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第1章

17話

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呼び出した神によると、こちらもまた真っ直ぐ進めばいいらしい。
簡単そうに真っ直ぐ、真っ直ぐとみんな言うけれど、そもそもの方向感覚がない人間が見知らぬ土地の森で真っ直ぐ進むことが安易にできるわけがない。
そんな俺に神は、真っ赤な3個セットのビニールテープを手渡した。

「これは?」

「ビニーールテープー」

「いや、それは分かる。何で渡すのか訊いているのだが?」

そう言った時、神は顔を曇らせた。

「なんじゃ、それならそう言えばよかろう。略すことが悪いとは言わんが、「これは?」と訊かれれば、持ってる物を訊かれているのかと勘違いするであろう」

その言葉は前も言われた。
あれは確か社会人1年目の始まりも始まり、4月のことだ。
何度も言ってきたが、俺は人と話をするのが苦手だ。だから、自分の思いや価値観を自ら喋ることができなかった。挙げ句の果ては、単語単語で言葉を繋げて会話をしているつもりだったけど、相手からはキャッチボールをしている様には聞こえなかったようで、そんな陰口を偶々聞いてしまい酷く落ち込んだ日もあった。
それからは、何度かコミュニケーションを図る練習法を調べたり、進んで話すように心がけてみたが、今度は逆に“気持ち悪い”と上司に言われて、また落ち込んだ日もあった。
それで結局は、喋らない方へと徐々に移行してしまい、仕事場では仕事以外の会話は完全になくなってしまった。

だけど、そんなことを続けているうちに俺はある疑問を浮かべるようになった。
上の人間、即ち歳が特に上な人間程、下の人間、即ち新人に“自分から発信しろ”と言う。
その言葉自体間違えではない。
だが、“自分から発信しろ”と言う割に問題を起こしてしまった時、“訊かない方が悪い”と言う。
人には“自分から言え”なのに自分は“ちゃんと訊け”。上の人間も情報共有の観点で自分から言えばいいのに、プライドがあるらしくそんなことは絶対にしない。
後輩に訊くことの何が恥ずかしいのか、俺からしてみれば無知の方が恥ずかしい。

愚痴に付き合わせてしまって申し訳ない。そろそろ本題の方へ戻ろうか。

「それで結局ビニールテープは何に使えばいいのだ?」

俺は何もおかしなことは言っていない筈だが、神は溜息を吐くくらい呆れた顔をしていた。

「お主そんなことも知らんのか? 山に入れば遭難の危険があるじゃろ。その時に自分が通った道を分かるように木にテープを巻いて行くのじゃ」

成る程、使い方はわかった。
何本かに1本のペースで木にテープを巻いて真っ直ぐ進むようにすればいいのだな。

「分かった。ありがとう。こんな所に連れてこられて最悪な奴だと思っていたけど、意外といい所もあるのだな」

本心でそう言ったのだが、神は心底怒りを露わにしていた。

「何が“意外といい所もあるのだな”だ! “意外と”とはどう言う意味だ! 本来ならこんなに関わることはないんだから!」

神はそのまま外方を向いて何処かへ消えてしまった。手品の様に一瞬で。
突然独りぼっちにされてしまって少し困惑したけど、1人には慣れているから状況を理解するのにそう時間は掛からなかった。

取り敢えず、神に手渡されたビニールテープを使いながら木々の生い茂る道を進んだ。
せめて昨日が昼間だったなら目印になる物を探して道を辿れるのにな。と、思いながら森の中を進んだ。

初めは3本に1本くらいのペースでテープを巻いていってたけど、1ロール使い切ったところで5本に1本に変更した。
それでも足りないのでは。と思ってしまう程に風景が変わっていく様子はなかった。
不安と疲労を背負いながら道なき道を進んで行くと、人影らしきものが一瞬見えた。
だけど、本当に一瞬も一瞬。カラスと間違えてない?と言われてしまえば強く反論できないくらい不確実にしか見えていなかった。○

そんな影のことを放置して、さらに奥へと進む。行けども行けども変わらぬ風景。
流石に間違えだろうと思っていたが、突然背後に気配を感じて振り向くと、そこには勝瑞大和がいた。

「昨日ぶりだね」

心の中では全力で叫びながらも表情だけは堪えて、真顔を貫いた。
これは幸運。後はこいつに道案内をしてもらえれば、このテープも使わなくて済む。

「勝瑞、悪いが村長の家まで案内してくれないか?」

彼は嫌な顔1つせず、快く提案を飲み込んでくれた。
疑いたくはないが、ここまで素直に認められると裏がありそうな気がした。
それでも今はついて行くことしかできないから、彼を頼るしかないけど。

「がっくん。案内するのは良いけど、やっぱり交換条件がある」

歩いている最中、勝瑞は突然立ち止まり振り返り際にそう言った。
やはり俺の疑問は間違いではなかった。
何か裏があるとは思っていたけど、途中で言うのはずるい。
最悪に断りずらい。最初からこうするつもりだったのか。
まんまと罠に引っ掛かってしまった……。
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