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四章 ~力の代償~ カロルの世界
愚行の末に
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外から温室を見上げるか、研究所の周りをウロウロするしかできない日々が続き、カロルの心は日々荒んでいくのを感じた。授業の際にシルワにマレの事を聞いても、鼻で笑い『貴方が気にする事は何もありません』という言葉が返ってくるだけ。そんな会話を一週間繰り返し、流石のカロルも諦めた。そして授業においてはシルワからの指示にカロルが無言で応えるというなんとも殺伐とした関係になっていた。
授業を終え、修練場からもさっさと追い出されたカロルは今日も未練がましい表情で研究所前の廊下に座り込み扉をジッと見つめていた。様々の人が自由に出入りしているのに、カロルはそれを許されない事に納得がいかない。
暫くすると、聖職者であるアミークスと子供が研究所にやってくるのが見えた。クレールスは皆同じに見えるのでよく分からないが焦げ茶の髪の子供の方は見覚えがあった。先日アミークスの聖堂で、マレに抱きついていた地のファクルタースの子供である。その事を思い出しカロルの心に怒りがこみ上げて思わず睨みつけてしまう。
その気配に気が付いたのかアミークスの子供はカロルの方に視線をむけ静かな表情を返す。クレールスはギョッとした表情をして子供を庇うように隠す。そして逃げるように研究所へと入っていってしまった。自分の入れない場所へ当たり前のように入っていく二人に、ますます憤りを感じる。
一刻くらいそのまま何をするわけでもなく坐り込んでいたら、扉が開き、その二人が出てくる。カロルは懐かしい香りが鼻腔を擽るのを感じた。カロルがズッと追い求めていたマレの香りである。僅かであっても、ずっとマレを求めていただけにカロルには嗅ぎとれた。
クレールスを見上げる子供は、握っていた手を開きそこにあるものを見せ嬉しそうに笑う。その手にある蒼い石を感じてカロルは思わず立ち上がる。二人はギョッと身体をすくませる。
「貴様、その石をどうした?」
カロルの言葉に、怯えていたはずの子供は真顔になり、挑むようにカロルを睨みかえし石を握っていた手を後ろに隠す。
「マレ様に頂きました」
カロルはその言葉に一気に怒りがこみ上げて身体が熱くなる。そうその石を見た瞬間に感じたのはマレの存在。マレの香りがその石からするのだ。
「嘘をつくな! マレがお前ごときに、そういった物をあげる訳はない! 盗んだんだな! 返せ!」
声を荒らげるカロルに、その子供は怯む事もなくカロルを見上げる。
「嘘では、ありません。マレ様から直々に頂いたものです。マレ様に確認して頂けたらお分かりになれると思います」
その言葉はカロルを爆発させるのには十分だった。その様子を見て、慌ててクレールスが子供の手を引き自分の後ろに隠し結界を貼ってくる。
「ざけるな! お前ごときがマレに会えるわけもないだろう!」
カロルにとってコレほどの屈辱はない。ブリームムの息子である自分ですら会う事が叶わぬマレに、アミークスの子供が会ってしかもプレゼントをもらったなんて話を信じられる訳はなかった。カロルの様子に子供も危険を感じたのか結界を貼ってくる。しかし二人ともいくら能力が高いとはいえ、アミークスである。
カロルは怒りのままに、爆発させたアグニの力を二人に対して発動する。その瞬間カロルは二人を包む結界に不思議な気配を感じる。二人を守るように貼られた結界が誰のファクルタースの気配なのかを察した時はもう二人に火の玉をぶつけたあとだった。
「マレ?」
その気配はマレの気である。炎が二人を包むのをぼんやりみながら、カロルは周りを見渡すがもうマレの気配はなかった。瞬間激しい衝動がカロルをぶつかり壁に叩き付けられる。慌てて結界をはろうとするがソレよりも前にテラのファクルタースがジリジリと壁にカロルを押しつけてくる。テラの結界に押しつぶされている間に炎が消される。その場所で攻撃したはずの二人が普通に立っている事に気が付く。カロルは二人がまったく傷ついていない事に若干の驚きを感じていた。
「何て事をしてくれたのですが!」
目をつり上げたシルワが結界でカロルを押し潰しながら聞いてくる。ただ睨み返すカロルを、溜息をつき視線をアミークスに向ける。
「貴方達は大丈夫ですか?」
ショックが抜けず青ざめた顔で頷く二人。青ざめながらもクルールスはしっかりした口調で状況をシルワに報告する。子供の方は、ジッと思い詰めた表情でシルワを見つめている。状況を理解したシルワは二人を落ち着かせる為か再び研究所へ内へと連れていかせた。
シルワはカロルを押さえつける力はそのままに、周りの気を読んでいるように見渡す。ジッと一点を見つめてからハッとした顔で立ち上がる。
「マレ」
そうつぶやき、カロルの方を睨みつけそのままさらに結界で締め付けてくる。あまりの圧迫に悲鳴を上げるカロルの耳に肋骨が折れる音がした。
「貴方の馬鹿で可哀想にマレが大変なことに。疫病神ですね貴方は。私はマレの様子を見に行きます。お前達はコレを懲罰房に放り込んでおきなさい!」
シルワが慌てて走っていく様子に、マレの身に何か起こったのを察したが、あまりの圧に意識が遠のいていき聞く事も出来なかった。
※ ※ ※
カロルが目を覚ましたのは真っ暗な部屋だった。それが懲罰房なのは理解できたが、先ほど何が起こったのか理解できなかった。何故自分の力があのアミークスに通じなかったのか? あの二人を守った力は何なのか? マレの力なのか? そしてマレに何があった?
「おい! 出しやがれ! どういう事か教えろ」
そう叫び続けても、周りの闇から何もかえってこない。どのくらい時間が経ったのか分からず、叫び疲れたカロルは部屋で大の字で寝転んでいた。部屋の空気が変わるのを感じ立ち上がる。
懲罰房というのはファクルタースによって鎖された空間で、扉や窓といった要素がない。入るには直に転移して入るか、一方的に放り込まれるしかない。カロルは部屋に現れたのがトゥルボ-でホッとする。
「お前もやってくれたな」
トゥルボ-の呆れた感じの口調に、カロルは気不味くて俯く。肋骨の折れた胸がズキリと痛んだ。その表情でカロルの怪我を察したトゥルボ-は、手をかざし治癒術をかけて元通りにしてくれた。
「シルワのヤツにやられた」
口を尖らせて不満を言うカロルにトゥルボ-は苦笑する。
「それだけで済んだ事に感謝すべきだな。マレは全身大変な事になったらしいぞ」
兄の言葉にカロルはハッとしたように顔を上げ縋るように見上げる。
「マレは、どうなったの? 何があったの?」
トゥルボ-は大きく溜息をつき首を横にふる。
「二人を守るために、ファクルタースを封印された状態で無理矢理結界を使ったのがまずかったのとか。その事で咎術を被ったらしい」
自分のせいでマレが傷ついたという事実はカロルを沈鬱な気持ちにさせる。
「マレも馬鹿だよ、あんなアミークスの為にそんな事……」
その言葉にトゥルボーは眉を寄せる。
「俺がその場にいたら、彼らを守ってお前をぶっ飛ばしていただろう」
ムッとした顔で見上げると、トゥルボ-は珍しく怒りを秘めた表情をしていた。
「あの二人が死んでいたら、お前は死罪だったぞ」
その言葉に流石のカロルも顔を強張らせる。カロルには何故そこまでアミークスを皆が保護するのかよく分からない、弱くてすぐ死んでしまうそんな存在。契約により共存の道を歩んだ二つの種族。交気をすることで互いの能力を高め合ってきたとは聞いていたが、交気ならばノービリス同士でやれば良いことなのに、何故守ってまで共存しなければならないのか理解できない。
「別に、奴等なんて僕が殺さなくてもすぐ死んでしまうのに、なんでそんな脆弱な奴等を……」
大きな溜息をトゥルボ-はつく。その表情は哀れむようにカロルを見下ろしている。
「マレが、その言葉を聞いたら、どう思うだろうな?
弱いから守ってやりたい、慈しみたいとお前は思わないのか?」
その発想がまったく無かったカロルは呆然とトゥルボ-を見上げる。トゥルボ-は苦笑してカロルの頭を何も言わず撫でる。
「良い機会だ、色々考えて反省してろ!」
トゥルボ-は何も言葉を言えなくなっているカロルを置いて消えていった。
授業を終え、修練場からもさっさと追い出されたカロルは今日も未練がましい表情で研究所前の廊下に座り込み扉をジッと見つめていた。様々の人が自由に出入りしているのに、カロルはそれを許されない事に納得がいかない。
暫くすると、聖職者であるアミークスと子供が研究所にやってくるのが見えた。クレールスは皆同じに見えるのでよく分からないが焦げ茶の髪の子供の方は見覚えがあった。先日アミークスの聖堂で、マレに抱きついていた地のファクルタースの子供である。その事を思い出しカロルの心に怒りがこみ上げて思わず睨みつけてしまう。
その気配に気が付いたのかアミークスの子供はカロルの方に視線をむけ静かな表情を返す。クレールスはギョッとした表情をして子供を庇うように隠す。そして逃げるように研究所へと入っていってしまった。自分の入れない場所へ当たり前のように入っていく二人に、ますます憤りを感じる。
一刻くらいそのまま何をするわけでもなく坐り込んでいたら、扉が開き、その二人が出てくる。カロルは懐かしい香りが鼻腔を擽るのを感じた。カロルがズッと追い求めていたマレの香りである。僅かであっても、ずっとマレを求めていただけにカロルには嗅ぎとれた。
クレールスを見上げる子供は、握っていた手を開きそこにあるものを見せ嬉しそうに笑う。その手にある蒼い石を感じてカロルは思わず立ち上がる。二人はギョッと身体をすくませる。
「貴様、その石をどうした?」
カロルの言葉に、怯えていたはずの子供は真顔になり、挑むようにカロルを睨みかえし石を握っていた手を後ろに隠す。
「マレ様に頂きました」
カロルはその言葉に一気に怒りがこみ上げて身体が熱くなる。そうその石を見た瞬間に感じたのはマレの存在。マレの香りがその石からするのだ。
「嘘をつくな! マレがお前ごときに、そういった物をあげる訳はない! 盗んだんだな! 返せ!」
声を荒らげるカロルに、その子供は怯む事もなくカロルを見上げる。
「嘘では、ありません。マレ様から直々に頂いたものです。マレ様に確認して頂けたらお分かりになれると思います」
その言葉はカロルを爆発させるのには十分だった。その様子を見て、慌ててクレールスが子供の手を引き自分の後ろに隠し結界を貼ってくる。
「ざけるな! お前ごときがマレに会えるわけもないだろう!」
カロルにとってコレほどの屈辱はない。ブリームムの息子である自分ですら会う事が叶わぬマレに、アミークスの子供が会ってしかもプレゼントをもらったなんて話を信じられる訳はなかった。カロルの様子に子供も危険を感じたのか結界を貼ってくる。しかし二人ともいくら能力が高いとはいえ、アミークスである。
カロルは怒りのままに、爆発させたアグニの力を二人に対して発動する。その瞬間カロルは二人を包む結界に不思議な気配を感じる。二人を守るように貼られた結界が誰のファクルタースの気配なのかを察した時はもう二人に火の玉をぶつけたあとだった。
「マレ?」
その気配はマレの気である。炎が二人を包むのをぼんやりみながら、カロルは周りを見渡すがもうマレの気配はなかった。瞬間激しい衝動がカロルをぶつかり壁に叩き付けられる。慌てて結界をはろうとするがソレよりも前にテラのファクルタースがジリジリと壁にカロルを押しつけてくる。テラの結界に押しつぶされている間に炎が消される。その場所で攻撃したはずの二人が普通に立っている事に気が付く。カロルは二人がまったく傷ついていない事に若干の驚きを感じていた。
「何て事をしてくれたのですが!」
目をつり上げたシルワが結界でカロルを押し潰しながら聞いてくる。ただ睨み返すカロルを、溜息をつき視線をアミークスに向ける。
「貴方達は大丈夫ですか?」
ショックが抜けず青ざめた顔で頷く二人。青ざめながらもクルールスはしっかりした口調で状況をシルワに報告する。子供の方は、ジッと思い詰めた表情でシルワを見つめている。状況を理解したシルワは二人を落ち着かせる為か再び研究所へ内へと連れていかせた。
シルワはカロルを押さえつける力はそのままに、周りの気を読んでいるように見渡す。ジッと一点を見つめてからハッとした顔で立ち上がる。
「マレ」
そうつぶやき、カロルの方を睨みつけそのままさらに結界で締め付けてくる。あまりの圧迫に悲鳴を上げるカロルの耳に肋骨が折れる音がした。
「貴方の馬鹿で可哀想にマレが大変なことに。疫病神ですね貴方は。私はマレの様子を見に行きます。お前達はコレを懲罰房に放り込んでおきなさい!」
シルワが慌てて走っていく様子に、マレの身に何か起こったのを察したが、あまりの圧に意識が遠のいていき聞く事も出来なかった。
※ ※ ※
カロルが目を覚ましたのは真っ暗な部屋だった。それが懲罰房なのは理解できたが、先ほど何が起こったのか理解できなかった。何故自分の力があのアミークスに通じなかったのか? あの二人を守った力は何なのか? マレの力なのか? そしてマレに何があった?
「おい! 出しやがれ! どういう事か教えろ」
そう叫び続けても、周りの闇から何もかえってこない。どのくらい時間が経ったのか分からず、叫び疲れたカロルは部屋で大の字で寝転んでいた。部屋の空気が変わるのを感じ立ち上がる。
懲罰房というのはファクルタースによって鎖された空間で、扉や窓といった要素がない。入るには直に転移して入るか、一方的に放り込まれるしかない。カロルは部屋に現れたのがトゥルボ-でホッとする。
「お前もやってくれたな」
トゥルボ-の呆れた感じの口調に、カロルは気不味くて俯く。肋骨の折れた胸がズキリと痛んだ。その表情でカロルの怪我を察したトゥルボ-は、手をかざし治癒術をかけて元通りにしてくれた。
「シルワのヤツにやられた」
口を尖らせて不満を言うカロルにトゥルボ-は苦笑する。
「それだけで済んだ事に感謝すべきだな。マレは全身大変な事になったらしいぞ」
兄の言葉にカロルはハッとしたように顔を上げ縋るように見上げる。
「マレは、どうなったの? 何があったの?」
トゥルボ-は大きく溜息をつき首を横にふる。
「二人を守るために、ファクルタースを封印された状態で無理矢理結界を使ったのがまずかったのとか。その事で咎術を被ったらしい」
自分のせいでマレが傷ついたという事実はカロルを沈鬱な気持ちにさせる。
「マレも馬鹿だよ、あんなアミークスの為にそんな事……」
その言葉にトゥルボーは眉を寄せる。
「俺がその場にいたら、彼らを守ってお前をぶっ飛ばしていただろう」
ムッとした顔で見上げると、トゥルボ-は珍しく怒りを秘めた表情をしていた。
「あの二人が死んでいたら、お前は死罪だったぞ」
その言葉に流石のカロルも顔を強張らせる。カロルには何故そこまでアミークスを皆が保護するのかよく分からない、弱くてすぐ死んでしまうそんな存在。契約により共存の道を歩んだ二つの種族。交気をすることで互いの能力を高め合ってきたとは聞いていたが、交気ならばノービリス同士でやれば良いことなのに、何故守ってまで共存しなければならないのか理解できない。
「別に、奴等なんて僕が殺さなくてもすぐ死んでしまうのに、なんでそんな脆弱な奴等を……」
大きな溜息をトゥルボ-はつく。その表情は哀れむようにカロルを見下ろしている。
「マレが、その言葉を聞いたら、どう思うだろうな?
弱いから守ってやりたい、慈しみたいとお前は思わないのか?」
その発想がまったく無かったカロルは呆然とトゥルボ-を見上げる。トゥルボ-は苦笑してカロルの頭を何も言わず撫でる。
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