蒼き流れの中で

白い黒猫

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三章 ~喪ったものと、遺されたもの~ キンバリーの世界

記憶の中の愛しい人

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 森の中は午後の明るい太陽に光を帯び、景色全体が輝いている。風が静かに流れ、木々を優しく揺らしている。地面に落ちた細かい光がリズミカルに揺れ、風の音楽に合わせて軽やかな鳥の囀りが響く。なんとも平和で穏やかな光景である。世界のすべてが優しく見える。

 マグダレンは森の中を軽やかに走っていた。その表情は喜楽と希望に満ちていて、頬を赤くしながら走って行く様子はあどけなく何処か幼い。いや、実際にその姿は、キンバリーと見た目も近く、その容姿もキンバリーであると勘違いしそうだが、マグダレンはそれが自分だと理解している。同時にコレは自分が見ている夢だと客観的に認識していた。それは夢と言うより、記憶の再生。懐かしい思い出だと、マグダレンは安心しそのままその世界に身を委ねる。思えばマグダレンが無垢で幸せでいられた時代の姿。マグダレンが何の疑問も不安もなく修行に勤しみ、愛する人に囲まれて平和な日常を楽しんでいた時の事。

 汗ばむ肌に、少し冷たい風が心地よい。マグダレンは小さな手に何かを握りしめ必死に走る。ふいに景色が少しひらけ静かに清流をたたえる美しい泉が現れる。
 記憶が古すぎるせいかもしれない。その時のマグダレンが向かった場所とは、景色はやや違って見えた。別の時間の記憶にある、あの森や泉にも似ている。どちらにしてもマグダレンにとって愛しい時間が生まれた場所。マグダレンにとってはその風景はもはや何処であろうと関係はなかった。一番重要なのは、そこの場所に佇んでいる人物の存在で、マグダレンは記憶の中の自分同様、ドキドキした気持ちで視線を巡らせる。幼いマグダレンは、誰に向かって走っているのだろうか? 今日はどの懐かしい人物との再会が待っているのか。

 マグダレンは心を躍らせながらも冷静に、夢の中の幼い自分を見守る。

 銀の長い髪を緩やかに結い上げた黄色の衣装を着た女性の姿が見える。その人物はゆっくりとマグダレンへと振り返り、蒼い瞳を細め笑いかけてくる。清楚で女神を思わせる美しさをもったその女性。その女性がコチラを優しく見つめてくるだけで幼いマグダレンの心は幸福感に満たされる。
 無邪気にその女性との対顔を喜んでいる幼いマグダレンとは異なり、それを見守るマグダレンはその姿に心を締め付けられるような切なさと愛しさを覚え、どうしようもない悲しみに心が震える。
 夢とは本当に便利なものだ。現実では会う事も叶わぬ相手とも、このように再び会う事ができる。
 マグダレンの弱さゆえに救う事も出来ず、結果見殺しにしてしまったこの人物にも。

 そんな未来など知らぬその女性は清浄な笑みを湛え、走ってくる子供を見守る。
「マギー、どうしたの? そんなに慌てて」
 マグダレンはゆっくりとその人物に近づき、甘えるように抱きつく。銀の髪の女性は、柔らかい表情で甘えてくるマグダレンを受け入れ抱きしめてくれる。その暖かさをマグダレンは、しばらく楽しむ。その女性は走って乱れていたマグダレンの髪の毛を優しい仕草で整える。
「まあ、こんなに髪の毛を乱れさせて。これで可愛くなったわ」
 マグダレンは自分の容姿が優れているのは自覚しているので、可愛いとか奇麗だとか言われる事は慣れている。他の人から褒められても何とも思わないが、この人物からの言葉だと別で、堪らなく嬉しく素直に喜んでしまう。
「実は、今日、初めて結界石を作る事に成功しました!」
 マグダレンの言葉に、その女性は驚いた顔をしてから華やかに笑う。自分の成長を相手が喜んでくれているのが判り、マグダレンは破顔する。
「まあ、もうそんな事まで出来るなんて」
 女性の言葉に、マグダレンはやっと誇らしい気持ちになってきてそのままそれを表情に出す。
「それで、先に貴方にお伝えしたくて」
 その含んだ言い方に、もう一つの事実も察したのだろう。その女性がフフフと笑う。
「私は誇らしいです」
 その銀の髪の女性はマグダレンが望む最も嬉しい言葉をくれた。深呼吸して真面目な顔をする。そしてそっと手をその女性の方に出し掌を開く。そこには乳白色の石が載っている。マグダレンが生まれて初めて作成に成功した結界石。
 銀髪の女性は目を細めその石を静かに見つめ笑う。
「奇麗な石。貴方らしい明るい力に満ちている」
 愛しげな表情でその石を見つめ続ける女性に、マグダレンはもう一回深呼吸をして緊張しながら口を開く。
「この石を、受け取って頂けませんか? ずっと決めていました。最初の石を貴方に贈るって」
 銀髪の受精は驚いた顔をしたが、すぐにしゃがんでマグダレンを抱きしめる。
「嬉しいです。でも私でいいの?」
 女性の言葉にマグダレンは首を縦にふる。
「二人で決めました。最初の石を母上、貴方に贈るって」
 二人っきりの時しか許されない『母上』という言葉。マグダレンにとっては特別な意味のある言葉だった。マグダレンはこの言い方でこの女性を呼ぶときのなんとも言えない優越感と高揚感が好きだった。
 しかし今のマグダレンにとっては、激しい喪失感と悔恨の念に苛まれる言葉になっている。夢を見ているマグダレンは泣いていた。
 マグダレンが大好きだった、誰よりも美しく優しい母親。彼女にコレほどの強き能力を与え、そして生きる力を与えてくれた人物。マグダレンの憧れであり、目標であり、母のように人に尽くし、人を慈しみ、人から愛される人になる事を望んでいた。
 なんともいえない幸せな気持ちと切ない気持ちに耐えきれずマグダレンは目を開ける。彼女の目の先には木の天井が広がっていた。隣をみると無人となったベッドが二つならんでいる。そこが宿屋の一室である事を思い出す。窓の外をみると、すっかり陽はのぼり明るく、外から人々の生活の音が聞こえてきている。ローレンスとキンバリーは先に起きて食事にでもいったのだろう。マグダレンはゆっくり起き上がり、大きく深呼吸をして自分を今という時間に戻した。
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