蒼き流れの中で

白い黒猫

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一章 ~赤き髪の祓魔師~ キンバリーの世界

気配

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 ローレンスとマグダレンは、まだ夜が明けきってない暗い時間に村を出発する。腐人は暗い方が力を増す分発見しやすい。それにキンバリーの強すぎる気に反応して腐人が下手に動かない内に、近場のモノは退治しておきたかったからだ。
 とはいえ、森の中を歩く二人に緊張感などない。茸狩りに出ているような呑気さである。少し前を歩くローレンスの背中を見て、マグダレンは悪戯気な笑みを浮かべ近づく。何事かと振り向くローレンスの腕をとり、マグダレンは自分の腕を絡ませる。
「何をやっている?」
 怪訝そうなローレンスにマグダレンはニヤリと笑う。
「キミーにアドバイスをもらいまして、甘えてみたの」
 その言葉にローレンスは目を丸くする。しかしすぐにニヤリとからかうような顔になる。
「お前が甘えるという事に下手なのは、今に始まった事ではないからな、形からはいるというのか?」
 意地っ張りな性格からマグダレンはあまり人に甘えるのが上手ではない。
「そういう所! あとそういうラリーも、私に甘えて下さい。 家族でしょ?」
 腕をギュッと抱きしめるマグダレンに、ローレンスはフフフと声を出して笑う。
「冗談で言ったのではないのですが」
 笑うローレンスに、マグダレンは真面目な顔で見上げる。
「笑ったのではない。お前が、俺の事をそう思っていてくれていた事が嬉しいだけだ」
「本当の事だし」
 マグダレンは子供っぽく笑う。こういう顔をすると、キンバリーとマグダレンはよく似ている。ローレンスは反対の手でマグダレンの頭を、やや乱暴であるが愛のこもった感じで撫でてやる。
「まあな、ただお前がその事を忘れているのかと思っていたよ」
 マグダレンは眉をよせ顔を横にふる。
「忘れた事なんて……ずっと戻りたいと思っていた……ここに……」
 その言葉に、ローレンスは一瞬何かを言いたげな顔をするが、何も言わず頷き、珍しくじゃれついてくるマグダレンの好きなようにさせてくれた。
 結界が終わる所まできて、二人は流石に真面目な顔になり離れる。深呼吸をし、気をおさえ気配を消しながら、暗い森の中へと静かに入っていく。目指すのは、村人から教えてもらった森の奥にある滝壺。半刻くらい歩いた先に、その滝壺はあった。森の奥に静かに水をたたえるその場所は、清らかな気に満ちていて神聖な場所にも見えた。水というのは、このように動きをもっている間は、周りの空気や土地を浄化する作用をもっている。それだけでなく、水は流れと大地への浸透により、風よりも上回る探査を行うことができる。それも二人が水の封力石を使いこなせているからだ。

 二人は顔をあわせ頷き静かに、そのまま水の中に入る。ローレンスは右の人差し指に填った指輪に口をよせてから真っ直ぐその手を落ちてくる水にいれる。流れる水にローレンスは自分の気をのせていく。
 同時に風をおこしそれを森の中に走らせる。マグダレンは目をつぶりローレンスの背中に掌をつけ気をローレンスと交わらせていく。マグダレンの視野が気持ち良い程広がっていく。
《マグダ? どうだ? 見えるか》
 マグダレンは頷く。東に七体ほど、南西方向に八体ほど腐人の気配を感じる。
《はい、思ったよりも幅広く散っていますね。コレだったら手分けしていきますか?》
 ローレンスは考える。しかしこの周りにいるのは腐人だけだし、二人で一緒に動くまでもないかもしれない。
《早く片付けるにこしたことないからな。ならばお前はどちらがいい?》
《キミーの様子も探れる、東がいいです》
 ローレンスが脳天気なマグダレンの声に笑う。その距離感だと、互いの戦闘を把握しながら進めそうだし問題もないだろう。
《なら、東のヤツらは任せた》
 マグダレンはローレンスの背から手を離す。交わらせた気は繋げたままで二人は改めて向き合い頷きあう。そして、そのまま言葉を交わすことなく二つの方向へ離れていった。

 ※   ※   ※ 

 ローレンスの気を受け入れているだけに、いつもよりも視野が広く感じる。マグダレンは一番手前にいる腐人へと迫り気を放ち滅していく。ローレンスの方も仕事を開始したようで、ローレンスの戦闘している気と、消えていく腐人気配を心の片隅で追う。互いに感覚の一部を共有することで、万が一の事態にも対応できるようにしているのである。どちらかの身に何か危険があれば、相手の正確な場所と敵に位置を感じることができるし、繋げた気から相手を襲うものに対して攻撃をしかけることも可能だ。

 村の辺りでキンバリーの気が移動を開始するのを感じた。彼女の警護の仕事も始まったのだろう。東を選んだのは、そのほうが彼女の仕事を見守れるからだ。今回ローレンスの作戦に頷いたものの、いつも一緒に行動してきたキンバリーと丸二日離れるという事が実は怖かったのだ。こんな事ならば、キンバリーとも気を交わしておくべきだったと後悔する。その意見も言ってみたのだが、村人の移動速度を考え、街に一泊の二日がかりの仕事につくことになったキンバリーとつなぎっぱなしというのは無茶だということで却下された。
 マグダレンは街道から離れた所にいる腐人から倒しながらゆっくりと街道側へと移動する。キンバリーの気配に圧されていのか腐人は此方が追いかけるまでもなく此方に向かってきている。コレだと思ったよりも楽に仕事が進みそうである。それに、キンバリーの周りに怪しい陰も感じることもない。無事にキンバリーが街についた事を察知してホッとする。ローレンスの気配とキンバリーの気配を追いながら、腐人をまるで行く手を阻む藪を切り開くように、何の感情も動かすことなく事務的に倒していく。
 そんなマグダレンの上空を、一瞬風が流れていくのを感じる。
 マグダレンは足を止め、視線をあげる。
《フッ》
 一瞬感じた妙な気配の正体に気が付き、身体が恐怖で強張る。 
《何の用だ?》
 マグダレンは、微かに感じる気配に向かって問う。しかし返事はない。
《何をしている?》
 もう一度、強めで殺気を帯びた言葉で問う。
《お久しぶりです。 ? 何か怒っていますか? 
ご機嫌が悪いようで》
 相手のノンビリとした返答に、マグダレンはさらに怒りがこみ上げる。
《何をしている? と聞いている》
《? ただ―――様子を》
 マグダレンはその言葉にハッとする。その存在と同じ気配が、自分の所というよりも街の方により強く感じる。
(狙いは、キミーか!?)
 マグダレンは近くにいる腐人を無視し、そのまま東に向かって走り出す。腐人はただ『あ~』とつぶやき、その虚ろな瞳はただマグダの姿を映すだけで、何の反応もおこさなかった。
《マグダ? どうした! 何があった?》
 ローレンスの声が聞こえる。ローレンスからしてみたら、いきなり持ち場を離れ走り出したマグダレンの意図が分からなかったのだろう。
《キミーが! 奪われる》
 マグダレンはそう叫ぶようにローレンスに言葉を返し、がむしゃらに街方面へと走る。ひたすらキンバリーの名前を叫びながら。
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