蒼き流れの中で

白い黒猫

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一章 ~赤き髪の祓魔師~ キンバリーの世界

弱き者たち

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(まるで檻のようだ)
 キンバリーはその村を見て思う。森で魔物に襲われていた所を助けた少女に案内されてきた村は、崖に三方を抱かれるように作られていた。高い塀で囲まれ、見張り台が正面の門の前の上に作られている。幾人かの人物がその見張り台で此方を怪訝そうに窺っている。
 村全体から緊張感に満ちた空気が漂う。塀の周りにはさらに長い杭が何十本も地面に刺さっていて、それが益々異様な光景にしていた。
 それを見てローレンスは僅かに男らしい太い眉を動かし、マグダレンは淡い碧の瞳をやや曇らせただけで、表情をあまり変えなかった。流石に年の功というべきなのだろうか。
「結界もない状態とは、よく頑張ってきたわね」
 マグダレンはそうつぶやき、先程助けたミナという名の少女に優しく微笑む。ミナはその言葉に小さく頷き、籠を抱きしめていた腕にギュっと力を込めた。 
 ローレンスとマグダレンがフードを外したのを見て、キンバリーも視線をキョロキョロ動かすのを止め、それに倣いフードを外し横に立つ。
「私はローレンス=ベントゥス、そしてコチラがマグダレン=アグニ、この子はキンバリー=アグニ。我々は祓魔師です。森の中にいた少女を保護し此方に連れてまいりました」
 門が開き、若者幾人かと細い白髪の老人が、おずおずとした様子で出てくる。このように魔物の被害をうけている住人との接触する時が一番気を遣う。あくまでも相手からの依頼があれば受けるという姿勢で、無理強いはしないようにせねばトラブルになるだけである。招かざる客と見なされたら、どんなに相手の役に立ちたいと思ったところで邪魔な存在になるだけである。
「村長様! 祓魔師の方がいらしてくださいました!」
 ミナは、老人に駆け寄る。
「ミナ無事で良かった。外に出るなんて馬鹿なことを」
 老人の言葉に、恐縮した様子でミナは身体をすくめ、頭を下げる。
「ごめんなさい! どうしても薬草が欲しかったの! 祓魔師の方が助けてくださったので大丈夫です」
 老人は視線を上げ、改めて三人を真っ直ぐ見つめてくる。その目は窪み顔色も悪くやつれていた。
「うちの者を助けて頂いたそうで、ありがとうございます。そしてお待ちしていました、ずっと。どうか我々を助けて下さい!」
 そう言い、跪き三人に頭を下げる。周りの男も同様な顔で縋るような視線で頭を下げてくる。そんな人々を前に、マグダレンは静かに笑みを返す。ローレンスは笑みをあえて作ることはしないが老人のそばによりその身体を起こす。
「私達に頭なんか下げる必要はありません。どうか頭を上げて下さい。今、魔物は近くにいないので大丈夫ですが、とりあえずは門の中に入ってから話しましょう」
 ローレンスのその言葉に、村長は我に返ったように辺りをキョロキョロ見渡す。慌てながら三人を村の中へと案内する。皆が入ったあとに、門はすぐに閉じられ閂がしっかりと填められた。それだけ、外敵に怯えた生活をしてきていたのだろう。
 見張りの若者以外は、教会に集められ、そこで話し合いの席をもつことになった。
 教会は背後の崖に張り付くように建てられていて、土壁と木で作られた質素な作りのものだった。聖人の像といったものもなく、祭壇にはただ黒い十字架がかけられているのみで、窓は安物ガラスが填められており、そこからみえる外の風景はぼやけ歪んでいた。 
 祭壇の前に三人の椅子が用意される。横の聖歌隊の席に神職者の格好をした茶髪の真面目そうな男性と、村長と、眼鏡をかけた男性が座る。おそらくは村の有力者といった所だろう。
 祓魔師の三人はまず、祭壇に向かい手を合わせ、祈りを捧げ一礼してから、改めて後ろで待つ村人の方にゆっくりと振り返った。
 参拝者席に、幼い子供から老人までが、三人に取り縋るかのように見つめている。ざっと見た感じ若い男性の人数が少ないようにキンバリーには感じられた。 
 待ち望んだ祓魔師ではあるものの、どのように接してよいのか分からないようで、皆黙ったまま居心地の悪い空気が流れる。
 そんな空気の中ローレンスは、皆を安心させるように穏やかな笑みを浮かべゆっくりと教会内に視線を巡らせる。もともと口数も少なく無骨な印象を与える所があるが、ローレンスの濃い蒼い瞳は、彼の気質を表しているように優しい色を秘めている。最近白髪が出てきたことを気にしているようだが、逆にその大人で逞しい男といった外見が、周りに安心感を与えたようで、教会内の緊張が少し解ける。そこで、もう一度三人の自己紹介をする。その後のやりとりで、聖歌隊の席に座っていた三人が、ガルダ村長とポール神父とサンズ医師であることが分かる。その三人の雰囲気はいかにも真面目で善良といった感じ。村を代表する三人の性格がそのような性質であることから、元々は良い村であった事が伺えた。
「最初に教えていただけませんか? 何故この村には結界がないのですか」
 ローレンスが静かな声で切り出した。
 大抵人が集団で過ごす所には、必ず施されている魔よけの結界が、この村には何故かないのだ。その言葉に神父であるポールは恥じ入るように視線を下げる。
「実は、二年前盗賊に入られまして、そのときに結界石まで盗まれました」
 ローレンスとマグダレンは眉を顰める。結界石というのは魔から人を守る力を持つこともあり、人の生活の場には無くてはならない物。そんな人の命に関わる物を、平気に奪っていくという人間がいるのは嘆かわしいという言葉で済まされない非道な行為である。
 とはいえ、結界石は旅人が安全に旅をするため、個人的に保有したいなど、需要も多く高値で取引されることもあり、窃盗が横行しているのも事実。
「ファーザー・ポール。貴方がそんな顔をする事ではありません、恥じ入るべきは盗んでいった輩だ」
 ローレンスは静かな声でそう告げる。その言葉にポールは一瞬驚いたように目を見開くが、ホッと身体の緊張を緩ませる。生真面目な性格だけに、聖職者が管理すべき結界石を守りきる事が出来なかった事で慚愧の念に苦しんできたのだろう。
「まずは結界を再構築して、それから退治するほうがいいですね」
 マグダレンの言葉に、村人は歓声をあげるが、ガルダ村長だけは困った顔をするのをキンバリーは不思議に思い見つめていた。
「ところで、皆様にその魔物についていくつか話を聞かせて下さい。襲ってきている魔物ってどんな感じの物ですか」
 ローレンスの言葉に村人は口々に、ソレがどれほど怖いものかを語り出す。
 どうやら幾人かの若者で退治に出たものの、殆どの者が戻ってこなかったらしい。戻ってきた半分はもはや人間ではなかったようだ。その為に、若者の人数が不自然に少なくなっている。
 今は興奮している事もあるのか、皆感情のまま言葉を発してきて、まともな対話にならない。そんな彼らの言葉の断片から察して魔の物の実態を感じ取る。
 マグダレンとローレンスは顔を見合わせ頷く。
「おそらく、ソレは腐人くされびとでしょう。気を闇に犯された事で変異してしまった人間です。ソイツは知能もなくただ本能のみで行動する、いわば『動く死人』です」
 腐人に襲われたら、いっそ死んだ方が幸せという所がある。ヘタに怪我を負わされ生き残ると、その傷から感染して細胞が変じ自らも腐人となってしまう。そうなると悲劇以外の何者でもない。死して後、自分が化け物になり家族や仲間を襲う存在になってしまうのだから。
 素直にその説明を聞き頷く村人にローレンスは言葉を続ける。
「そいつらの体液で感染してしまいます。もし今後私達が居ないところで見かけても絶対に近寄らないで下さい。
とはいえすぐに結界を作りますし、私達が出来る限り早くヤツラを殲滅して、皆様が再び安心して生活できるようにいたしますので、もうご安心下さい」
 ローレンスの力強い言葉に、皆の顔に希望が戻る。結界の作成などすぐにでもしなければならない作業もあるので、そのまま散会となる。そして一人一人、祓魔師の三人に感謝の握手をして教会から去っていった。
 教会にはガルダ村長とポール神父とサンズ医師の三人が残る。小さな部屋に場所を移し六人で向きあう。ガルダ村長は遠慮した感じだったが、覚悟を決めたように顔をあげ、話を切り出す。 
「あの、祓魔師様、結界の事なのですが……先程お話ししたように、村のめぼしいものは盗賊どもに全部持って行かれてしまって、結界石のお代金をお支払いすることが出来ません。出来る事でしたら何でもいたします。もしよければ……私の孫娘が……」
 ガルダ村長はそこまで言い、近くにいるマグダレンとキンバリーを見て言い淀む。言いたいことはわかり、マグダレンとローレンスは苦笑する。
「お礼など必要ありません。私どもの目的は、祓魔という使命を果たす事で金儲けではありませんから。
私達は自分で結界石を作れるのですよ。ですからその技能が結構街では良い稼ぎになりましてね、祓魔師の仕事に集中できています」
 安心させるように後半をローレンスはあえて冗談っぽく言う。結界石はある程度の高いきねの力をもつものにのみ作ることが出来き、三人とも巫としての能力がそれなりにある。結界石は個人的に持ちたい交易商人や旅人や有権者などもいて需要も多く、材料となる宝石の千倍の価格となる。キンバリーにはイマイチ通貨の感覚がよく分らないが、金で不自由したことはない。
 ローレンスの言葉に安心したようなガルダ村長とサンズ医師。しかしその言葉に逆にポール神父が驚いた声を上げる。そしてハッとしたようにマグダレンの額にある頭飾りの紋章らしき彫刻を見て固まる。
「もしかして貴方がたは『神の王国』からいらした……」
 その言葉にローレンスとマグダレンは何故か困った顔をして頭を横にふる。
「いえ、単なる辺境の田舎からきた巡教者です。
 そんな事よりも、どう結界石を設置するか話し合いましょう、以前はどのように置かれていましたか?」
 マグダレンはあえて優美な笑みを浮かべ、わき道に逸れた話を元に戻す。
「え、はい、祭壇の奥に一つ置き、それで対応していました」
 今まで幾度かそういった会話をなされるのを聞いたことがあるが、決まって二人はこういった笑顔だけを返し言葉を濁す。そうすることの意味がキンバリーには良く分からなかった。
 確かにマグダレンが言った事は嘘ではない。三人は何の変哲もない田舎の里からやってきた。
 この村なんか比べものにならない、それこそ近くに街すらもない辺境である。その生活は質素で、自給自足の生活。村全体が一つの家族として過ごしており、諍いもなく、生きる事を楽しみ、皆で手を取り合って素朴に生きているような平和な場所である。ずっとそのような里で過ごしていただけにキンバリーは、かなりの世間知らずに育っている事の自覚はある。その為に、あえてこういった話し合いでは会話積極的に加わらず黙って聞いていることにしている。
 三人が旅を続けて、もうかなりの時が経ち、キンバリーは最近良く考え悩む事がある。
 自分が巫だからそう思うのかもしれないが、キンバリーらに比べて一般の人間というものは、何故こんなにも弱く、脆いのか? 腐人のような魔物に怯え生きている。旅をしていて、そういった事に気が付き驚かされていた。それに比べ、自分はなぜこうなのかと……。
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