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赤いキャリーケース 1話
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これは僕が高校を卒業した2月のことだ。
僕、高浜亮磨は、高校3年間サッカー一筋で、大学もスポーツ推薦で合格した。大学でも活躍できるように、2月の仮卒業期間に入ってからも、毎朝のトレーニングとランニングを欠かさず行っている。幸いにも、実家近くに舗装整備をされた山を登る道があり、大雨でも降らない限りは毎日のように山に登っていた。この時はまだ、あんなことが起こるなんて想像もしていなかった。
ことの始まりは、2月4日のことだ。
ここの山はそこそこ高いこともあって、道は蛇のようにうねっていた。そんな道だから、大きなカーブに差し掛かる場所は、道が広く、時々停車している車を見かける。
この日もいつものように舗装された山道を登っていた。カーブに差し掛かったところで、今日は車ではなく、女性が立っていた。見た目、20代後半から30代半ばくらい。白のワンピースを着て、メガネをかけていた。
僕から見ればお姉さんのような人だった。
この場所は周りに木々が少なく、立ち止まれば街と海を一望できる場所で、フォトスポットとしても有名だ。人がいること自体は何も珍しくはない。だが、このお姉さんの様子がおかしいことは一目瞭然だった。
お姉さんは景色ではなく、崖から真下を覗いていたんだ。
まさか自殺するためにこの場所に来たのか。そんな言葉が頭をよぎり、僕はお姉さんに声をかけてしまった。
「あの……大丈夫ですか?」
お姉さんは僕の方を見て、困った顔を浮かべていた。
お姉さんは美人だった。
「あの。すみません……実はキャリーケースを落としてしまって、どうにか取ることはできないですか?」
崖の下を見ているのはどうやら落とし物をしていたからだった。
お姉さんが指差す先を見ると、確かに真っ赤なキャリーケースが落ち葉と枯れ葉の絨毯の上に落とされていた。
自殺でなかったからよかった。でも……本人には悪いけど、僕でどうこうできる問題ではない。
階段があればどうにか取りに行くことはできたと思うけど、ここは階段もないもない。素人が取りに行くことは不可能だろうな。
「すみません……流石にこの高さじゃ下りるのは難しいと思います」
「そうですよね……」
あからさまに落胆して俯いた。
「あ、あの……この先の下りたところに、ここの講演を管理している事務所があるので、そこへ行けば多分取ってもらえますよ」
「そうなのですね。ありがとうございます。一度行ってみます」
深くお辞儀をするお姉さんを横目に、僕はこの場所を離れた。
話を聞いている時は特に違和感を感じなかったが、何故この時期にこの時間にキャリーケースを山道で引っ張っていたのか不思議だった。確かに、山頂に行けば宿泊施設はあるが、朝から受付はしていないはずだ。まあ、大人の事情ってやつだろう。あまり首を突っ込みすぎるのもよくないことだろう。
この日はそのまま帰った。
次の日。
昨日と同じルートを走っていると、昨日と同じ場所に、昨日と同じワンピースを着たお姉さんが立っていた。
僕は昨日お姉さんに助言もしたし、素人では撮ることが不可能だってこともわかっている。今日は話しかけるには至らないな。
お姉さんを無視して隣を駆け抜けようとしたら、お姉さんの方から話しかけてきたのだった。
「あの、すみません。実はキャリーケースを落としてしまって、どうにか取ることはできないですか?」
昨日と同じことを……僕はファンタジーの世界にでも迷い込んでしまったか。
スマホで今日の日付を確認すると、2月5日と表示されていた。
昨日は確か2月4日だった。それは間違いない。昨日は、21時から地上波初放送の映画をテレビで見たから。今日は土曜日だし。それに、昨日は空が曇っていて風が強かった。今日は穏やかな晴れが広がっていて、風もない。おかしいのはお姉さんの方だ。
「あの、この先に事務所があるので、そこの人に言ってみてください」
「そうですよね……」
「じゃ、じゃあ、僕は行くのでこれで……」
「そうなのですね。ありがとうございます。一度行ってみます」
僕は怖くなって、お姉さんかのいる場所から逃げ出した。
だって、このお姉さん。昨日と全く同じことしか言ってない。仮に昨日俺が話しかけたことを覚えてないにしても、昨日と全く同じことしか言わないのはおかしいだろ。昨日の人間だとわからなくても、事務所の正確な場所であったり、他の助けを呼んだり。もしくは行動を起こしたり。他にもできることはたくさんあるはずだ。なぜそれを1つもしない。あのお姉さんは絶対におかしい。
次の日も、同じくらいの時間にお姉さんは崖を見下ろしていた。また同じようなワンピースを着て。
僕は昨日のことが怖くて、お姉さんを視認できる位置まで来て、そのまま引き返した。時々、お姉さんが僕を追いかけていないか、後ろを確認しながら。
その日の夜のことだった。
僕は数年ぶりに悪夢にうなされた。夜中に起きてスマホで時間を確認すると、スマホには2時と表示されていた。全身に汗をかいて、寒かったから着替えを済ませて布団に入るが、見た夢が怖すぎて眠るのを邪魔する。
僕が見た夢というのは、キャリーケースを落としたというお姉さんにまた話しかけられて、夢の中では逃げられないように腕を掴まれて、「あの、すみません。実はキャリーケースを落としてしまって、どうにか取る事はできませんか?」「そうですよね……」「そうなのですね。ありがとうございます。一度行ってみます」と、同じことを何回も聞かされるというものだった。
思い出すだけでも恐ろしいのに、妙に現実味を帯びているのが尚のこと怖かった。
結局この日は眠ることができずに寝不足だった。
僕、高浜亮磨は、高校3年間サッカー一筋で、大学もスポーツ推薦で合格した。大学でも活躍できるように、2月の仮卒業期間に入ってからも、毎朝のトレーニングとランニングを欠かさず行っている。幸いにも、実家近くに舗装整備をされた山を登る道があり、大雨でも降らない限りは毎日のように山に登っていた。この時はまだ、あんなことが起こるなんて想像もしていなかった。
ことの始まりは、2月4日のことだ。
ここの山はそこそこ高いこともあって、道は蛇のようにうねっていた。そんな道だから、大きなカーブに差し掛かる場所は、道が広く、時々停車している車を見かける。
この日もいつものように舗装された山道を登っていた。カーブに差し掛かったところで、今日は車ではなく、女性が立っていた。見た目、20代後半から30代半ばくらい。白のワンピースを着て、メガネをかけていた。
僕から見ればお姉さんのような人だった。
この場所は周りに木々が少なく、立ち止まれば街と海を一望できる場所で、フォトスポットとしても有名だ。人がいること自体は何も珍しくはない。だが、このお姉さんの様子がおかしいことは一目瞭然だった。
お姉さんは景色ではなく、崖から真下を覗いていたんだ。
まさか自殺するためにこの場所に来たのか。そんな言葉が頭をよぎり、僕はお姉さんに声をかけてしまった。
「あの……大丈夫ですか?」
お姉さんは僕の方を見て、困った顔を浮かべていた。
お姉さんは美人だった。
「あの。すみません……実はキャリーケースを落としてしまって、どうにか取ることはできないですか?」
崖の下を見ているのはどうやら落とし物をしていたからだった。
お姉さんが指差す先を見ると、確かに真っ赤なキャリーケースが落ち葉と枯れ葉の絨毯の上に落とされていた。
自殺でなかったからよかった。でも……本人には悪いけど、僕でどうこうできる問題ではない。
階段があればどうにか取りに行くことはできたと思うけど、ここは階段もないもない。素人が取りに行くことは不可能だろうな。
「すみません……流石にこの高さじゃ下りるのは難しいと思います」
「そうですよね……」
あからさまに落胆して俯いた。
「あ、あの……この先の下りたところに、ここの講演を管理している事務所があるので、そこへ行けば多分取ってもらえますよ」
「そうなのですね。ありがとうございます。一度行ってみます」
深くお辞儀をするお姉さんを横目に、僕はこの場所を離れた。
話を聞いている時は特に違和感を感じなかったが、何故この時期にこの時間にキャリーケースを山道で引っ張っていたのか不思議だった。確かに、山頂に行けば宿泊施設はあるが、朝から受付はしていないはずだ。まあ、大人の事情ってやつだろう。あまり首を突っ込みすぎるのもよくないことだろう。
この日はそのまま帰った。
次の日。
昨日と同じルートを走っていると、昨日と同じ場所に、昨日と同じワンピースを着たお姉さんが立っていた。
僕は昨日お姉さんに助言もしたし、素人では撮ることが不可能だってこともわかっている。今日は話しかけるには至らないな。
お姉さんを無視して隣を駆け抜けようとしたら、お姉さんの方から話しかけてきたのだった。
「あの、すみません。実はキャリーケースを落としてしまって、どうにか取ることはできないですか?」
昨日と同じことを……僕はファンタジーの世界にでも迷い込んでしまったか。
スマホで今日の日付を確認すると、2月5日と表示されていた。
昨日は確か2月4日だった。それは間違いない。昨日は、21時から地上波初放送の映画をテレビで見たから。今日は土曜日だし。それに、昨日は空が曇っていて風が強かった。今日は穏やかな晴れが広がっていて、風もない。おかしいのはお姉さんの方だ。
「あの、この先に事務所があるので、そこの人に言ってみてください」
「そうですよね……」
「じゃ、じゃあ、僕は行くのでこれで……」
「そうなのですね。ありがとうございます。一度行ってみます」
僕は怖くなって、お姉さんかのいる場所から逃げ出した。
だって、このお姉さん。昨日と全く同じことしか言ってない。仮に昨日俺が話しかけたことを覚えてないにしても、昨日と全く同じことしか言わないのはおかしいだろ。昨日の人間だとわからなくても、事務所の正確な場所であったり、他の助けを呼んだり。もしくは行動を起こしたり。他にもできることはたくさんあるはずだ。なぜそれを1つもしない。あのお姉さんは絶対におかしい。
次の日も、同じくらいの時間にお姉さんは崖を見下ろしていた。また同じようなワンピースを着て。
僕は昨日のことが怖くて、お姉さんを視認できる位置まで来て、そのまま引き返した。時々、お姉さんが僕を追いかけていないか、後ろを確認しながら。
その日の夜のことだった。
僕は数年ぶりに悪夢にうなされた。夜中に起きてスマホで時間を確認すると、スマホには2時と表示されていた。全身に汗をかいて、寒かったから着替えを済ませて布団に入るが、見た夢が怖すぎて眠るのを邪魔する。
僕が見た夢というのは、キャリーケースを落としたというお姉さんにまた話しかけられて、夢の中では逃げられないように腕を掴まれて、「あの、すみません。実はキャリーケースを落としてしまって、どうにか取る事はできませんか?」「そうですよね……」「そうなのですね。ありがとうございます。一度行ってみます」と、同じことを何回も聞かされるというものだった。
思い出すだけでも恐ろしいのに、妙に現実味を帯びているのが尚のこと怖かった。
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