蒼き流れの中で

白い黒猫

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六章 ~雛は巣の外にいる~ カロルの世界

世界の果てにて

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 シワンがソッと草陰から覗くとクラーテールは、初めて会ったときと同じように湖の中にある岩に腰掛け、まるで祈りを捧げているように目を閉じていシルワンはクラーテールがよくこの場所でこのようにしているのは、決して自分の来訪を待っているのではなく、マレと会話する為なのだというのが分かってきた。そうしている時のクラーテールは、シワンの目からみても微笑ましくて可愛らしいと思ってしまう。とても可愛らしいといえない風貌をしているのだが、幸せそうに頬を緩ませた表情は見ている者も和ませる程柔らかい。
 まだ人を好きになった事のないシワンにとって二人の関係は理解できないものの、愛するって事は素直に『凄い事』である事は良く分かった。 
 邪魔をしたら悪いなと、その場を離れようとすると後ろから、木の実が飛んできて背中に当たる。
「な~に、コソコソしているんだ?」
 振り向くと、クラーテールが湖の所で此方を見ていてニヤリと笑っていた。クラーテールの年齢はよく分からないが、こういう表情をしていると若くも感じる。黒いケープを着ており、長い髪を一つに簡単に纏め、お洒落の為なのか、その上からいつも鮮やかな色の布で頭を覆っていてシワンから見てクラーテールは不思議で良く分からない人だった。基本的には温かくキツイ顔とは異なり陽気な性格。シワンの聞いていても面白くもないような子供の話も馬鹿にするわけでもなくちゃんと聞いてくれる、包容力のある優しい人なのだとは思う。シワンが虐められて怪我をしていたら、自分の事のように怒り、喧嘩の仕方を懇切丁寧に手取り足取り教えこむ熱血漢の所がある。そうかと思うと時々ビックリするくらい醒めた冷たい目をしている事もある。存在感があるのに掴み所がない不思議な人だ。
 初めてクラーテールを見た時は、その容姿があまりにもある人物に似ていて驚いた。しかし感じる印象は全く異なる。それなのに似ていると強く感じる。 色んな意味で不思議な人だった。
「邪魔したら悪いと思って」
 近付いてきたクラーテールに言い訳のようにモゴモゴと言うと、唇を尖らせる。
「終わったから、邪魔が入って……いやシワンじゃないよ、向こうでの事」
 マレは色々忙しい身である、だからこそ二人が会話出来る時間というのも少ないのだろう。
 二人が密かに心話で対話しているのを見てシワンは何ともいえない気分になる。マレは現在ブリームム統率者であるソーリスの恋人である。ノービリスは性に関してはアミークスよりも奔放であるので、恋人がいても他の人と愛し合うという事は許されているとは聞いているが、シワンには三人の関係は濃厚すぎてドキドキしてしまうモノがあった。クラーテールは、マレへの気持ちと関係を隠すこともしないで、こうしてあっさりと晒してくる。
「どうしたの? この傷」
 クラーテールが、シワンの頬についた傷を触ってくる。いくら血が固まったとはいえ、傷に直接触れられてシワンは顔を顰める。
「今日は勝ったから」
「そうか! よくやった!」
 クラーテールはニヤリと笑い頭を撫でる。
 最近は四人でいる事が少ない。キーラはあれ以後、あらゆる事に積極的になりフラーメンらの手伝いを名乗りあげる事も多く、あまり一緒に遊ばなくなった。となると残り三人でいつものように遊んでいそうだが、何故かローレンスだけが誘われシワンが一人取り残される事が多くなった。仲間はずれにされているわけではない、ただ赤毛の友人はローレンスを一人占めしたいだけのようだ。そこで一人になることが多くなったシワンが他の子供の恰好の苛めの対象となっていた。三人と離れたことで、悩んでいるマリアの相談相手をする事が多くなったことが、一番の苛められる原因だったのかもしれない。クラーテールは嬉しそうにニヤニヤ笑っている。そっと顔を近づけキスをするように治癒術をかけてくれた。華やか過ぎる美しい顔を寄せられた事で、流石にシワンもその行為に少し動揺し慌てる。
「あ、あのさ、なんか友達が悩んでいてね」
 照れ隠しに、強引に話題をふる。クラーテールは首を傾け面白そうにシワンを見下ろす。
「こないだも話をしたマリアの事だけど、いや、マリアだけでなく、最近友達が皆、変なんだ」
「変?」
 クラーテールの言葉に頷く。言ってみて自分の中にあったモヤモヤを改めて意識する。そうマリアだけでなく赤毛の双子の姉妹もあの日を境に皆何かを思い悩んでいる。マリアはまだ打ち明けてくれるから悩みは見えるが、あとの二人は何を考えているか解らない。三人の様子を話すとクラーテールは困ったように眉を寄せる。
「マリアについては、こないだも話したように選ばれる確率が極めて低いから大丈夫だ。キーラに関しては読めないけど本人がその状況を嫌がっていなければ問題はないだろう。ただ一番不味いのは…………いや」
 黙りこんでしまったクラーテールを、シワンは不安気に見上げシルワンも一番同じ人物を心配していたからだ。
「クラーテールはマギーの悩みが解るの? どうしたら良い? 俺は」
 クラーテールは苦い笑みを浮かべ顔を横にふる。
「シワンは、その三人の事をどう思っているの?」
 突然聞いてきた質問の意味が分からず首を傾げる。
「どうって、大好きだよ。仲間だし」
 素直な気持ちを言ったのに、クラーテールは笑い出す。戸惑うシワンの表情をみてクラーテールは笑いを引っ込める。
「いや、そういう素直な言葉にホッとして……だったら仲間として皆を見守ってあげな」
 シワンは、どこかはぐらかされたように感じ、不満な気持ちをそのまま顔に出してしまう。
「最初からそのつもりだよ! でも何か俺に出来る事があれば、してあげたいのに、そんな言葉って……」
 シワンの不貞腐れた言葉にクラーテールは何故か悲しそうに笑う。
「何もないよ、君に出来る事は。彼女達の人生だ。彼女達自身が選ぶしかない。言えるとしたら、『自分の意思で自分の人生を選んで悔いのないように生きろ!』それだけ」
 クラーテールの言葉にシワンは言葉を失う。クラーテールはシワンの頭を優しく撫でる。
「それは君自身にも言える事。人生をかけたいと思える程の目的や相手を見つけたら、その時は何が最も自分が求めている事なのかしっかり考えてから動け」
 シワンは真っ直ぐ見つめてくるクラーテールに対して頷く事しかできなかった。クラーテールは、真っ直ぐ欲しいモノを求めて生きている。しかしそれによって様々な問題を引き起こしているのは確かである。それに、そうした事でクラーテールは幸せになれているのだろうかシワンには分からない。

 クラーテールの隣で他愛ない話をしながら歩いていたら、足元がぬかるんでいてシワンは思わず手を伸ばし、クラーテールが頭に巻かれている布の垂れた部分を掴んでしまう。しかしその布はするりと解け支えにもならなかった。そのままシワンは布を掴んだまま後ろに転びそうになる。クラーテールがとっさに支えてくれたので転ぶことはなかったが、クラーテールの布は地面に落ち泥で汚れてしまった。シワンは慌てて拾い申し訳ない気持ちで見上げて絶句する。クラーテールはとっさに腕で額を隠す。 
「クラーテール、それって……」 
 クラーテールはジロリと睨み不快そうに顔を歪める。そしてフードを被りソレを隠す。 
「昔、ソーリスのヤツにつけられた。気にするな」
 シワンはその言葉に何も言えなくなる。クラーテールはシワンの手にある布を取り、湖で軽く洗い近くの枝にかける。何言っていいのか分からないけれど、このまま黙っている事も辛い。 
「あのさ、クラーテールってさ……何処からきているの? この先に何があるの? 一人で暮らしているの?」
 こういう時は話を反らし他愛ない話題をするのに限るのに、恐らくは聞いてはいけない事を聞いてしまう。ノービリスが南へと行くことが禁じられていると言うことは、その先の世界の事を知るのはいけない事のような気がする。 
 その問いにクラーテールは困った顔をする。
「南に何があるの?」
 クラーテールは『ウーン』と悩んだ声をあげる。
「あちらには世界がある」
 シワンは首を傾ける。
「こちらの世界とは違うの?」
 クラーテールは首を横にふる。
「違う世界は広い。君が住む場所もその世界の一部でしかない。それだけ」
 シワンはその言葉に、どうしようもない衝撃と感動を覚える。
「どんな? 素敵なの? 向う側は!」
 クラーテールは、顔を歪める。
「私も、少ししか知らない。素敵な所もあるかもしれないし、悲惨な所もあるかもしれない。そんないろんな場所があつまって世界を作っているから」
「見てみたいな、世界を」
 クラーテールはその言葉に目を細め、頷く。
「どんな世界でも……と一緒なら……」
 誰というのは聞こえなかったが、多分マレの事を言ったのだろう。
「もし、旅する時は僕も連れていってよ!」
 その言葉にクラーテールは顔を横にふる。
「家族が悲しむよ!」
 シワンはその言葉に首を傾げるしかない。シワンには仲間がいても家族はいない。兄はいるが、それは家族というよりも仲間の一人でしかない。
「いつも一緒に過ごし笑い助け合い暮らしているのが家族でしょ? まずその人の事を考えて」
 納得は出来なかったがシワンは頷く。そんなシワンの頭をクラーテールは優しく撫でる。 
「その代わり、むこうの世界の事を書かれた物語なら見せてあげられる。それで我慢して」 
 未知の世界の書物。シワンの心はその言葉に少し踊る。笑顔で頷くシワンを微笑ましそうに見つめクラーテールはその頭を撫でた。
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