蒼き流れの中で

白い黒猫

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七章 ~何かの予兆~ キンバリーの世界

気持ち悪い石

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 真っ青な空の下、森を裂くように街道が伸びている。太陽からの熱でかなり気温は高いものの、繁った森から流れる風もあり、過ごしやすい日とも言えた。
 しかし真っ昼間にわざわざこの道を歩く人は少ない。辺境の街から伸びるこの道は近くの街まで歩くと七刻はかかる。それゆえに馬等を使わず移動する人は大抵朝から出発して日のある内に街に入れるようにするからだ。隣の国が魔物の事件が多発している事も、さらに旅人の数を減少させていた事もあり、その街道を歩く人影は二人だけだった。長身で枯茶色の髪をした柔らかな暖かみを感じさせる男と、朱色の髪で見るからに性格がキツそうな女。雰囲気はかなり異なるが共通して言えるのは何処か品があり整った顔立ちをしている事。その二人は同じ聖職者のケープを纏っていることから仲間と思われるが二人の間には会話もなく、道の左右に離れた状態で歩いている。長身の男性はフードをせず愉しげに顔にあたる風を感じ長閑にしている所から喧嘩している訳ではなさそうだ。
《マグダレン様、どうしますか? アレ》
 他人には聞き取れぬ心話で話しかけてきた男に、マグダレンと呼ばれた女性は長身の男を睨み付ける。三刻程共に過ごしたからといってマグダレンとイサールの関係が良好に転じる事はなかった。というか二人は相互理解を深める程会話も出来ておらず、二人とも今の段階で積極的に関係を深めようとは動く気がないこともあるのだろう。
《嫌味っぽい呼び方は止めろ!》
 マグダレンの返答に、イサールは心外とばかりに目を丸くする。
《貴方がそう呼べと言ったのではないですか》
 マグダレンはその表情から、相手が自分をそう呼んだのは他意があった訳ではなかった事は察するが、苛立つ事には変わりない。
《シスターマグダレンと呼べと言ったんだ! 『様』なんてつけるな気持ち悪い》
 イサールは首を傾げる。
《どちらも普通の敬称でしょうに》
 のほほんと答えるイサールにマグダレンは更にムカついてくる。
《私ごときに、敬称等つける必要はないでしょうに。イサール様》
 イサールはやれやれとため息をつく。
《我々の間に上下を示す敬称をつけるのが嫌なら分かりました。しかし、俺は貴方を身内として親愛の情を感じていますし、敬意をもって接したいと思っています》
 マグダレンは心底嫌そうに顔をしかめる。
《親愛? 下心の間違えだろ》
 イサールは、立ち止まりマグダレンを困った様子で眺めるが、諦めたのか肩をすくめて再び歩き出す。
《まあ、そんな事はどうでも良いです。今は。先程からずっと……》
《分かっている。しかし、コチラから手は出すな。仕掛けてきたら倒せ。憲兵に引き渡しても言い訳つく程度に痛めつければ充分だ》
 一刻程前から、二人をずっと隠れてつけてくる者達がいた。気を放つ事をしなくても、それは魔の者ではなく人間で、あまり人相も性根も良くは無さそうな存在だと分かる。コチラを襲う気満々なのが気配で分かる。
《了解。シスターマグダレン。紳士的にいきますね》
 マグダレンは、ご希望通りに呼んだのに睨んできた。マグダレンはイサールの存在全てが気に入らないだけに、何をやっても気に食わないようだ。
 街道荒らしと思われる輩がゆっくりと二人を、包囲するように森の中を移動しているのを二人は感じた。その様子を探りつつマグダレンの唇が嬉しそうにニヤリと動く。
 次の瞬間二人に向かって鋭く放たれるモノがあった。矢か何かだろう。イサールの結界にぶつかりそれは砕けるが、マグダレンの結界には勢いを緩めるものの変わらずマグダレンに向かう。マグダレンのサークレットに刻まれている印が輝き結界が貼られる。その結界に阻まれ飛んできたモノが砕けるのと、イサールの放ったムチがそれを弾き飛ばすのは同時だった。巫だからこそ、その一連の動きが見えたが、襲撃者からみたら一瞬の事で、優位を信じて飛び出し、二人が平然と立っている様子に焦る。
 マグダレンは、屈辱を感じているのか怒りに身体を震わせ襲撃者をはったと睨みつける。
《マギー、今はその結界を使っておいて下さい。巫を襲ったという事は人数だけでなく、何だかの勝算があるからこそやっているようだ》
 イサールの言葉に、マグダレンは顔をしかめる。うっかり愛称で呼んでしまった事に嫌悪感を示しているのか、イサールの語る言葉の内容に不快感を覚えているのか、イサールと額の印章による結界で守られた事が気に入らないのか、イサールには判断できなかった。おそらくはすべてであろう。イサールは大きく溜め息をつき、森の中に力を走らせる、再び二人に何かを放とうとしていた男が吹き飛び大木に激しく叩きつけられ気絶した。そして二人の動きを封じようと背後から近付いていた男の二人が持っていた網が突然熱を帯び燃えだし男はその熱さに網を思わず放り出した。
 察しの良いイサールだけでなく、街道荒らしも明らかな殺気を放ち憤怒の表情を浮かべるマグダレンにヤバ過ぎるものを感じたのだろう。戦意もなく立ち尽くす。今になって、これ以上なく危険な相手を襲った事に気がついたようだ。
「シスターマグダレン、平常心で。巫らしく人道的に」
 マグダレンのギラギラした碧の瞳がイサールに向けて怒りをぶつけてくる。イサールまでをも焼こうとしている瞳だ。イサールはヤレヤレと視線を目の前の男達に戻す。そして手を軽く動かすと辺りに風が走り男達は崩れるように倒れていった。
 倒れた男達には外傷もなく、ただ気絶しただけのようだ。マグダレンが舌打ちしてからイサールを非難するように睨みつける。
「貴方に任せたら、聞き出す事も難しいくらい痛めつけそうだ。穏便に済ませました」
 マグダレンはグッと返す言葉に詰まる。イサールから視線を逸らし、手前に倒れている男の胸倉を掴み揺する。
「寝てないで、起きろ、聞きたい事がある」
 その様子をイサールは横目に通り過ぎて、森の中へと入っていく。そして最初に倒した矢を放ってきた男の元へ近付き、しゃがみその道具を確認する。矢の先についていたのは聖隷石のようだが、それは黒く見た事のない濁った色をしている。繁々と見つめイサールは目を細める。
 街道では、突然叩き起こされた男はパニック状態で、マグダレンの詰問にまともな回答というか言葉すら返せず、ますます相手を苛立たせているようだった、イサールは一本矢を手にそちらへ戻る。
「シスターマグダレン、もう少し優しく聞かないと、彼も困っていますよ。ねえ、君」
 男は、穏やかそうなイサールが近付いてきた事で少し、緊張を解く。
「で、この石は何?」
 矢を男の前に翳すと、男は慌てたように視線を泳がせる。
「どういう石で、どうやって手に入れた?」
 優しげだが、シッカリ目を見つめ問いかけてくるイサールに、男は落ち着きなく体を動かし、助けてくれる気配すらない倒れている仲間に視線を巡らせる。
「誰が、一番詳しい事を知っているのかな?」
 イサールの言葉に男は、戸惑いながらも少し離れたところに寝ている恰幅の良い男を指差す。
「そうか、ありがとう」
 イサールはニッコリ笑い、そのすぐ後周囲に風が起こり男はガクリと意識を飛ばす。マグダレンはその、男から手を離して地面に落とし直ぐに立ち上がり、恰幅の良い男の所に行き、その腹を蹴りあげる。痛みで目を覚ました男は、その直後さらに胸に激しい痛みを感じる。マグダレンが起き上がろう、とした男の胸を踏みつけて阻害したからだ。
「お前ら、何しようとしている、そしてこの石は何だ?」
 そう言い、イサールの手から奪った槍を男に示し、しゃがみそれを男の足に突き刺す。イサールが『あっ』と言葉を挟むがマグダレンは無視する。男は痛みで悲鳴をあげたいのだろうが、マグダレンの迫力に圧されたのかガタガタ震える。
「あ、そ、そ、れは、グワァァァ」
 マグダレンが刺さった槍をグリッと動かす。
「あの、話を聞きたいならば、喋ろうとしているのを邪魔しないほうが良くないか?」
 イサールの尤もな台詞に、マグダレンは取りあえず矢から手を離す。そしてギロリと男を睨みさっさと話せ! と促す。
「ソ……レを使うと、巫は力を使え……なくなるから……簡単に捕まえられる……から……買った……」
 マグダレンは、碧の瞳を細める。
「誰から買った? それに巫を捕まえてどうするつもりだ?」
 男は汗をダラダラと流しながらガクガクと震える。
「ギ……ギルド……で売って……る。巫……高く売れるか……」
「そのギルドは何処だ! そして誰が買っている! 巫を!」
 男の言葉を遮り、マグダレンが問い詰める。
 男は国境近くの森の名を告げ、そのまま痙攣して気を失ってしまった。
「貴方が余計な事をするから、刺された事でショック状態になってしまった」
 イサールの咎めるような視線にマグダレンは顔を逸らす。
「まさか、直ぐにソチラに行くという馬鹿な真似はしないように。
 武器もないのでしょう? ローレンス殿らと合流してからのほうが良いですよ」
 イサールの咎めるような視線にマグダレンは膨れたような顔で下を向く。そんな時にイサールは、遠くからコチラに向かってくる集団の気配を感じる。
「憲兵が来ます。邪魔なコイツらも引き取ってもらえる。それに何だかの情報も聞けそうだ。丁度よかった。ね!」
 イサールはニッコリと笑った。
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