蒼き流れの中で

白い黒猫

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二章 ~幽囚の麗人~  カロルの世界

相克と提携

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 金の髪に金の瞳で華やかな顔立ちと華麗な容姿で、存在そのものが既に豪華すぎる存在のせいかソーリスはどちらかというとシンプルなデザインの洋服を好み、私室も白を基調とした空間で装飾品といったものが少なくあっさりした空間。
 誰もいなければ、かなり寂しい場所になるところだが、今は艶やかな容貌をもつソーリスと、その目に華やかな美しさをもつシルワがいることで、コレ以上ないほど秀絶な光景となっていた。椅子にゆったりと腰掛け書類を読んでいるソーリスを、シルワは机を挟んだ前ではなく同じ側におり机に腰掛けその様子をうかがっている。他の人物だったらあり得ない光景ではあるが、ソーリスにとってはもはや片腕ともいっても良く、かつて恋人でもあった二人だからこそのこの親密さである。
 ソーリスはつまらなさそうに、シルワの報告書を机に放り投げる。
「お前らしくなく、問題に手こずっているようだな」
 シルワはその言葉に、肩をすくめ口の端だけをあげて笑っているかのような顔を作る。その表情に誰もが魅せられ放心するだろうが、ソーリスは静かな視線を返すだけだった。
「だから、再々私は貴方にお願いをしているのですがね」
 ソーリスはフッと笑い、目を細めてシルワを見つめる。それにたいしてシルワは珍しく楽しそうな笑みを返してくる。
「ファクルタースの研究に関しては、お前の右に出るものはいない。今更、助言を求めなくてもよいだろうに」
「アクアのファクルタースに関してはマレが第一人者ですので」
 ソーリスは、らしくなく人を立てる言い方をするシルワの様子を探るように見つめている。シルワはそんなソーリスに何故か華やかな笑みを返す。こういう顔をしているシルワは何かを企んでいる。たちの悪い事に、シルワはあえてそういう意図をソーリスにハッキリ示すことでコチラの反応をみているようだ。
「お前には、十分楽しめるだけの玩具を与えたと思うが」
 シルワはクスクスと笑う。そしてチラリと報告書に視線をやり。
「ええ、おかげ様で私は楽しんでいますよ。でも貴方は思った程、自分の玩具で楽しめていないようですね」
 ソーリスは眉を顰めてシルワを見る。それに対して、シルワは意地悪く笑う。
「お前は気にくわない状況かもしれないが、アレは最高に面白いぞ」
 シルワはその言葉と眼に若干の怒りを孕ませた毒のある笑いをみせる。ソーリスからしてみたら、ある意味シルワの気に入っている表情の一つである。恐らくは、この世界で唯一自分と正面でぶつかり合える相手。それだけにシルワとの論争はソーリスの楽しみの一つでもある。それが始まるのをこの表情が告げていた。
「思春期を迎えた子供のように、せいぜい無邪気に今を楽しまれていればいいです」
 そう一旦切り、落ち着いた碧の瞳が細められる。
「マレに再び痛い反撃を喰らう様子を、楽しく見させてもらいます。貴方はあの子というものをまったく分かってない。全てが裏目に出ていると何故気が付きませんか?」
 ソーリスは、首を傾けシルワを見上げる。
「貴方という人がここまで不器用だったとは、笑いを通り越して呆れてしまっています」
 ソーリスはフンと、馬鹿にしたように笑う。多少打つ手を間違えたのは認めるが、確実にマレは自分の元に堕ちてきている。
「側で見させて頂いていた私の正直な意見を言わせてもらいます。昔貴方はマレの心を掴みかけていた。だからこそあの者もマレが貴方に近づく事をあそこまで嫌がっていた。でも貴方は自らの手でそれを台無しにしてマレの心を閉ざしてしまった。その溝を埋める事すら出来てない。違いますか? 未だにマレの心は貴方ではなく――」
 ソーリスは顔を顰め、シルワを軽く睨み付ける。シルワの表情がそのソーリスの顔をみて嬉しげに笑う。
「そうでしょうね、貴方はマレを最も屈辱的な形で従わせているのに過ぎないから。人を支配するのに、圧倒的な力の差を見せつけて、逆らうことの無意味さを教える確かに有効な手ですが、マレにはそれは逆効果ですよ」
「お前に何が分かる? アレの事が」
 ソーリスの言葉に、シルワはやや毒を引っ込めた表情をする。
「分かりますよ。私とマレは似ている」
 意外過ぎる言葉にソーリスは、思わすポカンとする。二人が似ていると思った事がないからだ。
「お前と、マレが似ている? なかなか笑える冗談だな」
「私もマレも感情で感じる事よりも、理性で導き出した事に従います」
 その言葉に、ソーリスは黙る。
「マレの全てを手にいれたいなら、全てを奪うのではなく、貴方の手であの子が納得する環境を与え、あの子の世界を貴方が共有し支配するべきだと私は思いますよ。あの子のプライドを満足させてあげれば、再び貴方への尊敬と信頼を取り戻し、その心も貴方に預けるでしょう。カロルという出来の悪い代用品を使うよりも、ずっとその方が有効ですよ」
 ソーリスは『カロル』という名前を出してきたシルワに、驚いた顔を返す。
「カロルがマレと会っていたのを、気付いていたのか?」
 シルワは苦笑する。
「鼻は効きますので、それにカロルだと力不足だったようですね。マレにまんまと飼い慣らされて色々都合の良いように動かされているようですし。まあカロルの癇癪をマレが抑えてくれているという意味では感謝していますが」
 マレはカロルを使って、少しずつ知りたい情報を手にいれてきているのには気が付いていた。
「しかし、今のアレに何が出来る? せいぜい情報を集めることだけだろうに。しかもカロルだ、大した情報を持ってもいない」
 シルワはフフフと笑う。
「情報・知識、それこそが、あの子の最大の武器ですよ。あの子がカロルと通じて様々な知識や情報を得ようとしているという事は、それこそが貴方に屈服などまったくしておらず、何かの路を模索しているという事でしょうに。貴方だって知っているでしょうに、マレは目的の為なら手段をまったく選ばない」
 ソーリスは最後の言葉に、思わず声を出して笑う。シルワほどではないにしても、自分の持てるものを最大限に生かしブリームム統率者であるソーリスに交渉を持ちかけてきたマレ。その冷静さ、狡猾さはシルワによく似ているのかもしれない。しかし若いだけにマレの方がまだ付け入る隙は多い。
「シルワ、ならばお前ならば、マレをうまく丸め込めるというのか? あの時の事に気付けなかったお前が」
 シルワはその言葉に露骨に、顔を歪ませる。
「あの事は想定外すぎるでしょう。あらゆる意味において。后である人物のあのような暴挙に貴方がまったく気づけなかった。私がどうやって察しろと?」
 攻撃したら、それよりも確実に痛い形で返してくるのがシルワの特性である。ソーリスはその言葉に笑うしかない。そしてジッと考える。シルワの言わんとしている事を。そしてどうする事が一番の得策なのかを。
「シルワ、マレとの面会を許可してやろう。要は、お前も一緒に遊びたいという事だろ? ゲームにオブザーバーとして参加させてやろう」
 シルワは美しい顔を晴れやかに緩ませ満足そうに笑う。そして机から降りてソーリスの膝の上に座り顔を近づける。ソーリスはシルワの首に手をやり引き寄せその形のよい唇にキスをする。
「良かったです」
 ソーリスは唇を離し、間近にあるシルワの秀麗な顔を見つめ返す。
「何がだ?」
「貴方が折れてくれた。ここで突っぱねたら、無茶でもしてみるかと思っていたので。私も我慢の限界でしたし」
 かなり人の悪い笑みであるが、シルワがすると何故こんなにも華やかで美しいのだろうか? ソーリスは悠然と笑う。
「それは危ないところだったな。でも忘れるな! アレは私のモノだ。馬鹿な事をしたらどうなるか」
 シルワは肩をすくめる、そして再びソーリスに抱きつくように腕を回す。
「まあ、そこは譲りましょう。というか私はそういう意味では興味ない。ただお裾分けが欲しいだけですよ」
 ソーリスは再び、深いキスを落としてくるシルワの背中に片手を回す。シルワがゆっくりと気を交わらせてくる感触を楽しむ。コチラが攻めるだけのマレとのまぐあいも良いが、偶にはこういうのも悪くないかもしれない。ソーリスはもう片方の手をシルワの胸の所にもっていきその衣装を脱がせようとするが、シルワはその手を掴み拒む。酒に少し酔ったように目を潤ませたシルワが、そっと唇をソーリスの耳に近づける。
「私が欲しいのは、貴方の身体ではない」
 ソーリスは目を細める。シルワはソーリスの恋人であった時も、あまり身体を繋げる事は好まなかった。『抱かれるのって、ただかったるいだけ』という事もよく漏らしていた。性行為そのものを楽しむというより、ルークス のファクルタースを取り入れ体内で実感として感じられることを楽しんでいたようだ。
 そして今あえて、シルワがソーリスと気を交わらせる事を求めてきた理由も、考えてみたら簡単に分かる。ソーリスを通して、マレの気を楽しんでいるのにすぎないのだろう。根っからの科学者。全てを自分で検証したいだけなのだ。
「貴方が夢中になるのも分かります。マレの気は最高に美味しい」
 うっとりとつぶやくシルワに、ソーリスは何故か怒りを感じ強引に気の交わりを断つ。シルワの身体が緊張するように強ばりそのままソーリスに凭れるように倒れる。かなり乱暴な切り方だったので神経を直接引っ張られるような痛みを感じたのだろう。
 顔を顰めながら、起き上がりソーリスを睨むシルワにソーリスは『悪い』と軽い調子で謝る。ソーリスから離れ立ち上がろうとするが、身体に先程の衝撃が残っているのだろう。ふらつき倒れそうになるのをソーリスは立ち上がり支える。流石に大人気ない事をしてしまったようだ。シルワを抱き上げ移動し、部屋にあるソファーで休ませてやる。治癒術をかけて痛みをとってやっても良いのだが、小憎たらしさもありあえてそのまま放置する。
「ったく、子供ですか。カロルのあの性質、誰に似たのかと悩んでいたのですが、間違いなく母親ではなく貴方の気質を引き継いでいますね」
 シルワは忌々しそうにソーリスを見上げ睨む。言いたい事をポンポン言ってくるのもシルワの良い所である。ブリームムとして生きることで、誰もが傅き敬う存在となったソーリスにここまで好き勝手いってくる人物は数少ない。息子達ですらここまで自由に会話はしてこない。だからこそ、シルワにはこうして素で自分も接してしまう。
「シルワ、謝りついでに、もう一つ詫びておく。だから怒るなよ」
 その言葉に怒りをやや引き、怪訝そうにシルワはソーリスの顔を見上げる。
「まだ、私に謝るべき事があるのですか?」
 ソーリスは口角をクイとあげる。
「マレのファクルタースを壊してしまった」
 シルワは意外にも怒ることはなく、口角をクイっと上げる。
「怒らないのか?」
 シルワは笑いながらも睨むように見上げる。でもそれは怒っているふりだ。
「壊れているというのではないですね。貴方の気に穢されているという状況で、マレ本来の気は生きています」
 目をつぶり、先程取り入れたマレの気を分析しているようだ。
「他のファクルタースなら、とっくに壊れて疑似変容している所ですが、マレの気は貴方の気と見事に融合している。コレはコレで面白い現象を試せています。あの子は以前も違う属性の気も吸収し自分の中に取り入れていましたし。どんな属性も取り入れ融合させてしまう、面白いですよね」
 シルワは仕事モードの淡々とした口調で語り出す。ファクルタースの研究を続けているだけでなく、シルワの持つテラのファクルタースは気に対しての嗅覚が鋭い。やはり今後さらにマレに与気をしていくつもりであるだけに、シルワの力も借りるべきなのかもしれない。幸な事に、シルワは自分がマレに行った事を、楽しんでいる。ソーリスはシルワの冷静な表情を静かにソっと観察する。しかし油断ならないのがシルワという人物。
(『共有し支配することでプライドを満足させる』か、それはお前にも使える手だな。ただ、シルワがマレの気に余計な接触をする事の防止策を考えておく必要はあるな)
 シルワはしげしげとソーリスを見上げる。
「悪い笑顔をしていますね。また良からぬ事企んでいます?」
 ソーリスは惚けるように笑い、首を横にふる。油断ならない相手であることはお互い様なのかもしれない。
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