蒼き流れの中で

白い黒猫

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六章 ~雛は巣の外にいる~ カロルの世界

巣から堕ちた雛

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 シルワの温室内にて、マレは木に登りスケッチブックに向かってペンを動かしていた。マレの視線の先にはマイヒメドリの雛が四羽口を大きく開け、鳴きながら母鳥の帰りを待っている。その愛くるしい様子が、マレがペンを走らせるにつれ、みるみる紙に映し込まれていく。

 母鳥が戻り、捕ってきた虫を与えると雛はさらに大騒ぎをしてその虫を取り合いしながつつき平らげていく。一羽だけは鈍くさいのか他の雛に追いやられてなかなか餌にありつく事が出来ない。その様子を母鳥は静かに見つめていた。

* * *

 カロルは、キラキラと好奇心で目を輝かせながら、箱の中を覗いている。
 あれから一ヶ月。火傷の痕は、まだまだ爛れており無惨さは残るものの、包帯を巻かなくても良い状態にまでは治癒してきていた。今は傷みよりも、傷口のひきつれた違和感と、 痒みのほうがカロルを苦しめている。全身火傷という重傷を負っても寝込むような事にならずに、次の日から大人しくシルワの講義を受けるだけの元気があった事にマレは感心していた。あの事件の後、身体は完治しているのに関わらずマレは一週間ベッドから出られなかった。
「コレ、今日の授業で教えてもらった鳥だよね? なんで此処に連れてきているの?」
 カロルは授業の間中、マレの後でゴソゴソ言う箱が気になっていた。しかし講義の途中で聞くと怒られそうなので我慢していたのだが、終わったらもう耐えきれず尋ねてみると頭でっかちで不恰好な生き物が出てきた。
「先程お見せした絵を描いているとき、巣から堕ちてしまったのです」
 カロルは不思議そうに顔を傾ける。
「何で、すぐ戻さないで、連れてきたの?」
 マレはその言葉に困ったように笑う。
「先程の話聞いていませんでしたか? この鳥の母鳥は三羽の雛を育てます」
 カロルは思い出す。この鳥は子供をシッカリ育て上げるために、沢山生まれた子供から三羽だけを残し、他の子供は棄ててしまう。つまりはこの雛は母鳥から選ばれなかった子供なのだ。
「こんな事は間違えているのですが、落とされた瞬間につい、手を出し受け止め助けてしまいました 。シルワ様にも馬鹿な事と呆れられてしまいました」
 眉を寄せ、哀しげに笑うマレにカロルはつい見惚れる。同時にこういう弱い生き物に対しても慈しみの心をもつマレの優しさにも陶酔した。
「この鳥をどうするの?」
 その質問にマレは悩んだ顔をし、雛をジッと見つめる。
「そうですね、動物の世話が上手い子がいるので、その子に面倒をみてもらおうかと思っています」
 マレは誰とは言わなかったが、何故かマレが先日の研究室の前にいた子供の事を言っているように感じ、思わずムッとしてしまう。
(何故、アイツばかり、マレからプレゼントを貰うんだ……)
「俺が面倒みるよ! だって、時間はイッパイあるし! ずっと付きっきりで世話できるし」
 カロルは、自分だって動物の世話くらい出来る事を示したかった事と、他の人がマレからの贈り物をもらう事が許せなくてそう主張する。マレは驚いたようにカロルを見て、そしてじっと考えているように黙り込む。
「だって、ここに一人でズッといるのは寂しいし、コイツがいれば……」
 それはマレの同情を引くための言い訳にすぎない言葉だった。カロルはチラリと視線を箱の中の、雛に視線を落とし、そっと人差し指で頼りない生き物の頭をつつく。目と嘴がでかく身体は小さく、なんとも不細工な動物がカロルを見上げキーと鳴く。カロルはその様子に不思議な感情を覚える。温かいようなむず痒いような。
 その不格好な生物が不覚にも可愛いく見え、雛から何故か視線を外せなくなる。そっと手を箱に入れると、拙いながらも手に必死にのぼってきてキーキーとカロルに向かって鳴き続ける。カロルの胸がドキドキして心が震える。その様子を見て、マレは微笑ましそうに笑う。
「じゃあ、カロル、お願いしても宜しいですか? 可愛がってやってくれますか?」
 カロルはいつになく柔らかい表情で掌の雛を見つめながら、シッカリと頷く。
「勿論!! コイツを捨てたお母さんが後悔するほど、立派に育てるよ! な! チビ」
 マレはその言葉に少し悲しそうな表情をしたが、カロルは雛だけをその時見ていたので気が付かなかった。
「チビ、だと、大きくなったらオカシイよね? 名前は何がいいかな?」
 マレはあえて、自分の意見を言わずに見守っていた。カロルが自分でこの雛を育てる決意をして、彼が名前を決める事に意味があるからだ。この雛が巣から母鳥に落とされたのは本当で、それを助けたのも真実である。しかしカロルは気が付いていない、もし誰か他の人物に世話させるつもりならば、この部屋に連れて来るはずがないことを。カロルはマレが想定した通り箱に興味を覚え、シワン達への嫉妬心を刺激してやれば自分から面倒を見ると言い出した。

 カロルは、マレの前でこそ無邪気で素直で可愛いが、他ではまったく違う事はマレも分かっていた。最近接触出来るようになった人達の口から悪い話ばかりしか聞けず、皆、カロルの講師をしなければならないというマレに同情し案じてくる。カロルは他人を一切受け入れない、必要ともしない、人の優しさといったモノも受け入れることのできない愛を知らない子供というのが、一般の見られ方のようだ。そんなカロルに好意的な意見を言うのは二人だけであった。
『感情が先走り、理性がそれに追いつかないガキっぽい所が可愛い、まああと五十年もしたら落ち着くだろう』
 どこまでも上から目線で、放任主義のソーリスの言葉、好意はあるものの父親としてはズレたものを感じるマレであったが、兄であるトゥルボーは意外にも冷静で弟と向き合っている意見を述べてきた。
『弟は、母親を知らない為に、慈しみ方、愛し方を分からない。だから講師の提案を貴方に依頼した』
 父親に似て大らかで大雑把に見えたトゥルボーが、意外に人の繊細な内面を見ている事と、チクリとマレに対して咎めの言葉を言ってきたのには驚いたものである。
 カロルは他者を愛さない子供ではない、現にいつになく優しく顔で掌の雛に優しく接している様子を見れば分かる。不器用なだけで優しい子供なのだ。
 カロルは、父親や兄へ、そしてマレに対しては、その愛情をちゃんと理解出来ているし、また対象に真っ直ぐな愛情を向ける事は出来ている。だから愛を知らない訳ではないし、愛せないわけでもない。ただ彼の世界が狭すぎて、それ意外の世界を求めていないから見えてないのだ。

 トゥルボーは、マレが母親のような愛情を注ぐことによって、カロルが他者を愛する事を覚えると考えているようだが、それを行うのがマレであったら、カロルの視野はより狭い世界へ入り込んでいくだけである。だからマレはカロルに雛を与えた。カロル自身に母親を体験させる事の方が、手っ取り早く他者の慈しみ方、愛し方、ままならなさを学ぶ事が出来る。
「鳥の王様だからパーウォーだ! どうマレ? いいと思う?」
 カロルはコマドリの一種であるヒメドリに孔雀パーウォーと名をつけようとしている事に、返事に困っていたら、雛はピーと一際元気に鳴いてきた。
「その子は、ソレが良いみたいですね! 返事していますし」
 カロルはマレの言葉に嬉しそうに頷く。こうしてカロルとパーウォーとのなんとも不思議な共同生活が始まった。
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