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第1章
51話
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これで全ての準備は整った。後は明日を待つのみだ。
「吉野川さんは、何か持っていくものはないのですか?」
それはとてもいい質問だと言わんばかりの顔を浮かべてみた。
「俺は、この服以外は何も持たずにこの世界に来たから手持ちは何もない」
ムーは呆れた顔を浮かべていた。
俺だって一文無しでこちらの世界になんか来たくはなかった。
趣味もこれというものはなく、人付き合いも悪かった俺は、老後のためだと自分に言い聞かせ給料の殆どを貯金に回していた。使える保証はないがそんな大金を置いてこの世界に来ようと思う奴はいないはず。
今頃、俺のお金はどうなっているんだろう?
幸というべきか、遺産の受取人は母しかいない。揉めることなく全額受けっとてはいるだろうが、母のことだ一円も手をつけずそのまま置いていそうだ。
もうこの話はやめておこう。考えれば考えるほど悲しくなってくる。
そんな時だ、勝瑞は別の角度から俺に追い討ちをかけてきた。
「がっくん。一文無しで運動音痴で方向音痴な人間がどうやって旅をするんだい?」
俺の心には、事実という名の矢が三本刺さっていた。
「な、何とか、かんとか、頑張ってみる」
俺の言葉を聞いて勝瑞は笑っていた。
「ははっ。がっくんそれは答えになっていないよ。そうだと思ったよ。そんながっくんに朗報があります。実は昨日、がっくんとムーちゃんが村を出ていくって村長に話したら、がっくんの功績を讃えてって報奨金をくれたんだよ。二人で暮らすには少し少ないけど、贅沢しなければ五年は暮らせるくらいは入っているよ。それと、僕がこの村で貯めた分も少し入っている。これは後で合流してから使う分だからできるだけ使わないでね」
そう言って勝瑞は、巾着袋のようなものを差し出した……ムーに……。
「今の話の流れ、俺にじゃないのか?」
「がっくんはダメ。無駄に使いそうだから。それに比べてムーちゃんは、今まで苦労して生活していたから、使い方には気を付けるはずだから安心」
十七歳の少女にお金の使い方で信用を勝ち取れないおじさんの姿がそこにはあった。
「だ、大事に使わせていただきます!」
緊張で今にも袋の口から金貨を落としそうになるくらいムーは体を震わせていた。
それもそのはず。悪く言えば、今まで超つくほどの貧乏生活を送ってきたムーにとっては、突然大金を渡されたのだから混乱するのは仕方ない。
それにしても大丈夫なのか? 見ているこちらまで緊張に呑まれそうだ。
と、こんなことはあまり訊きたくないけど、こんなムーの姿を見ていればどうしても気になる。だけどムーには変に思われたくないから小声で訊いた。
「俺らの世界で言えばいくらくらいになるんだ?」
俺の思惑を察したのか、勝瑞は小声で訊いたのに普段と何も変わらない声で俺に答えた。
「ざっと十五万くらいかな?」
絶妙すぎる金額に俺は戸惑った。正直な話、少なっ! と心で叫んでいた。だって、俺の初任給より普通に低かったから。
「少なくて悪っかたね。でもね、金額で言えばそうなるけどこちらの世界は、向こうよりも物価が遥かに安いからね。ちなみにこの村は、向こうの世界に比べて百分の一だから単純に百倍の金額とも言える」
頭をフル回転せずともその凄さは分かった。俺の五年分の給料だ。
必死に働いて必死に貯めて漸く四桁に乗った貯金額。それよりも報奨金の方が高かった。
それでもショックの時間は短かった。もう使えなくなってしまったお金のことを考えるのはやめようと、脳に言い聞かせたからだ。
そんなふうに俺が悩んでいる間に、勝瑞はこのタイミングを見計らっていたのか突然帰ると言い出した。時間が遅いのも事実。無理に引き止める理由もないからそのまま帰した。最後まで元気な奴だったが、別れは少し惜しかった。
そんな時ふと振り向くと、このムーの部屋には俺とムーの二人きりの空間が出来上がっていた。気まずい空気になる前にこの危機から脱出しよう。
「ムー。明日も早いし、俺もそろそろ帰るとするよ。俺は朝は弱いからいつものように起こしに来てくれるとありがたい」
そう言い残して立ち去るつもりだったが、ムーに背中を向けた途端、服の後ろを掴まれ先に進めなくされていた。
「ど、どうしたんだ、ムー?」
振り返るのは気まずいからドアの方をただ見つめてそう言った。でも、ムーは何も言わなかった。仕方なく無理に進もうとすると、ムーは手に力を入れ、やはり前へ進めなくされた。
「ム、ムー? な、何か用事があるなら教えて欲しいのだが?」
またしてもムーが何も言わないから前に進もうとすると、服を強く引っ張られ行く足を止められた。
そして、三回目にして漸くムーは口を開いた。
「わ、私も別荘の方に行ってもいいですか?」
「吉野川さんは、何か持っていくものはないのですか?」
それはとてもいい質問だと言わんばかりの顔を浮かべてみた。
「俺は、この服以外は何も持たずにこの世界に来たから手持ちは何もない」
ムーは呆れた顔を浮かべていた。
俺だって一文無しでこちらの世界になんか来たくはなかった。
趣味もこれというものはなく、人付き合いも悪かった俺は、老後のためだと自分に言い聞かせ給料の殆どを貯金に回していた。使える保証はないがそんな大金を置いてこの世界に来ようと思う奴はいないはず。
今頃、俺のお金はどうなっているんだろう?
幸というべきか、遺産の受取人は母しかいない。揉めることなく全額受けっとてはいるだろうが、母のことだ一円も手をつけずそのまま置いていそうだ。
もうこの話はやめておこう。考えれば考えるほど悲しくなってくる。
そんな時だ、勝瑞は別の角度から俺に追い討ちをかけてきた。
「がっくん。一文無しで運動音痴で方向音痴な人間がどうやって旅をするんだい?」
俺の心には、事実という名の矢が三本刺さっていた。
「な、何とか、かんとか、頑張ってみる」
俺の言葉を聞いて勝瑞は笑っていた。
「ははっ。がっくんそれは答えになっていないよ。そうだと思ったよ。そんながっくんに朗報があります。実は昨日、がっくんとムーちゃんが村を出ていくって村長に話したら、がっくんの功績を讃えてって報奨金をくれたんだよ。二人で暮らすには少し少ないけど、贅沢しなければ五年は暮らせるくらいは入っているよ。それと、僕がこの村で貯めた分も少し入っている。これは後で合流してから使う分だからできるだけ使わないでね」
そう言って勝瑞は、巾着袋のようなものを差し出した……ムーに……。
「今の話の流れ、俺にじゃないのか?」
「がっくんはダメ。無駄に使いそうだから。それに比べてムーちゃんは、今まで苦労して生活していたから、使い方には気を付けるはずだから安心」
十七歳の少女にお金の使い方で信用を勝ち取れないおじさんの姿がそこにはあった。
「だ、大事に使わせていただきます!」
緊張で今にも袋の口から金貨を落としそうになるくらいムーは体を震わせていた。
それもそのはず。悪く言えば、今まで超つくほどの貧乏生活を送ってきたムーにとっては、突然大金を渡されたのだから混乱するのは仕方ない。
それにしても大丈夫なのか? 見ているこちらまで緊張に呑まれそうだ。
と、こんなことはあまり訊きたくないけど、こんなムーの姿を見ていればどうしても気になる。だけどムーには変に思われたくないから小声で訊いた。
「俺らの世界で言えばいくらくらいになるんだ?」
俺の思惑を察したのか、勝瑞は小声で訊いたのに普段と何も変わらない声で俺に答えた。
「ざっと十五万くらいかな?」
絶妙すぎる金額に俺は戸惑った。正直な話、少なっ! と心で叫んでいた。だって、俺の初任給より普通に低かったから。
「少なくて悪っかたね。でもね、金額で言えばそうなるけどこちらの世界は、向こうよりも物価が遥かに安いからね。ちなみにこの村は、向こうの世界に比べて百分の一だから単純に百倍の金額とも言える」
頭をフル回転せずともその凄さは分かった。俺の五年分の給料だ。
必死に働いて必死に貯めて漸く四桁に乗った貯金額。それよりも報奨金の方が高かった。
それでもショックの時間は短かった。もう使えなくなってしまったお金のことを考えるのはやめようと、脳に言い聞かせたからだ。
そんなふうに俺が悩んでいる間に、勝瑞はこのタイミングを見計らっていたのか突然帰ると言い出した。時間が遅いのも事実。無理に引き止める理由もないからそのまま帰した。最後まで元気な奴だったが、別れは少し惜しかった。
そんな時ふと振り向くと、このムーの部屋には俺とムーの二人きりの空間が出来上がっていた。気まずい空気になる前にこの危機から脱出しよう。
「ムー。明日も早いし、俺もそろそろ帰るとするよ。俺は朝は弱いからいつものように起こしに来てくれるとありがたい」
そう言い残して立ち去るつもりだったが、ムーに背中を向けた途端、服の後ろを掴まれ先に進めなくされていた。
「ど、どうしたんだ、ムー?」
振り返るのは気まずいからドアの方をただ見つめてそう言った。でも、ムーは何も言わなかった。仕方なく無理に進もうとすると、ムーは手に力を入れ、やはり前へ進めなくされた。
「ム、ムー? な、何か用事があるなら教えて欲しいのだが?」
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そして、三回目にして漸くムーは口を開いた。
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