蒼き流れの中で

白い黒猫

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五章 ~移ろいゆく世界~ キンバリーの世界

大人の関係

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 キンバリーは、血に濡れたイサールのボロボロのマントを手にしたローレンスの後を歩きながら色々な事が起こりすぎた今日という日を振り返っていた。
 長く一つに纏めた三つ編みの根元に、イサールから貰った髪留めの存在を感じ複雑な気持ちになる。

 ローレンスは一旦立ち止まりキンバリーの方を振り返る。今はケープを着ていない為、逞しい体つきもよくみえローレンスはいつもより軽快で若々しく見えた。 キンバリーとは異なり、いかなる時も慌てず冷静である。本当の大人とはこういう者なのだと実感する。直ぐに動揺してしまう自分は、見た目だけの問題でなく、まだまだ子供なのだとキンバリーは思う。
「そろそろ接触するぞ、心の準備はいいか?」
  キンバリーは、深呼吸して気分を切り替える。今は悩んでいる時ではない、上手く今を乗り切る為に覚悟を決め頷く。直ぐ先に、盗賊六人の遺体が転がっている窪地がある。集まってきた仲間が大騒ぎしている声が聞こえる。
「なんだ、仲間割れか?」
 動揺し、右往左往している男達にローレンスがおもむろに声をかける。男達はビクリと身体を震わせローレンスとキンバリーを見上げる。男達の人数はキンバリーがザッと数えてみた所十二人ちょっと。負ける事はないが二人で戦うにはやや面倒な人数である。
「あ! このガキ、あの優男と一緒にいた」
 一人がキンバリーを指差し、声を上げる。
「ほう、お前らか。私達の連れを何処にやった? 答えろ!」
 聞こうとした事を先に聞かれ男達は、たじろぐ。ローレンスは血で汚れ見るも無残になったマントを男達に向かって付き出す。
「コレはお前達がやったのか? 正直に答えろ」
 男達は瞠若して慌てたように首を横にふる。
「し、知らない! また、ば、化け物が……」
 男達はかなり混乱しているのだろう。突然現れた二人にどう対応すべきも分からず素直に答えてくる。
「化け物? 言い訳をするにももっとマシな言葉はないのか? お前らがここらの旅人を襲っているというのは知っている。本当の事を言え!」
 ローレンスは低い声で男達を追い詰めていく。いつもなら相手が二人でしかも片方が子供だとなると、盗賊らは勝算ありと襲ってくる所だがボス格の人物の死が思った以上に男達を混乱させているようだ。またいつもは抑え気味にしている気迫を、あえて今は全面に出していることもあり、盗賊達は圧倒されているというのもあるのかもしれない。キンバリーはローレンスと男達の会話を見守りながら、そっと周りの気配を探る。先程のやりとりを見ていた食堂の人が通報したのだろう。憲兵が隊をなしてこちらに向かってくるのを確認する。キンバリーが察しているくらいなのだから、ローレンスはとうに分かっているのだろう。だからこそ時間をゆっくりかけて相手を足止めしている。
 まもなく男達にも察する事の出来る距離に、憲兵の気配が迫ってくる。その時になりやっと男達は我に返り慌てて逃げだそうとする。
 しかし男達の前方にいきなり火が現れ行く手を阻む。キンバリーが放った火である。
「逃げるな! 動くと今度はお前らに火を放つぞ。大人しくお縄にかかれ。そして自分の罪を償え!」
 キンバリーの言葉に震えながら男達はへたりこむ。地面が血の海であるのに関わらず。現場に到着した憲兵らによって男達は捕らえられる。ローレンスは自分達が巫であることを告げた上で、状況を説明する。
『街で知り合った人物が、この男達に連れ去られたので、追いかけてきたら、仲間割れしていたようだ』という事と『森の中で、知り合いの男のボロボロになったマントの切れ端だけが見つかった』という内容で。
 半分本当で半分は大嘘である。しかしローレンスの堂々とした態度と、巫であるという事もあり、無条件で信じてもらえたようだ。暗い表情で黙り込んだままのキンバリーを気遣うように憲兵は笑いかけてくる。
「お嬢ちゃん、いえシスターあの怪物は罪人しか襲わない。から無事ですよ、そのお友達も。その男はかなり綺麗な顔をしていたと聞いています。ということは生きている可能性も高い。アイツらは貪欲だ。金になるものならなんでも金に換えようとしますから。あのマントも上質な物だったから奪って、着ていたヤツがいたのでしょう。その血は盗賊のモノですよ」
 その憲兵の言っている意味にキンバリーは顔を顰め、ローレンスが眉を寄せ不快な表情を見せたので憲兵は気不味そうに離れていった。里の外の世界はあまりにもキンバリーの理解を超えた事が多すぎる。人が人を襲い、そして人を売り買いするという状況がキンバリーには信じられない。しかもイサールが美しい男だからって、何故それがお金になるのか? あまり深い事を考えたくもなく、キンバリーは顔を横にブルブルとふる。
「後は我々にお任せ下さい。情報が入りましたら報告しますから!」
 憲兵の隊長の言葉に、二人は頷き泊まっている宿屋の名前だけを告げ街に戻る事にする。そのまま無言で二人は森の中を歩く。憲兵の視線が届かない場所まで来たときに、キンバリーは溜息を大きくつく。そんなキンバリーをローレンスは黙って頭を撫でる。
「キンバリー、お前はもう俺達を信じるな。無条件で信頼してついてくる事は止めろ」
 ローレンスの言葉にキンバリーは思わず足を止め見上げる。
「え?」
 初めてローレンスから突き放した感じの言葉をかけられキンバリーは動揺する。不安そうに見上げるキンバリーにローレンスは柔らかく笑う。
「今日の事も、まったく納得はいってないのだろ?」
 キンバリーは頷くがすぐに顔を上げ、真っ直ぐローレンスを見上げる。
「はい、でも理解はしています。こうする事が一番良かったと」
 ローレンスは静かに、キンバリーを見つめる。
「お前はどうしたかった?」
 キンバリーはその言葉に戸惑う。どうする事が一番正しいのか分からないからだ。憲兵にイサールを突き出すのが良かったのか? しかしイサールは彼にとって一番正しいという事をしただけだ。しかも相手は悪行の限りをしてきた盗賊である。ならば一緒に悪人を退治すれば良かったのか?
 目立ち過ぎる事をしたら、巫の力をもつ自分達が普通の人間の社会で浮いてしまうというローレンスの言葉も理解できた。かといってこのように嘘をつくというのは良いこととは思えない。
「分かりません。多分この方法が一番無難な落としどころなのかと」
 ローレンスが望むであろう答えを返せない自分をキンバリーは不甲斐なく感じた。
「不満や思う所があれば、それを口に出せ! そしてしっかり、俺やマグダと意見をぶつけ合うことをしろ!
 いいか、この世は不条理な事も多いし、何が正しいか、何が答えなのか分からない事だらけだ。だからこそ、自分の信念を持ち、人に流されるな! 迷った時は、自分が求める答えをちゃんと求めてから動け。答えが出なかったとしても自分の中でシッカリ考えろ!
 散々考えた上での行動なら、失敗したとしても納得はできるものだ」
 キンバリーはそのローレンスの言葉をジックリ考え、頷く。
「お前はもう子供ではない。自分の信念で行動しろ。それが俺やマグダとは違ったものであっても、それに従え。逆に信念なしで生きるな。
 俺達が、お前が間違えた事をしようとしたらそれを叱り正してきたように、もし俺達がお前の眼から見て間違った事をしようとしたら、お前はそれを指摘しろ! 対等な関係になるべきだ。従うのではなく、共に歩く。それが真の意味での仲間というものだろ?」
 キンバリーはその言葉に、クシャっと顔を歪ませローレンスに抱きつく。その言葉が嬉しかったからだ。尊敬するローレンスに、一人の大人として認めてもらえた事に。ローレンスはキンバリーを優しく抱きしめその背を撫でてやる。
「ローレンスが間違えた道を行くなんてありえないし、私のような未熟者がそんな」
 ローレンスは笑い首を振る。
「俺もマグダレンもまだまだ未熟だ。……キンバリー」
 キンバリーは抱きつきながら、ローレンスを見上げる。
「お前にお願いがある。……マグダレンを守ってやってほしい」
 キンバリーは眼を瞠り、ローレンスから離れる。
「アイツはお前と違って弱い」
 キンバリーは首を小さくふる。キンバリーから見てマグダレンは強く美しく輝いた存在だからだ。そして怒り悲しみといったものも強さに変えられる術を知っている。
「何なのか分からないが、アイツは一人で何かを抱えて身動きとれない程悩んでいる。そんなマグダレンを支えて守れるのは、俺だけでは無理かもしれない。だから一緒に見守るのを手伝ってくれ」
 マグダレンが何かに苦しんでいるのはキンバリーも理解していた。今まで自分はずっと守られてきた事をキンバリーは実感していた。だからこそ、いつまでも子供であることに甘えず、大人になり二人と共に歩いていかなければならない。キンバリーはしっかりと頷き、ゆっくりと拳を握りしめる。
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