蒼き流れの中で

白い黒猫

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五章 ~移ろいゆく世界~ キンバリーの世界

懐かしき声

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 ローレンスは職人が集まるギルド街をゆっくりと歩く。商人ばかりが集まる市場とは違った、落ち着いた活気に満ちていた。ローレンスはむしろコチラの空気が好きで、二人に任せられないというのではなく、望んでここでの仕事を担当していた。いつになく浮かれた様子で辺りを見渡しているローレンスは、それぞれの職人が一心に作業している姿を楽しそうに眺めていた。
 研究者として生きてきた時間が長いローレンスにとって、商人や戦士よりも職人の気質を持つ人物の方が馴染みやすい。一心に一つの道を目指すその生き方にも羨望に似た気持もあるのかもしれない。

 職人達の様子を観察した結果、気に入った皮革職人に防具の修理を依頼する。職人とのやりとりを楽しむローレンスは、彼の娘がローレンスを見て頬を赤らめ熱い視線をおくっているのにまったく気が付いていなかった。その様子を職人は苦笑しつつも防具を受け取り二日で仕上げる事を約束してくれた。
 そのままローレンスは腰に下げた自分の剣の他に、マグダレンとキンバリーの剣の重みを感じながら鍛冶屋のあるエリアを目指す。消耗も早く換えのきく防具とは異なり、剣の打ち直し依頼は気を使う作業である。というのは巫の使う剣は特殊で稀鉱石と銀を混合した特殊な金属でできておりかなり熟練して腕の良い鍛冶屋にしか扱えない。それだけに皮革職人を選ぶときよりも慎重にローレンスは一軒一軒開いた戸口から中を覗きその仕事ぶりを観察していた。

 十軒ほど歩いた所に、痩せたもののしっかりとした筋肉につつまれた上半身を晒したまま一心に剣をうつ初老に鍛冶屋を目にはいる。薄くなった白髪の髪、顔に深く刻まれた皺、鋭い眼光、への字に曲がった口、決して美しいといえる姿ではないもののローレンスはその姿に見惚れる。熟練した職人ならではの動作の美しさである。無駄がなく迷いのないその動きは見事としか言いようがなく、ローレンスはそのまま暫くの時間、見入っていた。
「なんだ、あんた! さっきから冷やかしか?」
 しゃがれた声がローレンスに投げかけられる。男はローレンスの方を見る事もしないで今まで打っていた剣を水に入れる。声をかけてきたという事は一つの作業が終わったのだろう。
「いや、客だ。仕事を邪魔したら悪いと思い、一段落するのを待っていた」
 男は肩にかけていた手ぬぐいで汗を拭いながらローレンスを睨むように見つめる。決して歓迎されていない訳ではなく元々そういう目なようだ。
「打ち直してもらいたいモノはこの三本だ」
 ローレンスは男が示したテーブルにマグダレンとキンバリーの剣に腰に下げたままだった自分の剣を置く。三本の剣の柄に今は石はない。石は貴重なものだけに、剣を手元から離すときや剣を替えたときに付け替え出来るように取り外しが出来るようになっているからだ。また通常なら何の能力も術も込められてないセイレイ石を填められているものだが、代わりにそれぞれの能力を込めた封力石を填めているだけに、よけいに人の手には渡せない。封力石は里にだけある技術。それだけに肌身から離すわけにはいかないのだ。

 男は目を細めその三本の剣を見つめ、手にとり鞘から抜きその刃をジッとみつめる。
「巫様の剣というのは痛み方が独特だな。しかもコレらの剣はまったく生き物を斬ってきてないと見える」
 男の皺が深まる。顰めているようだがどうやら笑っているようだ。ローレンスはその言葉に笑う。男の言う通り、巫の剣の使い方はかなり特殊であるからだ。銀と希鉱石で出来ているために一般的の剣に比べかなり柔らかいために普通に使えばボロボロになる。柄の聖隷石を通して剣全体に巫の力を込めそれで敵を斬る。剣の刃で斬るのではなく巫の力で斬るのである。その為に刃が毀れるという傷み方ではなく歪みといった形で変形する。三人の場合は聖隷石にそれぞれの能力を込め封力石にしたものを填めているためか、三人の能力の高さの為かその傷みはさらに大きいようだ。
「……面白い……引き受けよう」
 ローレンスはその言葉に、喜び笑い頷く。
「鍛冶屋の間でよく交わされる言葉なんだが……」
 男が独り言のような感じで言葉を紡いでくる。
「自分の打った剣を誰に使ってもらいたいか? って話だ」
 ローレンスは何も言わず、面白そうな目だけを男に返す。
「ま、一番金になるのは、王族や貴族様の売る場合。奴等はあまり戦わないから剣も痛まないし、剣もいつもピカピカな状態でいてくれる」
 男はそこで言葉を切り大きく息を吐く。
「しかし、俺達は美術品を作っているのではない、やはり自分が作ったものはシッカリと使って欲しいという気もある。ということは騎士か盗賊となるがどちらにせよ、自分の作品で人を殺して欲しいという事になる、なんとも困った状態だ」
 ローレンスは男の言っている意味が分かり、やや苦笑しながら頷く。男はローレンスの反応なんて気にしてないのだろう、ジッと三人の剣を見つめその刃にそっと触れる。
「その点、巫様の剣はいいな。久しぶりにジレンマに悩む事なく仕事を楽しめそうだ」
 そう言いながらローレンスの方を見上げ、目を細め顔中の皺を濃くする。ローレンスはその笑いと想われる表情に、頷き男らしい笑いを返した。
「ところで、仕事は一週間ほどかかるが、その間剣はなくて良いのか?」
 ローレンスは頷く。昨日のうちにこの辺りの魔物の情報を調べておいたがそういった動きはまったくなさそうだった。それに皇国ダライは国の力も強く神殿もシッカリしているので、神殿に所属している巫を押しのけて自分達が仕事をするという事はなさそうだから。
「問題ない」
 剣はあくまでも魔物の為の武器なので、その出番はなさそうだ。あるとしたら、人間が相手となるのだろうが、三人が人間相手と戦うときは体術を使う。
「しかし、最近は物騒なようだぞ。厄介すぎる……荒らしも出ているようだが」
 男の言葉がイマイチ聞き取れなかったので、ローレンスは聞き返す。
「街道荒らし?」
 男は口の端をクイっと上げ、目を細め息をフーフー吐きながら首を横にふる。笑っているようだ。
「街道荒らし荒らしだ」
 ローレンスは首をかしげる。
「街道荒らしを、容赦なく殲滅していっている輩がいるようだ」
 ローレンスは男ほどその状況は面白くはなかったが、話をそのまま聞くことにした。
「スープの材料にするつもりかというくらい切り刻まれてそれはもう酷い状態だったらしい」
 男は瓶に入った水をそのままあおりながら飲む。熱い中で仕事をしていただけに、喉も渇いたのだろう。
「賞金稼ぎの仕業とか?」 
 男は首を横にふる。
「いや、かなりの金額をかけられていたヤツも入っていたらしいが、それに対しての申告もなかったらしい。まあアンタは大丈夫だと思うが、変なヤツには気をつけなって事だ。だから替わりに普通の剣でよければもっていくか?」
 男なりの親切な忠告だったらしい。ローレンスは首をふり断る。巫にとって剣はあくまでも戦いやすくするための道具であって、それがなければ戦えないというわけではない。前金だけを置き鍛冶屋を後にする。さて宿屋に帰り三人で食事でもするかと思ったところ、キンバリーの切羽詰まった心話が届く。
《ラリー! 早くきて! でないとマグダが人をぶっ殺しそう》
 ローレンスはその言葉に眉を寄せる。
《今どこだ?》
《東門の前の噴水の所!》
 キンバリーの言葉にローレンスは二人がい筈の場所に向かって気を放つ。二人の気配を見つけ、側にもう一人誰かがいるのを感じる。その人物からは剣呑な気配は全くない。マグダレンからだけ、明確な殺意を感じる。
《マグダ、》
 急ぎ足で二人の方に向かいながら、マグダレンを落ち着かせる為に心話で話しかける。
《……落ち着いて、すぐそうやって頭に血を上らせ……》
 まさに言おうとした言葉がマグダレンに対して語られるのをローレンスは感じる。ローレンスはマグダレンを通して聞こえてきた第三者の心話に足を止めた。その声の様子と響きにローレンスは動揺する。
《――! やはり、生きていたのか?》
 もっと慎重に動くべきなのに、ローレンスはつい直接その相手への心話を試みてその名を呼んでしまった。いつもマグダレンの陰に感じる懐かしき気配に。確実に呼びかけに気付いている筈なのに返事はない。
《……ラリー、何?》
 ローレンスの問いかけにその人物ではなく、マグダレンが答える。
《今、何している? 誰と話をしている?》
 ローレンスはあえて聞いてみる。
《……別に、キミーにまとわりつこうとしているを駆除しようとしている所》
 マグダレンらしくなく、一旦躊躇してから答えてくる。言っている言葉こそ物騒だか、すっかり冷静さを取り戻しているようだ。先程ビシビシと感じさせていた激しい感情はもうない。さらに話しかけようとしたが遮断されて届かなくなる。
《キミー、今マグダレンは誰と話している?》
 ローレンスはキンバリーに問いかける。
《分からない、生半可なく綺麗な顔の男の人》
 ローレンスはその言葉に走り出す。その人物がいると思われる場所に。広場にいくと赤い髪の二人はかなり目立っていたので二人は難なく見つけることができた。噴水の陰にもう一人背の高い旅人らしいマント姿の人物がいるのが見えた。ローレンスはいつになく緊張しながらその人物に近づく。その人物が焦茶の髪をしていることに少し落胆の気持ちを感じるがゆっくりと手を伸ばし人物の肩を叩く。
 その人物が振り向き、緑の目を見開き不思議そうな顔をするが、人懐っこい笑みを浮かべ笑いかけてくる。上品な感じのキンバリーの言うとおり確かに綺麗な顔立ちの男であるが、まったく見知らぬ相手だった。後ろ姿で気が付いていたものの別人であったことにローレンスは落胆のため息をつく。
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