蒼き流れの中で

白い黒猫

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六章 ~雛は巣の外にいる~ カロルの世界

ソコで生まれたのは、子供か親か?

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 聖殿はまるで卵の半分を地面に埋めたかのような形をしていた。この形だと、気がむら良く充ちるからだ。天井の一番高い所にソーリスの印章があり、それが中央の祭壇にいる者のファルクタースを高める仕組みになっていた。窓は一切なく、大きな扉の入り口が一つあるのみ。その室内のバルコニーでトゥルボーはなんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
 中央の薄い布でつくられた帳の中が明かりでぼんやり輝いている。そこに白いガウンのようなシンプルな格好をした若い男女とグレーのケープを着た人物二人がこれから行う儀式の準備を行っている。
 帳の外を囲むように二十人程の子供が椅子に腰掛け神妙な表情で座ってその帳の中を見つめている。帳自身に遮音結界を貼っている為に外の音が漏れる事はないがその子供達は誰も言葉を発する事も音をたてる事もなく緊張したようにジッとしていた。

 最も様子の見える正面のバルコニーからソーリスとシルワが見下ろし、反対側のバルコニーにおいてトゥルボーとマレがその様子を静かに見つめていた。
 大きく溜息をつくトゥルボーをマレが不思議そうに見上げてくる。 
《どうかされました? もしかして貴方が緊張されています?》 
 このバルコニーにも遮音結界が張っているのでここでの会話が、聖殿内に漏れることはないが声を出すのが流石に憚れたのだろう。 
《いや、別に私は今更、性交を見て動揺するほど初心なガキな訳ではないけど、儀式をあんな子供に見せるというのは》
 マレはクスクスと笑い、首を横にふる。 
《カエルレウスの子は、能力が高い為に身体的成長は遅くても中身は大人ですよ。そんな貴方が気にされる事はないです》 
 平然と応えるマレに、トゥルボーは『うーん』と唸る。ふと視線の先に赤毛の双子の少女と、黒髪の少女を見つけ、複雑な感情が芽生える。 
《しかし、私からしてみたら、皆子供だ。しかも人を愛する事もしらない内にこういう行為をみせるのは、なんか間違えているような気がする》 
 今日は、カエルレウスの子供の初めて伽を行なわれる。それ故に人も多く、今後の勉強の為他の子供達も見学しているのである。
 ポカンとマレは驚いたように目を見開きトゥルボーを見つめる。 
《逆ですよ、愛を知らないうちにこそ、儀式を行うべきもの》 
 トゥルボーは、異を唱えようとしたが、儀式が始まり、マレと共に中央へと視線を戻す。帳の外は中にいる四人からし周囲は見えないようになっている。しかし伽を行う二人の他にクレールスが控えている。白い洋服を着た二人の男女は衣類を脱ぎ全裸となる。女性はそこに置かれた大きな背もたれと肘掛けのついた椅子に浅く腰掛け、背を背もたれに預ける。足を開いて椅子の両脇にある足置きに左右の足を預け、股を開き、目をつぶる。控えていたクレールスが手に香油をつけその女性の胯間に手をのばしマッサージし解していく。一方男の方も、もう一人のクレールスによって胯間のモノを刺激され勃てていく。二人の準備が終わった所で、男は女性に近付き、立ち上がった自分の分身を女の膣に挿入していく。
 シーンとした部屋の中で、静かな二人の息づかいと肉のぶつかる音だけが響く。 
 トゥルボーはその様子に顔を思わず顰めてしまう。 
《伽って、本当に味気なく、まさにその事をするためだけの儀式だな》 
 トゥルボーの言葉に、マレは視線だけを隣に向けてくる。 
《ええ。まあそういう儀式ですから》 
 あっさり応えてくるマレに、逆にトゥルボーは怪訝な視線を向けてしまう。 
《そこに、もう少し相手への気遣いとか優しさをみせる行為があっても良いでしょうに》 
 その言葉を聞きマレの顔から表情が消える。なまじ顔が整っているだけに人形のように冷たい印象になる。 
《そんなもの、かえって邪魔ですよ。当人からしてみたら気持ち悪いだけです》 
 トゥルボーはその言葉に唖然とした。 
《儀式でのみ繋がった二人に、下手に心を通わせる、もしくは見せる行動をしてしまったら、あの二人は単なる知人に戻れなくなります。今後互いに自分の人生を生きて恋をして結婚していく為には、ここに気持ちなんてない方が良い》 
 言っている意味は分かる。しかしそうやって一度は肌を合わせる事になった相手とまったくの他人として過ごせるものなのだろうか? ともトゥルボーは思う。でもこのまま、この会話を交わしても、平行線のままのような気がするので話題を変えることにした。この儀式をただ黙って見守り続けるのが辛かったから、会話でもして気を紛らわしたかった。 
《父の時も、こんなに人がいたのか?》 
 マレは首を横にふる。 
《まさか! 四人だけでした。それにノービリスの伽はベッドで行いますし、ここまで堅苦しくはないです。それにソーリス様は慣れていらっしゃるので、介添えはおられませんでしたね。シルワ様は見守っているだけでしたし、なので私は……》 
 トゥルボーはその言葉に苦笑するしかない。その四人が父親のソーリスとシルワとマレとクラーテールの四人である事を理解したから。とんだメンバーによって伽が行われたものだと呆れるしかない。 
 『愛を知らない内にした方が良い』と言ったが、その時のマレは、クラーテールはどうだったのか?
 その時、それぞれがどのような表情で、気持ちで儀式を執り行ったのか? その内の一人が横にいるが、怖くてトゥルボーは聞けなかった。 
《貴方の伽の時は私が介添えをいたしましょうか?》 
 マレの言葉に、トゥルボーは苦笑いする。 
《いえ、貴方は、あの子達の介添えをしてあげて下さい。その方があの子達も心強いでしょう》 
 トゥルボーはそう言い、ジッと儀式を見つめている三人の少女に視線を向ける。マレはその子の方に視線をやり柔らかく目を細める。 
《あの子達は、私よりもあの子達を身近に見守ってきた者が行うほうがよいでしょう。私が行うよりも》 
 子供を見つめるマレの表情を見て、トゥルボーは目を細める。
 初めてマレを見た時、人形のようだと思った。笑顔を見せていてもそれは、心からの笑顔ではなく顔の皮膚だけで作られた、ただ綺麗なだけの笑み。そのマレがこれ程人間的な表情を浮かべている事が嬉しく思えた。また『心なんていらない』と言っていたが、その伽で生まれた子供を愛情に満ちた表情で見つめているマレの姿にホッとした。 
《やはり子供は、可愛いですか?》 
 マレは何故か悲しげに笑う。 
《……可愛いですね。しかし私は親としての能力はまったくなかったようで》 
 トゥルボーは首を傾げる。 
《事情があり親として、接する事が出来なかっただけで、貴方は良い親になれる人だ。多分》 
 トゥルボーの言葉にマレは苦笑し首を横に振る。
 再び祭壇に視線を戻すと、二人はもう離れており、女性は目を閉じたまま同じ格好のままやや荒い呼吸をしている。その身体は火照っているようで少し赤い。男は椅子に腰掛けた状態で再び性器を刺激されている。その瞳は帳内で焚かれたお香によりトロンとしている。 
《俺は、こんな伽はやはりゴメンだな。ちゃんと自分の子供を産んでくれる女性と向き合って、敬意を持って伽に挑む》
 トゥルボーの言葉にマレはビックリしたように見つめたまま固まる。しかし直ぐにフッと表情を緩め優しく笑う。その美しい笑みにトゥルボーは一瞬我を忘れ見惚れた。 
《貴方なら、良い親にもなれるのでしょう。ソーリス様よりもよっぽど。良かったです。あの子達が伽をするノービリスが貴方で。貴方なら信頼して託す事が出来る》
 マレの言葉に、何とも言えないくすぐったい恥ずかしさを覚え、トゥルボーは顔を赤らめる。 
《あ、いえ》
 そんなトゥルボーにマレはクスクス笑う。
《貴方と話していると、何かホッとします。ソーリス様とシルワ様と話していると、唖然とする事ばかりなのですが。貴方の言葉は素直に心に聞こえる》 
 トゥルボーも、その言葉に笑う。その言わんとしている事が理解できるからだ。 
《まだ、俺は若い。父達と一緒にしないで欲しい。逆に貴方がその若さであの千年生者組と同等に会話をしているのを見て心配していたのですが、その言葉で安心したよ》
 マレは頭を横に振る。 
《あの方々には、敵いませんよ。それこそ一生かかっても。……ところで本当にソーリス様達は千年生きているのですが?》
 トゥルボーは『ウーン』と首を捻る。 
《さあね、ただ千年生きたくらい人を喰った性格をしているから、長寿組はそう呼ばれている》 
 マレはフフフと笑う。 
《たしかに、人を喰った性格をしていますね》 
 儀式は数度繰り返した後、執り行った二人はそれぞれの椅子に座りグッタリと放心したような様子だった。それをクレールスはブランケットをかける事で儀式は終了する。子供達は皆、神妙な顔をしながら何も言葉を発する事なく出口から出て行く。二人はクレールスの肩をかりて別室に運ばれていった。それを見守ってから、トゥルボーらも外に出る。外の世界がやけに眩しく感じた。マレはソーリスに呼ばれトゥルボーから離れていく。ソーリスの手がマレの腰に回された状態で、宮殿へと消えていくのを見ながらシルワが呆れたような冷たい視線をむける。 
「ヤレヤレ。ソーリス様もマレに関する事になると子供のようですね。困ったもので。今日は諦めるとして、明日マレがちゃんと仕事が出来るくらいで止めておいてくれるといいのですが」
 トゥルボーはシルワの言葉に苦笑するしかない。父はあの光景を見て欲情したというのだろうか? 首を傾げるしかない。
「ところでトゥルボー様」
 シルワの呼びかけにトゥルボーは視線を戻すと、シルワはニッコリ笑いながら目を細める。
「マレには気をつけなさい」
 トゥルボーは首を傾げシルワを見下ろす。
「あの子がもし貴方に契約をもちかけてきたら注意なさい。あの子に利用されないように」
 トゥルボーは腕を組み、シルワに『どういう事か?』と視線で訊ねる。 
「あの子はなかなか狡猾な所があるので、巧妙な契約を申し出てくる。あの子にとってはソーリス様のあの執着は計算違いだったのでしょうね。それだけに、ソーリス様に何かを求めるとは思えない。カロルは馬鹿で使いモノにならない。となるとマレは、貴方に話を持ちかけてくる。大切なモノを守るために……その時は私に相談して下さい」
 シルワは一見トゥルボーを気遣うように優しげな表情で、顔を近づけそう囁いてくる。
「何を? 今更? マレがそこまでして守りたいものがあるとは? 貴方はマレの何を狙っているのですか?」
 シルワは目を細めニヤリと笑う。美しいがシルワの顔に凄みが増す。シルワをむかつかせてしまったようで、トゥルボーは思わずニヤリと笑ってしまう。シルワの怒りに笑えるという所はソーリスの息子というべきだろう。
「そんなに欲しいものがあるのなら、貴方がマレにその契約を持ちかければ良いのに、それだけマレの要望も理解しているのなら、上手い契約を結べるでしょうに」
 シルワはチッと舌打ちをする。目を細めかつての可愛い教え子を睨み付けてくる。
「なかなか可愛くなく成長しているようで、嬉しいですよ。――でも忠告はしましたので」
 シルワはそう言い捨てきびすを返して去っていった。トゥルボーはその後ろ姿を見守りながら、どうしたものかと考える。
 ふと視線を感じる。顔を動かすと、遠くの茂みでコチラをジッと見つめている少女の姿が目に入る。赤い髪の少女が、トゥルボーを睨み付けるようなキツイ視線を向けていた。その緑の瞳は怒りや嫌悪というより怯えに揺れているように見えた。トゥルボーは首を傾げる。その距離で今の会話が少女に聞こえていたとは思えないし。聞こえていたとしても意味は分からないだろう。
 トゥルボーは、出来るだけ優しくその少女に笑いかける。少女は睨みを少し和らげるが、さらに怯えるように一歩下がる。トゥルボーが声をかけようと手を伸ばすと、少女はそのままクルリと背を向け走り去っていった。
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