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第1章

21話

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飲み終えた直後に、この薬局の扉に付けられていた鈴がチリンチリンと音を立てた。
状況から考えて店主が帰って来たのだろう。
普通なら何も焦ることはないのだが、今の俺には飲み干した空のポーションが手にあった。

「あの……いや……えっと……その……これは、その、違うんです」

いかにも怪しい弁解だが、俺の脳内から作り出された言葉としては最大限のものだった。

「あら、いらっしゃい。ラベ君久しぶりだね。今日は何を探しているんだい?」

優しそうでコミュ力の高そうな人だ。
姿は……近所にいそうな普通のおばさんだ。
俺のことなんて見えていないかのように勝瑞に話しかけている。
このままこっそり出て行けば勝手に飲んだこともバレないのでは?
現実はそう甘くはなかった。

「そこの子はどうしたんだい?」

完全にバレていた。だけど、手に持っていた空のポーションのことについては何一つ訊いてくることはなかった。
その間にも勝瑞が話を通してくれて、この薬局での仕事を体験することになった。

「この辺の仕事の中じゃ1番難しいけど大丈夫かい? 商人の方が楽だよ」

ここでもまた、商人を推されるとは思いもしなかった。
適当な言い訳を、と思っていたが勝瑞が既におばさんと話していた。

「いや~、それがですね。こいつ、人と話をするのが極端に下手で、声も小さいし商人が難しいかなって話になってですね……」

まだまだ勝瑞による説明は続いたが、俺は確かに人と話をすることを苦手としているが、自分でも“下手”だと言う言葉を使ったことはない。
何故だろう、人にそう言われると無性に腹が立つ。
それと、2人の談笑する姿を見て、もう諦めのついていた羨ましいと言う感情が微かに込み上げて来たのだった。

「あ、あの……仕事って、どんなことするのですか?」

2人の間に割って入るのは少し申し訳ないが、何もしないと言う訳にはいかないので、多少強引にでも話を終わらせた。

「いやーすまないね。ついつい話し込んでしまったよ。ここではね、薬の仕分けやポーションに薬を詰め込んだりしているんだよ。それと、君の苦手な接客かな」

勝瑞とおばさんは笑っていたが俺は笑える話ではない。
接客ねぇー。それはさておき、薬の仕分けや詰め込むのは前にもしていたから苦手ではないしできないこともなと感じていた。

そんな訳で早速、薬の仕分けから体験することになった。
「薬の色を覚えるのが大変」だと、おばさんは言っていたが、謎の左手現象と元の世界での薬の知識のお陰で難なくクリアした。
当然できないと思っていたおばさんは、何が起こったのか分からず固まってしまうくらい驚いていた。
そして勝瑞は……、俺に怪しい目を向けていた。

「じゃあ、この赤色の薬の調合してみるかい?」

おばさんはそう言ったが、勝瑞がそれを止めた。理由は何も言わなかった。単に、「それはダメ」その一言だけだった。
それからは勝瑞の監視の元、俺の仕事体験が行われた。
俺もおばさんも窮屈に感じたが、やることは大抵分かった。
薬の配合が出来なかったのは残念だけど、接客以外のことなら何とかなりそうだ。
数時間しか働いてないけど、この仕事ならできそうな気がした。

「お世話になりました」

「あいよ。また明日もよろしくね」

仕事初日、無事終了した。
こんなワクワクした気持ちはいつ以来だろうか? 新人の頃以来だろうな。
あの頃は何もかもが新鮮で仕事が楽しかったっけ?
もうとっくにそんな感情は消えていたと思っていたが、人間いつまで経っても子供だな。

俺のふわふわした様子を見て勝瑞は、俺の腰と言うか背中を強い力で叩いた。

「頑張れよ、新人!」

背中がピリピリ痛むせいで、そこから何を言ったのか耳には伝わらなかった。
それにしても新人か。懐かしいにも程がある言葉だ。あの頃は何をしても楽しかった。失敗も先輩がカバーしてくれて、皆んなが優しかった。だけど……、それは1年も経たないうちに終わったのだ。

いかんいかん。過去のことはもう忘れよう。
折角新しい仕事も手に入ったし、今はこの世界をどう生きるかそれを考えるだけ。

「おっ! そうだ! 折角仕事が決まったのだから今日は飯を奢るよ!」

就活大学生のノリは苦手だけど、奢ってくれると言うのなら行かなくもないかな。

勝瑞にはそんな態度を見せていたが、実際は単に金がない。碌な物を持っていないので最早勝瑞に縋るしか手がないのだ。

「ここのご飯はどれも美味しいけど、やっぱり”トラの店“が1番かな。だから、今日はそこに行く予定」

こちらの世界での飯屋は行ったことがなく、どんな食文化があり、どんな様式で食べるのも何もしらない。
初めてと言うのは緊張する。
だけど、“トラの店”とは?
虎肉を使った料理が出る店とかかな?
だけど、虎などの肉食動物は肉が臭いと聞いたことがある。
臭い肉は出来るだけ食べたくないな。

移動中、ずっと料理の話を勝瑞はしていた。
勝瑞曰く、この村では1番の人気がある店らしい。

そんな勝瑞の話を途中までは聞いていたが、口数が増えるにつれて何を言っているのか分からなくなったので、相槌を打つだけでちゃんと話を聞いていなかった。
そして、「ここだよ」と勝瑞が言って立ち止まった所は、俺がこの村に来て一番最初にお世話になった所。
トラマドールの店だった。
“トラの店”と言う言葉の意味がここに来てようやく分かった。
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