笑う。
《コッチはアンタのせいではむしゃくしゃしているから丁度良い! 暴れさせてもらう》
 イサールは苦笑し、マグダレンの頭を子供にするようにポンポンとなでる。
《分りました付き合いましょう。守ります》
 マグダレンは、鼻で笑う。
《私よりも、彼らを守って! 私にはコレがある》 

 キンバリーの石をつけた借りた剣をイサールに示し結界を貼る。イサールはその結界を見て愉しげに目を細める。結界を貼った事で、キンバリーらも気が付いたのだろう。心配して問いかけてくる。状況を説明すると、ローレンスの補助も加わり、より強固な結界にマグダレンは包まれる。イサールはその結界をにそれ以上の守りは不要と見たのか、 神儀長に声をかけパラディンたちの補助に徹する事にしたようだ。牢獄の扉が開かれ、パラディンが一斉に中に突入していった。 
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