蒼き流れの中で

白い黒猫

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一章 ~赤き髪の祓魔師~ キンバリーの世界

結界の復活

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 結界石は、教会に一つ、村の中央の広場に一つ、そして左右の崖の所にそれぞれ二つ、そして村の正面に一つと五つの石を設置することになった。それにより、村だけでなく村周辺の畑部分も保護することが出来、今までよりかなり自由に生活が出来る筈。地形を読むのに長けたローレンスが村の外をキンバリーと共に設置することにして、マグダレンは村の中と分担し設置をしていく。腐人に襲われたからとやられるような二人ではないものの、何かあったときに二人いればフォローしあえるからだ。
 五つも結界石があることで、盗賊にまた狙われることを考え、結界石だけでなく術を施した封力石を共に埋め込み、結界石に触れようとしたものを吹き飛ばすという仕掛けをしている。結界石はどの属性の巫が作ったとしても同じ乳白色の輝きを帯びた石となる。それぞれの属性の巫の能力の特徴を生かした術を込めたものや、巫の力を漠然と込めた石はそれぞれの属性の色を帯び、火の力を込めると赤くなり、風の力を込めると緑となり、土の力を込めると黄色くなり、水の力を込めると青くなる。
 村中の人は、広場に集まり、マグダレンが最後の結界石と封力石の設置を行うのを見守っていた。
「上の虹色をした石が結界石です。そして下の緑の石はブラザー・ローレンスの術が施されたものです」
 ローレンスの風の力を帯びた封力石は、風の力の特徴である緑色を帯びて光っている。
 自分が担当する箇所の設置が終わったマグダは先に集まっていた村人に説明をすることにした。一人の大柄の若者が興味深げに近づいてきて、石の側に寄ってきたのでマグダレンはその若者を止める。
「結界石は皆さんもその効用はご存じだと思います。下のこの緑の石ですが風のきねの力を発生させる機能があり、結界石を守るためにつけております。今度不埒な盗賊などが石に触った場合はじきかえし、しばらく身体を麻痺したまま動けなくなる仕掛けがしてあります。これで石が盗まれる危険はかなり低くなったでしょう」
「あの、この石は村人がうっかり触ってしまった場合、どうなるのでしょうか? 盗賊とそうでない人はどうやって見分けるのでしょうか?」
 長老が、誰もが頭に浮かんだであろう疑問を代表して聞いてきた。
「見分けるなんて事までは出来ません。触れた人は誰でも、弾き飛ばします」
 マグダレンは言葉とは合わない聖母を思わせる顔で笑った。その笑みの美しさに見惚れる者が多数だが一部の村人が顔を引き攣らせた。
「危険はないのですか」
 長老は人の良さそうな顔を心配そうに歪め、おずおずと聞いてくる。
「ショックをうけしばらく動けなくはなると思いますが、命までは奪いません。それで不埒のモノは捕らえることが出来ると思います。小さいお子さんとか、ご年配の方は触られない方がいいかと思いますので、注意して下さい」
 そんな事を言うと、触りたくなる馬鹿も一人はいるのだろう。先程興味ありげに近づいてきた若者が、そっと石に触る。そのとたんに、ビクリと震え仰け反りそのまま倒れ、そのまま痙攣している。その姿に広場中静まりかえった。その石に触ることはかなり危険で『絶対自分は触るまい!』と、村中の人間が思った事は確かである。
 マグダレンはその若者には悪いが、内心その行動に感謝していた。石の効果の人体実験と、村の人が不要に石へ接触するのを抑止させる役割を担ってくれたのだ。マグダレンは跪き若者にそっと触れ気絶させる。気絶していた方が苦痛も少なくなり楽な筈なので。
「一刻ほどで元通り元気になりますので」
 マグダレンはやさしく若者を撫でながら、見守る村人にニッコリと笑う。まだ戻ってこないキンバリーとローレンスを待たずに、先に情報を収集する為、再び村の人に教会に集まってもらうことにした。
 村に結界が復活したという事で、村の人も若干心が楽になったのだろう。村の中に設置した二つの結界石で、少なくとも村の中にいれば襲われる心配はない。三人が訪れた時よりも、落ち着いた雰囲気になっていた。一般の人間でも、結界の有無はなんとなく感じるものがあるようだ。
「皆様が見た魔物は腐人であると思われますが、もう少し正確な情報を知りたいのでもう少し詳しい話をお聞かせ下さい」
 マグダレンの言葉に、皆顔を見合わせ、誰から話し出すべきか悩んでいるようだ。
「最初に確認したいのは、ヤツらは何処かに巣を作っている感じですか? それともただ彷徨っているだけという感じですか?」
 村人が答えやすいように、マグダレンは具体的な質問を投げかける。
「森をフラフラと歩いていて、俺達を見たらいきなり襲ってくる!」
「雨であろうと、嵐であろうと天気に関係なくヤツらは彷徨っている」
 次々と声をあげていくのを、冷静にマグダレンは聞いていた。
「ということは、複数いても、ヤツら同士で意志を通わせているといった所はないと? そしてそういう意志をもった行動をする存在も一匹もいないと?」
 教会の中の人物は皆一同に同じように頷く。普通の人間が腐人と出会ってそこまで冷静に判断するのは難しいとは思うものの、誰も質問にたいして、反論を一切感じず頷いている所から、マグダレンはこの土地にいるのは腐人のみであると判断し、ホッとした反面、若干落胆する。
 窓の方を見ると、日はかなり傾いてきたようで、窓ガラスを朱色の光で染め上げていた。村の人も食事の準備があるだろうし、もう解散させることにした。コレ以上話を聞いても、有効な情報も得られそうもない。あとは自分達で探索してみるほうが早い。
「分かりました、明日からヤツらを退治させて頂きます。ヤツらは巣もないために探索が広範囲な為若干時間はかかりますが二週間程あれば皆さんは昔通りの生活に戻れるようになることをお約束します」
 立ち上がり不敵な笑みを浮かべ、皆にそう宣言した。言葉ではそう言ったものの、実際は二週間もかかることはないだろうが、腐人が想定以上に広範囲に分散していた事をふまえて、その日数を口にしたのである。
「あの、その際、我々は探索をお手伝いとかしたほうが良いのでしょうか?」
 ガルダ村長は薄い茶の瞳を不安そうに揺らし聞いてくる。
「それは不要です。貴方がたを危険にさらすわけにはいかないので」
 部屋中にホッとした空気が流れる。当然だろう皆怖いのだ。そして今までその恐怖とずっと戦ってきたから余計にそうなのだろう。
「しかし、ブラザー・ローレンスはともかく、貴方は女性ですし、シスター・キンバリーまだ幼い。貴方がたが危険ではないのですか?」
 神父が善良そうな表情を不安げに曇らせて、マグダレンを見つめてくる。マグダレンは自分の外見が、一般の人から見れば二十をチョット超えたくらいのか弱い女性のようであるとは理解している。普通の女性として見てもらえる事をくすぐったくもあり、嬉しい気もする反面もどかしさも感じていた。
「ファーザー・ポール、ご心配は不要です。我々はそれぞれ神から与えられた巫の力があります」
 マグダレンはあえて突き放すように、毅然とした姿勢で言葉を返す。
 ポール神父はマグダレンの言葉に頷いたものの、不安げである。彼がマグダレン達の能力を疑っているというよりも、彼の善良さ優しさから、マグダレンたちの身を本気で心配してくれているのだろう。
 マグダレンは両手をまるで水を受けるかの前に差し出す。息を吸い精神を集中させると、掌から小さな焔が現れる。部屋の中にどよめきが起こる。そのままマグダレンは両手をゆっくりと腕を左右に広げると、焔は小さい固まりに分割される。漂う焔は意志をもったかのように宙を彷徨って、部屋の壁にかけられた蝋燭へと向かい灯をともしていく。
 だんだん薄暗くなっていた教会が、蝋燭の暖かい灯で照らされる。軽いパフォーマンスでしかないが、ヘタに心配されて護衛などしてきて彼らを危険にさらすよりも、力をハッキリみせて任されたほうが良い。相手にする団体によって、力を示すのか、下手したてでいくのか、強気でいくのかは難しいところだが、この村ではこのように接する事の方が良いとマグダレンは判断した。
 ポール神父も、ガルダ村長も、村人も早くも奇跡をみたかのように、目を輝かせている。こういう視線は視線で煩わしいものなのだが、仕事を円滑にすまし先に進む為には仕方がないかと、皆に気付かれないように小さい溜息をつく。そして、窓の外を見つめた。
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