蒼き流れの中で

白い黒猫

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二章 ~幽囚の麗人~  カロルの世界

奥宮のマレ

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 共に歩きし者アミークスらによって整えられた木々は真っ直ぐと空に向かって伸び、地面に細かい木漏れ日を作り出している。鳥は歓喜の声で鳴き、花は咲き乱れ、草木は瑞々しく生い茂る。世界はとても平和で美しい。宮殿や街では、貴族ノービリスやアミークスがそれぞれの仕事を笑顔で勤しみ日々の生活を楽しんでいる。
 そんな世界の真ん中にいるはずのカロルは、イラついていた。アグニ能力ファクルタースを持つ少年は、まさに炎のような赤い髪を持ち、吊り上がった瞳と眉は彼の自尊心も高さと勝気な気性をそのまま表現しているようである。彼が苛立って理由は色々あるが最大の原因は、教師のシルワの嫌味タップリの小言。この世界でも最強の力を持つことで尊敬され統率者ブリームムを勤める父ソーリスの息子で、父や兄に継ぐほどの力をもつ自分にシルワはせこく小さく力を使うこと勉強させようとするのだ。馬鹿らしくて無視していたら、『こんな事も出来ない無能な方が、ソーリス様の息子だとは』といった事を言ってきたのだ。
 怒りを爆発させ、シルワに火花をぶつけ飛び出してしまった。シルワは能力的にはさほど強くないのに防御だけは高いので怪我すらしてないのだろう。何故父はあんな口だけの人物を側近として置くのか分らない。
 腹立ち紛れに草原の真ん中にポツンと生えていた大きい木を、気を放ち燃やす。しかし気が晴れることもない。木を一本燃やした事で、誰かが近づいてくる気配がするので、その場から逃げる事にする。
 お目付け役が探しに来て、教育係のシルワにまた怒られるのが目に見えている。どこに逃げてやり過ごすかカロルは悩む。ヘタに森に逃げるよりも、宮殿の奥へといくだけで、ヤツらが追いかけてこられないという事実に気が付く。カロルはまだ父の保護下にあるので、父ソーリスの宮殿の深い階層へと入り込むことが出来る。他のノービリスも入れない空間までも。それに考えてみたら、宮殿の奥を探検したこともない。カロルはニヤリと笑い、久しぶりにワクワクした気持ちになり人の気配を避け宮殿へ急いだ。

 ※   ※   ※

 宮殿は高い能力をもつノービリスのみ持つ事が許される。というより高い能力を持つものにしか宮殿を維持する事が出来ない。ノービリスが築きあげた精神世界を実体化したものが宮殿である。そしてその宮殿はそこに住まう者達の命や生活を守り育てていく。それが宮殿を持つものの務め。
 最高権力者であるブリームムのソーリスの宮殿は、荘厳の一言。白を基調に黄金で装飾されている。流れるような緩やかな曲線を帯びており、他のノービリスの宮殿など足元に及ばないほど巨大で壮麗で美しい。ノービリス史上最強で、最も尊いとされるルークスの力を持つソーリスの宮殿だから当然といったら当然の話である。
 整然と見た目も気持ちよく区切られたアミークスの住まう街やノービリスが生活する宮殿の外郭部分とは違い、内郭部分はまるで貝の中のように曲線で構成された不思議な空間になっている。カルロはその奥宮部分の空気が大好きだった。あの尊敬する父の気を最も強く感じられ、その気は激しく全身を刺激するがそれが心地よい。そしてなんとも懐かしい安らいだ気分になる。
 ソーリスの印章により鎖されている扉をカロルは一つずつ開けていく。何故か奥に行くにつれ、カロルの鼻腔に水の香りに似たモノが静かにはいってくる。苛立ったときによく行くあの森の奥の滝つぼの香りだ。カロルをいつも癒してくれるあの香り。その香りに誘われるようにさらに奥へと進んでいく。

――貴方は幸いなる人――

「歌?」

  ――神の御心に抱かれて――

 どこからか、高い澄んだ歌声が聞こえる。意志とか感情が動くよりも先にカロルはその歌の聞こえる方へと足が動く。気が付くと走り出していた。
 ひときわ大きな扉が前に現れる。扉に大きな父の印章が描かれている。強い父の意思をソコに何故か感じる。そっとその扉を押してみた。

(あ、開いた)

    ――黄泉の――

 意外にも扉は簡単に開いた。歌はこの中から聞こえているようだ。ゆっくりと開けてみると、そこには驚くほど大きな空間が広がっていた。中央に天蓋型の大きなベッドが置かれ、その周りに流線型のデザインの二つの椅子とテーブルなどもあり、一見普通の部屋のようではあるが、その空間の広さがとんでもない。上を見ると青空のような色の空間が広がっており、そして奥には巨大な石の空間がありその岩の上から水が流れ、下の泉に流れ込んでいる。その周りには草が生え、まるで森の中のように木々までも植えられている。手前の部分こそ部屋のように地面は大理石の冷たい床だが、奥の方は森の中の風景のようだ。

 ――再会の日を――

 歌声は途切れることのなく続いている、カロルはそっと奥へ進む。何故か自分がいつになく緊張しているのが分った。

 泉の中の岩に誰かが座っているのが見えた。歌っているのはその人物のようだ。足元まである輝く銀色の髪の人物が、岩から落ちてくる水を手にうけている。その人物に触れた水は、何故か重力に逆らって踊るように揺れ上へと舞っていく。後ろ姿でどんな人物かは分らないが、体つきはまだ大人のモノではなく華奢だ。カロルより少し上といった所だろうか? 腿あたりまである、くびれもなく下にいくほど広がっている白い一つの布だけで作られた簡単すぎる服を着ている。

  ――今は、安らかに眠れ―― 

 ガタ 

 うっかり、椅子に引っかかり、カロルは不躾な音を立ててしまう。
 その人物は振り返り銀の髪がさらさらと広がり光をうけより輝く。その人物と遊び舞っていた水玉が重力を思い出したかのように下へ向かって落ちていく。そのいくつかの水玉がその人物の銀の髪にぶつかり弾けた。薄い蒼の瞳がジッとカロルを見つめる。
 青みを帯びた絹糸のような銀の髪に、透き通るような白い肌はカロルのものとは違って柔らかく滑らかに見える。父の金の瞳をどこか彷彿させる淡い蒼い瞳に見つめられると、泣きたいような切ない気持ちになる。そして赤い柔らかそうな唇が抑えた色調のその人物に華やかにみせていた。

 カロルは立ち尽くしたまま、その銀の髪の人物を見蕩れていた。その銀の髪の美しい人は首をかしげ、ゆっくりとカロルに近づいてくる。膝まで水につけていた事からそこまで浅いとは思えないのにその人物は水面の上を歩くように進み、そのまま草地を歩く。
「あっ……俺は……」
 カロルは、そもそもこの空間に来て良かったのかも分らないし、部屋に勝手に入ってしまったのも分っているだけに、何といえば良いのか思いつかない。
「……カロル?」
 先ほどの美しい歌を紡いでいたその唇が開き、高い澄んだ声がカロルの名を呼んだ。
「えっ」
 カロルは、碧の瞳を丸くしてその人物を見返す。初対面の人に敬称もつけず呼ばれるのは、普通だったら腹立たしく思うのに何故か名前を呼ばれた事が嬉しくて、首を縦に振る。すると相手は嬉しそうに目を細め微笑んでくる。その笑顔に益々心が躍る。
「大きくなって」
 白く細い手がカロルの頭に伸ばされ、その堅い髪を撫でてくれる。顔を赤らめながら、カロルは撫でられるままにしていた。
「あ、あの、貴方は?」
 明らかに相手は自分を知っているようなだけに、名前を聞くのは躊躇われたが、その人物の名前が知りたかった。
 『あっ』という顔をされて、申し訳ない気になる。そんな様子のカロルに銀の髪の美しい人は笑う。年齢はよく分らないけれど、自分よりも上で兄上よりも下くらいの年なのだろうか? 自分よりか落ち着いていて大人っぽく見える。
「私は……マレ」
「マレ」
 カロルは名前を口に出してみる。心地よい不思議な響をもつ名前。マレはクスリと笑う。
「でも、どうして此方にこられたのですか? ソーリス様はご存じなのでしょうか?」
 マレの言葉にカロルはどう答えるべきか悩む。でも、ここは奥宮。父が許していなければそもそも、ココまで入れないはず。
 そう判断し、カロルは元気に頷く。
「問題ないよ! ねえマレはここで何しているの?」
 マレはその質問に困った顔をする。
 カロルはさっきの歌声を思い出す、どこか懐かしい響き。その感覚に、やはり過去に確かに会っていたのだという事を納得する。
「ねえ、俺が前にマレと会ったのはいつなの?」
 マレは、少し考えるように首をかしげる。
「貴方がまだ赤ちゃんの時ですので」
 カロルは首を横にふる。
「昔も、俺に歌を歌ってくれたよね。その歌声覚えている」
 その言葉にマレは驚いたように、淡い蒼の瞳を丸く見開く。そして嬉しそうにフワリと笑う。
「ねえ、また歌って俺の為に」
 カロルは甘えるように、マレに近づき抱きつく。こんな風にカロルは人に甘えるなんて事は物心ついてからしたことない。でもここでは自然にそういう行動が出来た。マレも叱る事もなくカロルを受け入れ優しく包むように抱き返す。マレの胸の中は、この世のどこよりも柔らかく暖かく優しい場所だった。まるで羊水の中にいるときかのような心地良さに、カロルは身を任せた。



 ~~~★~~~★~~~★~~~


一章と表現は変わっていますが、能力等の設定は同じです。
巫《きね》の力=ファクルタース(能力)
火=アグニ
風=ベントゥス
地=テラ
カロルの世界では上記のような表記になっています。
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