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第1章

42話

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近寄って応急処置でバイタルチェックと気道の確保を施したが、俺には見えてしまった。
左手を使うことでこの人が今どう言う状態なのか。

「勝瑞! お前にこの人を助ける余力があるのなら、プラノさんの店から“グルコンサン”という薬を取ってきてくれ!」

「流石だよ。がっくならそうしてくれると信じていた。任せて! 何でもするよ!」

完全に信じ切った訳ではないが動ける人間が動くべき。
俺はその間にこの人の容体のチェック。
正直なところ、勝瑞にまだこの能力のことを言ってないから見られるとまずいんだよな。

「何も隠すことはないじゃろ」

この声……神か。
今までどこに行っていたのか訊きたいがそれどころじゃない。

初めは声だかしか聞こえていなかったが、次第に霧が晴れていき神はその姿を現した。

「あいつはまだ完全には信用できない。それに、記憶違いって言うのも気になるし」

「何そんなことか」

「そんなことって! 俺は確かに人の顔と名前を覚えるのは苦手だけど、記憶にだけは自信はあった。高校の時に、俺に話し掛けてくれたのは勝瑞と山河内さんくらいだった。だけど、記憶違いってどう言うことなんだ?」

神は軽く睨むような視線を俺に向けていた。

「お主は本当に全て間違っておるぞ。記憶には自信があったって? 可笑しな話じゃ」

人の感情を上手く捉えることのできない俺でも、何となく神の心情は分かった気がした。
睨むような視線に時々食いしばった歯、完全に怒っている。

「待ってくれ……もう、何がなんだか全く分からないんだ……」

「ではお主、1つ訊ねるぞ。お主が高校生の時に話し掛けてくれた女の子」

「山河内さんだろ?」

「その子と仲良くしていた小さくて可愛い天然でいつも敬語で話していた女の子はその子のことを何と呼んでいた?」

俺は過去の記憶を遡ってみたが、そんな人がいた覚えはなかった。
と言うか、そもそも何の話をしたのかさえ碌に思い出せなかった。

「はぁーー。じゃあ訊き直す。山河内さんの下の名前は?」

「確か……」

この時、俺の記憶が確かに甦った。
山河内さんの下の名前はあおい。
学年1位で俺は晩年の2位。あの並びを何度も何度も見た。
だけど、俺に話し掛けてくれていた子は確か、“まさき”と呼ばれていた。

「待ってくれ……どう言うことだ……じゃあ俺に話し掛けくれてた子は……誰だ?」

山河内さんの名前は確かに思い出した。それなのに、“まさき”それが誰なのか全く思い出せなかった。

「勝瑞もまた同じじゃぞ。彼奴はサッカー部で人気者。周りに人がいない日など見なかった。お主に話し掛ける暇などなかったと思うんじゃがな」

それに関しては全くと言っていいほど記憶になかった。

「じゃあ、あれは誰だったんだ?」

「その答えをわしが教えるわけにはいかんのだよ。答えは自分で探すものじゃ。ま、精々頑張りたまえよ、若人よ」

そう言って神は忽然と姿を消してしまった。

それにしても結局誰だったのか。
答えは自分で見つけろと言われても高校の時のクラスの人間は疎か、大学のゼミ仲間でさえ殆ど出てこないのだ。
この謎は多分迷宮入りだ。

「おーい! がっくん! 薬、これでよかった?」

グルコンサンかどうか確かめるために左手で持つと、確かに視界に“グルコンサン”と表示された。

「ありがとう、勝瑞。これで大丈夫だ」

「どういたしまして。ところで、その薬は何の薬なの?」

「単なるカリウム補給剤だ」

「カリウム補給剤? どうしてそんなものを?」

「この患者は多分、低カリウム症だ。重篤ではないが、カリウムを早急に補給せねば死ぬことだってあり得る」

若干話が噛み合っていないが、この話はここで終わらせないといけないのだ。
勝瑞に追求されるわけにはいかないからな。

「よし! これで多分大丈夫だ。後は、どこへ行けばいい?」

「そうなると思って軽く村を見て回ったけど、この人以外には危なそうな人はいなかったよ。まだ現段階ではだけど」

そうとなれば次の段階に移そうか。
霧の大災害を起こした俺は、多分もうこの村にはいられない。だが、早急に村を出て患者が増えてしまっては俺も後味が悪い。
勝瑞に匿ってもらうしか方法はないが、それもいつまで持つのやら。
村には出れない、山籠りをずっと続けるのは困難を極める。
丁度いい間を取るなら1週間といったところか。
この辺は勝瑞との交渉次第だが、猶予はそのくらいだとタイムリミットを設けておこう。

「勝瑞。お前に頼みがある……」

「どうしたんだい?」

「霧の大災害を起こしたから……俺はもうこの村にはいられない。だが……この村の人間が俺のせいで死ぬのも嫌なんだ……だから……」

続きを言おうとしたが勝瑞に遮られてしまった。

「その先は言わなくてもいいよ。大丈夫だから、任せてよ。人を匿うのは得意だから」

妙に優しいのが怪しいが、半信半疑のままで最後の1週間の付き合いだ、出来るだけ馴れ合ってみようか。

「そうだ。勝瑞すまないが俺はムーの所へ戻る。もし変な奴がいたらすぐに連絡をくれ」

俺はそう言い残してこの場を後にした。
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