愚者が描いた世界

白い黒猫

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~剣と誇り~

3-6  <王子の盾>

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 剣の道で生き死ぬ、そんな覚悟をもっていたものの、ダンケはグレゴリーの言葉に愕然とする。
  自分を信じて側に置くフリデリック王子。
  これほど純粋で美しい魂をもった人物を、ダンケは見た事ない。
  そして一族に犯罪者が出たということで、近衛の任を解かれそうになった時もフリデリックは自分をかばい、宮内省に働きかけ自分を手元に置いてくれた。そうこの瞳に導かれてダンケは望み此所にいる。
  しかし、グレゴリーは自分が王子に出来ることは、脅威に直面した王子の前に立つことだけで、敵を倒すことも正しき場所へ導く事出来ないと言い切ったのである。
  ダンケに対しても、まざまざと知りたくはなかった真実を突きつけるもので、拳を握りしめる事しかできなかった。
 「ところで……グレゴリー先生、貴方の実直な意見を教えてください。
  貴方はテリー、いえ、テオドール・コーバーグをどのように思っていますか?」
  グレゴリーその言葉にしばし悩むように眉間の皺がさらに深めた。
 「…………個人的な感情で言わせて頂きますと、貴方同様、この世界で 幸せな人生を送って欲しい! そう願う存在です。
  そして、今城下町で流れる話を聞く限りでは、ご両親によく似た気質をお持ちで、人に尽くし、人の為に行動をする真っ直ぐなお方のようですね。
  ただ……貴方が彼を講師に選べば、嬉しいと思う反面、恐ろしい」
  ダンケはグレゴリーが 今日わざわざ課外授業として王子を連れ出してことの意味と、彼がやろうとしていく事に何もいえなくなる。
  自分は何も言えずただ側にいただけであることが、恥ずかしくなる。
 「私がコーバーグ夫妻から、様々な物を学んだように、貴方がテオドール殿から学ぶものは多いと思います。しかし王子とテオドール殿の出会いは、周りにどのような影響を与えるかを読み切れない所が怖いのです」
  ダンケは同意するようにその言葉に頷いた。ダンケには、テリー・コーバーグという人物も、彼の背後にいる王国軍の狙い、そして彼について回っているであろう亡霊の存在……全てが謎で分からない。
 「それは、何か危険が迫るという事ですか」
  グレゴリーは頷く。そして目を細めじっとフリデリックを見つめる。
 「しかも、その危険な動きが、誰からどのような形で、何処へ向かうかが読めないのです」
  グレゴリーはため息のような深呼吸をする。
 「貴方が、先日王国軍と連隊長と面談してから、面白いくらい多くの人物が、私の元に訪れました」
  フリデリックとダンケは驚いたように、グレゴリーを見る。
 「個人名は、あえて言いませんが、皆の用事は貴方の兵法と剣技の講師についてでした。
  誰を推すかはバラバラでしたが、共通するのは『コーバーグを選ぶ事だけはないよう、貴方を説得してほしい!』という内容でした。」
 「!!」
  フリデリックは葡萄色の瞳を見開く。 
  ダンケも表情にはあえて出さなかったが、内心驚いていた。ダンケが知る限りグレゴリーがその講師についての話題をしたのは、今日が初めての事。
 「でもね……最近、何故か、『コーバーグを推薦しろ』という話をするものが出てきています。面白いですよね」
 「それは バ……王国軍側の方からの話ですか?」
  フリデリックの言葉にグレゴリーは可笑しそうに笑い首を横にふる。
 「王国軍側の方は、何故か一人もいらっしゃいません。
  元々面識も殆どありませんし、まあ、私の元に来られた方の殆どもそうでしたが……。
  バラムラス殿が、フリデリック王子に判断を委ねるとしたら、王国軍の誰もそれに従うしかないという所でしょうね」
  ダンケは、グレゴリーの言葉から、すでに様々な意図、様々な思惑が蠢いている事に呆然とする。
  ただでさえ混乱していた王宮内は今回の件で更に混迷していた。
  バラムラス・ブルーム元帥はあえてこういう騒ぎになるのを見越して、このような人事をフリデリックに任せた。
  ダンケからみて、バラムラス・ブルームもテリー・コーバーグも、王家ではなくその忠誠心はレジナルド・ベックハードにのみ向かっている。
  人づてに聞こえてくるテリー・コーバーグについての話からすると、テリー・コーバーグはレジナルド・ベックハードに心酔しているという。
  レジナルド・ベックハードにとってもテリー・コーバーグは単なる部下ではなく、レゴリス・ブルームに並ぶ懐刀の存在となりつつあると。実際先日のマギラ皇国がラトニアを攻め入った時も、テリー・コーバーグは華々しい活躍をし、その存在を同盟国に知らしめているらしい。王国軍の活躍をあまり喜ばぬ元老員によって国内でその活躍はあまり広まっていないが、同盟軍においては勝利の使者とも称せられているようだ。
  バラムラス・ブルーム元帥が、そんな存在をあえてフリデリックにぶつけてくるような事をした。
  おそらくはレジナルドも納得してない状況で。
  何を考えているのか、ダンケには計り知れない。またそれに対する元老院の動きも同様である。
  こんな状態では、自分はフリデリック王子にとって、レジナルドにとってのブルーム親子やテリー・コーバーグのような存在にはなり得ない。だったら何よりも強力な盾となるしかない!
  ダンケは静かに覚悟を固める。
 「貴方様が誰を講師に選ぶかは、私は何も意見を言うつもりはありません。ただ、誰を選ぶにしてもその事に対する責任というものをシッカリお持ち下さい」
  フリデリックの手を握っていたグレゴリーは静かに低い声でそう締めくくる。その目は今まで見た事もないほど激しく強い視線だった。


  ※   ※   ※

 フリデリックが初めて王子として選択を迫られたこの講師選任。この人事の結果は王族であることの『意味』と『責任』というものを、フリデリックに問い続けるものとなった。
  フリデリック王子が何故この三人を選んだのか? 芸術を愛する王子だけに、連隊長の中で最も顔のよい三人を選んだと冗談で言われるが、その本当の基準は謎である。

  しかし、その選んだ三人のうち、二人がフリデリックの人生を揺るがす事となった二つの事件を引き起こすことになったのは偶然なのか? この選択が引き起こした事なのか? 後生の歴史家の意見が別れる所である。
  私は、フリデリック・ベックバードは、なかなかの真否眼をもった人物ではないかと見ている。運が良いだけで、もしくはことごとく危ない物を遠さげてきたから生き残っていったようにも思われている。しかしそれこそが彼の状況判断能力と人を見る目があったという事の証明ではないのか。
  フリデリック・ベックバードは常に手をとるべき相手を間違えなかった。それこそが彼が只者ではなかったという証明ではないのだろうか?

                       ――――ウォルフ・サクセン 手記より――――
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