蒼き流れの中で

白い黒猫

文字の大きさ
上 下
33 / 214
三章 ~喪ったものと、遺されたもの~ キンバリーの世界

堕ちて朽ちていくもの

しおりを挟む
 炎の気を帯びて輝きを放つマグダレンの剣が女に迫る。
 相手が態と挑発で言ってきているのは分かっていた。しかしマグダレンとしては我慢出来ず女に攻撃をしかける事しか出来なかった。
 一番歓迎できない状況になった事にローレンスは舌打ちをする。マグダレンは生まれながらの戦士だ。頭に血が上っても、注意力が散漫になるわけではないので、そこは心配していない。むしろ逆に相手を倒す事だけに特化した動きを見せる。
 マグダレンが攻撃してくることを予測できていたとはいえ、それを躱した女のスピードも流石ともいえる。しかしマグダレンの強い火の力が女の髪をジリジリと焦がす。女の堕人の身体が傷つくことはなかったが、女は自分の焼けて縮れた髪を見て怒りの表情を露わにする。
「コイツ」
 自慢の髪だったのか、女もキレたようだ。目をつり上げ、奇声をあげると辺りに暴れるような風が起こる。
 相手も頭に血が上ってしまったら、もう情報を聞き出すのも難しい。ローレンスはヤレヤレと思いながら、キンバリーに頷き地面に手をつけ周囲の気配をもう一度探ってみる。ざっとさらに広い範囲の気をさぐるが、|堕(・)|人(・)はニ体しかいないのを確認する。

 女の堕人は速さもあり、かなり能力は高いが、マグダレンとやり合う事で精一杯なようだ。他に注意を向ける余裕はない。
 もう一体の堕人が探査を行っているローレンスに襲いかかってくるが、そこにキンバリーの火花がぶつけられる。男はとっさに手で防ぐがその手はみるみる焼き爛れる。男は焼けた自分の身体に動揺しつつ、キンバリーを信じられないといった顔で見つめた。男は巫としても堕人としても知識と経験が浅いのだろう。結界を担当しているキンバリーが同時に攻撃をしかけてくるという発想がなかったようだ。すでに戦闘が始まった段階で、キンバリーは一つではなく三つの結界を操り、三人をそれぞれに守っている。それだけにさらに攻撃をしかける男に反撃してくるとは思わなかったのだろう。それほどの能力のある巫は珍しいからだ。マグダレンも、今、炎の気を剣に込め戦いながら、触れた者を攻撃する反撃結界を纏いながら戦っている。ローレンスも、結界と攻撃を同時に放つことくらいは出来る。三人はいつも自分で張った結界以外に、仲間の結界を纏う事で危険を軽減させているのだ。三人の結界は特性が異なるので違った攻撃からそれぞれを守る事も出来る。
 驚きで動きの止まった男に、ローレンスは剣に炎の気を纏わせ男に斬りかかる。肩から男の心臓にかけて振り下ろし、身体を斜めに二つに分断する。男は悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ燃え上がる。

(こいつらだけは、許せない!!)
 マグダレンは、怒りで禍々しく顔を歪ませている女に次々と攻撃をしかけていく。女は必死でマグダレンを切り刻まんと風を放ってくるが、マグダレンを包むキンバリーの結界が髪の一本すらも守って一切の攻撃が通じないことに焦りを感じ始めているようだ。
 そんな中、背後で何かが倒れる音と、肉の燃焼する独自の香りが漂う。
「アンタは一人になったようだな」
 集中して戦闘を続けているうちにマグダレンは少しずつ冷静さを取り戻してきたようだった。そういう言葉も出るようになる。女もあっけなく倒れた仲間に驚愕の表情をみせ先程の気迫がやや陰っている。
「他の仲間はどうした?」
 燃える堕人の明かりに照らされたローレンスが、ゆっくりと女の背後に回り、そう言葉を続ける。
「どうしたかって?」
 女は馬鹿にしたような顔をしてくる。とはいえ視線は油断なく三人の中に隙がないかを探っているようだ。
「つるんでいたのがいただろう?」
 その言葉に女は高笑いをする。マグダレンは笑う女に暗い目をして嗤笑を浮かべる。
「私らに絡んできた奴等は言わなくても良い。アイツらはぜ~んぶ、塵にしてやったから」
 マグダレンの言葉に、女は眉をよせ驚いた顔をしている。
「聞いているのは、お前のように、動かず狡賢く背後にいた奴等だ」
 女が赤い眼で睨みつけてくる。明確な怒りと憎しみがその目に宿る。
「……知るか!…………あたしらは強い! つるむ必要もない!」
 獣が威嚇するように。女は鼻にしわをつくりマグダレンに噛み付くように顔を突き出す。
「身勝手なお前らに集団行動をとるという事は、どだい無理だというのか」
 どこか動揺している女に、ローレンスは煽りの言葉をぶつける。女は振り返り睨みつけてきた。ローレンスはその瞳に悲しみの色を見て一瞬戸惑う。ローレンスの頭の中に、ある人物が語った言葉が蘇る。どうしても聞いてみたい真意をローレンスは聞きたくて口を開くが、それよりも先にマグダレンの言葉が響く。
「知らないというなら、お前にもう用はない。ならば逝け」
「待て! マグダ」
 ローレンスの静止も聞かず、マグダレンが剣を構える。振り下ろされた剣を女は素早くよけ、横へと移動する。慟哭を上げキンバリーに向かって手を伸ばし攻撃をしかけてくる。女の勘というヤツだろう。マグダレンとローレンスがもっとも嫌がる所に攻撃をしかけたわけだ。
 マグダレンは目をつり上げ、女の背後にむかって炎を放つ。キンバリーも冷静な表情で気を込めた剣をゆっくりと振り下ろす。女はキンバリーの元に辿り着く前に二つの攻撃をうけ、光に包まれて燃え上がる。炎の中で女は咆哮をあげ悶えるが、手が焼け落ち足が崩れ、身体も燃え尽き、単なる灰の山となる。

 ローレンスは深呼吸をしてから、剣を鞘にしまい、元堕人だった灰を足で崩し大地に帰す。キンバリーに『よくやった』という視線をおくり、振り返りマグダレンを睨むと、マグダレンはプイっと視線を逸らす。
「マグダレン、俺は言ったよな、戦いの時こそ冷静になれと」
 マグダレンは唇を尖らせて、上目遣いでローレンスを見上げる。
「確かに相手の挑発に乗ってしまったのは迂闊でした。しかし途中からは、ちゃんと落ち着いて戦った」
 ローレンスは溜息をつき、心配そうにコチラをみているキンバリーに視線を向ける。
「お前の浅はかな行動は、俺はともかく、キンバリーも危険に晒す事になることを心に留めておけ」
 マグダレンはローレンスの言葉に傷ついたように顔を伏せる。ローレンスはそんなマグダレンに近づきそっと抱きしめる。
《気持ちは分かる、もういい加減に大人になれマグダ》
 マグダレンはローレンスの心話を聞き、胸の中で頷き手をローレンスの腰に回し抱きしめ返す。キンバリーはその様子をただ静かに見守る。キンバリーの知らない過去をもつ二人。こういう時の二人の間にキンバリーは入ることができないものがあるのを感じていた。
 平和な場所と時代生まれ、生まれたときから愛情に包まれて生きてきた。キンバリーの今までの人生に不幸などなく、自分は幸せ者なのだと理解している。旅をして本当の戦いを知り、人の弱さ狡さ醜さも知った。
 しかしそんな体験など、二人が体験した過去に比べたら可愛いものなのだというのが何となく分かる。自分は幸せのままだし、絶望に打ちひしがれて泣き崩れるという事もない。二人の気持ちが分からないだけに、キンバリーには何もしてあげることがない。
 キンバリーはソッとしてあげる為に、二人から離れることにした。
しおりを挟む

処理中です...