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五章 ~移ろいゆく世界~ キンバリーの世界
封筒の中の三枚の便箋
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皇国ダライは太陽の王国といわれるだけあり比較的日照時間が長いものの、豊かな水脈がありそれによって発展してきた。恵みの光であってもその明るすぎる太陽は、旅人には容赦はなく、ジリジリ熱と光りが突き刺すように照り付ける。
街道にフードを目深に被った黒いケープ姿の二人の人物が歩いていた。ケープを着ている所から巫か聖職者なのだろう。一人は長身の細身の男で、もう一人はやや小柄。フードから長い赤い髪が見えている所から女性なのだろう。一心に歩いているだけで、二人の間には会話はない。その沈黙は歩けば歩くほど二人の間に気不味い空気を深めていく。長身の男はチラリと時折隣を歩く人物に視線をむけながら、会話をするキッカケを探しているようだった。
「あの……」
何度目かになるか分からない声かけにも、女性は一切応える事はない。男は意を決した様子で女性の腕をそっと掴む。
「急がないといけない訳でもありませんし、少し休みませんか?」
赤毛の女性は、掴まれた手を激しく振り払い、男をキツイ眼で見上げる。
「不用意な事して貴方がたに迷惑かけたのは申し訳ないと思っています。それによって、ご面倒をおかしたのも理解しています。マギー、謝りますから機嫌直してください」
マギーと呼ばれた女性は、小さく舌打ちをする。男に掴みかかるかのように男の服を握る。
「気安く呼ぶな! マグダレンだ。シスター・マグダレンと呼べ」
掴みかかられた男は、『ああ』と呟く。
「分かりました、そう呼ばせてもらいます。貴方のその名前分からなかったもので。
しかしマグダレンって……確か、愛に生きた双子の女神の妹の名前でしたっけ? 貴方にピッタリな素敵な名前ですね」
マグダレンは、目の前の男を睨みつける。一足先に次の街を目指しているマグダレンとイサールである。
取りあえず、あの場所からイサールという存在を消すのが、手っ取り早い解決方法だった。加害者である男を血に濡れたマントで死を装うことで被害者に変えたのだ。ローレンスのケープをイサールに着せ巫の扮装をさせ先に街から遠下げたのである。前の街では、一人は先に仕事があり出たとして、次の街では四人組の巫という事にすればバレる事がない。マグダレンとしては本当にぶっ殺して放置しておきたかった所だが、そう言う訳にはいかない。この男のせいでキンバリーと別行動になったと言う事もマグダレンには腹立たしいのだ。
「まあ、立ち話も何ですので、少し座りませんか、アチラに良い感じの木陰がありますし」
イサールは穏やかにマグダレンを先にある大木の方へと誘う。渋々といった様子で座るマグダレンを刺激しないように、イサールは少し離れて腰を下ろす。鞄から水筒と銀のグラスを二つ取り出し、中に入っていた液体をグラスに注ぎマグダレンに渡す。マグダレンは眉を寄せ、そのグラスを受け取る。少し香りをかぎ鼻に皺をよせチラリとイサールを見る。
「ハーブ水ですよ。変なものではありません。気分が落ち着きますよ」
イサールはもう一つのグラスに水を注ぎ、その液体を美味しそうに飲み干す。マグダレンはその様子を確認してからグラスの中の液体を一口飲む。清涼系の薬草をつけ込んだ水なのか、爽やかな風味がした。
「キリー達は大丈夫ですよ。それに髪飾りにお守りつけときましたから。何かがあっても対応できます」
何て事ないかのように、そんなこと言うイサールだが、マグダレンは思いっきり顔を歪める。
「そんな気持ち悪い物、あの子につけさせるなんて……。後、あの子はキンバリーだ! 妙な呼び方するな!」
イサールは、『あっ』としたに口をしたが、ニコリと笑う。
「すいません、つい間違えて」
マグダレンの言葉の後半部分に対してのみ謝ってくる。
「……ところで、何故来た? 何が目的だ? そのふざけた名前はなんだ?」
イサールは意外そうに目を見開く。
「名前は、郷に入ればというやつで、ここにきたのは別に企んでとか言うのではないですよ。いくつか事情がありまして……貴方の前に現れたのは、純粋に貴方の事が気になって」
マグダレンは鼻で笑う。
「気になるね……」
イサールは真面目な表情で頷く。
「貴方がまさか生きているとは思わなかった。知ったからにはどうしているか心配するのは当然でしょう?」
マグダレン話を聞き、その意味する事を考える。イサールの表情を見ても、心配してという言葉は嘘ではないように思える。昔からこの人物は悪い人ではなかった。むしろ人は良かった。
「私は、死んでいる事になっている訳なのね……」
イサールは苦笑する。
「状況考えると、皆そう思いますよ」
マグダレンは、もう少し突っ込んで聞こうとして止めた。生存を知られたくない人間だけがその事実を知っているのは、もう聞くまでもない事だと思い出したからだ。
「私は、このように元気だ。安心したか? もう用事は終わっただろう? さっさケープ脱いで消えろ」
どこまでも冷たいマグダレンにイサールは溜め息をつく。
「二つめの用事は、貴方も気にされている事だと思いますが、聞いていませんか?」
マグダレンは眉を寄せる。イサールがマグダレン達の元にきた理由で、思い当たる事はあと二つあった。
「衰亡の兆しについてか?」
あえて、マグダレンにとって重要度が低い方を挙げてみる。イサールは静かに頷いた。
「まさか、関係ないなんて事、貴方は言いませんよね」
マグダレンはジッと考えるように遠くを見つめる。そしてチラリと視線をイサールに戻す。
「何故、そこまでお前達まで騒ぐのか分からない。それは二つの種族の交わりで解決するのではないのか? 逆の要素を持つ二集団が融合すれば問題も自ずと消える」
イサールは首を横にふる。
「そんな風に貴方は聞いたのですか? そんな単純な事ではないようですよ。最初の交わりの結果を見て分かりませんか?」
マグダレンはその言葉に思いっきり顔を嫌そうに歪める。先程、川でその話を聞いたばかりで、しかもローレンスの乱入によって最後まで聞けていない。
「逆に、貴方達が作り出した結果も興味深い。我々がちゃんと向き合って協力しあえば、互いに繁栄していける素敵な未来を造り上げる事が出来ると思いませんか?」
マグダレンの表情が、そのイサールの言葉で硬くなる。マグダレンは眼を眇めてジッとイサールの方を向く。この男がわざわざこんな所までやってきた理由を、それでハッキリと察する。
「互いに求めているモノも同じです。平和で誰もが幸せに暮らせる世界」
口を開け言葉を発しようとするマグダレンを遮るようにイサールが静かに言葉を続ける。
「協力ではなく、利用の間違いではないのか?」
低い声を発するマグダレンの言葉に、イサールは小さく溜息をつき、困ったように眉を寄せる。
「それは、お互い様では?」
マグダレンはキツイ視線のまま黙り込む。
「でも、そんな利用する、利用されたなんて、悲しい言い方は止めませんか? 俺は貴方達と本当に友達として一緒に歩いていきたいだけです。それはオカシイ事ですか? 確かに強要して友達になるものではないのは分かります。それに貴方が嫌いなのは俺ではないでしょ?」
マグダレンは、大きくフーと息を吐く。
「確かに貴方が嫌いな訳ではない。ただ貴方を此所にこさせた連中が嫌いなだけだ」
イサールは首を傾げる。
「あれ? 誤解しています? 俺を貴方の所にくるように勧めたのは、貴方が憎んでいる人ではなく、むしろ逆です」
マグダレンは、疑わしげにイサールの顔をジッと見つめる。
「本当ですよ。手紙も預かってきています」
イサールは懐から一通の封書を出しマグダレンに差し出す。マグダレンはソレを奪うように受け取る。
「中身を見たのか?」
イサールは『うーん』と少し悩む声をあげる。
「私の前で手紙を書いていたので、見えたといったら見えましたが、私には読めませんので、何を書いているのか分かりません」
マグダレンは納得し、イサールの前で手紙を開ける。まるで文字そのものが芸術のように美しいその文面が目に飛び込んでくる。久しぶりに見るその文字に、マグダレンの心は締め付けられるように痛む。呼吸を整えゆっくりと便せんを捲り、その内容を読んでいく。
読んだ後マグダレンは暫く、遠くを見るような顔で放心したように黙り込む。
「シスター・マグダレン? 大丈夫ですか?」
心配そうに話しかけてくるイサールに、マグダレンは我に返ったように視線を隣の男に戻す。そしてその視線をゆっくりとイサールの全身へと動かす。
「………………この手紙の中身、お前は本当にしらないんだな?」
イサールはポカンとマグダレンを見つめ返してくる。マグダレンは一枚だけを残し、残りの便箋を封筒に戻しイサールに返す。
「……私への手紙は、この一枚だけだ。残りはローレンスとキンバリー宛」
イサールは手にした封筒を困ったように見つめる。
「だとしても、コレを俺から渡す訳にはいきません、貴方が説明して届けるべきでしょう」
手紙を戻そうとするイサールに、マグダレンは悲しげに顔を歪ませ首をふる。
「持っていて欲しい。……それは………………遺書だから」
イサールは目を見開く。
「え……」
マグダレンはその人間臭い表情に苦笑する。
「もし、私達が、二人に何の説明出来ないままこの世を去るというような事があった時の為だ。貴方の判断でそれを二人に渡して欲しい。
他者からではなく本人の言葉で伝えたいからな」
イサールは、信じられないという感じで顔を横にふる。
「馬鹿な事を。貴方達に何かがあるなんて有り得ない。俺だって貴方を守るし、アイツだって……」
マグダレンはキッとイサールに鋭い視線を向ける。イサールは言いかけた言葉を途中で止める。
「当たり前だ。だから万が一の事があった時の為だと言っているだろ!」
イサールは溜め息を大きくつき、『ヤレヤレ』と声をあげる。
「さっさと、真実を語ればすむ話では? ……これを俺が預かるという事は、一緒に旅をする事を許してもらえたという事ですか?」
ニコリと笑いかけてくるイサールに、マグダレンは顔を思いっきり顰める。
「……他の二人が、お前を認めたらな……」
イサールは空を見上げ、暫く流れていく雲を眺めて気持ちを整理する。そしてふと思いあたった事を聞いてみることにした。
「そもそも、この手紙は、本当に遺書なのですか? アイツがこのタイミングでそしてこういう形で遺書を残すようには思えない」
マグダレンはジロっとイサールを睨むが、すぐに視線を逸らす。そして頬が不自然にビクリと動く。
「俺の判断で渡せといいましたよね。ならばコレを……………………」
イサールは、顔色を無くしていくマグダレンを見て、それ以上追い詰める事は出来なくなる。
「貴方には貴方の都合があるのでしょう。分かりました。貴方の覚悟が決まるまで預かっておきます」
イサールは手紙を捧げ示してから丁寧に懐にしまう。二人は同時に、息を吐きそのまま黙り込んでしまう。
休憩前のギスギスさはなくなったものの、二人の間にはまた別のぎこちない空気が漂う。二人の上には、癪にさわるほど雲一つない青い空がただ広がっていた。
~~~五章 完~~~
街道にフードを目深に被った黒いケープ姿の二人の人物が歩いていた。ケープを着ている所から巫か聖職者なのだろう。一人は長身の細身の男で、もう一人はやや小柄。フードから長い赤い髪が見えている所から女性なのだろう。一心に歩いているだけで、二人の間には会話はない。その沈黙は歩けば歩くほど二人の間に気不味い空気を深めていく。長身の男はチラリと時折隣を歩く人物に視線をむけながら、会話をするキッカケを探しているようだった。
「あの……」
何度目かになるか分からない声かけにも、女性は一切応える事はない。男は意を決した様子で女性の腕をそっと掴む。
「急がないといけない訳でもありませんし、少し休みませんか?」
赤毛の女性は、掴まれた手を激しく振り払い、男をキツイ眼で見上げる。
「不用意な事して貴方がたに迷惑かけたのは申し訳ないと思っています。それによって、ご面倒をおかしたのも理解しています。マギー、謝りますから機嫌直してください」
マギーと呼ばれた女性は、小さく舌打ちをする。男に掴みかかるかのように男の服を握る。
「気安く呼ぶな! マグダレンだ。シスター・マグダレンと呼べ」
掴みかかられた男は、『ああ』と呟く。
「分かりました、そう呼ばせてもらいます。貴方のその名前分からなかったもので。
しかしマグダレンって……確か、愛に生きた双子の女神の妹の名前でしたっけ? 貴方にピッタリな素敵な名前ですね」
マグダレンは、目の前の男を睨みつける。一足先に次の街を目指しているマグダレンとイサールである。
取りあえず、あの場所からイサールという存在を消すのが、手っ取り早い解決方法だった。加害者である男を血に濡れたマントで死を装うことで被害者に変えたのだ。ローレンスのケープをイサールに着せ巫の扮装をさせ先に街から遠下げたのである。前の街では、一人は先に仕事があり出たとして、次の街では四人組の巫という事にすればバレる事がない。マグダレンとしては本当にぶっ殺して放置しておきたかった所だが、そう言う訳にはいかない。この男のせいでキンバリーと別行動になったと言う事もマグダレンには腹立たしいのだ。
「まあ、立ち話も何ですので、少し座りませんか、アチラに良い感じの木陰がありますし」
イサールは穏やかにマグダレンを先にある大木の方へと誘う。渋々といった様子で座るマグダレンを刺激しないように、イサールは少し離れて腰を下ろす。鞄から水筒と銀のグラスを二つ取り出し、中に入っていた液体をグラスに注ぎマグダレンに渡す。マグダレンは眉を寄せ、そのグラスを受け取る。少し香りをかぎ鼻に皺をよせチラリとイサールを見る。
「ハーブ水ですよ。変なものではありません。気分が落ち着きますよ」
イサールはもう一つのグラスに水を注ぎ、その液体を美味しそうに飲み干す。マグダレンはその様子を確認してからグラスの中の液体を一口飲む。清涼系の薬草をつけ込んだ水なのか、爽やかな風味がした。
「キリー達は大丈夫ですよ。それに髪飾りにお守りつけときましたから。何かがあっても対応できます」
何て事ないかのように、そんなこと言うイサールだが、マグダレンは思いっきり顔を歪める。
「そんな気持ち悪い物、あの子につけさせるなんて……。後、あの子はキンバリーだ! 妙な呼び方するな!」
イサールは、『あっ』としたに口をしたが、ニコリと笑う。
「すいません、つい間違えて」
マグダレンの言葉の後半部分に対してのみ謝ってくる。
「……ところで、何故来た? 何が目的だ? そのふざけた名前はなんだ?」
イサールは意外そうに目を見開く。
「名前は、郷に入ればというやつで、ここにきたのは別に企んでとか言うのではないですよ。いくつか事情がありまして……貴方の前に現れたのは、純粋に貴方の事が気になって」
マグダレンは鼻で笑う。
「気になるね……」
イサールは真面目な表情で頷く。
「貴方がまさか生きているとは思わなかった。知ったからにはどうしているか心配するのは当然でしょう?」
マグダレン話を聞き、その意味する事を考える。イサールの表情を見ても、心配してという言葉は嘘ではないように思える。昔からこの人物は悪い人ではなかった。むしろ人は良かった。
「私は、死んでいる事になっている訳なのね……」
イサールは苦笑する。
「状況考えると、皆そう思いますよ」
マグダレンは、もう少し突っ込んで聞こうとして止めた。生存を知られたくない人間だけがその事実を知っているのは、もう聞くまでもない事だと思い出したからだ。
「私は、このように元気だ。安心したか? もう用事は終わっただろう? さっさケープ脱いで消えろ」
どこまでも冷たいマグダレンにイサールは溜め息をつく。
「二つめの用事は、貴方も気にされている事だと思いますが、聞いていませんか?」
マグダレンは眉を寄せる。イサールがマグダレン達の元にきた理由で、思い当たる事はあと二つあった。
「衰亡の兆しについてか?」
あえて、マグダレンにとって重要度が低い方を挙げてみる。イサールは静かに頷いた。
「まさか、関係ないなんて事、貴方は言いませんよね」
マグダレンはジッと考えるように遠くを見つめる。そしてチラリと視線をイサールに戻す。
「何故、そこまでお前達まで騒ぐのか分からない。それは二つの種族の交わりで解決するのではないのか? 逆の要素を持つ二集団が融合すれば問題も自ずと消える」
イサールは首を横にふる。
「そんな風に貴方は聞いたのですか? そんな単純な事ではないようですよ。最初の交わりの結果を見て分かりませんか?」
マグダレンはその言葉に思いっきり顔を嫌そうに歪める。先程、川でその話を聞いたばかりで、しかもローレンスの乱入によって最後まで聞けていない。
「逆に、貴方達が作り出した結果も興味深い。我々がちゃんと向き合って協力しあえば、互いに繁栄していける素敵な未来を造り上げる事が出来ると思いませんか?」
マグダレンの表情が、そのイサールの言葉で硬くなる。マグダレンは眼を眇めてジッとイサールの方を向く。この男がわざわざこんな所までやってきた理由を、それでハッキリと察する。
「互いに求めているモノも同じです。平和で誰もが幸せに暮らせる世界」
口を開け言葉を発しようとするマグダレンを遮るようにイサールが静かに言葉を続ける。
「協力ではなく、利用の間違いではないのか?」
低い声を発するマグダレンの言葉に、イサールは小さく溜息をつき、困ったように眉を寄せる。
「それは、お互い様では?」
マグダレンはキツイ視線のまま黙り込む。
「でも、そんな利用する、利用されたなんて、悲しい言い方は止めませんか? 俺は貴方達と本当に友達として一緒に歩いていきたいだけです。それはオカシイ事ですか? 確かに強要して友達になるものではないのは分かります。それに貴方が嫌いなのは俺ではないでしょ?」
マグダレンは、大きくフーと息を吐く。
「確かに貴方が嫌いな訳ではない。ただ貴方を此所にこさせた連中が嫌いなだけだ」
イサールは首を傾げる。
「あれ? 誤解しています? 俺を貴方の所にくるように勧めたのは、貴方が憎んでいる人ではなく、むしろ逆です」
マグダレンは、疑わしげにイサールの顔をジッと見つめる。
「本当ですよ。手紙も預かってきています」
イサールは懐から一通の封書を出しマグダレンに差し出す。マグダレンはソレを奪うように受け取る。
「中身を見たのか?」
イサールは『うーん』と少し悩む声をあげる。
「私の前で手紙を書いていたので、見えたといったら見えましたが、私には読めませんので、何を書いているのか分かりません」
マグダレンは納得し、イサールの前で手紙を開ける。まるで文字そのものが芸術のように美しいその文面が目に飛び込んでくる。久しぶりに見るその文字に、マグダレンの心は締め付けられるように痛む。呼吸を整えゆっくりと便せんを捲り、その内容を読んでいく。
読んだ後マグダレンは暫く、遠くを見るような顔で放心したように黙り込む。
「シスター・マグダレン? 大丈夫ですか?」
心配そうに話しかけてくるイサールに、マグダレンは我に返ったように視線を隣の男に戻す。そしてその視線をゆっくりとイサールの全身へと動かす。
「………………この手紙の中身、お前は本当にしらないんだな?」
イサールはポカンとマグダレンを見つめ返してくる。マグダレンは一枚だけを残し、残りの便箋を封筒に戻しイサールに返す。
「……私への手紙は、この一枚だけだ。残りはローレンスとキンバリー宛」
イサールは手にした封筒を困ったように見つめる。
「だとしても、コレを俺から渡す訳にはいきません、貴方が説明して届けるべきでしょう」
手紙を戻そうとするイサールに、マグダレンは悲しげに顔を歪ませ首をふる。
「持っていて欲しい。……それは………………遺書だから」
イサールは目を見開く。
「え……」
マグダレンはその人間臭い表情に苦笑する。
「もし、私達が、二人に何の説明出来ないままこの世を去るというような事があった時の為だ。貴方の判断でそれを二人に渡して欲しい。
他者からではなく本人の言葉で伝えたいからな」
イサールは、信じられないという感じで顔を横にふる。
「馬鹿な事を。貴方達に何かがあるなんて有り得ない。俺だって貴方を守るし、アイツだって……」
マグダレンはキッとイサールに鋭い視線を向ける。イサールは言いかけた言葉を途中で止める。
「当たり前だ。だから万が一の事があった時の為だと言っているだろ!」
イサールは溜め息を大きくつき、『ヤレヤレ』と声をあげる。
「さっさと、真実を語ればすむ話では? ……これを俺が預かるという事は、一緒に旅をする事を許してもらえたという事ですか?」
ニコリと笑いかけてくるイサールに、マグダレンは顔を思いっきり顰める。
「……他の二人が、お前を認めたらな……」
イサールは空を見上げ、暫く流れていく雲を眺めて気持ちを整理する。そしてふと思いあたった事を聞いてみることにした。
「そもそも、この手紙は、本当に遺書なのですか? アイツがこのタイミングでそしてこういう形で遺書を残すようには思えない」
マグダレンはジロっとイサールを睨むが、すぐに視線を逸らす。そして頬が不自然にビクリと動く。
「俺の判断で渡せといいましたよね。ならばコレを……………………」
イサールは、顔色を無くしていくマグダレンを見て、それ以上追い詰める事は出来なくなる。
「貴方には貴方の都合があるのでしょう。分かりました。貴方の覚悟が決まるまで預かっておきます」
イサールは手紙を捧げ示してから丁寧に懐にしまう。二人は同時に、息を吐きそのまま黙り込んでしまう。
休憩前のギスギスさはなくなったものの、二人の間にはまた別のぎこちない空気が漂う。二人の上には、癪にさわるほど雲一つない青い空がただ広がっていた。
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――――――――――
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