蒼き流れの中で

白い黒猫

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五章 ~移ろいゆく世界~ キンバリーの世界

テーブルの上と下での互譲

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 キンバリーは、一人食堂での会話にドキドキしていた。そのとんでもない求愛を羨ましいとは思わないものの、やはりそのように表現され求められるマグダレンがどうしようもなく羨ましかった。
「言いたい事はそれだけか? ならばサッサと消えろ?」
 マグダレンが低い声でイサールに言い放つ。イサールは心外だという顔でマグダレンを見つめ返す。
「ところで、貴方は何故、そこまで俺を嫌うんですか? 別に何もしてないのに」
 イサールの言葉にマグダレンはテーブルを激しく叩き、睨み付ける。怒りで逆に言葉が出てこないのかマグダレンは黙ったまま何も言わない。 何もしてないから、無傷でここにいるのだろうと、キンバリーは思う。
「でも、この人このまま放ったら危ないよ」
 マグダレンは、キンバリーまでをキッと睨み付けてくる。
「別にそんなの知った事ない。他の女ならその綺麗な顔にフラっときて喜んで求愛も受けてくれるのでは?」
 危ないというのを、マグダレンは別の意味で取ったようだ。
「いや、この世間知らずがこのまま外を歩いたら、良いカモだよ! 懐のお金狙っている男達もウロウロしているし」
 キンバリーは本人を前にかなり失礼な事を言った事を後で気が付き、イサールをみて誤魔化し笑いをする。イサールはそんなキンバリーを楽しそうに見て笑う。
「こんな変態、いっそカモになって死んだ方が世の為というもの!」
 マグダレンがさらに失礼な言葉を発してくる。
「変態って……」
 流石にイサールは驚いた顔をして、苦笑する。ローレンスはあえて口を出さず見守っている。
「変態でしょ! かなりの」
 イサールは大きく溜息をつき、首を横にふる。
「貴方がたと異なる世界で生きてきた為に、常識的な部分でズレが多少あるのは認めますよ! それを変態とは酷くないですか?」
 キンバリーは、意外にもイサールが周囲とのズレに気が付いていた事に驚く。しかし多少であないと思う。
「それに気が付いているならば、もっと周囲をみて慎重に動け! ここは皆お前に気を使って動いてくれる環境ではない」
 ローレンスも同じ事思ったのか、諭すようにイサールへ話しかける。イサールはその言葉に何やら考えるような顔をするが、すぐに明るい表情に戻る。
「確かに俺は、色々学ぶべき事が多いようですね。良かったら私に色々教えていただきたいのですが。暫くご一緒させて頂いて宜しいでしょうか?」
 マグダレンがその言葉に思いっきり嫌な顔をする。
「は?!」
 ローレンスは立ち上がったマグダレンの手をもち落ち着くように促す。キンバリーも悪い人ではないものの、イサールという他人が自分達の世界に入ってくる事にも正直戸惑いを覚える。
「我々の仕事は祓魔士だ。一緒にいるとお前が危険な目にあう事になるだろう」
 イサールはその言葉にニヤリとした悪戯っぽい笑みを浮かべる。そういう顔をすると、少し男らしさが増すようだ。
「それはそれで面白そうではないですか、足手まといにはなりませんので宜しくお願いします」
 イサールはそういって頭を下げる。ローレンスはどうしたものかと、キンバリーとマグダレンに視線を向ける。マグダレンは怪訝そうな表情でイサールを見つめ、イサールは上品で晴れやかな笑みをマグダレンに向けている。
「だって、まんざら知らない仲でもないですし、これも何かの縁」
 穏やかに話しかけるイサールにマグダレンはブルブルと頭を横にふる。
「は? 私とアンタにそんな縁なんて気持ち悪いものはまったくない!」
 マグダレンが速攻言葉を返す。
《キンバリーお前はどう思う?》
 イサールと言い合いをしているマグダレンに意見を求めるのを諦めたのか、ローレンスはキンバリーに心話で問うてくる。キンバリーは二人の様子をジッとみつめながら悩む。
《とりあえず、この街にいる間は守ってやったほうが良いと思う。次の街までという感じで。今現在もこの街にはこの人の懐のモノを狙っている人がかなりいるから。ラリーなら私よりももっと上手く旅においての立ち回り方教えられると思うし》
 キンバリーの言葉にローレンスは『ウーム』といい割れた顎を撫でる。
「俺は貴方に、何かご不快な事をしたり、強要をしたりなんて事はしてはいないでしょうに。何故そこまで俺に敵意を抱くのですか?」
「アンタの存在を毛嫌いしている私の前に、しつこく現れる段階でもう迷惑意外の何者でもない!」
 相変わらずの調子の二人だが、マグダレンが珍しく素の状態で会話をしているのをキンバリーは少し不思議に感じながらその様子を見守る。大抵の人間はマグダレンの怒りの剣幕を目の当たりにすると退いて逃げる。しかしそれを穏やかに受けるイサールとは、会話が成立している。どこか惚けた所のあるイサールのキャラクターがそうさせているのだろうか?
「つまりは、貴方は何の相互理解のないまま関係を迫る事に対して怒っているんですよね? 俺は相手の意志を無視してとか考えていませんし、ちゃんと互いに納得した上でと思っています」
 そこでイサールはジッと自分を見つめていたキンバリーの視線に気が付き、優しく笑顔を返す。緑の優しい色の瞳に見つめられキンバリーは落ち着かなくなり困ったように顔を逸らす。
「そちらを見ないで! この子が穢れる。孕む」
 マグダレンがイサールに噛み付くように激しい声を上げる。
「失礼な……」
 マグダレンがキッと睨み付ける。
《ねえマグダ、何か失礼な事をされたの?》
 そっとマグダレンにキンバリーは心話で聞いてみる。もしそういう事があったのならば彼との今後の関係も考えねばならない。マグダレンは途端に困ったようにローレンスとキンバリーを見つめる。ローレンスも同様な事を思ったようで同じような質問を投げかけたようだ。マグダレンは二人に向かって首を横にふる。
《そういう訳ではない。ただ気に食わないから断っただけ》
 イサールはそういう意味で危ない人間に見えなかったものの、その言葉にキンバリーはホッとする。
「貴方も、俺がちゃんと向き合った結果、応えているという状況なら文句はないですよね?」
 キンバリーとローレンスとのやりとりで気を取られていたマグダレンは、突然そんな言葉をかけてきたイサールに怒りではなくポカンとした表情をして視線を戻す。
「俺はジックリと俺という人物を伝えていくつもりです。その上で惚れさせて見せます。貴方もどうか見守って下さい」
 イサールは挑むようにマグダレンに視線を向け華やかに笑った。マグダレンは絶句してしまい、イサールをただ呆然の見つめ返す。その言葉にキンバリーはドキリとする。ここまでの熱い告白を目の当たりにすると、どう反応して良いのか分からない。ローレンスもその大胆過ぎる告白に目を丸くしている。

 そしてキンバリーはイサールがいつのまにかジッと自分を見つめていた事に更に動揺する。その瞳は優しげだが余りにも真っ直ぐな眼差しがキンバリーの心を掻き乱す 。
「……貴方は……、巫に求愛ってどういう事か分かっているのか?」
 いち早く我に返ったローレンスは、イサールにそう訊ねる。
「先程もそういたことを言われましたが、先程から巫が相手だと何か不味い事があるんですか? 巫と伽とかされているようですし、結婚までもされている方もいますよね」
 イサールの質問にローレンスはどう答えるべきか悩む。
「巫との交わりは、お前もしくは子供に何だかの支障をきたす事がある」
 かなり表現をゆるく語ったローレンスの言葉に、イサールは『ああ、それね』と頷く。
「それは、巫がどうこういう問題ではないでしょう。どんな交わりでもリスクはありますし。普通の人間同士でも確率はかなり低いにしてもそのは起こる」
 ローレンスは、あっさりと返してきたイサールの言葉に眉を寄せる。キンバリーも若干驚いていた。先日であった堕人の事件から、ローレンスからより踏み込んだ話を聞いていた所だったから。気を闇に堕としてしまう要因の一つに、巫との交わりがあることを。巫の力が相手の気を傷めそこから壊れていき闇に堕ちる。その危険が高い確率ではないものの、起こりうることを教えてもらった。決して巫の力を求めての事ではなく愛ゆえの行為であってもその危険性があるために、巫は一般の人間を避け巫同士で結婚するようにしているらしい。巫である自分ですら最近知った事を、イサールは普通に知っていたようだ。
《ねえローレンス、ソレって一般的な知識なの?》
 ローレンスはチラリと視線をキンバリーに向け、目が否定する。
《いや、そこまで一般的な知識ではない。神殿は腐人の原因の一旦が巫にある事を伏せる為に公表はしてない。普通の人間同士でも起こりえる事の確率までしっているということは、コイツは普通の教育をうけてきたわけではないようだ。どちらにしてもそういった事が起これば裏々で処理されるから》
「要は、リスクもちゃんと理解した上で、それをも受け入れ何かあったときに自分で決着をつける覚悟があるかどうかですよね?」
 イサールは真面目な顔で真っ直ぐローレンスを見つめながらそんな言葉を続けた。ローレンスは眩しそうにその表情に目を細め何も言わなかった。マグダレンはその言葉に何やら考えるよう親指についたリングを唇につけた格好でジッとイサールを見詰めている。
「イサールといったかな、コイツはお前の手に負える女じゃない。甘い期待はするだけ無駄だ。そういう事をコイツに求めること事態間違えている」
 イサールは何かを言いかけたが、肩をすくめ誤魔化すように笑う。
「そもそもお前の本来の旅の目的は何なのか?」
 イサールはその言葉に顎に手をやり視線を上に考えるような仕草をする。
「今後の為にも社会勉強をしようと思いまして。父の仕事を手伝っていく上で、人を良く知ることが大切だと思いましてね。でないと人は導けない」
 アッケラカンと語るイサールにローレンスは溜息をつく。この男は少しは表現を暈かすとか、曖昧に応えるとかいう事は出来ないのか、態とやっているのか、権力者である人物の息子であることをあっさりと吐露してくる。
「この付近は今色々物騒な輩が徘徊しているらしい。この街にいる間は守り付き合ってやる。それで十分だろ。その 後は元いた場所に帰れ! お前のいる場所はここらではない」
 イサールはその言葉に何やら不満そうだったが、曖昧な笑みをうかべ何も応えなかった。マグダレンは息を大きく吐く。キンバリーは、まあ納得出来る形で方向性が決まった事にホッとしていた。
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