蒼き流れの中で

白い黒猫

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一章 ~赤き髪の祓魔師~ キンバリーの世界

三人を繋ぐもの

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 普通、生物は体内に他者を取り入れ加工し、生命活動を維持するための力を手にいれる。しかし腐人はその加工という機能が失われ、生きている人間を喰うことで、気を直接吸収するしか生命を維持することが出来なくなる。知能とかいった物はないものの、彼らにとって一番のご馳走は、かつての仲間であった人間。その気に惹かれるようで、結界の薄れた辺りに、腐人はフラフラ集まってきている。腐人は腐人のエサにはなり得ないようで、互いを意識するわけでもなく、ただボウっと虚ろな目をして突っ立っていた。

 感情などない腐人だが、マグダレンの火の気に押され、ゆっくりと後退る仕草を見せるのを追いかけ、二人は確実に一体ずつ滅していく。直接腐人を灰に出来るマグダレンとは異なり、ローレンスは腐人の動きを封じマグダレンの火の能力を込めた属性石の填った剣で突き刺し燃やすという事でやや手順が多くなるが、敵の能力も低い事で問題なく作業を続けていく。
 ふとローレンスは村の方を振り返り思わず笑ってしまう。最近白髪が少し出てくるようになった髪をかき上げる。
「ったくアイツは村の中でサンズ医者の手伝いとかして、大人しくしていればいいのに」
 その言葉にマグダレンも笑う。彼女の前で腐人が燃え上がる。気配でキンバリーがジッとなんかせずに何かを狩っているのが分かったからだ。
「昨日、二体を倒させてあげたのに」
 今日の仕事にキンバリーを外したのには、それなりの理由があった。腐人は気が闇の属性に変じてしまった事で陥る状況の為、闇の逆にあたる属性には弱い所がある。しかもキンバリーとマグダレンのもつ火の力は、荒々しく好戦的なもので、弱い魔を散らせてしまう。マグダレンは他の属性の力を帯びた石の使い方も上手く繊細な気の調整が出来るので、不用意に腐人を刺激せずに行動できるが、キンバリーの圧倒的な気を前に腐人は逃げてしまう。
 殲滅をしたいのに、退けてしまっては二度手間の為、今回の仕事から外したのである。
「あの子ももう少し、お前のように抑えるという事を覚えればいいのだが、コレも一つの勉強かな?」
 そう言うローレンスに、マグダレンは何とも言えない顔をする。
「いや、あの子は完全に力は支配出来ています。ただ拡散型だと、完全に抑える事は難しい。それに腐人があそこまで反応を示すのは、あの子が内に光の巫の力を帯びているから……」
 その言葉に、ローレンスは動きを止め、マグダレンをいぶかしげに見つめる。
「馬鹿な、光の巫の能力は、神の力だ。人の身で持ちえるモノではない」
「光の巫は、この世界にも確かにありますよ。ラリーだって実は気付いているのでは?」
 その言葉に、ローレンスは眉を顰める。確かにそんな人物は見た事はないが、感じた瞬間はあった。
「マグダ、お前は何を隠している」
 マグダレンは少し泣きそうな顔になり首を横に振る。こういう顔をすると、十代の小娘のようにも見える。ローレンスはマグダレンを虐めているような気分に溜息をつく。別に責めたいわけでもない、本当の事を知りたいだけなのだ。
「何も……ただ思うの、光の巫の力は水の巫の力に良く似ていると。無いのではなくそこら中にあるもの。光が植物を育て人も強くしていく、水は生命に力を与え潤していくように、誰の中にもあるもの。それゆえにどの巫の力にも融けてしまうので、表に出にくいだけなのではないでしょうか?」
 巫は大抵一つの属性を持つが、確かに主たる巫の力とは別の巫の力を持つものはいる。でもそんな人物は希である。
 また、この世を構成する光 火 風 地 水の力。どれもこの世界で生命が息づくために大切なモノであるのに関わらず、その力をもつ巫の人数は均等ではない。
 一番多いのは地の巫で次に風・火と続く。水の巫の人間は五百年に一人現れるかどうかの状況。光の巫に至ってはその存在はもはや聖書の中でのみ登場する。なのに、マグダレンはキンバリーが火だけでなく光の巫をもつと言う。
「何故、あの子に光の力もあると言い切る?」
 ローレンスはつい詰問口調で、マグダレンを睨む。
「…………私自身が火だから、その違いが何となく分かかります」
 言い訳のような感じでマグダレンはボソっとつぶやく。
 昔、里の森の外れで気配に呼ばれ踏み入った時、倒れているマグダレンを見つけた。彼女を保護し慌てて里に連れて帰り、それからズッと一緒に過ごしている。
 マグダレンは、何故そこで倒れていたのか? それまで何をしていたのか一切語ることはない。
『すいません、何も、思い出せないのでお話することもできません』
 明らかに嘘だと分かる言い訳を、ローレンスに言い続けている。彼女を守るためにも、全てを知りたいと思うのだが、その過去を隠す。聞きたい事は山ほどある。あれから随分時間がたっているのに関わらず、何一つ彼女から明かされる事はない。
 時々思い詰めたように遠くをみるマグダレンを見て、ローレンスは歯がゆい気持ちになる。何故その心の重荷を自分にも持たせてもらえないのかと。
 向き合った二人の間に、重苦しい嫌な沈黙が降りる。しかし空気を読まないようにふらりと腐人が近づいてきた。ローレンスはソレを風で切り刻む。とどめを刺そうと剣に手をやったが、その前にボロボロになった腐人はマグダレンの放った焔で炎上した。

 ※   ※   ※ 

「マグダ! ラリー待っていたよ!」
 キンバリーは、退治を終えて帰ってきた二人に笑顔で走りよりローレンスに飛びつく。
 ローレンスはその小さい身体をそのまま抱き上げ抱きしめる。
「良い子で留守番していたか?」
 その頭をマグダレンが撫でる。キンバリーは一日楽しんだようで、まるで幼い子供のような無邪気な笑みを浮かべる。
「みんなで狩りしたの! 今日はそれでごちそうだよ!」
「そうか、それは楽しみだ」
 ローレンスはキンバリーを、地面にそっと降ろす。
「それからね、ラリーの薬が効いてきたみたい。ミナのお母さんの病気、かなり改善したって」
 キミーの明るい笑顔で、ローレンスとマグダレンの強ばっていた関係が融けていく。二人は柔らかい笑みをキンバリーに向ける。
「良かったな」
 キンバリーは二人の間に立ち、村の中へと誘導していく。一日ですっかり村の人と打ち解けた様子で、いつになく迎える人の雰囲気は柔らかく温かかった。
「今日は疲れたでしょ? 部屋でマッサージするよ」
「いや、お前の顔みて、疲れも吹っ飛んだよ」 
 ローレンスの言葉にマグダレンはクスクスと笑い頷く。
「キミー、私にも元気頂戴!」
 マグダレンの声に、キンバリーはニッコリ見上げ抱きつきその頬にキスをする。
 長い時間と秘密ですっかり歪んでしまったローレンスとマグダレンの関係をここまで穏やかに保っているのはキンバリーという幼い存在があるからだ。
 ローレンスとマグダレンはキンバリーを挟んで、仲良く村長の家へと向かうことにした。
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