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chapter2__城、始動
お客様第一号様(3)
しおりを挟む(知られたからって困らないよね、うん。べつに。)
(「異世界で生きた前世を思い出したんです♪ ので、人格がマイナーチェンジ。なにげに知識や思考力がレベルアップしました~♪」なんて、ささいな情報だよね)
(……いやー? ヤバイ奴認定された一秒後に「本契約お断り」の決断をされかねないような。特にヘルムートは現実主義者っぽいし……魔法使いなのに)
休憩室に入っていくのを見送り、心の中で呻く。
(体験するまでは自分でもこんなこと現実に起こるなんて信じてなかったからなー。やっぱり隠しておくのが無難かな)
ひとまず結論をだすと、ふと疑問がこぼれた。
「ワガママな相手と相性が悪い。てことは(以前の)あたし、あきらか当てはまってるってすぐ分かるよね。なんでわざわざ近付いてきたんだろ??」
貴族の間でマグダレナは「毒婦」と有名だ。娘のザラの品行や不良サロンの悪評もセットで広まっている。ヘルムートが知らなかったはずがない。
(もしや。“どうでもいいワガママな奴(=あたし)をつぶさに観察、分析。うまくいかない相手との関係改善に役立てよう”、とか? 時々感じる、珍生物をネットリ眺める視線はそのせい……!?)
少なくともそれが、恋愛的な意味での熱視線には思えなかった。
思いついた考えに妙に納得してしまい、なんともいえない気分になる。
(……職場に求めるものは人それぞれ。どんな目的であれ、有能な人材が居ついてくれるなら願ったりよ。喜んで実験動物になってやろうじゃないの)
「ふふふ。いっそ『ワガママ生物取扱いマニュアル』作成プロジェクトとか立ち上げて、リーダーに任命してあげようかしら」
事業の成功には富裕層の客を増やし、リピーターを作るのが理想的だ。となれば自然、我儘な客の割合も増えるだろう。そんなマニュアルが役立つかもしれない。
従業員の囲い込みを画策するザラが含み笑いをもらしていると……。
「あ、ザラさん。坊ちゃんを見ませんでしたか?」
「? いえ、お見かけしてません」
廊下でばったり会ったニコロに声をかけられ、首を横に振ると、
「そっすかー。昼飯の後、一人で城を散策するっつって。見失ったもんで」
「お昼からお姿が見えないのですか、それは心配ですね。私たちの方でもお捜ししましょうか」
「や、いつものことなんで。もう少し自分の方で捜してみるっす」
(やっぱり普段から苦労してるんだなぁ)
気楽に笑うニコロに、ザラが同情する。
しかし陽が傾きはじめる頃になっても、ノヴァの姿は見つからず――。
さすがに焦りをにじませ、主人の名を呼び回るニコロ。
道の城一同も総出で、ノヴァを捜して城中を駆け回った。
凹凹†凹凹
「……これ、まじでやばくね?」
「あの坊ちゃんの声も、気配すらしないってのが不思議だよな。あれだけチョコマカ動いて喋ってれば、誰か一人くらい気付きそうなもんなのに」
「だからこそ深刻にとらえた方がいいだろう。ただの悪ふざけならいいが。我々の声が届かない場所にいるか、最悪、何者かに連れ去られた可能性も否定できない」
「……アルベルゾ村から人を募って、捜索隊を編成するべきかもしれません」
「困ったね。どうしようか、ザラ」
(あああ。よりによって良家のお坊ちゃまが、うちの城で行方不明なんて~~!!)
今はニコロと一緒にトロット一家とイアンが捜索している。その間いったん休憩室に集まり、六人で作戦会議をはじめた。
テーブルに突っ伏し頭を抱えたザラが、ゆるゆる顔を上げる。
「捜索隊はともかく、念のため村に連絡しておきましょう。もし近くにいたら保護してもらうように。ユージン、カラオケならいつもの半分の時間で行けるよね?」
「おう、半分以下でも余裕だ」
「お願い。帰り道は、できれば少し範囲を広げて捜してみて」
「了解」
乗馬の邪魔にならない程度の剣を腰にさげ、ユージンが部屋を出ていく。
「万が一最悪のケース、お金目当ての誘拐だったら。そろそろ実家の方へ身代金の要求がくる頃かしら」
ここからビサイツィアまで馬車でおよそ5、6時間。早馬をとばせば2時間程だ。
「あくまで最悪の場合だ。余程の手練れでなければ城の敷地内で我々、特にユージンに気付かれずに完遂できるとは考えにくい」
「確かにその通りですね。3階で眠るザラ嬢の危機に、1階のトイレから気付くひとですから」
「そ、そうなのっ!?」
「あいつガチのモンスターだからなー」
ヘルムートの意見にエンドレとダリルがしみじみ同意した。
「厩舎に変化はなかった。少なくとも馬を盗まれた形跡はない」
「城内で彼を拉致し、誰にも気付かれず徒歩で運ぶのは至難の業でしょうね」
「誘拐の可能性はゼロではない。でも限りなく低いとみていい、かな。ただしノヴァ君が自ら城の外に出ていなければ」
「うちに興味津々だったんだし、それはないんじゃね。希望的観測だけどな」
「まとめると。ノヴァはまだこの城にいるけど、なぜか声の届かない場所にいる。またはなんらかの理由から、あたしたちの前に出てこない。……出てこられないような状況にいる、かもしれない」
ザラがぐるりと四人を見回すと、それぞれ肯定の反応が返る。
「……もしかして。この城に残る、罠系の何かに引っかかっちゃってたり……」
「「「「…………」」」」
じわりと顔色を悪化させ。ある意味、誘拐以上に最悪な想像を口にだす。
肯定こそしないものの、全員から重苦しい沈黙が返ってきた。
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