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イカれた世界の真ん中で……
それは絵に描いたような素敵な家族でした
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俺の両親も佐藤を気に入り、実の息子の俺よりも佐藤を可愛がった。
生意気で五月蠅いだけと思っていた妹も、新妻となると意外に可愛らしくなるようだ。
佐藤にいじらしい程尽くし、甘え幸せそうだった。
まるでホームドラマのように平和で愉快に仲良し。それが佐藤の加わった俺の家の様子だった。
そして佐藤と妹が結婚して次の年の九月に俺は佐藤に二度目の出産祝いを手渡した。
「ズルいよな、お前だけ。俺だって家族なのに伯父さんには祝い金は出ないんだよな~」
そう馬鹿な事を言う俺に佐藤は吹き出す。
妹は里帰り出産をした為に今実家にいる。
同じ家族なのに佐藤は特別休暇を使え、俺は有給を使い駆けつける。そこにも不条理を感じたものだった。
「だったらタカシも早く結婚して子供をつくればいいのに。もう生まれてきてくれた瞬間の感動は他に例えようがない程だよ」
佐藤はそう言って柔らかく笑う。
俺のスマフォと佐藤のスマフォには妹から毎日送られてくる、姪っ子の写真が異様な程、増えていっている。
俺は大して変化もないのに量だけあるそれらは鬱陶しかったが、佐藤はそれら全てが嬉しいようで娘の写真を暇さえあれば眺めて幸せそうだった。
デレデレな佐藤の様子に苦笑し、俺は窓の外を見る。
九月だというのにまだ台風は毎週きており、現在もまた南から日本列島を舐めるように台風が移動していた。
そのため外は暗く窓は叩き付けられるような雨に濡れ景色は歪んでいた。
「凄い雨だな、週末までに通り過ぎてくれるといいが」
週末に二人で実家に行く予定だったので俺は天気を気にしていた。
佐藤も窓の外を見つめたが、直ぐに自分の娘の写真に視線を戻し愛しげに目を細める。
その会社の窓を叩いていた雨はその夜、俺の故郷の近くの川を氾濫させた。
報道番組は俺の不安を煽るような内容の映像を放送し続ける。
停電や断線が起こっているとかで家族との連絡もとれず俺と佐藤は眠れぬ夜を過ごした。
日が明けて、実家へと駆けつけた俺は、変わり果てた故郷を前に立ち尽くすしかなかった。
水の腐った何とも嫌な臭いが辺りを漂い、見える風景全てが泥色だった。
台風による河川の氾濫により、実家のあった場所付近は濁流にのまれた。
俺は佐藤と駆けつけ避難所を何軒も周り探したが父や母や妹や姪の姿を見つける事が出来なかった。
一週間後、家から一キロ離れた所で両親、さらに五十メートル先で妹と姪が変わり果てた姿で見つかった。
顔にある穴という穴に泥をつまらせ【苦悶】という名のオブジェのようになったソレを家族だったものと認識するのにも時間がかかる程だった。
家族の死を実感するのにさらに時間が必要だった。
そんな形で家族をいっぺんに無くした俺はただ呆然とするしかない。
葬式の時に隣で声を上げて泣く佐藤とも、寄り添う事もしなかった。
祭壇に並ぶ笑った家族の写真をじっと睨むように見つめることしか出来ない。
何故こんな事に? 俺の視界の隅にいる佐藤の存在をやけに強烈に意識してしまう。
こうやってコイツが泣いている姿は初めてではない。もう三度目なのだ。
会社の皆は淡々と受け答えをする俺に定形な挨拶をして、哀しみに震える佐藤に労りの言葉をかけその肩を叩き、慰めていた。
過去二回の時と同じように……。
『家族を一緒に作りたいの』そう言って笑う智子さんの顔が頭に浮かび、それが妹の顔へと変化する。
俺は皆に慰められる佐藤を見ながら思う。
こんなに偶然が起こり続けるのだろうか? 人生に三度も災害で家族を亡くすなんてこと。
『コイツ、ナニ?』
同時に恐ろしい現実に気がつく。
俺が佐藤を家族に近付けたから、家族はこんな事になった……。
そう思えて仕方がなかった。こうして一緒に家族として並んでいる事すら吐き気を感じる程、嫌になってくる。
四人の遺骨を俺は自分のアパートに持ち帰った。佐藤が慌て止めるのも構わずに。
「この疫病神! もう俺の家族に関わるな! 妹とお前が結婚しなければ、俺の家族は死ななかった!」
傷ついた顔をする佐藤に構わず俺は玄関のドアを閉めた。
それからマトモな会話を二人でしていない。
俺は一人で四十九日法要の準備を佐藤抜きで行い、一人で墓の用意をして、一人でその後の手続きを進めていった。
会社で俺と佐藤の関係がおかしくなった事は皆気が付いたようだ。
「佐藤くんは何も悪くないだろう。
君たちはもう家族なのだからこういう時こそ助け合わないと」
「君は今気が動転しているだけだ。
少し落ち着いたらまた、二人で酒でも飲んで、話し合って仲直りしたまえ!
あんなに良い関係だったんだから」
何故か皆、俺が悪いかのように言って佐藤を庇い俺を宥めてきた。
これは俺の被害妄想なのか? 誰も異様に思わないのだろうか?
佐藤の手には妹と娘の弔慰金として九万円が支払われ、俺には両親に対して四万円の弔慰金が手元にやってきた。
これを見て何なのか? この制度は? と思ったものである。
俺は佐藤とは距離をおき、会社で過ごすようになった。
俺の家族の死から一年と半年程経った時、佐藤は九鬼常務の紹介でお見合いをしたようだった。
相手は夫と死別して小学生の子供が二人いる女性。
似た境遇だけに互いの痛みも分かり寄り添えるだろう。となんとも偽善的で残酷なお膳立て。
しかし二人は良い感じで相手の子供も佐藤に懐いているという。
そして今回も二度も妻子と死に別れた佐藤は結婚には踏み切れないと聞いていた。
俺が営業部を訪れた時、鬼塚部長と佐藤が話しているのが聞こえた。
「君が何時までも傷ついて独り身でいるなんて事は、亡くなった御家族も喜ばないぞ!」
そこまで言ってから俺の視線に気が付き部長は気まずそうな顔をした。
佐藤は痛みを耐えるような悲しげな表情で俺を見つめてくる。
黙って見つめあう佐藤と俺を見て部長はヘラリと笑い俺に話しかけてくる。
「君もそう思うだろ? 君の妹さんも佐藤くんが今度こそ幸せになれる事を望んでいると思わないか?
いや彼は君の妹さんやご両親の分まで幸せにならないといけないんだ!」
部長は響く声で俺にそんな事を言って何故か部屋を見渡す。
自己陶酔という言葉がピッタリな顔で。
何言っているんだ? 俺は白けた冷たい視線を向けそう思った。
安っぽいドラマの一シーンを見ているようで、俺の心に響くどころか気持ち悪さを覚える。
部下を温かく見守る話の分かる上司を、態とらしく演じている大根役者のようだ。
しかしそう思うのは俺だけなのだろうか? 皆は感動したような顔をしてウンウンと頷き、佐藤はというと……眉を寄せ困った表情で俺を見つめている。
佐藤の視線のせいで余計に皆の視線が俺に集まり、俺の返しを待っている空気で居心地が悪い。
流石に社会人五年していると、周りの空気も読めてくるし、その場の雰囲気から逸脱した言葉は言い難いものだ。
「……別にお前が不幸になろうか幸せになろうが、俺の家族が、生き返る訳ではない……」
そのような言葉を発する俺に佐藤は辛そうに顔を顰め、皆の責める視線が集まる。
「……でもお前が幸せになれたなら、俺はお前を許せるようになると思う」
俺の言葉に佐藤は目を見開き泣きそうな顔で笑った。
とんだ茶番である。俺までがチープなドラマの登場人物に成り下がった気がした。
皆は勝手に、哀しい事故により蟠りを作ってしまった二人が、こうしてまた関係をやり直す事が出来たというストーリを頭の中に作り上げ喜んでいるのだろう。
俺は何か言いたげな佐藤から目を逸らし部屋を出ることにした。
とは言えこの時言った言葉は、口先だけの言葉ではない。かなり本気の言葉だった。
佐藤がコレで本当に幸せになれたなら、俺があの時思った事は馬鹿な妄想で、家族の死は誰のせいとかではなく運命だったのだと諦められるから。
三度目の結婚祝い金は、俺は気持ち的に渡す事が出来ず他の奴に届けてもらった。
その後佐藤がどんな家族を作ったかはよく分からない。
後日様々な形で聞こえてきた情報によると『明るい奥様と元気な子供と優しい旦那様でいつも笑顔の耐えない素敵な家族』だったようだ。
二ヶ月後の夏季休暇中、影山レジャーランドという遊園地で悲惨な事故があったというニュースを目にする。
ジェットコースターが、突然溶けるように崩壊してコースターに乗っていた人、アトラクション待ちしていた人、近くにいた人を巻き込み、多数の死傷者を出したという。
その事故を伝えるテレビの映像の中で青ざめながら救急車に乗り込んでいく佐藤の姿が映っているのに気が付いた。
俺は恐怖を通り越して唖然とする。
祭壇に並ぶ複数の遺影と並んだ棺。
その前で項垂れる佐藤の後姿。
この光景を見慣れてきている自分も怖いと思う。
怒りとか恐怖ではなく、もう呆れに近い感情だった。
佐藤の三番目の妻はもう親はいないようで、奥さんの妹と佐藤が並んで弔慰客のお悔やみの言葉を受けお辞儀を返していた。
会社の人が何かお悔やみの時に余計な事を言ったようだ。
奥さんの妹が相手に詰め寄り何かを聞き出している。その女性が激昂してくのが分かる。
彼女はキッと佐藤を睨みつけ責めだした。
「貴方が姉を殺したの? こうなること分かっていながら、姉と結婚したの? 人殺し!」
暴れるように佐藤を叩きだした女性を皆が慌てて止めて何処かに連れていかれてしまった。
俺もご焼香をさっさと済ませ佐藤と目も合わさずお辞儀だけして部屋を後にする。
自分の家族の葬式を彷彿させる、そんな葬儀の様子を見てられなかったから。
セレモニーホールの廊下の椅子に女性が一人座っているのが見えた。
先程部屋から連れ出された佐藤の新しい妻だった人物の妹である。
彼女は一人じっと正面の壁を睨みつけている。
その目に強い哀しみと怒りが込められていて、彼女という人物を負の感情で固めてしまっているように見えた。
まるで一年前の俺である。
近づいてくる俺に気が付いたのか、顔を動かし俺をも睨みつけてくる。
「この度はご愁傷様で……」
その女性は俺の言葉に怒りを顕にする。
「心にも無いことを言わないで!」
俺は顔を顰め横にふる。
「分かるよ。一年程前に、俺も両親と妹と姪をいっぺんに亡くした」
その女性は俺の言葉に一瞬息を止め、目を見開き俺を見上げてくる。
「そ、それは……ごめんなさい……」
俺は顔を横に振り『謝る必要は無い』と答えてから彼女に笑いかける。
「君と同じさ、妹があの佐藤と結婚して、そういう事になった」
女性は目を見開き、俺の顔を黙ったまま見つめ続ける。
「腹立たしいのは分かるし、佐藤を責めたいのも分かる。でも今は君の家族の葬式。
君が送ってやらなくてどうするの?
佐藤に家族面させてこのまま葬儀を進行させるの?」
俺の言葉に女性はハッとした顔をしたが、それが何か決意した表情へと変わる。
「ありがとう。戻るわ!」
彼女の言葉に俺は笑みを作り頷く。
「貴方のお名前は?」
「牛頭貴史」
俺の言葉をうけ彼女はニコリと笑う。
憎しみと哀しみに満ちていた表情が、笑うだけで年相応の可愛らしさをもった女性となるようだ。
「私は阿傍恵子。ではまたね牛頭さん」
そう言って葬儀会場に戻っていく彼女の背中を見送った。
生意気で五月蠅いだけと思っていた妹も、新妻となると意外に可愛らしくなるようだ。
佐藤にいじらしい程尽くし、甘え幸せそうだった。
まるでホームドラマのように平和で愉快に仲良し。それが佐藤の加わった俺の家の様子だった。
そして佐藤と妹が結婚して次の年の九月に俺は佐藤に二度目の出産祝いを手渡した。
「ズルいよな、お前だけ。俺だって家族なのに伯父さんには祝い金は出ないんだよな~」
そう馬鹿な事を言う俺に佐藤は吹き出す。
妹は里帰り出産をした為に今実家にいる。
同じ家族なのに佐藤は特別休暇を使え、俺は有給を使い駆けつける。そこにも不条理を感じたものだった。
「だったらタカシも早く結婚して子供をつくればいいのに。もう生まれてきてくれた瞬間の感動は他に例えようがない程だよ」
佐藤はそう言って柔らかく笑う。
俺のスマフォと佐藤のスマフォには妹から毎日送られてくる、姪っ子の写真が異様な程、増えていっている。
俺は大して変化もないのに量だけあるそれらは鬱陶しかったが、佐藤はそれら全てが嬉しいようで娘の写真を暇さえあれば眺めて幸せそうだった。
デレデレな佐藤の様子に苦笑し、俺は窓の外を見る。
九月だというのにまだ台風は毎週きており、現在もまた南から日本列島を舐めるように台風が移動していた。
そのため外は暗く窓は叩き付けられるような雨に濡れ景色は歪んでいた。
「凄い雨だな、週末までに通り過ぎてくれるといいが」
週末に二人で実家に行く予定だったので俺は天気を気にしていた。
佐藤も窓の外を見つめたが、直ぐに自分の娘の写真に視線を戻し愛しげに目を細める。
その会社の窓を叩いていた雨はその夜、俺の故郷の近くの川を氾濫させた。
報道番組は俺の不安を煽るような内容の映像を放送し続ける。
停電や断線が起こっているとかで家族との連絡もとれず俺と佐藤は眠れぬ夜を過ごした。
日が明けて、実家へと駆けつけた俺は、変わり果てた故郷を前に立ち尽くすしかなかった。
水の腐った何とも嫌な臭いが辺りを漂い、見える風景全てが泥色だった。
台風による河川の氾濫により、実家のあった場所付近は濁流にのまれた。
俺は佐藤と駆けつけ避難所を何軒も周り探したが父や母や妹や姪の姿を見つける事が出来なかった。
一週間後、家から一キロ離れた所で両親、さらに五十メートル先で妹と姪が変わり果てた姿で見つかった。
顔にある穴という穴に泥をつまらせ【苦悶】という名のオブジェのようになったソレを家族だったものと認識するのにも時間がかかる程だった。
家族の死を実感するのにさらに時間が必要だった。
そんな形で家族をいっぺんに無くした俺はただ呆然とするしかない。
葬式の時に隣で声を上げて泣く佐藤とも、寄り添う事もしなかった。
祭壇に並ぶ笑った家族の写真をじっと睨むように見つめることしか出来ない。
何故こんな事に? 俺の視界の隅にいる佐藤の存在をやけに強烈に意識してしまう。
こうやってコイツが泣いている姿は初めてではない。もう三度目なのだ。
会社の皆は淡々と受け答えをする俺に定形な挨拶をして、哀しみに震える佐藤に労りの言葉をかけその肩を叩き、慰めていた。
過去二回の時と同じように……。
『家族を一緒に作りたいの』そう言って笑う智子さんの顔が頭に浮かび、それが妹の顔へと変化する。
俺は皆に慰められる佐藤を見ながら思う。
こんなに偶然が起こり続けるのだろうか? 人生に三度も災害で家族を亡くすなんてこと。
『コイツ、ナニ?』
同時に恐ろしい現実に気がつく。
俺が佐藤を家族に近付けたから、家族はこんな事になった……。
そう思えて仕方がなかった。こうして一緒に家族として並んでいる事すら吐き気を感じる程、嫌になってくる。
四人の遺骨を俺は自分のアパートに持ち帰った。佐藤が慌て止めるのも構わずに。
「この疫病神! もう俺の家族に関わるな! 妹とお前が結婚しなければ、俺の家族は死ななかった!」
傷ついた顔をする佐藤に構わず俺は玄関のドアを閉めた。
それからマトモな会話を二人でしていない。
俺は一人で四十九日法要の準備を佐藤抜きで行い、一人で墓の用意をして、一人でその後の手続きを進めていった。
会社で俺と佐藤の関係がおかしくなった事は皆気が付いたようだ。
「佐藤くんは何も悪くないだろう。
君たちはもう家族なのだからこういう時こそ助け合わないと」
「君は今気が動転しているだけだ。
少し落ち着いたらまた、二人で酒でも飲んで、話し合って仲直りしたまえ!
あんなに良い関係だったんだから」
何故か皆、俺が悪いかのように言って佐藤を庇い俺を宥めてきた。
これは俺の被害妄想なのか? 誰も異様に思わないのだろうか?
佐藤の手には妹と娘の弔慰金として九万円が支払われ、俺には両親に対して四万円の弔慰金が手元にやってきた。
これを見て何なのか? この制度は? と思ったものである。
俺は佐藤とは距離をおき、会社で過ごすようになった。
俺の家族の死から一年と半年程経った時、佐藤は九鬼常務の紹介でお見合いをしたようだった。
相手は夫と死別して小学生の子供が二人いる女性。
似た境遇だけに互いの痛みも分かり寄り添えるだろう。となんとも偽善的で残酷なお膳立て。
しかし二人は良い感じで相手の子供も佐藤に懐いているという。
そして今回も二度も妻子と死に別れた佐藤は結婚には踏み切れないと聞いていた。
俺が営業部を訪れた時、鬼塚部長と佐藤が話しているのが聞こえた。
「君が何時までも傷ついて独り身でいるなんて事は、亡くなった御家族も喜ばないぞ!」
そこまで言ってから俺の視線に気が付き部長は気まずそうな顔をした。
佐藤は痛みを耐えるような悲しげな表情で俺を見つめてくる。
黙って見つめあう佐藤と俺を見て部長はヘラリと笑い俺に話しかけてくる。
「君もそう思うだろ? 君の妹さんも佐藤くんが今度こそ幸せになれる事を望んでいると思わないか?
いや彼は君の妹さんやご両親の分まで幸せにならないといけないんだ!」
部長は響く声で俺にそんな事を言って何故か部屋を見渡す。
自己陶酔という言葉がピッタリな顔で。
何言っているんだ? 俺は白けた冷たい視線を向けそう思った。
安っぽいドラマの一シーンを見ているようで、俺の心に響くどころか気持ち悪さを覚える。
部下を温かく見守る話の分かる上司を、態とらしく演じている大根役者のようだ。
しかしそう思うのは俺だけなのだろうか? 皆は感動したような顔をしてウンウンと頷き、佐藤はというと……眉を寄せ困った表情で俺を見つめている。
佐藤の視線のせいで余計に皆の視線が俺に集まり、俺の返しを待っている空気で居心地が悪い。
流石に社会人五年していると、周りの空気も読めてくるし、その場の雰囲気から逸脱した言葉は言い難いものだ。
「……別にお前が不幸になろうか幸せになろうが、俺の家族が、生き返る訳ではない……」
そのような言葉を発する俺に佐藤は辛そうに顔を顰め、皆の責める視線が集まる。
「……でもお前が幸せになれたなら、俺はお前を許せるようになると思う」
俺の言葉に佐藤は目を見開き泣きそうな顔で笑った。
とんだ茶番である。俺までがチープなドラマの登場人物に成り下がった気がした。
皆は勝手に、哀しい事故により蟠りを作ってしまった二人が、こうしてまた関係をやり直す事が出来たというストーリを頭の中に作り上げ喜んでいるのだろう。
俺は何か言いたげな佐藤から目を逸らし部屋を出ることにした。
とは言えこの時言った言葉は、口先だけの言葉ではない。かなり本気の言葉だった。
佐藤がコレで本当に幸せになれたなら、俺があの時思った事は馬鹿な妄想で、家族の死は誰のせいとかではなく運命だったのだと諦められるから。
三度目の結婚祝い金は、俺は気持ち的に渡す事が出来ず他の奴に届けてもらった。
その後佐藤がどんな家族を作ったかはよく分からない。
後日様々な形で聞こえてきた情報によると『明るい奥様と元気な子供と優しい旦那様でいつも笑顔の耐えない素敵な家族』だったようだ。
二ヶ月後の夏季休暇中、影山レジャーランドという遊園地で悲惨な事故があったというニュースを目にする。
ジェットコースターが、突然溶けるように崩壊してコースターに乗っていた人、アトラクション待ちしていた人、近くにいた人を巻き込み、多数の死傷者を出したという。
その事故を伝えるテレビの映像の中で青ざめながら救急車に乗り込んでいく佐藤の姿が映っているのに気が付いた。
俺は恐怖を通り越して唖然とする。
祭壇に並ぶ複数の遺影と並んだ棺。
その前で項垂れる佐藤の後姿。
この光景を見慣れてきている自分も怖いと思う。
怒りとか恐怖ではなく、もう呆れに近い感情だった。
佐藤の三番目の妻はもう親はいないようで、奥さんの妹と佐藤が並んで弔慰客のお悔やみの言葉を受けお辞儀を返していた。
会社の人が何かお悔やみの時に余計な事を言ったようだ。
奥さんの妹が相手に詰め寄り何かを聞き出している。その女性が激昂してくのが分かる。
彼女はキッと佐藤を睨みつけ責めだした。
「貴方が姉を殺したの? こうなること分かっていながら、姉と結婚したの? 人殺し!」
暴れるように佐藤を叩きだした女性を皆が慌てて止めて何処かに連れていかれてしまった。
俺もご焼香をさっさと済ませ佐藤と目も合わさずお辞儀だけして部屋を後にする。
自分の家族の葬式を彷彿させる、そんな葬儀の様子を見てられなかったから。
セレモニーホールの廊下の椅子に女性が一人座っているのが見えた。
先程部屋から連れ出された佐藤の新しい妻だった人物の妹である。
彼女は一人じっと正面の壁を睨みつけている。
その目に強い哀しみと怒りが込められていて、彼女という人物を負の感情で固めてしまっているように見えた。
まるで一年前の俺である。
近づいてくる俺に気が付いたのか、顔を動かし俺をも睨みつけてくる。
「この度はご愁傷様で……」
その女性は俺の言葉に怒りを顕にする。
「心にも無いことを言わないで!」
俺は顔を顰め横にふる。
「分かるよ。一年程前に、俺も両親と妹と姪をいっぺんに亡くした」
その女性は俺の言葉に一瞬息を止め、目を見開き俺を見上げてくる。
「そ、それは……ごめんなさい……」
俺は顔を横に振り『謝る必要は無い』と答えてから彼女に笑いかける。
「君と同じさ、妹があの佐藤と結婚して、そういう事になった」
女性は目を見開き、俺の顔を黙ったまま見つめ続ける。
「腹立たしいのは分かるし、佐藤を責めたいのも分かる。でも今は君の家族の葬式。
君が送ってやらなくてどうするの?
佐藤に家族面させてこのまま葬儀を進行させるの?」
俺の言葉に女性はハッとした顔をしたが、それが何か決意した表情へと変わる。
「ありがとう。戻るわ!」
彼女の言葉に俺は笑みを作り頷く。
「貴方のお名前は?」
「牛頭貴史」
俺の言葉をうけ彼女はニコリと笑う。
憎しみと哀しみに満ちていた表情が、笑うだけで年相応の可愛らしさをもった女性となるようだ。
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