蒼き流れの中で

白い黒猫

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三章 ~喪ったものと、遺されたもの~ キンバリーの世界

赤い瞳の堕人

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 キンバリーを挟むように三人は森へと入っていく。キンバリーを挟んだのは、彼女の隠し切れない気配を二人の結界でカモフラージュするためだ。キンバリーも結界はマスターしているものの、その結界自体が強力過ぎてそこから放たれる気の気配が弱き魔を蹴散らしてしまうため、余程の事がない限り、戦闘においてキンバリーが結界を使う事はなかった。

 警戒からゆっくり進む三人だったが、キンバリーの足だけが止まる。
「キミー?」
 『どうした?』とローレンスが尋ねる前にキンバリーが剣を構え森一カ所に向けて火花を放つ。それはキンバリーだけが使う事の出来る、熱さのない火。一番近い場所にいる魔のすぐ手前にそれは放たれ、そこで輝いたまま辺りを照らす。一見そこにはケープを着ている人物が立っているようだが、ボロボロに千切れた衣類の切れ目から木のような色になった身体見え、光に晒され獣のような唸り声をあげる。見間違う事もなく、腐人である。
「やはり」
 マグダレンのつぶやきにローレンスは頷く。その腐人は良く見ると大きな木にいくつかの太い杭で雑に縫い止められている。動かないのではなく、動けないのだ。キンバリーの放った光をうけ身をよじらせ逃げようとするが、いくつも身体に突き刺さった杭がそれを許さない。
 森に踏みいった瞬間からキンバリーは、魔の物の動きがおかしい事に気が付いた。いつもなら二人の結界で隠しているとはいえキンバリーが動くと魔の物は逃げるような動きを見せるのに、今日はまったく位置を変えないのだ。
 ローレンスとマグダレンは剣を構える。完璧にコレは罠である。そしてこういう罠を使う相手は限られる。
「キミー、援護してくれ!」
 ローレンスは剣を鋭く振り下ろす。同時にキミーの光りを帯びた結界は三人を包むように張られ、ローレンスの放った風が森の中を走る。同時に森にいた六体の腐人が炎に包まれる。マグダレンが、憐れな腐人を葬ってやったのだ。それと無駄に魔の気配を発する存在を消すことでローレンスが気配を探るのを補助したのだ。それに腐人を燃焼させた炎の明かりによって、マグダレンとキンバリーの感知範囲がさらに広がる。

 確実に近くにいる筈の敵の存在が感知できない。ローレンスはゆっくりと腰を下ろす。
(となると、ここか)
 指輪のある手をそっと地面につけ、水の気を放とうとした瞬間、地面から土に汚れた人間の手が飛び出しその手を掴む。慌ててローレンスは手を引こうとするが驚くほどの馬鹿力で地面に引きずり込もうとしてくる。
 キンバリーは地面から出てきている手に剣を振るい斬り離し、マグダレンは剣を地面に突き刺し地中に向かって気を放つ。
 地面から何かが叫び声をあげ飛び出してくる。

 切られてなお、くっついている手をつけたまま、ローレンスはキンバリーを抱き寄せて後方に跳び、地面から飛び出てきたものと距離をとる。マグダレンはゆっくり剣を地面から抜き、切れた右手から血を流し叫んでいる男を睨みつけ構える。マグダレンの周囲がぼやけるような空気がゆれる。結界を張り、臨戦態勢に入ったようだ。

 地面から出てきたのは、ケープを纏った人間だった。否、その闇に染まった気からして、堕人だろう。薄汚れたケープからしてみて元巫だったのが伺えた。顔立ちはそれなりに整っているようだが、泥だらけで汚れた全身と、ギラギラと輝く淡い茶色の瞳と真っ赤な唇が異様な存在であることを見せ付けていた。一頻り叫んで気が済んだのか、憎々しげに挑発的な視線を三人に向ける。
 ローレンスは右手を掴んだままの切れた男の手を外し男に向かって投げつける。
「愚かな、巫でありながら堕ちるとは」
 ローレンスの言葉に男は禍々しい笑みを浮かべる。キンバリーはその男の発する気の気配に、内心驚いていた。今まで出会った堕人とは比べものにならない程強い力を感じる。闇に染まった土の気がなんとも気持ち悪い。
 男は馬鹿にしたようにローレンスの言葉を鼻で笑う。
「これは、随分極上の獲物がきたものだ、旨そうだ」
 キンバリーは身体がゾワリと震えるのを感じた。恐怖からではなく男の言葉にキンバリーは激しい嫌悪感を覚えたからだ。しかし男はそれを都合の良いように判断したようで嬉しそうに笑う。
「ならば、最後の思い出に極上の気を喰らって昇天するがよい」
 マグダレンはそう言い放ち、男の視線をキンバリーから自分へと逸らさせる。
「今更懺悔もないだろうが、一つ聞かせろ」
 ニヤニヤ笑う男に、マグダレンはさらに言葉を続ける。
「仲間はいるのか? だったら呼ぶなり、案内してくれると助かる。一緒に盛り上がれるからな」
 殺気を込めた目で問いかけるマグダレンに、男は嫌らしい笑みを浮かべるだけ。男は何も答えない。会話をするつもりなどないようだ。
「ならば逝け!」
 マグダレンが剣を握り、戦闘を開始しようとした瞬間周囲に激しい風の音がする。その風は周囲の木の幹を刻んでいく。マグダレンとローレンスも結界を貼っていたが、それが機能するまでもなくキンバリーの結界が三人を守る。何かがもの凄いスピードでコチラに迫ってくるのを感じた。

 目の前の男は土の力をもつ、ということはもう一人敵はいるようだ。冷静に周囲の様子をみつめるローレンス。相手は確実に三人のいる所に近付いてくる。堕人は力を求めて堕ちていった者が多いために基本的にその力を誇り戦いを楽しむ傾向にある。
 最初は罠をつかって狩り感覚で楽しんでいたのだろうが、罠がばれたらコソコソするのも嫌で出てきたらしい。

 白髪に近い銀髪の女の姿が見えてくる。病的に白い肌を持つものの、足取りはしっかりしていて激しい闇の気に満ちている。その瞳は、禍々しく紅く彼女の異様さを増していた。
 マグダレンの目がその女を見てつり上がる。ローレンスの身体にも緊張感が走る。
「まあ、なんて美味しそうな香り」
 女はそう言い、三人に視線を巡らせる。
「キル様、貴方様が出るまでもなく」
 先にいた堕人は女に慌てたように声をかける。先程の三人への態度とは異なり諂った様子で女に頭を下げる。
「お前が随分手間取っているから出てきてやったんじゃない。ホント役に立たない……」
 マグダレンはその言葉を遮るように女に向かって炎を放つ。女はそれを余裕で躱す。そしてマグダレンを見て嗤う。
「この香り……お前はあの……まさかね。でも同じ香りがする。生き残りか」
 マグダレンの身体が激しい怒気が吹き上がるのを感じる。目も血走り女だけをジッと見つめている。
「マグダ、落ち着け!」
 ローレンスは声をかけるが聞こえているかどうか怪しい。キンバリーは戦いやすいようにローレンスから離れる。二人の堕人から目を離さないまま。
「あの時食べた巫は最高だった。それ以後イマイチのものばかりでウンザリしていたのよ」
 マグダレンはその言葉を聞いた途端に、言葉にならない叫び声をあげ女に斬りかかっていく。
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