合同会社再生屋

倉木元貴

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道は同じ 5

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 幸いにも、この教室は、校舎の隅にある。この辺の教室では催し物がなく、文化祭参加者だけでなく、学校関係者の人通りも著しく少ない。長く誰もいない廊下のせいで、遠くでは賑やかな声が響いているが、この教室付近では、人の声は滅多にしない。
 青春の1ページに、こんな寂しい思い出を刻むのは胸が苦しいが、どんな結末になるのか、未来を知ってしまっているから、こうするしかない。
 植田にはああ言ったが、さすがの僕だって寂しさを感じていないわけではない。寂しすぎて今は暇だ。ずっと時計を眺めているが、針の進みがいつもに増して遅い。スマホでゲームをするのも、もう飽きた。クラスで役割を決めるときに、何で1時間も休憩時間を作るかな、学級委員長。おかげで、あと30分もある。暇すぎて死にそうだ。
 だからと言って、僕は外には出れない。教室の外に出てしまえば、野本との接触の可能性があるから。ああ、窮屈すぎる。2日間も、こんな思いをして過ごさないといけないなんて、しんどすぎる。これも全て野本のせいだ。僕は野本と付き合ってから、ずっといいことがなかった。わがままは叶えさせられるし、浮気はされるし、殺されるし。どうせ過去に戻されるのなら、中学3年の進路選択の時間に戻して欲しかったな。そうすれば野本に近づくことはしないのに。
 考えているうちに、野本に対する未だかつてない苛立ちが芽生えていた。
 この調子でいけば、初対面にもかかわらず、野本に対してだけは、キツく当たってしまいそうだ。それはそれでいいかもしれないけど、野本は面倒なやつだ。その割に陽キャ寄りだから、直ぐに変な噂を撒き散らかす。中学時代には、腹いせで男子を1人不登校にしただとか、誰かが言っていた。付き合っている時は、信じていなかったが、浮気をされたときに、僕の中で、その噂が真実だったのではないかと思うようになった。まあ、その直後に殺されてしまったから、証拠という証拠は集められなかったが。
 待てよ。つまり、中学の野本のことを知っているやつに聞いて、野本のことを調べると、あいつの真の正体を暴けるんじゃないか。うまくいけば、野本を退学させることができる。
 暇でそんなことを考えていたが、現実的でないから、冷静になった僕の脳にすぐさま却下された。
 基本は前に考えていた通り、何事もなく穏やかに高校を3年間過ごすこと。野本とは、できるだけ交友関係を持たないこと。これだけを忠実にこなしておこう。
 たこ焼き粉をひたすら混ぜることを終えた僕は、誰よりも早く、片付けに取り掛かった。僕の他に粉を混ぜていたやつは、暇になったからと、呼び子をやらされていた。僕としてはたまったものじゃない。そんなことをして、野本と遭遇してしまったらどうするんだ。今までしてきたことが全て無駄になってしまう。
 粗方の片付けを終えた僕は、誰よりも先に洗い物をしていた。それも、僕のクラスの目の前の水道で。それだったのに、誰もいないはずだったのに……洗い物をしている僕に話しかける人物が現れた。
 
「ねえ、4組のたこ焼きってまだ売っている?」
 
 この聞き覚えのある声に僕は戦慄していた。とても洗い物を続けられる状態じゃなかった。振り向きたくもなかったけど、話しかけられた以上、振り向くしかない。でも、何故だ。何故、野本と言う陽キャが1人で行動している。いつもの2人はどうした。名前は何だったか。確か、高見と頭の悪い方の津川。僕の知る限りではその2人と離れたところを見たことがない。まさか、僕が知る以前は大して仲が良くなかった、とかか。最悪だ。こんなタイミングで野本に会ってしまうとは。せっかく、嫌だけど、仕事に徹していたのに、どうしてこうなるんだ。それともあれか、どう足掻いたって、所詮未来なんて変えられないってことか。だったら、尾形の野郎はとんだ嘘つき野郎だ。騙された僕も悪いかもしれないが、人生をやり直す。そんなことを言われたら魅力的だろ。それを断る奴なんていないよ。
 
「まだ売っていると思うよ。僕はずっと片付けをしているから、悪いけど、どれくらい売れているのかも知らないんだ」
 
 軽くあしらって、洗い物の続きをしようとしたが、手が動かない。未だに震えている。どこからか悪寒のようなものも感じるし、水が氷に浸かっているかのように冷たい。
 
「そっか。ありがとう」
 
 野本は、屋台の方へ歩いて行った。
 碌な世間話もしていないのに、こんなのでいい印象だったと言われても、それはそれで困る。告白を断るための起因も作れた。今日は予定外のことがあったけど、僕の計画は、まだまだ順調だ。あとは、2日後の告白で僕が断る。それでいい。
 もう知らない人間と付き合えるほど、僕はお気楽な人間ではない。関わる人間全員を見極める。大人になってようやくそれを実感した。あの時は子供だった。でも今は違う。僕は大人だ。もう間違ったりなんかしない。
 文化祭の全日程が終わっても、僕と野本の接点はその1回きりだった。
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