蒼き流れの中で

白い黒猫

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七章 ~何かの予兆~ キンバリーの世界

何かが目覚める

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 キンバリーとローレンスは食後宿屋に戻る事にした。それぞれが何か思う所があり、観光を楽しむという気分になれなかった事もある。
 外から聞こえる喧騒を聞きながらベッドにキンバリーは寝転がる。隣の空のベッドをボンヤリと見つめる。ずっと一緒にいるのが当たり前だった、マグダレンの事を思う。
 マグダレンは何故あそこまで伽というものを拒絶するのかが分からない。通常里では伽を行う事が義務づけられている。能力が高ければ得にその事が強く求められる。ローレンスは多くの相手とそれを行ってきたとは聞いているし、その相手もその子供も、さらにその子供の子供とも知り合いである。

 しかしマグダレンは伽を拒否し続け、伽もせずに子供を作ったという女性もマグダレンだけである。マグダレンは神に選ばれ神と交わり子を産んだとされている。キンバリーが異様な程能力が高いのは、その神の血を引いているからと言われている。さらにマグダレンは天使と直接対話ができる立場であり、神の声を直に聞くことも出来る事で、誰もその事を責める事の出来る人はいなかった。
《マグダ!?》
 ザワザワとした嫌な気を感じ、キンバリーはベッドから飛び起き、そのまま裸足のまま部屋から飛び出しローレンスの部屋へと行く。ローレンスも気が付いていたのだろう。立ち上がり窓から外を見ていた。
「ラリー! マグダは何と戦っているの?」
 ローレンスはチラリとキンバリーに視線をやり、首を横にふる。
「わからん、しかし感じからいうと街道荒しだな、もう決着はついているようだから心配もないだろう」
 マグダレンが身につけているキンバリーの石から、もう戦闘状態を脱しているのはキンバリーにも察知できた。そっとローレンスの腕に手を伸ばす。
《何があった? マグダ》
 マグダレンに問いかけるローレンスの心話を感じる。
《……物騒な輩が襲ってきただけ、もうみんな伸したから問題はない……》
 ローレンスは大きく息を吐く。
《そんな巫と分かっているような恰好をしている人物を襲ったというのか?》
 キンバリーもそれは感じたので、頷きながらその会話を静かに聞くことにした。普通の商団ならとこかく、巫を襲うのはリスクが大きい。罪か大きくなるだけでなく、襲うのが大変だからだ。外を出歩いている巫は力の強さスピードとともに優れていて、二人だとはいえ軍隊における一個中隊くらいの戦力となっている。それを襲うというのはかなり難しい事である。
《変な石を使って攻撃してきている。ソレをくらうと、巫の力が使えなくなるようだ》
 ローレンスは眉を顰める。
《お前達は大丈夫だったのか?》
《喰らってないから、しかしアグニの結界が効かなかった! 触るな!》
《失礼します。我々は無事です。》
 イサールの声にキンバリーは一瞬ドキリとする。
《これから憲兵に保護され、首都にある神殿に向かっています。奴等は怪しい石で作った矢で最初に攻撃をしかけてきます。能力の相性なのかは分かりませんがタイプによって結界が役に立たない。だから気をつけて下さい。結界で守るのではなく当たらないように動く方が懸命ですね》
 冷静に状況を説明してくるイサールの言葉にキンバリーは敢えて口を挟む事はしなかった。
《イサール殿、その石が何か分かるか?》
 ローレンスがイサールと対話する。
《恐らくは……闇の属性を聖隷石に込めたモノ。魔の者が作った結界石? といった所でしょう》
 魔の者という言葉にキンバリーの心にも暗い嫌な気持ちが広がる。
《それをくらったらどうなるの?》
静かに聞いているだけのつもりだったが、キンバリーはつい聞いてしまう。
《さあ、二人ともくらってないので分かりませんが、ただ一人それで怪我した男がいます。普通に矢尻としても使えるようで、刺さるとかなり痛い事は確かなようです》
 相変わらず緊迫感なく惚けた感じの言葉を言うイサールだが、状況をマグダレンよりも冷静に見て話をしているようだ。
《取り敢えず、貴方がたは剣の修理が終わるまで、その街は動けませんよね? しばらくは街の中でも、お二人で行動されてください。その間我々は神殿で情報を集めます》
《我々?! アンタが一人で調べたら良いだろ》
 イサールの言葉にマグダレンは異を唱える。
《マグダ、今、単独行動は危険だ。下手に動くな! イサール殿、マグダレンを頼む》
 恐らくはキンバリーが心配で、一人街道を戻り二人と合流する気だったのだろう。それをローレンスは止めた。不満そうなマグダレンの感情だけが伝わってくる
《分かりました。シスターマグダレンか馬鹿な事をしないように見張っておきます》
《馬鹿な事ってなんだ!》
 イサールの言葉にマグダレンが噛みつく。
《冷静さを欠いた行動と言えば良いですか? 貴方が一人で動く事の方が危ないって分かるでしょうに。貴方の結界はあの時効かなかった》
 マグダレンは渋々だが納得したようだった。ローレンス以外でマグダレンをこうもハッキリ叱り、従わせる人物なんていなかっただけにキンバリーは驚いていた。チラリとローレンスを見ると、何やら考えているようだ。
《……イサール殿、ソイツを暫くの間見守ってくれ。あと何か分かったら何でも教えて欲しい》
《分かりました。お二人も気をつけて》
 通話が終え、ローレンスは暫く黙ったままジッと宙を睨み付けるように何かを考えているようだ。キンバリーはそっとローレンスから手を離す。そっと距離を取り見守る事にする。
《マグダ、大丈夫?》
 遠くにいるマフダレンにそっと個人的に話しかけてみる。
《大丈夫。何も心配することはないから》
 マグダレンの言葉が帰ってくる。その声がいつもよりも元気がないようにも感じるのは気の所為ではないだろう。
《マギーは俺がちゃんと守るから、心配しないで》
 イサールの声が割り込んできて、キンバリーは緊張する。そしてイサールがマグダレンを愛称で呼んでいる事にもドキリとする。
《君の方こそ気をつけて。もし盗賊と会うような事があったら、君の結界を最初に使いなさい。君の持つルークスの力は闇に特に有効だ》
 キンバリーは眉を寄せてその言葉の意味に悩む。ルークスの力は、神の能力でその能力をもつ人間はいないとされている。
《私がルークスの力を?》
《君は知らなかったのか? 君はアグニの能力と共にルークスの能力も持っている。
 イタッ殴らないで下さいよ。
 ……俺には、その力を君に感じた……それだけだ。俺もルークスの因子を持っているから、その気配は何となく分かる……
 こういう説明でいいですか?》
 自分がルークスの力を持っているという事だけでも驚きなのに、イサールまでその力を持つという。その事についてより詳しく聞き出そうとするが、何やら二人が向こうで揉めている気配がして、まともな会話が出来なくなる。

「――バリー! おいキンバリー」
 ローレンスの声にキンバリーはハッと顔を上げる。
「暫くはお前も単独行動は控えろ。俺から離れるな」
 キンバリーは『ハイ』と短く答え頷く。
「マグダ達は大丈夫かな? あの二人だけで」
 ローレンスは、一度大きく息を吐いてからキンバリーに視線を戻す。
「二人とも戦闘能力はかなり高い。心配はないだろう」
 そのあと二人は見つめあったまま、不自然な空気が流れる。
「マグダとイサールって上手くやっていけるのかな? なんかあの二人、上手く言えないけれど……」
 キンバリーは間が嫌でついそう切り出してしまう。でもその後にどういう言葉を続けるべきか分からなくなる。
「イサールの事を、俺達は過小評価していたな。アイツはタダモノではない」
 キンバリーは不安げにローレンスの言葉の続きをまつ。
「ちゃんとした教育を受けて育って来ただけでなく、アイツ自身もかなり頭はキレる。傍若無人で周りを気にしていないようで、実はかなり冷静に周りをみている」 
 キンバリーは、イサールという人物の事を思い返してみる。男性のものとは思えない程サラサラの茶色の髪に、柔らかい光を帯びた緑の瞳。その瞳に初めて見つめられた時、キンバリーは言葉をなくし頭も真っ白になった。
 あの時沸き起こった感情が何だったのかキンバリーには分からない。
「何か企んで、私達に近付いたということ?」
 『企む』その言葉にキンバリーにチクリという痛みを心に感じた。ローレンスは困ったように笑う。
「分からん。お前はどう感じた? アイツという男を」
 キンバリーはその質問に悩む。
「悪意や作意をもって近付いたようには感じなかった。でもただ、あてもなく旅をしているのではなく、何かの目的をもって旅をしている。その為に同行を求めた」
 感じたままの素直な意見をキンバリーは答えた。ローレンスも同意見だったのだろう。キンバリーの言葉に頷く。
 しかし、その目的が何かという点で二人は見解が異なっていた。二人ともその事で確信が持てなかった為、この場で互いに語る事は出来なかった。
「マグダレンとこのまま一緒にいさせても大丈夫かな?」
 不安気に問いかけるキンバリーを安心させるようにローレンスは笑い、キンバリーの頭を撫でる。
「今の状況だとマグダの側にいてくれるのは助かる。しかし、合流したら一度キッチリ話し合う必要があるな」
 キンバリーは頷いたものの、釈然としないものを感じモヤモヤしていた。気持ちを切り替える為に、大きく深呼吸をした。
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