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今日の過ごし方

新しいと思えない朝

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 俺は恐怖と痛みからくる自分の叫び声で目を覚ます。周りを見渡しそこが自分の部屋である事にホッとした。
 随分と嫌な夢を見たようだ。自分が死ぬ夢は確か吉兆とか聞いた事があるが、見て気持ち良いものでは無い。
 汗まみれなのは暑さのためだけではないだろう。
 サイドチェストでアラームが鳴りっぱなしのスマフォを手に取り音を止める。ディスプレイには【7/11 06:01】の文字。
 俺はリビングに行きテーブルにスマフォを置いてからテレビとクーラを付けてトイレに行く。
 風呂場で汗を流しサッパリした気持ちでリビングに戻る。 
「今日も非常に暑い一日となるでしょう。熱中症には充分注意して下さい。
 天気はほぼ晴れの予報ですが南太平洋に発達しはじめている高気圧の影響で気圧が不安定な事もあり所によってピンポイントに雨が降る可能性もあります。その為折りたたみの傘を用意しておくと安全でしょう」
「最近よく見られるゲリラ豪雨というやつですか?」
「その通りです。都心部のアスファルトにより温められた空気が……」
 テレビからは変わり映えもしない内容のニュースが流れていた。俺は棚から器を取りだしコンフレークをそこに入れ冷蔵庫を空け牛乳を取りだし注ぐ。ついでに野菜ジュースを取りだし扉を閉める。
「東京オリンピックまでもう少しで一年ですね。いよいよ迫ってきた――」
「昨日は新競技……の会場内部のお披露目が――」
 テレビの映像をBGVにして、朝食を食べながらスマフォをチェックする。
【トゥアイスのライブのチケットとれたよ! お金は今度会った時で良いから!
 ちゃんとスケジュールあけとけよ! 来年の一月十一日!】
 親友の将来まさきからのメッセージに俺は首を傾げる。一旦一覧に戻り次のメッセージを開く。
【今日棚が届いたの! 壁の色ともバッチリで良い感じ!】
 彼女の明日香からそんなメッセージが続いている。また一覧に戻り次のメッセージを開くと予想した通りの内容のメッセージがそこにあった。
【お盆休みは取れそう? 
 おじいちゃんの初盆ちゃんと帰って来なさいよ! 私はともかくおばあちゃんには逢いに来なさい】
 俺はスマフォを手に暫く固まってしまう。嫌な汗が背中に流れるのを感じる。
 
 気の所為? この一連のメッセージを俺は見た事がある。
 
「チャレンジカップの時間になりました!
 本日のゲストの杉田玲士さんにチャレンジしてもらいます!
 何個のダーツを的に当てる事が出来るでしょうか?
 リモコンのボタンで当ててくださ~い」
 能天気な声がテレビから聞こえてきた。
 にこやかに笑いながら的の前へと移動しているイケメン俳優。俺はこの先の展開を知っている。一本目を見事に当てて皆から歓声を貰い、その後の残りの三本を全て外し、スタジオが微妙な空気になる。
 俳優は一本目のダーツを投げ見事に成功させ派手にガッツポーズをする。そしてよせばいいのに全部当てると高らかに宣言をした。それをことさら持て囃すギャラリー。俳優は調子にのってダーツを投げ続け失敗する。
 夢でみた通り進行していく番組に俺は呆然とした。
 混乱しながらも着替えて出勤するという通常行動をしてしまうのがサラリーマンの哀しい性。いつもより一本遅めの電車に乗って会社に向かう。
「佐藤さん!」
 ホームを降りたときに背後から俺を呼ぶ声が聞こえる。俺は恐る恐る振り向くとそこには部下の高橋今日子が立っていた。
 いつものようにキッチリとしたスーツを着ているが俺は首を傾げる。いつもきれいに纏めている髪が、今日はなんか雑になっていた。夢と違う所に少しだけホッとする。しかしいつもの高橋らしい笑顔はなく表情が何故か硬い。
「高橋? どうしたんだ顔……色が悪いぞ。体調がよくないのか?」
 顔が引きつっているとは言えず、そう話かける。
「佐藤さん、今日は一本前ではなく、コチラに乗られていたんですね。
 佐藤さんの言う通り一本手前の電車は少し楽でした」
 俺は高橋の言葉に首を傾げる。自分が乗る時間の電車の話をしたことがないからだ。現実の中では……。
「変な夢を見たから……」
「私もです。佐藤さんとメビウスライフにモンド経由で向かう夢を」
 そして高橋は手帳のあるページを俺に向ける。そこには夢の中で俺と高橋が交わした会話が書いてあった。
「記憶にあるんですね」
 高橋の顔が歪み泣きそうな顔になる。
 俺は高橋の腕をひき、駅の構内にある喫茶店に誘う。
 二人の夢を付き合わせた結果、同じ今日である七月十一日をそれぞれの視点で見ている事が分かった。二人でMedioメディオ Delデル Mondoモンドの近くを車で通った時に何かが起きる。そして恐らくは二人とも死ぬ。
「これってどういう意味なのでしょうか」
 高橋の言葉に俺は悩む。そもそも何があそこで起こったのかも分からない。高橋もそれは理解出来ていない。
 二人が見たと言うのはそもそも夢なのか? 夢と言うにはやけにリアルな感覚。結論が出ないまま、業務時間が迫り、俺たちは会社に行くことにする。
 夢? とまったく同じ言葉で話しかけてくる職場の人。違うのは高橋の行動と表情だけ。
 十時三十分になったので高橋を呼ぶ。俺の声に高橋は緊張した顔で上着を着て鞄を持って近付いてくる。
「準備はいいか?」
「……」
 縋るような表情で見上げる高橋。俺は安心させるように微笑む
【メビウスライフ……】向かう会社名を三つ俺の欄に行先を書き入れ。高橋の欄にも行先を書き、【佐藤に同行】と書き入れた。夢に逆らうように少しずつ異なる言動をしている自分を意識する。
 会社の地下駐車場で二人で車に乗り込んだ。高橋が、異様に緊張しているのが分かる。
「高橋、大丈夫か?」
 明らかに大丈夫ではない顔なのに高橋は頷く。
「ここまで今日過ごして分かった事が一つだけある。
 周りは変わらないが、俺たちは自由だ」
 高橋はハッとしたように顔を上げた。
「俺たちは今からどうにでも行動出来る。どうする?
 わざわざ同じ時間にアソコに突っ込むのは愚だが、全く違う道を通るのもよし、何が起こったのか離れた所で確認するのもよし。
 お前はどうしたい?」
 高橋は、俺の言葉にジッと考え込む。
「何があそこであったのか知りたいです」
 俺は同じ気持ちだったので頷いた。
 早めに会社に出ておいた。十時五十分にはモンドから一キロ離れた高層ホテルの上のラウンジカフェにいた。
 そして何かが起こるであろうモンドを見下ろす。
 何故かここまで離れた所にいるのかというと、あそこで何が起こったか不明。
 あの時の雰囲気から竜巻に巻き込まれたのではないか? そう予測をたてた。
 中途半端に離れた場所でも危険な可能性はある。このくらい離れた場所から見張る事にした。
 ここなら周囲が見晴らせるし、万が一危険がここまで及びそうなら屋内深くに逃げるようにする。高橋を危険に晒す訳には行かないからだ。
 夢で何かが起きたのは十一時十一分十一秒。
 十一時六分辺りから、モンド上空が暗くなってきて雨が降り出し激しくなっていく。ここまでも夢の通り。
「佐藤さん!」
 高橋が指差す前に俺も気がついていた。雷雲からロート状の雲が出てくる。ソレが降りてきてモンドの交差点中央へと向かっていった。
 みるみる地上に降り立ちモンド交差点にある円形の歩道橋の真ん中に着地する。
 時間は十一時十一分
四つの高層マンションに囲まれた状態で、竜巻は移動することもなくその場で渦まきゆっくりと壊れていき消えた。
 その様を呆然と眺めていた俺たちは、互いの存在を思い出し顔を合わせる。
「なんですか? あれ……」
「竜巻だとは思う」
 そう答える俺の視界の中で、空はゆっくりと明るくなっていく。周りもざわめき窓ガラスの方に人が集まってきているが、誰も状況を飲み込めていないようだ。
 ふと時計を見ると十八分になっている。俺は伝票を手に取り高橋に声をかける。メビウスライフとの打ち合わせ時間を思い出したからだ。
 俺が運転して向かう傍ら、高橋はネットで今何が起こったか調べている。都内で竜巻発生というニュースだけが出てきていると高橋は報告してくれた。
 約束の時間三十分までには何とか到着して、一時間程の打ち合わせを済ます。
 近くのファミレスでお昼を二人でとる事にした。打ち合わせの間ネットではかなり情報は増えていた。
 都内で竜巻が突然発生。竜巻は五分弱で消滅する。
 竜巻の周りにあった歩道橋は崩壊、マンションなどの建物は外壁窓ガラス等壊れる等の被害。若干の怪我人は出たものの奇跡的に死者は出なかった。
 竜巻が発生した場所から移動しなかったのは囲まれた四本のタワーマンションの形状が理由とされている。捻りのある曲線を描くように作られたデザインのものがシンメトリーに配置されたことで、そこに発生するビル風が竜巻を交差点に閉じ込めたという説。もしくはその形状が竜巻を発生させる原因となったと説で分かれていた。
 竜巻とは断定されたが、それ以上は謎ばかりだった。
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