蒼き流れの中で

白い黒猫

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五章 ~移ろいゆく世界~ キンバリーの世界

間違いだらけのアプローチ

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 丸い食堂のテーブルにローレンス、キンバリー、マグダレンが寄せ気味で座りその反対側には茶髪の優男がニコニコと笑い優雅にお茶を飲んでいる。細い顎線、柔らかそうなサラサラの髪、大きく切れ上がった瞳、薄く形の良い唇とたおやかな美しさを持っているのに、女々しく感じない所が不思議である。
 マグダレンは親の仇に対するかのように睨み付け、キンバリーは戸惑いの表情でテーブルに座る他の三人の様子を伺っている。優男はマグダレンの刺すばかりの視線やキンバリーの困り顔も気にせずに明るい笑みを返しローレンスに視線を向けてくる。
「あの、俺、怪しい人物だと誤解されていますか?」
 ローレンスは溜め息をつく。怪しいと言った怪しい人物である。キンバリーやマグダレンが言うように変態には見えない。淫靡さとか、屈折した暗さとか、心の奥底に抱えている闇といった要素をこの男からは全く感じない。マグダレンとキンバリーに対してと変わらぬ屈託のない笑顔をローレンスにも見せてくる。
「何の目的で、私の連れに声かけた?」
 男は、『ああ』と声上げ頷く。
「面白そうだから、会話してみたくて。それが問題でした? でも貴方ともこうしてお話出来て嬉しいです。色々楽しい話が出来そうで」
 ローレンスに対しても親しみを感じる、嬉しそうな顔をしてそんな言葉を発してくる。多分本音の言葉なのだろう。暢気な様子でカップのお茶を飲むが苦笑する。安物の茶葉だけに口に合わないのかもしれない。しかし文句を言う気はないようで、改めてローレンスに向き直りニコリと笑う。カップをもつ手は男の物とは思えないほど綺麗な形で、恐らくはペンよりも重いものを持ったことのないような感じである。
 キンバリーからいきさつは聞いて状況は理解したものの、どう対処すべきかローレンスも悩んでいた。もしこの男を、王族や貴族がいるような屋敷や宮殿で見かけたらここまで変とも思わなかったかもしれない。しかし、このような雑然とした宿場街ではその存在は浮きまくっている。御曹司が御忍びで来ているのだろうが、キンバリーの言うとおりどこか浮世離れしたその様子は怪しいというより危なっかしすぎる。
「つまりは、声をかけたのは深い意図はないと」
 イサールは素直な様子で頷く。
「美しい人に声をかけるのに理由は必要ですか?」
 その言葉にキンバリーは目を丸くして、マグダレンは目をつり上げる。
「ところで、貴方の連れは? はぐれてご心配されているのではないですか?」
 イサールは言葉の意味が分からないといった表情で顔を傾げる。
「いえ、そんな者はおりません。気ままな一人旅です」
 そう言って、ニッコリと笑う。なんで最近はこうも無謀な一人旅をする人が多いのか? そこまで平和な世界でもないとは思うのだが。ローレンスは額に手をやり、顔を横にふる。キンバリーが困った様子でローレンスに助けを求めるかのような顔をして見つめてくる。
「護衛は?」
 イサールは目を大きくし、まるでローレンスが変な事をいったかのような顔をする。
「必要ありませんから連れてきていません。護身術は習得していますし」
 『いない』ではなく『必要ない』という言葉から、そういう警護的な存在がいる生活をしていた事を窺わせる。護身術を学ぶと表現する事からも高貴な身分なのだろう。庶民は護身術なんて態々学ばす、日常のなかで喧嘩等して覚えて行く。騎士を目指し上を目指す者が学ぶのは武術で、敵に立ち向かい倒す術である。何故この男が、こんな所に一人でいるのか? テーブルに座る三人の様子をジッと伺いどうすべきか悩んでいる様子のキンバリーと、ジッとイサールを睨み付けたままのマグダレン。キンバリーとは男に対する感情は似たようなものであるのに比べ、マグダレンはハッキリと敵意を示している。この評価の差は何なんだろうかという事にもローレンスは悩む。直情的で好戦的な所があるものの、マグダレンは誰かれ構わず喧嘩を売るというタイプでない。マグダレンが嫌悪の表情を見せるにはそれなりの理由がいつもある。しかし今回は誤解があったとしても、この男がキンバリーに近付いた理由が邪な感情ではないのが分かった筈なのにマグダレンは警戒心を解かない。
「何が目的で旅している。そして何の為にこの子に声をかけた?」
 今までズッとだまっていたマグダレンが初めて言葉を発する。かなりキツイ睨みをうけながらもイサールはニコニコと笑う。
「貴方によく似た少女がいるなと思いまして、話をしていたらやはり貴方が現れて」
 マグダレンが相手を思いっきり殴ろうとするのをローレンスが止める。
「二人は知り合いなの?」
 キンバリーが当然この会話で感じた疑問を口にする。その言葉にマグダレンが思いっきり顔を顰める。
「知り合いなんかじゃ」「ええ、まあ」
 声を荒らげるマグダレンとは異なり、ノンビリとイサールは答える。マグダレンがイサールを睨み付ける。ローレンスが視線でイサールに続きを促す。
「求愛したのですが、見事にふられてしまって」
 イサールは明るくそんな事を言ってきた。マグダレンの顔に朱が走り『お前!』と叫ぶ。
「……ちなみに、なんて求愛したの?」
 キンバリーの言葉に、マグダレンが慌てる。
「別に特別な事は……たしか俺の子供を産んで欲しいといった感じの事をいったと思いますが」
 その言葉にローレンスとキンバリーは固まる。いち早く我に返ったローレンスはマグダレンの様子を見つめると、顔を赤くして屈辱を感じているかのように震えている。
「……そんな事を、本当に言ったの?」
 キンバリーが恐る恐るといった様子で、マグダレンとイサールの顔を交互に見つめながら聞き返す。マグダレンは何も言わずイサールを睨みつけている。
「多少言葉は違うかもしれませんが、そういった意図の事を伝えたら、思いっきり拒絶されてしまって」
 イサールは何故皆が変な反応をしているのか分かっていないようだ。
「そ、それは、退きますよ。そんな事いきなり言われたら、女性は」
 マグダレンは伽すらも拒絶したくらいそういう事に頑なである。ローレンスは頭痛を感じ顔をしかめる。この男が今頬を腫らせていない所を見ると、とりあえずはぶん殴ることは耐えたようだ。
「そうなんですか? 私としては誠実に申し込んだつもりでしたが」
 静かな表情でイサールはそんな事を言ってくる。確かに彼のいる世界で彼の地位も知っている人ならば、その言葉で喜ぶ女性もいるかもしれないが。この男はいきなりそんな事を言ってきたのだろう。ローレンスはマグダレンがここまで撥ね付けた態度をとり続ける理由の一つが分かった気がした。
「彼女が巫であるのに?」
 ローレンスの言葉にポカンとした表情をイサールは向け、そしてキンバリーに視線を向ける。
「巫……? だとしたら何か問題があるのですか? 巫と話をしたらいけないとか戒律でそういう決まりとかあるんですか?」
 巫という事に気が付いていなかったのか? 巫と身体を繋ぐ事で力を手に入れられる事が出来るといった事を知らないのか? その反応では判断できなかった。
「じゃあ、何故求愛した?」
 旅人同士で逢った瞬間にするには、そこまでの求愛は不自然に感じたのでローレンスは問う。
「彼女が希にみるほど魅力的な女性だからですかね」
 イサールは美しい笑顔で答えた。しかしその折角の美麗な笑顔に感動出来る人はこのテーブルにはおらず、三人はそれぞれ違った意味で溜息をついた。

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