蒼き流れの中で

白い黒猫

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六章 ~雛は巣の外にいる~ カロルの世界

二つの決断

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 フラーメンは、子供達に講義で書かせたレポートを見ながら、そこにそれぞれの成長を感じてつい口元を綻ばせた。子供達の成長は嬉しいが、それが自分達の役割の終わりを告げているようで寂しさも感じる。
 とはいえ、まだまだ幼い面も多く、世話役達の手を焼かせる事も多い。その事をヤレヤレと思いつつも、その子供っぽさが嬉しいというのも複雑で困った感情である。
 身体の成長と精神の成長がかみ合わず不安定な面も多かったカエルレウスの子供達も、マレの登場によって見間違えるように落ち着いた。フラーメンは改めてマレという人物の凄さを実感する。多くを語る必要もない、マレはその存在だけで皆に大きな影響を与える。子供達は何も知らされなくても分かるのだろう。マレという人物が、自分達にとって大きい意味を持つ存在だという事が。
 子供達だけでない、大人である筈の自分達も、未だにマレに導かれている。未だに切れる事なく繋がっている確かな絆を感じて、フラーメンの心は温かくなる。レポートの採点を終わらせ、お茶を煎れ一息ついたときに、ドアを控えめにノックする音が聞こえた。

 入室を許可すると、ドアが開き、赤い髪の少女がおずおずと入ってくる。赤い髪の双子は容姿から髪型までそっくりの為に区別がつかずに間違えられる事が多い。しかしフラーメンにとっては、可愛い本当の我が娘。間違える事なんてありえない。何故かひどく思い詰めた表情の少女をやさしく部屋に引き入れる。
「マギー、お茶でも飲みますか?」
 親子だとはいえ、フラーメンの立場から彼女達だけを可愛がる事は出来ない。例え二人きりの状況でも、他人行儀な口調で話をするのはフラーメンのけじめである。娘もフラーメンが自分の親だと分かっていても『はい、頂きます』と丁寧に答える。暫く無言のまま二人でお茶を飲んでいたが、娘は覚悟を決めたように口を開く。
「あの伽の事について相談があります」
 フラーメンはその言葉に、娘のその表情の意味を理解し静かに頷き、耳を傾ける。女性にとって伽は繊細な問題である。悩みも大きい。カップを両手で持ち、お茶を一口のみ娘はフラーメンを見上げる。
「伽って、優秀なファクルタースを持つものを生み出す事が目的で、つまりは能力の高い二人が選出され行われるという事ですよね?」
 フラーメンはゆっくりと言葉を紡ぐ娘の言葉をジックリと聞き頷く。

 一方、姉の方もシルワの執務室で、シルワとマレを前に緊張しながらもシッカリした口調で言葉を切り出していた。
「私と妹が、トゥルボー様の后候補であるという噂を聞きました。それは本当でしょうか?」
 シルワはその言葉に眉を寄せる。不快を示すその表情にキーラは少しびびるが、それでもシルワから視線を離さない。
「誰がそのような事を貴女に話したのですか?」
 マレは固まっているキーラを助けるために、優しく声をかける。
「ベラムスがそういった事を話しているのを耳にしました」
 シルワが大きく溜息をつく。その音にビクリとするキーラにマレは近付き肩に手をやり落ち着くように撫でる。
「シルワ様は貴女に怒っているのではないです。ただそういう事はそのような形ではなく、正式な形で話をしたかったからです」
 シルワはマレの言葉に頷き、ソファーに座るように促す。そして改めて三人で向き合った状態でシルワは口を開く。緊張をしている子供の為にマレはシルワと向かい合った位置でキーラの隣に座る。
「その話は真実です。私達は貴女達にトゥルボー様の后になってもらえるように依頼をするつもりでした。そのような形で貴女に伝わってしまった事をお詫びします。貴女はここにその事で話をしにきたということは、何だかの答えを用意してきたという事ですよね?」
 キーラはそのシルワの言葉を聞き、拳をギュッと握り深呼吸をする。
「あの、后という制度はつまりは能力の高いノービリスを生み出す為のものなのですよね?」
 シルワはキーラが何を言わんとしているのか分からず目を細める。マレはキーラの瞳から、彼女が何かを決断して此所に来たことを察し見守る事にする。
「でしたら、その相手はトゥルボー様でなければならないものなのでしょうか?」
 シルワはその思いもしない言葉に目も丸くする。マレも驚きシルワと一瞬だけ視線を合わせる。そんな二人をみてキーラは少し戸惑いの表情を見せる。しかし再びシルワに真っ直ぐ向き直り口を開く。
「私が、后となるならばソーリス様の后にさせていただけないでしょうか? 后になるからには。最高の能力をもつソーリス様の子を作りたいです。幸い私には妹がいますトゥルボー様の后は妹が立派に務めるでしょう。カエルレウスの子供と、強きノービリスとのより多くの交わりはどちらにとってもマイナスにはならない筈です」
 クイと口角をあげシルワは笑いの表情を見せる。その笑いが、喜を示すのか、不快を示すのか判断出来ずキーラは焦る。マレをチラリと見てみると静かで何の感情も動いてないようにも見えて、キーラの提案をどう思ったのか別の意味で読めなかった。
「マレ様、私は決して貴方の地位を脅かしたいのでも、ソーリス様の寵愛が欲しいのでもないです。欲しいのは名誉と、より強き力です!」
 キーラの必死な言葉に、マレは吹き出し、シルワはクククと笑いだす。
「面白い申し出ですね。私は貴女のような賢い子は好きですよ。マレ、血は争えないものですね。貴方に本当に良く似ている」
 マレはシルワの言葉に曖昧な笑みを返す。
「今回の提案は、私達は非常に楽しんでいます。なかなか興味深いですし。ただ内容が内容だけに我々だけで、決断をだせません。ソーリス様の判断を仰いでからの返答になります? そういった流れで良いですか」
 良いもなにも、キーラには此所で頷くことしかできない。取りあえず一歩は踏み出せた事でキーラはホッとする。しかし恋人である存在に伽を申し込んだ自分に、マレが不快感を示しているのではないかと気になり、隣のマレを見上げる。しかしそんな不安も吹き飛ばすかのように、そこには優しく暖かい笑みがあった。
「結果はどうなるにせよ、私は嬉しいです。貴女が自分と向き合い未来を考えた事を。そういう風な立派な大人になったのを誇りに思います」
 キーラは、マレの表情と言葉に慶びが吹き上がり、身体の緊張を緩める。その様子にシルワはクスクスと笑う。
「まあ、貴方の提案は、あの方も面白がってノってくるとは思いますけどね」
 マレはシルワの言葉を聞きながら、目を細めジッと幼い姿の娘を見つめる。
「ところで、今日貴女が提案した事は、マギーと二人で出した結論なのですか?」
 マレの言葉にキーラは少し困った表情になる。
「いえ、しかし、分かってもらえると思います。ずっと同じモノを見て育ってきた私の妹なので思いは同じ筈!」
 マレはその言葉に頷き、優しく笑いその頭を撫でる。キーラはその暖かい手の感触が嬉しくて顔を綻ばせる。本当は抱きつきたい所だったがキーラの立場からはそれは許されないので我慢する。
 キーラは突然押しかけた事の非礼を詫びながら部屋から出て行った。
「貴方がぬか喜びしないように、先に言っておきますが、コレであの子にソーリス様を押しつけられるなんて甘い事は考えないほうが良いですよ」
 マレは眉をよせてキーラの出て行った扉からシルワへと視線を戻す。
「あの子は貴方の娘だけあって顔も性格も似て面白いけれど、面白さといったら貴方の足元にも及ばない。
 ソーリス様がそういう意味であの子に興味を持つとは思えない、いい加減諦めて、全面的に受け入れなさい」
 マレは溜息をつき、顔を横にふる。
「別に今更、親という立場を振りかざす気はありませんが、良識ある大人の立場としても、幼気な娘があの方の恋人となることは止めますよ。一回限りの后だといえ躊躇うものがあるのに……」
 シルワはマレの言わんとしている事を理解して笑う。マレは自分の恋人だから許さないと言っているのではなく、ソーリスという人物がクセが有りすぎる曲者だから深い関係を嫌がっているのだ。他の人物だったら、喜んでその座を譲っただろう。
「確かに、面倒くさく、厄介なだけですよね」
 シルワの言い方も元恋人のわりに、冷たい。マレの意外そうな顔にシルワは笑う。
「あの方との恋愛を楽しめるのは貴方くらいでしょうね」
「楽しんでいらっしゃるのは、ソーリス様と、端で見ているシルワ様だけでしょうに」
「そうかもしれませんね。貴方も無駄なプライドは捨てて、立場を受け入れて一緒に楽しめば良いのに」
 マレがシルワの前で唖然としている時、フラーメンは呆然と我が子を見つめていた。

「マギー、今何と言いました?」
 少女は緑の瞳を真っ直ぐフラーメンに向けて、自分の強い意志を示すかのように背筋をのばし、もう一度言葉をくりかえす。
「私は、后を辞退させて下さい。
 そして伽を行う相手としてローレンスを指名したいです。トゥルボー様の后はキーラの方が相応いし、ローリーと私はどちらも強き能力を持っています。だから伽の相手としての釣り合いもとれている。問題はないですよね?」
 フラーメンは娘がそのような意志表明をしてきた事の意図を察し激しく心を動揺させた。その真っ直ぐに愛を語るその緑の瞳に、クラーテールの姿が重なり身体も震えてきた。真っ直ぐマレにだけ愛を向けてきたあの人物の表情と同じだった。
 想定とは異なるフラーメンの反応に子供も動揺する。不安げな緑色の瞳に、フラーメンは必死に冷静さを取り戻す。
「マギー、后の件はシルワ様の方に私から貴方がそのような意志を示した事を報告しておきます。
 ――ただローレンスの件は残念ながらその意志を受け入れるわけにはいきません」
 少女は緑色の瞳を大きく見開く。
「フラーメン何故? ローレンスと私はたしかに従姉妹同士で血は少し近いかもしれませんが、伽をするにしても結婚するにしてもそれは問題のない関係ですよね?」
 フラーメンは懸命に訴えてくる子供の前で、苦しげに首を横にふる。
「貴女とローレンスは血が近すぎます。貴女達は単なる従兄弟ではなく――」
 フラーメンの説明を聞く少女の見える世界から色がしだいにきえていく。緑の大きな瞳が揺れる。フラーメンは何も言葉も発しなくなってしまった娘にそっと近付き、壊れ物を触るかのように優しく抱きしめる。
「マギー、今は辛いでしょう、苦しいでしょう。でも大丈夫。時間が経てばローリーへの愛も一時的な感情だと気が付きます。あまりにも近くにいたから親愛を愛と勘違いしただけだと」
 胸の中の少女は、フラーメンの慰めの言葉も届いているのか分からない虚な瞳でただ目に入る情景を映していた。
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