今日の夜。学校で

倉木元貴

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41話

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 音楽室を後にした僕らは、前回と同じ道順をなぞってトイレの前に着いた。
 
「僕は外で待っておくから、検証してきなよ」
 
 前回もそうしたから、今回も同じように僕は入場を断られるものだと思っていたけど、羽山は廊下で立ち止まっていた僕の服の裾を掴んでいた。
 
「1歩だけなら入ってもいいよ」
 
 僕は無言で立ち尽くしていた。
「入ってもいいよ」と言われた時にの方が入りづらい。羽山の力は相変わらず強いし、服が伸びきる前に連れられる方が身のためだ。
 女子の羽山と女子トイレで2人きりなんて変な気分だ。七不思議の検証で訪れているのに、どうしても意識してしまう。
 
「……分かった。1歩だけ」
 
「……うん。ここで待ってて」
 
 前回は女子トイレに目も向けていなかったから、別のことを考えられていたけど、今の状況は七不思議のことでさえ考えられない。
 トイレの中から廊下を眺めててもいいかな。検証が終わった後の羽山の行動を見られないから危険だ。最悪、背後から襲われかねない。天井でも見つめていよう。
 ここの校舎は30年くらい前からある。いくら鉄筋コンクリートだと言っても、時間が経てば古くなっている。何よりも酷いのは3階の雨漏りだ。大雨が降れば、必ずどこかから雨漏りが発生する。このトイレでも当然のように雨漏りは起きている。そのせいでどこの教室でも天井には黒いシミが付いている。汚い教室だなとは常に思っている。そんな天井の黒いシミなんて、今更気にしたことはなかった。トイレで人の顔のようなシミを見るまでは。
 原因を分かりきっていても、急に見つけるのはやはり怖いな。
 若干驚いてしまった僕は足を1歩後ろに下げてしまい、踵を扉にぶつけてしまった。このトイレの扉はおんぼろの木製扉で、ノックの音ですらよく響く。しかも、トイレという密室であるから、小さな音でも反響はあった。
 僕が扉を蹴ってしまった音に驚いたのは羽山で、儀式の途中にも関わらず、僕の元に駆け寄ってきていた。
 
「なになに、どうしたの?」
 
 どうしたのはこっちのセリフだ。
 
「何でもないよ。ごめん。ちょっと後ろに下がったら、足が当たっただけだから」
 
 天井のシミは羽山には言わないようにしよう。余計に脅かすことになりかねないから。流石にもういいだろうという僕の優しさだ。
 石榴ももらってしまっているから、あまり悪いことはできない。突然そう思ったのだ。
 
「そ、そうだったんだ……ま、まあ分かっていたけどね」
 
 何でそんなバレバレの強がりを見せているんだ。今更隠すものでもないだろうに。
 
「本当、邪魔してごめん」
 
「いいよ、いいよ。大輔君怖がりだからね」
 
 何で僕が馬鹿にされないといけないんだ。今度はわざと強い力で扉を蹴ってやろうか。
 羽山に馬鹿にされることで、この空間にいるという変な意識を忘れ去ることができていた。
 羽山は、検証を終わらせいて僕の元に再び寄ってきていた。
 
「どうだった?」
 
 僕が聞くと嬉しそうな顔を浮かべながら言った。
 
「何も起きなかった」
 
「そっか」
 
 僕はそれだけ呟いて女子トイレを後にする。
 
 次はトイレの隣にある階段だ。途中の踊り場まで登れば検証は終了する。
 嬉しそうに階段に足を踏み入れた羽山。1歩登ったその瞬間に、上から大きな物音が響く。それと同時に羽山の身体は動きを止める。
 ああ、また怖がっているんだ。
 僕は何となく原因は知っている。先生か裕介がしているのかは知らないけど、ダンボールを不安定に置いていたから、それが転けた音だ。
 
「羽山どうしたの?」
 
 知っているからニヤケが止まらない。
 
「大輔君何かした?」
 
「何もしてないよ」
 
 それは本当だ。本当に僕は何もしていない。ただ単に原因を知っているだけだ。
 
「嘘だ! 大輔君が何かしたんでしょ! でないと、そんな企んだ顔しないよ」
 
 何故か羽山は目に涙を浮かべていた。
 それに心外だ。企んだ顔とは。僕は事情を知っているだけだ。直さなかったのは確かに僕に少しだけ非があるかもしれないけど、あの時は時間がなかったし、仕方なかったんだ。
 涙を流されたら全て僕が悪いように感じるのは気のせいではない。羽山も狙ってそうしているのかもしれない。……あの羽山がそれはないか。ちょっと椅子を蹴っただけで、猫のように飛び上がっていた羽山がそれはないか。
 
「いや、ごめん……羽山が音楽室に行く時に、見たんだけど、ダンボールが下手に置かれていたから、勝手にそれが落ちたんだよ」
 
 羽山は疑いの目を僕に向けていた。
 
「それに考えてみてよ。僕にはダンボールを落とす準備ができないんだよ。今日の時間のほとんどを羽山と一緒にいたし、裕介にだってそんな指示はしてないよ。誰も片付けに行かなかったのが何よりの証拠だと思うのだけど」
 
 僕が何を言っても羽山は信じるつもりがないような視線を僕に向けていた。
 どうすれば信じてもらえるのだろうか。本当に何もしていないのに。
 
「あ、そうだ。僕が先に登るよ。それで信じてもらえるかな。羽山はまた真後ろに付いてくれればいいから」
 
 羽山は何も言わずに、僕の背後をとって、強い力で服を掴んで、盾のように僕の背中を押していた。
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