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chapter1__城、再誕

回ってきたツケ(1)

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 イゼリア半島中央部。

 王都中心部から4頭立て馬車でおよそ20時間。
 ユージンの卓越した操縦にて、約15時間。(ムチは最小限、まったく無理をさせていないのに、なぜか馬たちのコンディションがいい。)

 雄大な大自然のなか、どこか荒涼とした古城がたたずむ。
 600年ほど前にイゼルラント領下に置かれ、その後は砦としての重要性を失っていき、半世紀後には城下町ごと放棄されたという。

 たまたま訪れたザラが目をつけ、勝手に居座り、サロンを開催していた城跡だ。
 当然イゼルラント公爵の耳にも入っているが、今のところ「好きにしていい」らしい。

 廃墟然としてはいるが、意外にも建物に大きな欠陥はなかった。
 専門業者を呼んでこまごました補修も済んでいる。快適かどうかはともかく、住むにあたって特に問題はない。

 ちなみに城が建っている丘の手前、こちらは完全な廃墟となっている城下町跡の一角には、馬小屋がある。
 馬車の駅だ。傍には管理人一家が住む家がある。
 港へ行き来する馬車が立ち寄る際のわずかな稼ぎと、近くの農村への出稼ぎなどで生計を立てているようだ。

 ザラの事業計画には彼らの協力も必要不可欠。近いうちに話をしに行くつもりだ。
 
 とりあえず今はスルーして、馬車で丘を駆け上がる。
 城壁内へ入ると、ザラはなぜか実家に戻ったような気分になった。


   凹凹†凹凹


「……まー、そらこうなるわ」

 ダリルが呆れたようにぼやく。

「早馬が『ザラ危篤!』って伝えに来たもんで。慌ててとびだしたからなぁ」
「あの時、すでにザラ嬢が亡くなったと思いこんだ者もいたようですね」

 ユージンとエンドレが気まずそうに続けた。

「……あああうぅ……」

 がくりと膝をつき、ザラが目の前の深皿を見下ろす。何度見ても、中は空っぽ。

「どんぶり勘定とはよく言ったものだが。自業自得だ」
「はい……」

 冷徹なヘルムートの言葉を、涙目で肯定する。


 めっきり古城に居ついていたザラが公爵家に戻ったのは、果物を食べるためではない。金の無心、おねだりだ。食あたりでそれどころではなくなったが……。

 ザラは孤児院にいた7歳までしか教育を受けていない。そこは篤志家の支援に恵まれ、孤児たちへ良質な学習を施してはいたが。7歳では学習内容にも限界がある。
 マグダレナは絵に描いたようなネグレクトだった。彼女の“養育”のもとでは、ザラは毎日、どうにか食事にありつくための行動をとるので精一杯だった。

 そんな幼少期を送った彼女に、まっとうな金銭感覚や管理能力など皆無。
 手に入れた大金をダイレクトに深皿や壺などに投入し、戸棚の中、もしくはそのへんに置きっぱなしという、ズサンを通り越したワイルドスタイルだったのである。

 それでもとりまき令息たち(特にユージン)が目を光らせているうちは、大きな問題は起こらなかった。
 しかし四人全員がザラの見舞いへ向かい、数日間留守にした結果――。

「サロン参加者がいなくなるのは予想できたけど……。使用人たちまで、こぞってもぬけの殻。どんぶりタンス貯金は見事に残高ゼロ……」

 ここにいた使用人は、もとは公爵家で働いていた者たちだ。ザラが身の回りの世話をさせるため、個人的に雇った。というより、なかば強制連行に近い。

 鬼の居ぬ間になんとやら。ザラが危篤と聞き、今がチャンスと思ったのだろう。
 金を盗まれた挙句、逃げられてしまったのだった。

 窃盗犯を探しだそうにも、この城にいた全員が容疑者だ。
 故郷がどこかなど、ある程度親しく会話をした者など一人もいない。行き先に見当がつくはずもなかった。

「タイトルは『日頃の行いのツケが回った女』。だからって給料もツケ払いにできると思うんじゃねぇぞ」
「はい……」
「ザラ嬢……元気を出してください。今のあなたにはまだ、太いご実家(後見人)がついてますよ」
「はい……」
「ひとまず馬も人間も休んで、明日になったらトンボ返りだな。大仕事の前に公爵家で少しゆっくりしようぜ。うまい飯も食えるし」
「はい……」

(今後は極力おねだりはしない方向で頑張ろうと思ってたのに~~。いくら心が変わっても、都合よく過去を変えられるわけじゃないよね……)

 三人に慰められ(一人は追いうち)、素直に頷きうなだれるザラを見たあと、ヘルムートがダリルに視線を向ける。

「……あんだよ」
「君はこの城の構造にかなり詳しいようだな」
「そりゃまあ、オレは古参だからね。これだけ長くいれば慣れるさ」
「そうか。ところで以前、君が出入りしていた部屋をみると鍵がかかっていた。だが部屋の鍵は誰も、彼女すら存在を知らないようだった」

 ちらりとザラへ横目をやる。ザラが不思議そうに瞬きした。
(鍵付きの部屋? そんなのあったんだ。全然知らなかった)

「な、なにが言いたいんだよ」

 ヘルムートの真綿で絞めるような質問に、ダリルが落ち着かない様子で返す。
 エンドレとユージンがなにか察した目を向けると、ソワソワ身体を揺らしたあと、片手で自分の髪を乱暴にかき回した。

「あ゛~~っ! わかったよ! 白状すればいいんだろ!!」

 叫んでから、ダリルが鼻息荒くザラたちを先導する。
 城館3階、鍵のかかった部屋の前までくると服のポケットから鍵をとりだした。
 薄暗い部屋を慣れた様子でずんずん歩き、今度は別の鍵をだして家具の引き出しを開ける。

「おらよっっ」

 ザラの前まで戻り、じゃらっ、と重い音を立てる布袋を手渡した。

「お前……やっぱネコババしてたのかよ」
「いっそ逃げた方々よりも多いんじゃありませんか?」
「うるさいなー。地道に貯めてたんだっつの」

 どうやら今までどんぶりタンス貯金をくすねたり、ザラがバラまいた金をためこんで、この部屋に隠していたらしい。

「……いいの?」
「もともとアンタのものだろ」

 ふてくされたように頬を膨らませるダリル、それからずっしり重い布袋を見て、いちど深く頷く。

「大事に使わせていただきます」
「……フン。前だったら鬼の形相で『この盗っ人!!今すぐ処刑よー!!』とか大騒ぎしただろうに」
「そうかもね。ダリル、ありがとう」
「だあぁ~~もう。まじで調子狂うわ……」

 肩をすくめてぼやくダリルに、ヘルムート以外が思わず笑みをこぼす。

(これからは皆に信用してもらえるように。気合いを入れ直さなきゃだわ)

 ザラは両手に伝わる重量とは別の重みを感じながら、大金入りの布袋をぎゅっと抱きしめた。

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