蒼き流れの中で

白い黒猫

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一章 ~赤き髪の祓魔師~ キンバリーの世界

姿なき巫

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 キンバリーが街まで警護する村人は五人、その内の二人は昨日一緒に狩りをした若者だった。ニカッと笑いかけてくる二人に、キンバリーは似たような笑みを返す。
 残り三人は壮年の男性。キンバリーには普通の人の年齢を判断するのが苦手である。見た目だけだとローレンスと同世代かやや上にも見えるが、おそらくここにいる人はローレンスよりかなり若いのだろう。明らかに同年代に見える若者らがすでにキンバリーよりもはるかに若い。
 仕事ということもあり、大人が一緒と言うことでキンバリーは顔を引き締め五人に向き直る。
「私が責任持って皆様を街まで送らせて頂きます」
 キンバリーは手を合わせ小さく頭を下げるという巫の挨拶をする。
 昨日の狩りの様子を三人が自慢気に村中に語った事もあり、子供のキンバリーが護衛である事に誰も、誰も不満は言って来なかった。
「キミーは、まだ子供なのに、強いし、仕事も立派にやってすげーよな~」
 若者二人は荷物持ちで選ばれたようだ。馬鹿でかい荷物を担ぎながらも、笑顔でキンバリーに話しかけてくる。
「まだまだ、学ぶ事の方が多い未熟者です」
 昨日よりも幾分改まった感じで言葉を返す。
「ヨブ! キンバリー様と言わないか!」
 体格の良い若者は、前を歩いていた大人に怒られる。
「いえいえ、旅の生活で友達がいないので、そのように話しかけて頂けるほうが嬉しいです」
 男性は憐れむような色を視線に滲ませ、キンバリーを見つめ、納得したように頷く。見た目が子供の為に、小さいのに世の中の為に頑張っているように思われているのだろう。
「こんな馬鹿息子でよければ、どうぞ話し相手にでも使って下さい」
「オヤジ! 馬鹿は余計だ!」
 キンバリーはそのやり取りを笑って見つめる。なんかこういう自然な家族のやりとりがチョット羨ましく感じる。
「ところでキミーとマグダレン様は、苗字同じで顔似ているけど、姉妹なの?」
 キンバリーはその言葉に苦笑する。
「我々は神に仕える身なので苗字はありません。アグニは苗字でなくて、属性を示すものなのですよ。私とシスター・マグダレンは火の巫なのでアグニ、ブラザー・ローレンスは風の巫なのでベントゥスとなっています」
 そばかすの青年は感心したような顔をする。キンバリー、マグダレン、ローレンスの三人の関係を他人に説明しても、一般の人には理解しづらいものがあるようだ。人によっては化け物をみるかのような嫌悪感のある奇異な視線を向けてくる。キンバリーは当たり障りのない情報だけ与えることに留めておいた。巫しかいない里において、皆が家族のように一つとなって生活しており、血縁といった概念は薄かった。里においては、子供は皆、一緒に同じ所で暮らし、里全体の大人によって育てられる。しかしキミーだけはローレンスとマグタレンの三人で暮らすようになった。ローレンスとマグダレンが里の人から厭われていたわけではない。寧ろ皆から崇められ親しまれていたし、頼られていた。マグタレンは人と距離を置いていたが、里での関係は良好であった。
「なるほどね~火の巫って、みんな赤毛なの?」
 今まで百人近い人からも質問をされた言葉を言われ、キンバリーは笑って首を横にふる。
「赤毛の人は他の巫の力の人の比率よりも多いようですが、皆が皆そういう訳でもありません」
 くだけた口調で喋る若い二人に、前を歩く大人は苦笑するが、もう何もいわなかった。
「神父様から聞いたんだけど、巫様って普通の人間よりも長生きで成長が遅いって本当? ということはキミーってもしかして俺より年上だったりする?」
「貴方達は二十くらいだよね? だったら年上だよ! だから敬語は使うように!」
 大柄の若者の言葉にキンバリーはニヤリと笑う。それは本当だ。旅に出て知ったが普通の人間は寿命が六十年くらいしかないようだ。巫は百五十年程生きるというのに。
 二人の若者は目も丸くして、キンバリーを上から下まで見る。キンバリーとしては、年相応に見られる事がまずないだけに、ここで少し本当の事を言えたのが嬉しかった。
「つうことは、シスター・マグダレンは、四十近いとか言わないよね……」
 ショックをうけたように言うそばかすの男に、キンバリーはただニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
「帰ったら、伝えておきます。貴方がシスター・マグダレンをオバチャンと言っていたと」
「止めて下さいよ~」
 慌てるそばかすの男の様子に皆で笑う。警護といいながら、なんとも長閑な道中だった。というのもキンバリーの察知出来る範囲には腐人の気配なんかまったくしなかったし。察しの良い野生の肉食動物も、荒いキンバリーの気に圧され近づいてくるなんて事もなかったからだ。
 くるとしたら、そういった事に鈍感で空気の読めない盗賊くらいだろうが、そういった輩の物騒な気配も今の所ない。
 思う存分暴れる事はできなかったが、こうして人とゆっくり交流するというのも、キンバリーにとって有意義な楽しい時間ではある。

 半日程歩き、キンバリー達は街に到着した。街には結界が張られていることもあり、ここに魔が迫る危険はない。商売の事は巫をやっているキンバリーには一番分からない世界で、そういう場面ではまったく役に立たない。夕方宿屋で待ち合わせをして別れることにした。

 キンバリーは五人から離れると、フードを目深に被る。いつからだろうか? 人混みの中を歩くときはこうして自分の姿を隠すようになったのは。フードの奥から、楽しげに日常生活を過ごす人達の様子を眺める。
 自分の本当の年齢と変わらぬ筈の女性が、夫や家族と楽しげに話している様、自分と見かけが変わらない子供が無邪気に周りに甘え笑う様を複雑な気持ちで見ていた。
「私の可愛いキミー。いつまでも変わらないで」
 マグダレンはキンバリーを抱きしめながら何時もそう言う。それは本心で言っている言葉である事はわかっている。キンバリーにとってもマグダレンはかけがえのない家族で誰よりも愛している。
 何故私はこんなにも成長が遅いのか?
 いつになったら私は大人になれるのか?
 私の父親はいったい誰なの? 
 聞きたい事は山ほどあった。しかしそれは言葉に出来ていない。答を聞くのが怖いから。
 人混みに疲れ、街を出る。人混みを歩いていて、いつも以上の疎外感と孤独を感じる。 
 街外れの丘に登り、空を見上げると突き抜けるような青空が広がっていた。キンバリーは空を見上げたまま、大きく深呼吸を一回する。穏やかな太陽の光が肌に当たり心地よい。
 一人になりようやく人心地ついたキンバリーの周りにと戯れるように風がおこる。それは自然の風ではない。巫が作り出した人口的な風である。その風が、キンバリーのフードを跳ねあげ外してしまう。風の気ではあるが、ローレンスの気とは違うのはわかる。
《面白い》 
 何者かの心話が聞こえる。ハッキリと意志は伝わるものの、相手がどのような人物なのかまったく見えない。それだけ微かすぎる気配なのだ。
《誰だ!》 
 キンバリーは、自分に接触してきている微かな気配を辿り問いかける。
《勿体ない。何故その美しい顔を隠す? もっと誇り堂々とすればよいのに。貴方は本当に美しい》 
 辺りの気配を探るが、声以外の存在を感知出来ない。火の巫は感応距離が狭い。ローレンスの封力石を使い、起こした風に気を乗せさらに遠くを探るが、そこに話しかけてきた巫の存在は感じられない。感じるのはこちらに真っすぐ向かってこようとしているローレンスとマグダレンの気配。 
 何故、腐人を討伐しているはずの二人が街方面に移動している? 
《貴様! どこにいる? 姿を現せ》 
 見えぬ相手にキンバリーは、威圧するように問いかける。 
《怪しい者ではない、驚かしたのは――》《――キミー!!――行かないで――キミー!! キミー!! キミー!!》
 叫ぶようなマグダレンの声が、見知らぬ巫の言葉を遮るように頭に響く。あまりの激しさに、キンバリーは顔を歪める。 
《マグダ? 行くってどこに?》
《キミー!!》 
 返事をした途端に、キンバリーの周りの空気が揺れる。とっさに結界を張るタイミングでキンバリーを包み込むように炎が上がる。
 熱を感じるものの、キンバリーに苦痛を与える事はない。マグダレンがキンバリーのもつマグダレンの封力石を通して放った炎の結界。普通の結界ではない反射結界だ。大きな釣り鐘のような形で、キンバリーに近づく者を全て焼き払わんばかりにうねるように炎が踊る。キンバリーは剣を抜き、何者かからの攻撃に備える。しかし相手が見えないうえに、マグダレンの結界がますます周りの様子を見えづらくしている。
《!》
 見知らぬ巫の驚愕の意志だけが伝わってくる。
《マグダ? 何が起こっているの?》
 マグダレンの結界に異常を感じる。内側から弾けるように力は働き外側に広がりそのまま消滅する。
「!」
 結界が壊されるたことで、マグダレンの身が心配となる。壊されたのはマグダレンの結界だけで自分の結界は何事もないようだ。
 マグダレンの結界を破った風は、そのままキンバリーの周りを囲むように動く。僅かだが、その風に挑むよう食らいつきながらも縮れるように打ち消されるマグダレンの火の巫の力を感じる。その事でマグダレンはとりあえず無事であることは確認できた。
 しかしマグダレンに加勢しようにも敵の所在が分からない。キンバリーは動きようがない。やがてねじ伏せられたのか、マグダレンの巫の力を感じなくなる。
《マグダ? 何が起こっているの? 無事?》
 しかし、マグダレンから返事がない。マグダレンとローレンスの二人が近づいてきている気配は感じる。移動しているということは二人とも無事という事。しかし敵らしき存在は相変わらず見えない。
《キミー何がおきている? 説明しろ》
 ローレンスの声に、ホッとする。
《分からない。それよりも、マグダは?》 
《……お前に向かって移動しているようだ。今、何とマグダは、やりあっている? お前に見えるか?》
 ローレンスの能力をもってしても、察知できてないようだ。
《ラリーにも見えないの?》
 目の前の草むらが揺れオレンジ色の髪が見える。息を切らしたマグダレンが真っ直ぐキンバリーを見つめている。その頬が赤いのは全力で走ってきたからなのか、怒りの為なのキンバリーには判断できなかった。ただ、マグダレンが必死であるのだけが理解できる。そのとたんに、キンバリーを包むように動いていた力が消える。
 マグダレンは真っ直ぐキンバリーの元に駆けつけそのまま強く小さい身体を抱きしめる。キンバリーはあまりにも激しく抱きついてきたマグダレンを受け止めきれず、よろけるがなんと踏みとどまる。
「キミー良かった」
 キンバリーは自分を抱きしめるマグダが震えているのを感じた。
《――だな――》
 マグダレンが抱きついていることで、マグダレンに対して向けられた声の断片が聞こえる。
《今度、私達に近づいてみろ! 焼き殺す!》
 今まで聞いたことがないほど殺気に満ちた答えをマグダレンは相手に返す。キンバリーを抱きしめる腕の力をより強まる。
「マグダ?」
 キンバリーはそっとマグダレンに話しかけるけれど、マグダレンはそのまま何も言わずキンバリーを抱きしめる。話しかけてもまったく返事を返してこないマグダレンにどうしようかと悩むが、キンバリーは抱きしめ返し、なだめるようにその背中をさする。二人は黙ったまま、しばらく抱きしめ合っていた。
 草むらがガサガサと揺れ、ローレンスが現れる。そして二人の様子に怪訝そうに近づいてくる。
「ラリー? 何があったの? どうして……二人はここに?」
 キンバリーはマグダレンがまったく答えないので、ローレンスに訊ねる。何故二人が仕事を放棄してここまで来たのか分からない。
「マグダが、お前が危ないと。キミーここで何があった?」
 マグダレンに抱きしめられたまま、キンバリーは首を横にふる。
「分からない。ただ、知らない巫の声が聞こえた」
 ローレンスは眉を顰める。
「巫? それは本当に巫か? 堕人ではなかったのか?」
 マグダレンの身体が緊張するのを、キンバリーは感じた。マグタレンの拳が僅かに震えている。
「堕人ではなかったと思う。闇の嫌な気配は一切感じなかった」
 キンバリーは正直に感じたまま答える。
「マグダ、もう落ち着いたか、キミーにいつまで抱きついている? キミーが苦しそうだぞ」
 マグダレンはその言葉にハッとした様子で、ようやくキンバリーから手を外し離れる。マグダレンの顔は緊張したままで白い。
「大丈夫?」
 キンバリーはマグダレンの顔の案じるように見上げる。キンバリーの視線をうけ、マグダレンはようやく笑い、頷く。
「ごめん、もう大丈夫」
「マグダ、何があった? 説明しろ。今の状況を理解できているのはお前だけだ」
 ローレンスは鋭い視線をマグダに向ける。マグダレンはローレンスから視線をそらす。
「分からない。ただ変な気配を感じたから」
 ローレンスは目を細め、怒りを帯びた顔になる。誤魔化すなと睨み付ける。
「何故、ソイツがキミーを狙うと思った?」
 キンバリーはビックリして二人を交互にみる。
「二人も、アイツの存在を察知していたの?」
 その言葉に何故かマグダレンは不快そうに顔を歪める。
「ヤツの気配は私達を素通りして、街の方にいったように感じたから」
 ローレンスは、今回の事は流石に流すことも出来ず強めに追求したが、マグダレンはこの件に関しては口をつぐんだまま何も答えなかった。
 大きく息をはき、ローレンスはキンバリーを見る。
「キミーお前の意見を聞く。まだ危険な状況と思うか?」
 キンバリーは首を静かに横にふる。もう完全に先程の妙な気配もない。
「ないと思う。もう感じないし。それにアレは味方ではないかもしれないけれど、敵でもないように感じた」
 その言葉に何故かマグダレンがキンバリーを睨み付けてくる。
「なら、お前は街に戻れ、そして警護の仕事を再開しろ。マグダ俺達は取りあえず村に戻る。討伐の仕事は、明日やりなおす。よいな」
 キンバリー静かに頷く。マグダはしばらく何かを考えているようだが、ローレンスに視線を戻し頷く。キンバリーはマグダレンが何故かまだ興奮し緊張しているのが分かったが何も言えなかった。
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