蒼き流れの中で

白い黒猫

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三章 ~喪ったものと、遺されたもの~ キンバリーの世界

無垢で浅薄な瞳

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 保護された女達と子供は、教会の談話室において毛布にくるまり温かい飲み物を飲む事でようやく少し落ち着いたようだった。
 黒い髪の巫は、その様子を静かな瞳で見つめてから、テーブルに座っている憲兵隊長とローレンスとマグダレンに視線を戻した。その女性は見た目にはマグダレンとは変わらない年齢に見える。恐らくは成人の義は終えてコレから本当の意味で巫として生きていこうとしているそんな時期なのだろう。黒い髪に冷静にみえる黒い瞳、清楚で温和しめな顔立ち、小柄なものの豊満な胸のある身体等見ると、大人な女性に感じなくもない。神殿で育ってきた事で世間を知らず、純粋すぎる性格が丸出しのあどけない表情といったものが彼女を幼く見せていた。

 キンバリーはまだまだ恐怖が抜けず怯えている子供の側についている為に、遠くから四人の会話を見守る。
 巫はセシリア・テラと名乗った。首都の神殿に勤める巫であるらしい。白い透き通るような肌は、まだ恐怖が抜けないのか青ざめ強張っていたが、事の顛末をゆっくりと語り出す。
 街道を歩いていたら彼らの馬車が止まり、親切に近くの街まで乗せていってくれると声をかけてきたという。セシリアは誘われるままに馬車に乗り込んだら、中に幾人かの女性が縛られていた。そのセシリアも当然の事ながら同じように捕まってしまったという事らしい。
 その話に、流石のローレンスも呆れた顔をして、憲兵隊長も目を丸くしている。マグダレンは明らかに馬鹿にしたような冷たい目を向けていた。三人のその表情をセシリアは何も気にしていないようで、大きく溜息をつき、自分の体験を思い返しているように上を向く。
「あの者達も、これを機に改心して正しき道に戻ってくれるといいのですが」
 そう言葉を締めくくるセシリアに、談話室に微妙な空気が流れる。あの男達は一週間後には処刑場にぶら下がる事になるだろう。そういう状況だけに正しき道も、改心もあったものではない。
「でも神が私達を救ったように、きっとあの者達も導いてくれますよね」
 セシリアはニッコリと明るく笑う。テーブルの三人はどう反応を返すべきか悩む。
「お付きの者は今どちらに?」
 ローレンスは誰もが不思議に思った事を、セシリアに聞く。のんびりとした様子のセシリアが途端に動揺したように、視線を泳がせる。
「そんな者はおりません。一人で旅をしておりました」
 誤魔化すようにと笑うセシリアに皆は呆れた表情を返す。巫は貴重な存在だけに基本的に保護されて生きている。一人で出歩くという事はありえない。通常は警護の者がつく。自らが戦える能力をもつものでも二人以上で行動するのが常識となっている。
 セシリアのように、世間知らずで、しかも能力的に戦闘にむかない人物が一人で旅をするというのは明らかにおかしい事なのだ。『テラ』と名乗り、身につけている衣装が黄色の事から土の巫なのだろう。地脈を読んだりすることができることから、人々の生活には役に立つものの、戦闘能力は全属性の中で最も低い。しかも彼女から感じる気は弱く、彼女自身はペンより重いものは持ったことないような細くてか細い手をしている。巫としての能力も低く、戦闘能力も低く、世間知らずの彼女を一人で神殿が外に出す筈がない。

 憲兵隊長は、コホンと咳払いをしてセシリアに向き直る。セシリアはあどけない感じで黒目がちの瞳を隊長へと向ける。
「シスター・セシリア。明日、貴方を我々が責任をもって神殿までお連れいたします。だからもうご安心下さい」
 治安と平和を守る憲兵隊長としては当然の言葉だろう。こんな危なっかしい存在を放置するわけにはいかない。神殿に戻ってもらうのが一番だろう。しかしセシリアはその言葉に顔を強張らせ首を横にふる。
「いえ、そういう訳にはいきません。私には行かねばならない場所があるのです」
 その言葉に、マグダレンは鼻でフンと笑う。
「貴方の行かねばらない場所。それは一カ所しかない。安全で平和な神殿だけ」
 セシリアは信じられないという表情でマグダレンを見つめ返す。
「違います。貴方も巫なら分かるはず。此所で私と貴方がたと出会ったのも神のお導き。行動を共にするためにきっと私達は」
 その言葉にマグダレンは不快な感情が露わにする。碧の瞳をギラリとさせて、口を開き何かを言おうとするのをローレンスが止める。
「シスター・セシリア。今日我々が貴方を助けられたのは偶然の出来事だ。もしそれが神の導きだというのならば、それは貴方の無謀な行動を止める為であって、さらに危険な道を歩む事ではないと思います」
 セシリアは首を子供っぽく振りながら縋るようにローレンスを見上げる。ローレンスはさらに言葉を続ける。
「巫には、それぞれの役割がある。それに従う事こそが、神の示された道でしょう」
 セシリアは唇を引き締め、下を向く。顔に似合わずかなり強情なようだ。納得などしてない様子にローレンスは溜め息をつく。
「あのさ、貴方は自分の力が分かっているの? そんな貴方が旅を続けても何が出来る? 何が目的か知らないけど貴方がその目的に役に立つとは思えない。というか普通に道あるくことも出来ないくせに!」
 マグダレンの言葉に、セシリアは流石にキッと顔を上げ怒った感情を見せる。マグダレンはその表情を何故か哀れむように見つめる。そしてプイっと顔を背ける。ローレンスはその様子を見て大きく溜息をつく。
「どちらにせよ、私達も神殿を訪ねる予定でした。シスター・セシリア。我々が貴方を神殿にお送りします。そしてそこで今一度貴方が出来ること、そして我々にとっても何かお手伝いが出来る事があるのか、落ち着いて、話し合いましょう」
 ローレンスの言葉に、セシリアは悲しげに顔を下げる。そして首を横にふり『彼が待……る』小さい声何かをつぶやく。そして胸の所で百合の文様が施された腕輪をしている左手を右で撫でる。
 マグダレンはそんなセシリアを見て、何処かに痛みを感じているかのように顔を顰める。
「何処に行こうとしているの? 代わりに行ってやることは出来る。もし貴方が神殿にちゃんと帰るなら、私達がそこに行ってあげる。それではダメ?」
 大きく溜息をつき、マグダレンはセシリアにそう提案する。セシリアは驚いた顔をするが、その瞳は悩んでいるようだ。そして覚悟をきめたように口を開く。
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