今日の夜。学校で

倉木元貴

文字の大きさ
上 下
40 / 50

40話

しおりを挟む
「じゃあ、今日は目一杯楽しみながら弾いてよ。羽山のような感想は言えないけど、盛大な拍手くらいなら僕にだってできるから」
 
「……うん。ありがとう。じゃあいくよ」
 
 羽山は鍵盤に手を置いて、深呼吸をし、華麗な指を動かしながら鍵盤を弾き、音楽を奏でていた。
 なんとなく聞いたことのある曲。題名は知らない。音楽の授業でもしかしたら聞いたことがあるかもしれないくらい。そんな知らない曲なのに、僕は感動していた。涙を流すのとは訳が違う。新しい何かに触れてしまったときのような感動だ。何が僕を感動させているのか。羽山の演奏か。それとも曲自体が感動できるものなのか。どちらなのか知り得ないけど、演奏も終えてないのに拍手をしたい気持ちになったことだけは事実だ。
 月明かりが羽山を照らして、演奏をさらに輝かして、羽山の優しい指遣いが心地よく僕の耳に響いていた。
 演奏を終えた羽山は恥ずかしそうに僕に尋ねる。
 
「どうだった?」
 
 僕は拍手をしながら答える。
 
「すごく上手だった。羽山の演奏を聴けないみんなが可哀想なくらいだよ」
 
「へへっ、ありがとう」
 
 僕と同じクラスで、学年であっても、羽山が照れることを知っているのは僕くらいだろう。みんな羽山のことを知らなさすぎだ。よく話せば面白いやつだとわかるのに。何度も出鼻を挫いた羽山も羽山だ。最後の最後にやっと素顔を晒して。初めからそうしていたら、もっと楽しく学校生活が送れていただろうに。鬱憤を晴らすように今日1日だけ遊ばなくてもよかったのに。孤立しなくてもよかったのに……。
 まあ、転校が毎回いい方向に転ぶとは限らないから、それを何度も経験している羽山からしてみれば、この距離感が当たり前なのか。せっかくみんなと仲良くなれたのに、いなくなるなんて寂しいな。
 
「今のは何て曲なの?」
 
「少し前に話した『エリーゼのために』だよ。音楽室の心霊現象と言えばこれかなって」
 
 もうそのくだりは終えたのだから、今になってそれを弾かなくても。
 
「他も弾けるのだったら聴かせてくれない」
 
「うん、いいよ」
 
 急な無茶振りだってけど、羽山は顔を歪めることなく、快諾してくれた。
 本当に良かった。もし断られでもしたらどうしようかと思っていたから。
 僕としては羽山の演奏に感動していたのに、まさか今日のことと繋げられるとは。上書きしたいから、明るい曲を頼む。
 
 完全に羽山の演奏会になってしまっていたけど、悪い気はしなかった。ピアノを聴き入ることなんて今までなかったけど、羽山の演奏はずっと聴いていられた。ピアノの音色が美しいってことも要因の1つではある。それ以上に楽しいそうにピアノを弾いている羽山の姿が微笑ましくって、美しくて、飽きずに見ていられた。クラスの誰も知らない羽山の姿を、僕だけが知っている優越感に浸れるからでもあった。
 
「どうだった?」
 
 相変わらず演奏を終えると恥ずかしそうにしている。
 
「上手だよ」
 
 拍手と共に答える。
 
「ありがとう。なんかこう、まじまじと見られていたら、恥ずかしいね……」
 
 今日の羽山はよく照れる。いつもはぶっきらぼうなのに、可愛いところもあるのだ。羽山がこんなにも可愛いってこともみんな知らない。大人っぽいってみんな言うけど、羽山はまだ全然子供らしさがある。無邪気で体力お化けなのだ。それもみんな知らない。
 羽山は、座っていた椅子から立ち上がり、ピアノの鍵盤にかかってあった布をまた被せて、鍵盤蓋をそっと閉めて、座っていた椅子をピアノに密着させてた。
 僕も座っていた椅子から立ち上がり羽山の動向を気にしていた。
 
「私たちの親が迎えに来るまで時間がないから、早いとこ学校内を回ろう。前と同じ、七不思議の検証をしよう」
 
 羽山もとんだ無茶振りだ。
 僕も人のことは言えないから快く受けるしかない。
 
「そうだね。それに前回は途中で終わってしまったから、今回は最後までしたいね」
 
「うん!」
 
 音楽室は薄暗がりなのに、月明かりに照らされた羽山の笑顔が眩しかった。目を見て話ができない。
 その笑顔に惚れていることは、羽山には秘密だ。今この時、その感情を押し殺すことで寂しさをなくせるのだから。
 僕と羽山は廊下に出る前に、前回みたくベートヴェンの肖像画を見つめた。
 
「ベートーヴェン動きなし!」
 
 前よりも遥かに楽しそうに羽山は話す。楽しそうにしている羽山を僕は保護者のように見つめる。
 音楽室を出て廊下に出て、羽山が音楽室の鍵を閉めている時に僕は、羽山が言っていた言葉を脳内で復唱していた。
 そう言えば、羽山は「私たちの親が来るまで時間がないから……」と言っていたな。校長先生は個別に電話で親に連絡を入れているから、羽山が僕の親の動向を知る術がない。なんで羽山は、「私“たち”」とつけたのだろうか。まさか……。
 
「羽山?」
 
「どうしたの?」
 
「もしかして、僕の親が裕介たちみんなと同じ時間に来ないことを知っていたの?」
 
 それしか考えられない。
 まあ、僕の親だから。面倒だからと迎えが遅くなることは多々あるから、どうせ今回もそんなところだろうと思っていたけど、羽山が1枚噛んでいたのなら、遅いのも納得だ。
 僕の母さんはちょろいから、何か物で釣られているな。何してくれているんだよ母さん。母さんも小学生のときの同級生と離れるのだから、少しでも話す時間が必要なのか。そうと考えれば仕方ないのか。
 羽山は僕が考え事をしている間にしらを切るつもりだったのか、何日も言わずに廊下を歩き出していた。
 
「羽山? まだ答えを聞いていないよ?」
 
「さ、さあ、何のことだろう?」
 
「それ知っている人が言う言葉だよね」
 
「それはミステリーの読みすぎだよ」
 
「羽山にだけは言われたくないよ」
 
「そ、それよりも、七不思議の検証を急がないと」
 
「ああ、ちょっと待ってよ」
 
 羽山はゆっくりではあるけど、廊下を走り出した。僕もあとに続くようには山の姿を追いかける。
 羽山がもし、母さんのことを考えてくれて、今回のことをしているのなら、羽山を責めることはできないな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

トウシューズにはキャラメルひとつぶ

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。 小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。 あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。 隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。 莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。 バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐︎登録して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

【完】ことうの怪物いっか ~夏休みに親子で漂流したのは怪物島!? 吸血鬼と人造人間に育てられた女の子を救出せよ! ~

丹斗大巴
児童書・童話
 どきどきヒヤヒヤの夏休み!小学生とその両親が流れ着いたのは、モンスターの住む孤島!? *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆*   夏休み、家族で出掛けた先でクルーザーが転覆し、漂流した青山親子の3人。とある島に流れ着くと、古風で顔色の悪い外国人と、大怪我を負ったという気味の悪い執事、そしてあどけない少女が住んでいた。なんと、彼らの正体は吸血鬼と、その吸血鬼に作られた人造人間! 人間の少女を救い出し、無事に島から脱出できるのか……!?  *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* *☆* 家族のきずなと種を超えた友情の物語。

『SENSEI』マンガ化予定作品 一商品目 ©️©︎『カーテーマパーク』

まこと
経済・企業
廃棄される前の車を使ったビジネスで!? センセイ!あれなに・・?ああ あれは廃棄寸前の車を使ったビジネスだよ! 廃棄しないの?そう ああやって ランダムに置いておいて 寝泊まりとか 鬼ごっこみたいなことをして遊んだりするんだよ! あれ 実は私が考えたの! 車の使い道にこんなのもあったのかって面食らったでしょ!? じゃあちょっと遊んでみよっか?最初  から・・!あは俺の勝ち!じゃあ先生逃げて あ! センセイ!センセイの友達が来てるよ!一緒に遊ぼうぜ! お金は払ってきたの?ああ 子供三人900円 大人二人2000円ね! じゃあ 最初はグー ジャンケン・・ポン!はは 俺は警察 !じゃあ はじめ! ッ! 資飛社長 まさか こんな感じのビジネスもあったかってビックリしたでしょう? 買い取りたいがセンセイ譲ってくれるかな?50億は用意したが・・ あ センセイがこっちに走ってきました! 捕まえましょう! センセイ! え なに? ああ!資飛社長じゃないの!どうされたんですか!?実はセンセイのビジネスに興味があって このカーリサイクルビジネスを50億円で譲って欲しいんだ! 無理かね?えーと もうちょっと増えないかな?そうだね では60億! いいよ!じゃあ キャッシュでも大丈夫!?いいよ!もちろん  ありがとう  後日ーーわあぁ 本当に60億ある!センセイもっと他のビジネスも一緒に考えようよ! いいよ じゃあ 次は何にしようかな?なんかゲームみたいなモノではないの? ああ そうだ!カートリッジ画集とかどうかな!?どういうのなの?えとね・・次号開始

「羊のシープお医者さんの寝ない子どこかな?」

時空 まほろ
児童書・童話
羊のシープお医者さんは、寝ない子専門のお医者さん。 今日も、寝ない子を探して夜の世界をあっちへこっちへと大忙し。 さあ、今日の寝ない子のんちゃんは、シープお医者んの治療でもなかなか寝れません。 そんなシープお医者さん、のんちゃんを緊急助手として、夜の世界を一緒にあっちへこっちへと行きます。 のんちゃんは寝れるのかな? シープお医者さんの魔法の呪文とは?

人食い神社と新聞部

西羽咲 花月
児童書・童話
これは新聞部にいた女子生徒が残した記録をまとめたものである 我々はまだ彼女の行方を探している。

処理中です...