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40話
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「じゃあ、今日は目一杯楽しみながら弾いてよ。羽山のような感想は言えないけど、盛大な拍手くらいなら僕にだってできるから」
「……うん。ありがとう。じゃあいくよ」
羽山は鍵盤に手を置いて、深呼吸をし、華麗な指を動かしながら鍵盤を弾き、音楽を奏でていた。
なんとなく聞いたことのある曲。題名は知らない。音楽の授業でもしかしたら聞いたことがあるかもしれないくらい。そんな知らない曲なのに、僕は感動していた。涙を流すのとは訳が違う。新しい何かに触れてしまったときのような感動だ。何が僕を感動させているのか。羽山の演奏か。それとも曲自体が感動できるものなのか。どちらなのか知り得ないけど、演奏も終えてないのに拍手をしたい気持ちになったことだけは事実だ。
月明かりが羽山を照らして、演奏をさらに輝かして、羽山の優しい指遣いが心地よく僕の耳に響いていた。
演奏を終えた羽山は恥ずかしそうに僕に尋ねる。
「どうだった?」
僕は拍手をしながら答える。
「すごく上手だった。羽山の演奏を聴けないみんなが可哀想なくらいだよ」
「へへっ、ありがとう」
僕と同じクラスで、学年であっても、羽山が照れることを知っているのは僕くらいだろう。みんな羽山のことを知らなさすぎだ。よく話せば面白いやつだとわかるのに。何度も出鼻を挫いた羽山も羽山だ。最後の最後にやっと素顔を晒して。初めからそうしていたら、もっと楽しく学校生活が送れていただろうに。鬱憤を晴らすように今日1日だけ遊ばなくてもよかったのに。孤立しなくてもよかったのに……。
まあ、転校が毎回いい方向に転ぶとは限らないから、それを何度も経験している羽山からしてみれば、この距離感が当たり前なのか。せっかくみんなと仲良くなれたのに、いなくなるなんて寂しいな。
「今のは何て曲なの?」
「少し前に話した『エリーゼのために』だよ。音楽室の心霊現象と言えばこれかなって」
もうそのくだりは終えたのだから、今になってそれを弾かなくても。
「他も弾けるのだったら聴かせてくれない」
「うん、いいよ」
急な無茶振りだってけど、羽山は顔を歪めることなく、快諾してくれた。
本当に良かった。もし断られでもしたらどうしようかと思っていたから。
僕としては羽山の演奏に感動していたのに、まさか今日のことと繋げられるとは。上書きしたいから、明るい曲を頼む。
完全に羽山の演奏会になってしまっていたけど、悪い気はしなかった。ピアノを聴き入ることなんて今までなかったけど、羽山の演奏はずっと聴いていられた。ピアノの音色が美しいってことも要因の1つではある。それ以上に楽しいそうにピアノを弾いている羽山の姿が微笑ましくって、美しくて、飽きずに見ていられた。クラスの誰も知らない羽山の姿を、僕だけが知っている優越感に浸れるからでもあった。
「どうだった?」
相変わらず演奏を終えると恥ずかしそうにしている。
「上手だよ」
拍手と共に答える。
「ありがとう。なんかこう、まじまじと見られていたら、恥ずかしいね……」
今日の羽山はよく照れる。いつもはぶっきらぼうなのに、可愛いところもあるのだ。羽山がこんなにも可愛いってこともみんな知らない。大人っぽいってみんな言うけど、羽山はまだ全然子供らしさがある。無邪気で体力お化けなのだ。それもみんな知らない。
羽山は、座っていた椅子から立ち上がり、ピアノの鍵盤にかかってあった布をまた被せて、鍵盤蓋をそっと閉めて、座っていた椅子をピアノに密着させてた。
僕も座っていた椅子から立ち上がり羽山の動向を気にしていた。
「私たちの親が迎えに来るまで時間がないから、早いとこ学校内を回ろう。前と同じ、七不思議の検証をしよう」
羽山もとんだ無茶振りだ。
僕も人のことは言えないから快く受けるしかない。
「そうだね。それに前回は途中で終わってしまったから、今回は最後までしたいね」
「うん!」
音楽室は薄暗がりなのに、月明かりに照らされた羽山の笑顔が眩しかった。目を見て話ができない。
その笑顔に惚れていることは、羽山には秘密だ。今この時、その感情を押し殺すことで寂しさをなくせるのだから。
僕と羽山は廊下に出る前に、前回みたくベートヴェンの肖像画を見つめた。
「ベートーヴェン動きなし!」
前よりも遥かに楽しそうに羽山は話す。楽しそうにしている羽山を僕は保護者のように見つめる。
音楽室を出て廊下に出て、羽山が音楽室の鍵を閉めている時に僕は、羽山が言っていた言葉を脳内で復唱していた。
そう言えば、羽山は「私たちの親が来るまで時間がないから……」と言っていたな。校長先生は個別に電話で親に連絡を入れているから、羽山が僕の親の動向を知る術がない。なんで羽山は、「私“たち”」とつけたのだろうか。まさか……。
「羽山?」
「どうしたの?」
「もしかして、僕の親が裕介たちみんなと同じ時間に来ないことを知っていたの?」
それしか考えられない。
まあ、僕の親だから。面倒だからと迎えが遅くなることは多々あるから、どうせ今回もそんなところだろうと思っていたけど、羽山が1枚噛んでいたのなら、遅いのも納得だ。
僕の母さんはちょろいから、何か物で釣られているな。何してくれているんだよ母さん。母さんも小学生のときの同級生と離れるのだから、少しでも話す時間が必要なのか。そうと考えれば仕方ないのか。
羽山は僕が考え事をしている間にしらを切るつもりだったのか、何日も言わずに廊下を歩き出していた。
「羽山? まだ答えを聞いていないよ?」
「さ、さあ、何のことだろう?」
「それ知っている人が言う言葉だよね」
「それはミステリーの読みすぎだよ」
「羽山にだけは言われたくないよ」
「そ、それよりも、七不思議の検証を急がないと」
「ああ、ちょっと待ってよ」
羽山はゆっくりではあるけど、廊下を走り出した。僕もあとに続くようには山の姿を追いかける。
羽山がもし、母さんのことを考えてくれて、今回のことをしているのなら、羽山を責めることはできないな。
「……うん。ありがとう。じゃあいくよ」
羽山は鍵盤に手を置いて、深呼吸をし、華麗な指を動かしながら鍵盤を弾き、音楽を奏でていた。
なんとなく聞いたことのある曲。題名は知らない。音楽の授業でもしかしたら聞いたことがあるかもしれないくらい。そんな知らない曲なのに、僕は感動していた。涙を流すのとは訳が違う。新しい何かに触れてしまったときのような感動だ。何が僕を感動させているのか。羽山の演奏か。それとも曲自体が感動できるものなのか。どちらなのか知り得ないけど、演奏も終えてないのに拍手をしたい気持ちになったことだけは事実だ。
月明かりが羽山を照らして、演奏をさらに輝かして、羽山の優しい指遣いが心地よく僕の耳に響いていた。
演奏を終えた羽山は恥ずかしそうに僕に尋ねる。
「どうだった?」
僕は拍手をしながら答える。
「すごく上手だった。羽山の演奏を聴けないみんなが可哀想なくらいだよ」
「へへっ、ありがとう」
僕と同じクラスで、学年であっても、羽山が照れることを知っているのは僕くらいだろう。みんな羽山のことを知らなさすぎだ。よく話せば面白いやつだとわかるのに。何度も出鼻を挫いた羽山も羽山だ。最後の最後にやっと素顔を晒して。初めからそうしていたら、もっと楽しく学校生活が送れていただろうに。鬱憤を晴らすように今日1日だけ遊ばなくてもよかったのに。孤立しなくてもよかったのに……。
まあ、転校が毎回いい方向に転ぶとは限らないから、それを何度も経験している羽山からしてみれば、この距離感が当たり前なのか。せっかくみんなと仲良くなれたのに、いなくなるなんて寂しいな。
「今のは何て曲なの?」
「少し前に話した『エリーゼのために』だよ。音楽室の心霊現象と言えばこれかなって」
もうそのくだりは終えたのだから、今になってそれを弾かなくても。
「他も弾けるのだったら聴かせてくれない」
「うん、いいよ」
急な無茶振りだってけど、羽山は顔を歪めることなく、快諾してくれた。
本当に良かった。もし断られでもしたらどうしようかと思っていたから。
僕としては羽山の演奏に感動していたのに、まさか今日のことと繋げられるとは。上書きしたいから、明るい曲を頼む。
完全に羽山の演奏会になってしまっていたけど、悪い気はしなかった。ピアノを聴き入ることなんて今までなかったけど、羽山の演奏はずっと聴いていられた。ピアノの音色が美しいってことも要因の1つではある。それ以上に楽しいそうにピアノを弾いている羽山の姿が微笑ましくって、美しくて、飽きずに見ていられた。クラスの誰も知らない羽山の姿を、僕だけが知っている優越感に浸れるからでもあった。
「どうだった?」
相変わらず演奏を終えると恥ずかしそうにしている。
「上手だよ」
拍手と共に答える。
「ありがとう。なんかこう、まじまじと見られていたら、恥ずかしいね……」
今日の羽山はよく照れる。いつもはぶっきらぼうなのに、可愛いところもあるのだ。羽山がこんなにも可愛いってこともみんな知らない。大人っぽいってみんな言うけど、羽山はまだ全然子供らしさがある。無邪気で体力お化けなのだ。それもみんな知らない。
羽山は、座っていた椅子から立ち上がり、ピアノの鍵盤にかかってあった布をまた被せて、鍵盤蓋をそっと閉めて、座っていた椅子をピアノに密着させてた。
僕も座っていた椅子から立ち上がり羽山の動向を気にしていた。
「私たちの親が迎えに来るまで時間がないから、早いとこ学校内を回ろう。前と同じ、七不思議の検証をしよう」
羽山もとんだ無茶振りだ。
僕も人のことは言えないから快く受けるしかない。
「そうだね。それに前回は途中で終わってしまったから、今回は最後までしたいね」
「うん!」
音楽室は薄暗がりなのに、月明かりに照らされた羽山の笑顔が眩しかった。目を見て話ができない。
その笑顔に惚れていることは、羽山には秘密だ。今この時、その感情を押し殺すことで寂しさをなくせるのだから。
僕と羽山は廊下に出る前に、前回みたくベートヴェンの肖像画を見つめた。
「ベートーヴェン動きなし!」
前よりも遥かに楽しそうに羽山は話す。楽しそうにしている羽山を僕は保護者のように見つめる。
音楽室を出て廊下に出て、羽山が音楽室の鍵を閉めている時に僕は、羽山が言っていた言葉を脳内で復唱していた。
そう言えば、羽山は「私たちの親が来るまで時間がないから……」と言っていたな。校長先生は個別に電話で親に連絡を入れているから、羽山が僕の親の動向を知る術がない。なんで羽山は、「私“たち”」とつけたのだろうか。まさか……。
「羽山?」
「どうしたの?」
「もしかして、僕の親が裕介たちみんなと同じ時間に来ないことを知っていたの?」
それしか考えられない。
まあ、僕の親だから。面倒だからと迎えが遅くなることは多々あるから、どうせ今回もそんなところだろうと思っていたけど、羽山が1枚噛んでいたのなら、遅いのも納得だ。
僕の母さんはちょろいから、何か物で釣られているな。何してくれているんだよ母さん。母さんも小学生のときの同級生と離れるのだから、少しでも話す時間が必要なのか。そうと考えれば仕方ないのか。
羽山は僕が考え事をしている間にしらを切るつもりだったのか、何日も言わずに廊下を歩き出していた。
「羽山? まだ答えを聞いていないよ?」
「さ、さあ、何のことだろう?」
「それ知っている人が言う言葉だよね」
「それはミステリーの読みすぎだよ」
「羽山にだけは言われたくないよ」
「そ、それよりも、七不思議の検証を急がないと」
「ああ、ちょっと待ってよ」
羽山はゆっくりではあるけど、廊下を走り出した。僕もあとに続くようには山の姿を追いかける。
羽山がもし、母さんのことを考えてくれて、今回のことをしているのなら、羽山を責めることはできないな。
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