蒼き流れの中で

白い黒猫

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一章 ~赤き髪の祓魔師~ キンバリーの世界

水の巫

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 一日の終わりに、ローレンスの部屋にマグダレンとキンバリーは集まり明日の仕事の相談をする。キンバリーはクイを傾げる。ローレンスとマグダレンはあまり視線を合わせない事に違和感を覚えたからだ。元々は仲の良い二人だが、時々意見をぶつからせて喧嘩をする。キンバリーの前でやり合うことはないが、ずっと一緒に居続けただけに空気で、二人がさっきの仕事中に何か喧嘩をしたのをキンバリーは気が付いていた。でもあえてそれに触れずに見守っている。
「え? お使い?」
 キンバリーは、部屋で憮然とした顔で聞き返す。
「いいか、今回の腐人は脆弱だ、凶暴で腐人も逃げ出す火の巫のお前がいると、逆に作業の妨げになる」
 長い事村が閉ざされていた為に、街との交易も満足に出来なくなっていた。畑仕事も危険な為に作物も作る事も出来ない状態で、村の蓄えをただ消費するだけの状況。民芸品を売って食材を仕入れる必要があるのだ。まだ完全に駆除したわけではないが、先に交易を再開し普段通りの生活を始め日常を取り戻さないといけない。
「マグダだって同じでしょ、それなら! 子供の姿の私が一緒に行くよりも、マグダの方が街での行動も自然だし」
 納得のいってない顔でキンバリーは二人をチラリと見上げる。
「俺やマグダは、石を使って力を相殺してみせる術を知っている。だからヤツらをヘタに移動させる事はせずに効率よく駆除することができる。それに、お前が俺達の中で一番村人と打ち解けている。ただ戦うよりも守るというほうが難しい仕事だ! それをあえてお前に任せる事の意味を考えろ」
 ローレンスの言葉に、キンバリーは反論のしようもなく承諾するしかない。マグダレンも若干その事に納得がいってないのか、不満げである。
「キミー、この指輪をつけて」
 マグダレンは自分の中指に填っていた指輪を外し、キンバリーの親指にはめる。そこには赤い石と青い石が二つ填っている。マグダレンが何よりも大切にしている指輪だ。この石は結界石と元々は同じ聖隷石から作られているもので封力石と呼ばれている。結界石は退魔結界という限定した術を施したものであるのに比べ、コチラの封力石は巫の力をそのまま込めた物である。属性によって足りない部分を互いに補う為の物。マグダレンやキンバリーは最強の攻撃力を持つ火の能力を持っているものの、防御、探査といった能力は低い為に、ローレンスの風の封力石を使い探査を行い、地の封力石を使い防御を行っている。
「マグダ! こんなの受け取れないよ」
「あげるわけじゃない、貸すだけ! 私の石が填っているから、貴方を守るかなと思って」
 しかし、マグダレンとキンバリーは同じ属性をもつだけに、それをあえて複数持つ意味が低い。しかももう一つの青い石の使い方がイマイチ分からない。
「マグダの石なら、持っているし大丈夫だよ」
 キンバリーの剣には、もうマグダレンの作った封力石とローレンスの作った封力石がすでについている。
「それにこの青い石の使い方が分からない」
 その言葉にローレンスは難しい顔をする。マグダレンはキンバリーの指に填ったその石を撫でる。
「この石は、ただ力を感じて、それだけでいい」
 キンバリーはマグダレンの剣にチラリと目をやる。マグダレンの剣にはローレンスが作ったのであろう緑の石と、この指輪と同じ気配のする青い石が填っている。キンバリーは素直にそれらの石の発する力を感じることにする。
「ねえ、この石って何? 封力石のようだけど。なんかすごく心地よい気を感じる」
「……アクアの封力石だ」
 ローレンスの答えに、キンバリーは驚く。水の巫は、里にも一人もいなかったし、旅をして今まで出会ったこともない。
「凄い! 水の石なんてなんでそんなのマグダ持っているの?」
「水の巫はいないわけではない。実際何百年に一人は出現する」
 低い声でローレンスはそう言う。両手を顔の所で組んでいた彼は左の人指し指にはまっている指輪に視線をやる。組んだ手の中でローレンスはその指輪をそっと撫でる。キンバリーは知らないが、この指輪の内輪にも青い石が埋められている。解放して使う火の力と、内なる力を引き出す水の力と石の使い方が違うためにそのように装着した。この青い石はローレンスにとって何よりも大切な物。戦いによって壊すわけにはいかないからだ。衝撃をうけにくい内側にしたのもそういう意図もあった。
 ローレンスが、マグダレンの指輪の青い石を切なげに見つめている事にキンバリーはまったく気が付かず、水の巫の話に素直に感動していた。
「だったら、なおさらこの指輪借りられないよ、マグダ」
 そう言ってマグダレンに指輪を返す。マグダレンはやや憮然とした様子で、その指輪を受け取ったものの、填めない。 
「それに、私にはこの指輪があるから! この指輪に填っている石でがんばれるから!」
 キンバリーは自分の左手の薬指に填った祓魔師の証のついた指輪を見せる。何故か二人はそれに微妙な顔を示す。
「石?」
 ローレンスは怪訝そうな顔でそんな事を言ってくる。二人は知らなかったのかとキンバリーは驚く。そして左薬指に填る祓魔師の身分を示す指輪の台座を回転させる。実はこの指輪の宝石の台座部分は回転し祓魔師の印がついた面、そして良く分からない彫刻の施された面、青い宝石のついた面と変化させる事が出来るのだ。その不思議な輝きを帯びた青い石が何なのかがズッとキンバリーには謎だった。マグダレンの指輪の石とは色は似ているが、コチラの方が深く青いだけでなく、石そのものが輝いているような光を帯びている。この指輪は里を出るときに使が三人に授けてくれたものである。
 マグダレンとローレンスは驚愕の表情でその石を見つめる。
 ローレンスとマグダレンはそれぞれ自分の指輪を調べる。三人に共通しているのは、その謎の彫刻。マグダレンの額の飾りによく似ている。しかし青い石がついていたのはキンバリーとマグダレンの指輪だけでローレンスの指輪には石はなく、もう一つ異なる紋章がついているだけだった。
「この文様は?」
 自分の指輪をジッと見つめ、ローレンスそうポツリと言葉を漏らす。マグダレンは何も言わずその裏の石を見つめる。その瞳は怒りと喜びと複雑な色で揺れていた。先程見せてくれた指輪にもはまっている青い石とキンバリーの指輪の石は似た気を感じる。多分これが水の巫の気の空気なのだと納得する。ただこの石を作った巫の方が能力は高いようだ。マグダレンの剣や指輪についているものよりも、さらに強い力に満ちている。
「この石も水の封力石だよね? それも強い水の巫の」 
 その石をローレンスとマグダレンが何ともいえない顔で見つめる。何故かキンバリーにはマグダレンが泣いているように見えた。
 そんな二人をローレンスは難しい顔をしてじっと見守るように見つめる。ローレンスは右手をギュっと握り締めた。 

 ※   ※   ※ 

「明日も早い、もう眠るか」 
 ローレンスの言葉で解散となる。マグダレンとキンバリーは頷いて立ち上がる。マグダレンはローレンスが先程からずっと物を言いたげに自分を見つめているのを気付いていた。 
 部屋を出ようとしたマグダレンをローレンスが呼び止める。 
「お前にはもう少し残れ、話がある」 
 マグダレンは表情をやや硬くして、ローレンスに振りかえる。 
「……今日でないと駄目な話ですか? 今は疲れているので」 
 その言葉にローレンスは息を大きく吐く。 
「すぐすむ」 
 マグダレンは様々な事を頭で考えてみるが、首を横に振る。 
「ならば、明日仕事に行く途中にでも伺います」 
 そう言って頭を下げ、そのままキンバリーの肩をもって部屋を出て扉を閉めてしまう。そんな様子を、戸惑い気味で見上げるキンバリーを、マグダレンは安心させるように微笑む。 
「マグダ、仲直りするなら早めのほう良いと思うよ。謝るにしても」 
 真っ直ぐなキンバリーらしい言葉に、マグダレンは笑う。 
「うーん、喧嘩している訳ではないのだけど」 
 言い訳のような言葉にキンバリー首を傾け、目を細めてマグダレンを見上げる。 
「ラリーは私の事を心配してくれているの。それで私は心配かけたくなくて。それぞれの想いがこのようにこじれてしまった感じというのかな?」 
 マグダレンの言わんとしている事は理解できるが、キンバリーにはなんとも納得しがたい。 
「マグダもさ、頑張りすぎないで、もっと甘えたら? ラリーに。二人とも妙に気を張りすぎているみたいで疲れない?」 
 思いもかけないキンバリーの言葉にマグダレンは、眼を見開く。 
「そうね、確かにそうなのかもしれない」 
 マグダレンはクスクスと笑いだす。そして屈んでキンバリーを抱きしめる。ローレンスの部屋の前で会話していただけに、扉の向こうにもいるローレンスにもしっかりこの会話は聞こえているのだろう。ローレンスが笑っている気配がする。
《キミー、お前もなかなか鋭い事言うようになったな》
 ローレンスの心話が、キンバリーに届く。
《子供でもないから!》
 キンバリーは、ローレンスの言葉に自慢げに答える。
 その後、ローレンスとマグダレンの間でなんだかの心話が行われたようだ。マグダレンの身体と表情に柔らかさが戻る。その様子を見てキンバリーはホッとする。
 キンバリーとマグダレンはそれぞれにあてがわれた部屋へと入ってそのままそれぞれの想いを胸に夜を過ごした。
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