23 / 50
23話
しおりを挟む
この距離からでも投げられなくはない。でも、もし羽山が取り損ねたり全く違う場所に飛んで行ったりした時に羽山を動かすことになる。いつ前の時のようになるのか分からないのだから、リスクは取らない方がいい。
「羽山ー、今度は3割にしてくれよー」
持ち場に戻った僕は、羽山にそう言いながらボールを投げ返した。
僕のボールを受け取った羽山は、「分かったー」とは言ったものの、笑っている顔が言葉の信用を損なっていた。
「いっくよー!」
羽山の投げたボールはふわふわと飛んで、僕のグローブに刺さった。
今度はちゃんと優しいボールだった。最初からこのくらいで投げてくれれば、楽しいキャッチボールになっていたのに。
いつあの全力ボールが飛んでくるか分からない恐怖を抱えながらのキャッチボールは、緊張感がありすぎて感情のひとつも持てない慎重にしないとできなかった。
「羽山ー。校長先生からー、サッカーボールも借りているんだー。キャッチボールに飽きたらー、次はサッカーボールでも遊ぼうなー」
まだ数回しかキャッチボールをしていないけど、こんな緊張感の中していたら、僕の心の方が持たない。
僕が投げたヒョロヒョロのボールを受け取った羽山は、「うん! もう少ししたらー」と言ったが、もうかれこれ10往復はしている。いつサッカーボールに変わるんだ。日暮れの方が先にやってくるぞ。まあ、羽山が楽しんでいるのならそれでいいか。
「そろそろサッカーボールで遊ぼうか」
もう陽は半分くらい山の陰に隠れているというのに、羽山はまだ遊び足りないようだ。
「うん。じゃあ、そうしよう」
目は悪くないはずなのに、サッカーボールの位置がちゃんと視認できない。羽山の顔もいつの間にか見えないし。かろうじて輪郭があるだけで、それ以外は何も見えていなかった。
裕介。そろそろ限界だ。羽山はまだ遊んでいたそうだけど、僕の体力と視力が限界だ。みんな羽山の相手なんて軽くこなせると思っているだろう。僕も初めはそう思っていた。だって羽山は、病弱で運動をほとんどしていないお嬢様だと思っていたから。前回もはしゃいではいたけど、軽く走っただけだったし、今回もそんなものとばかり。でもな、実際に羽山と遊べば誰だって気がつくよ。あれ、僕ってこんなに体力なかったっけ。って。羽山が怪物なだけなのだが、男子のプライドというか、羽山に負けるはずがないって、心の中で思っているから、先に根を上げることができない。なんでここまでしても羽山はまだまだ元気なんだ。
僕じゃなかったら羽山の病気は嘘なんじゃないかと疑ってしまうだろう。でも、羽山の病気は本当なんだ。だって僕は目の前で見てしまったから。今の姿とはかけ離れている弱々しい羽山の姿を。
本当はあれは夢だったんじゃないかって時々思うよ。でも、羽山の温かさを忘れることはなかった。抱えた羽山は間違いなく人の温かさだった。
考え事をしてしまい、僕は羽山のキラーパスを見落としてしまった。なぜか高く浮かせた羽山のボールは地面で1度跳ねて僕の顔面に目掛けいて飛んできていた。
気がついた時にはもう遅かった。視界のほとんどがサッカーボールで埋め尽くされていた。覚悟を決めて目を瞑った。
幸いにも地面で1度跳ねたから、勢いはだいぶ消されていたけど、おでこをボールに向ければよかったと後悔した。
「大輔君大丈夫?」
「ああ、うんなんとか。それよりも、もう日が暮れているんだから中に入らない?」
「あ、本当だ。夢中になりすぎて気が付かなかった」
いや流石に気づくでしょ。ほぼ真っ暗と変わらない状態だよ。視界が暗くなったなって思わなかった。
羽山は人間の皮を被った猫なのかもしれない。そうでないと、夜目がきくことの説明がつかない。
「このボールとグローブはどうするの?」
「片付けてくるから先に扉の前で待っていて」
羽山からボールを預かって、1人体育倉庫に片付けに行った。
こんな時間まで羽山とキャッチボールをするつもりじゃなかったから、懐中電灯の1つも用意していなかった。辛うじて足元が見えるだけの月明かりはあるとは言え、体育館と校舎の間にある体育倉庫は暗闇でほとんど見えてなかった。しかもこの辺は足元に注意しないと、無駄にデカく育った桜の根が突出しているところがあったり、大きな石が埋まっていたり、躓く危険な場所が多いのだ。夜じゃなくても日中でも転ぶ生徒はやや多め。そのせいでこの場所は走るの禁止になった。走るの禁止になった当初は、慣れなくて何度先生に怒られたか。今となっては懐かしい記憶だ。まあ、たったの2年前の記憶だけど。
転けるまではいかなかったけど、石に躓いたこの場所は、すり足で行った方がいいんじゃないかと思った。
羽山を連れてきて先導をしてもらってもよかったのだが、肝試しを推進している僕らにとっては、この付近は重要拠点だから羽山を近づけるわけにはいかないのだ。
でも、この場所暗いしめっちゃ躓く。やっぱり羽山を連れてくればよかった。羽山ちゃんと扉の前で待っているかな。中に先に入られて、物色されるなんてことがあったら、この作戦が終わってしまう。早めに戻らないとな。
「羽山ー、今度は3割にしてくれよー」
持ち場に戻った僕は、羽山にそう言いながらボールを投げ返した。
僕のボールを受け取った羽山は、「分かったー」とは言ったものの、笑っている顔が言葉の信用を損なっていた。
「いっくよー!」
羽山の投げたボールはふわふわと飛んで、僕のグローブに刺さった。
今度はちゃんと優しいボールだった。最初からこのくらいで投げてくれれば、楽しいキャッチボールになっていたのに。
いつあの全力ボールが飛んでくるか分からない恐怖を抱えながらのキャッチボールは、緊張感がありすぎて感情のひとつも持てない慎重にしないとできなかった。
「羽山ー。校長先生からー、サッカーボールも借りているんだー。キャッチボールに飽きたらー、次はサッカーボールでも遊ぼうなー」
まだ数回しかキャッチボールをしていないけど、こんな緊張感の中していたら、僕の心の方が持たない。
僕が投げたヒョロヒョロのボールを受け取った羽山は、「うん! もう少ししたらー」と言ったが、もうかれこれ10往復はしている。いつサッカーボールに変わるんだ。日暮れの方が先にやってくるぞ。まあ、羽山が楽しんでいるのならそれでいいか。
「そろそろサッカーボールで遊ぼうか」
もう陽は半分くらい山の陰に隠れているというのに、羽山はまだ遊び足りないようだ。
「うん。じゃあ、そうしよう」
目は悪くないはずなのに、サッカーボールの位置がちゃんと視認できない。羽山の顔もいつの間にか見えないし。かろうじて輪郭があるだけで、それ以外は何も見えていなかった。
裕介。そろそろ限界だ。羽山はまだ遊んでいたそうだけど、僕の体力と視力が限界だ。みんな羽山の相手なんて軽くこなせると思っているだろう。僕も初めはそう思っていた。だって羽山は、病弱で運動をほとんどしていないお嬢様だと思っていたから。前回もはしゃいではいたけど、軽く走っただけだったし、今回もそんなものとばかり。でもな、実際に羽山と遊べば誰だって気がつくよ。あれ、僕ってこんなに体力なかったっけ。って。羽山が怪物なだけなのだが、男子のプライドというか、羽山に負けるはずがないって、心の中で思っているから、先に根を上げることができない。なんでここまでしても羽山はまだまだ元気なんだ。
僕じゃなかったら羽山の病気は嘘なんじゃないかと疑ってしまうだろう。でも、羽山の病気は本当なんだ。だって僕は目の前で見てしまったから。今の姿とはかけ離れている弱々しい羽山の姿を。
本当はあれは夢だったんじゃないかって時々思うよ。でも、羽山の温かさを忘れることはなかった。抱えた羽山は間違いなく人の温かさだった。
考え事をしてしまい、僕は羽山のキラーパスを見落としてしまった。なぜか高く浮かせた羽山のボールは地面で1度跳ねて僕の顔面に目掛けいて飛んできていた。
気がついた時にはもう遅かった。視界のほとんどがサッカーボールで埋め尽くされていた。覚悟を決めて目を瞑った。
幸いにも地面で1度跳ねたから、勢いはだいぶ消されていたけど、おでこをボールに向ければよかったと後悔した。
「大輔君大丈夫?」
「ああ、うんなんとか。それよりも、もう日が暮れているんだから中に入らない?」
「あ、本当だ。夢中になりすぎて気が付かなかった」
いや流石に気づくでしょ。ほぼ真っ暗と変わらない状態だよ。視界が暗くなったなって思わなかった。
羽山は人間の皮を被った猫なのかもしれない。そうでないと、夜目がきくことの説明がつかない。
「このボールとグローブはどうするの?」
「片付けてくるから先に扉の前で待っていて」
羽山からボールを預かって、1人体育倉庫に片付けに行った。
こんな時間まで羽山とキャッチボールをするつもりじゃなかったから、懐中電灯の1つも用意していなかった。辛うじて足元が見えるだけの月明かりはあるとは言え、体育館と校舎の間にある体育倉庫は暗闇でほとんど見えてなかった。しかもこの辺は足元に注意しないと、無駄にデカく育った桜の根が突出しているところがあったり、大きな石が埋まっていたり、躓く危険な場所が多いのだ。夜じゃなくても日中でも転ぶ生徒はやや多め。そのせいでこの場所は走るの禁止になった。走るの禁止になった当初は、慣れなくて何度先生に怒られたか。今となっては懐かしい記憶だ。まあ、たったの2年前の記憶だけど。
転けるまではいかなかったけど、石に躓いたこの場所は、すり足で行った方がいいんじゃないかと思った。
羽山を連れてきて先導をしてもらってもよかったのだが、肝試しを推進している僕らにとっては、この付近は重要拠点だから羽山を近づけるわけにはいかないのだ。
でも、この場所暗いしめっちゃ躓く。やっぱり羽山を連れてくればよかった。羽山ちゃんと扉の前で待っているかな。中に先に入られて、物色されるなんてことがあったら、この作戦が終わってしまう。早めに戻らないとな。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる