世界終わりで、西向く士

白い黒猫

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こんな世界の中で

未来を背中に西向く士

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 新しい事は何も起こらない、同じ事の繰り返し。俺が動けば多少は変化するが、それは誤差範囲で決められた通りに物事は進行して繰り返すだけ。
 そんな中で生きていく事は、閉塞感と孤独感は半端ない。
 寂しくて堪らない時は外に飛び出し、様々な店に入り店員さんに話しかけ他愛ない会話を楽しむ。
 同じ店に行き同じ言葉をかけると同じ言葉が帰ってくるのが分かっているから、俺はできる限り店を替え別の会話を求める事にしていた。

 そんな生活の中でも時々無性に話したくなるのはミライだった。
 友達となったあの日の会話が俺の中で異様に強く印象に残ってしまったのかもしれない。こんな生活の中で一際輝いた存在であったから。
 俺の中でもっと彼女の事を知りたい、近付きたいそんな欲求が芽生えてしまっていたからかもしれない。

 俺は時々彼女に会う為だけに、ニシムクサムライ零に向かう。
 それによって被害をできる限り最小限に抑える事、プラス彼女と会話を楽しめるという行動も編み出していた。
 怪我をする筈の人を危険エリアから上手く移動させて、俺は元々居たはずの場所で作業し、近付いてきたミライを雷が鳴り出した段階で移動させ俺だけが怪我をする。
 俺とミライだけは二回目の今日の行動をなぞるという形。俺は怪我人という事で病院で手当した後は自由行動になり、ミライもホテルで待機となるのでLINEで連絡を取りやすくなる。
 そこでミライと様々な会話を楽しんだ。

「実は初めて会った時から土岐野さんのこと気になっていたの」
 彼女がそこでよく言ってくるのはその言葉。
「何で? 俺なんかを?」
 俺は最初の出会いの時もそんな突飛なことをした記憶はなかったから最初言われた時はそう答えた。
 プロジェクトの実行委員会では圧倒的に若手なため彼女のお世話係もしていた事で、他の一般社員よりも顔を合わせる事は多かった。 
「私を冷静な目でみて、接してくれるから」
「え? そうかな」
 皆、普通にミライを迎えて接していたようには見えていた。
「アイドルという職業柄もあるのかな。
 ファンの方だったら異様なほどにテンション上げて接してこられますし。商売道具として扱うのはまだ良い方ですが、若いからと舐めてぞんざいな扱いしてきたり、馴れ馴れしく小さい子扱いして下に見てきたり、あからさまに下心持って接してきたり、意外と普通にみてくれないのものなんです」
「そんなこと……」 
 ない、と言いたいが、彼女と別れた後に下世話な話をするヤツ。
 プロジェクトのアンバサダーとして大丈夫なのかどうかと冷淡に観察し判断を下している会話がなされているのを知っているだけに言いきれなかった。
 彼女が選ばれたのも、元々このプロジェクトのイメージキャラクターをしている俳優が大河ドラマに抜擢されたことで忙しく時間が取れなかったことと、ミライが程々に人気はあり価格が良くスケジュールもちょうどあったから。
 SNS等で発信するCMでチョットしたドラマも流される事もあり、本当はもう少し年齢が上で人気の女優がもとめられていた。
 起用には事務所が示してきた契約料が思った以上に高いことで断念し同じ事務所だった彼女がアンバサダーとなった。
 二十歳を超えたことで、可愛いだけで売るのはこの先困難になるという事で、今回のプロジェクトで女優や他の使い方もしていきたいという事務所の思惑。様々な事情で彼女はこの仕事をしていた。
 最近漫画原作の映画化作品に出たりと彼女のソロ活動は目立ち始めていた。それだけに今が彼女の頑張りどころとも言える。
 アイドルや芸能人は、ただ周りから持て囃されチヤホヤされているだけの存在ではない。
 仕事として求められてその役割を担っているからには、そこに相応の成果なり結果を求められる。
 サラリーマンなんか比べ物にならないほど大変な事に思えた。
 しかも二十歳になりたての子がそんなシビアな世界で闘っている。
「何だろう? 土岐野さんには変に飾らなくて話せる」
「同じプロジェクトの仲間だと思って接してただけなんだけどね」
「そう言って貰えると嬉しい!
 私のような仕事ってプロジェクトでの立ち位置もかなり不思議でしょ?
 イメージキャラクターではあるものの、仕事として関わる時間は部分でしかない。
サムライの社員さんからしてみたら、その関わった時間だけ良い顔しておけば良い相手とかなりそうで」
「でもミライさん、CMの打ち合わせの時サムライ零の為の演出という視点で熱く意見を出してくれましたよね。
 俺はあの姿見て感動したし、嬉しかったです」
 事務所はアイドルのミライ的な着物での出演を求めていたが、彼女はその前のCMに登場した俳優杉田怜士の演じたサムライの雰囲気を壊してはいけない。
 彼の恋人に相応しい立ち居振る舞いで臨みたいと訴えた。
 そして派手さのないつましい着物で演じた。
 結果彼女本来の美しさが露わになりプロモーションとしても、ミライの芸能人としての評判を上げることも成功したとも言える。 
 ミライ本人から、照れたミライのスタンプが送られてきた。なんか不思議な状況。
「その時、土岐野さんが後押ししてくれたの、とても嬉しかったの」
 そんな大したことしていないのに褒められると照れくさいものである。
 しかもその過去は彼女にとっては数週間前でも、俺にとってはいささか昔の話。
「一緒に撮影頑張ったし仲間だよね」
「ですよね! 侍姿の土岐野さん素敵でしたよ!」
 そうCMでミライと共演したのは実は俺。
 杉田零士は過去のCM映像のカットを利用しての登場だけなので、ミライは実は杉田零士と同じ侍の格好をした俺相手に演技をしていた。
 彼女がCMで語りかけていたのは俺の背中で、握ったのも俺の手。
「あのCMいい感じだっただけに、杉田玲士さんとちゃんと共演出来なかったのは残念だったね」
「いえいえ、私は恋人役が土岐野さんで良かったです。
 杉田さん、前にしたら私平常心でいられなかったかも。大ファンなので」
 杉田玲士の代役が俺で良いのか? 悩んでいたが、ミライがリラックスして仕事出来たなら良かったのかもしれない。

  ミライとのこんな他愛ない会話が、このどうやっても抜け出せない閉塞感しかない日々の中で、唯一癒しと心地よい刺激を与えてくれた。

 会話を終えてオレは大きく深呼吸する。
 撮影の時触れ合った手と指の感触。降り頻るガラスの雨の中俺の腕の中で震えるミライの身体の温もり。
 ふとソレを思い出し俺はザワザワとした疼きを感じる。その疼きは身体からではなく心から来るもの。
 ミライとは様々な会話をしているが、その距離は今迄も、これからも全く変わることはない。
 俺を襲うザワめく疼きは切なさから来るのか、虚しさから来るのかは分からない。
 時々こういうどうしようもない感情を持て余し身体を震わせた。
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