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第6章
午後12時40分 (首相官邸 内閣閣議室)
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「緊急閣議の召集におきまして、ご苦労様です。」
閣議の司会進行を務める乾 義雄内閣官房長官が緊急閣議召集の開会の口火を切った。
「本日は 国家にとっての防災上の緊急事態となりうる動議が発せられ、皆さんに集まっていただきました。」
「今回の緊急閣議は 緊急防災会議の開催も兼ねていますので、各大臣のみならず関係各位にも集まっていただきました。情報収集の必要性もあり、この大会議室での開催となりますことをご了承ください。」
緊急閣議の開催に対して乾官房長官の隣の中央に座った大泉総理の緊張した表情からも今回の緊急閣議がただ事では無いことが出席者に伝わって来る ピリピリとした雰囲気が漂っていた。
乾 官房長官の開催の言葉に続いて 早速 首相の大泉伸次郎が話し始めた。
「今回閣議では海外出張中の坂出外務大臣をはじめ町岩文科大臣、大林 国土交通大臣などがこの場には不在ですが、現在可能な限り携帯電話やNet回線を通じてこの閣議に参加してもらえるように手配しております。」
「皆さんとは可能な限り情報を共有して、今回の事態に対応していきたいと考えておりますのでよろしくお願いします。また、今回の事態の性格上 考えられる関係部署として自衛隊、警察庁、国土防災会議座長をはじめ関係者方々にも集まっていただきました。」
「緊急事態でもあり 今回の事態に大きな影響を持つ電力企業の代表として 関東電力の本石副社長にも特別顧問としてご出席を願いましたのでご了承ください。」
大泉の時に狼狽しているような表情を前に、閣議の中で2番目のポジションで有り財務大臣で副総理も兼ねる黒屋陽介が身を乗り出した。
大泉は閣議の趣旨を説明することもなく本題に入った。
「本日 日本時間の午前10時20分頃に 太陽で太陽フレアと呼ばれる非常に大きな太陽の表面爆発が観測されたとの報告が入りました。この事象によって、今後日本のみならず、世界各国で、これまで想定することもなかった異常事態の発生が予想され、大きな災害がもたれされる可能性が考えられます」
「太陽フレア?何ですかそれは・・・」
閣議の中でいつも最も声が大きい事で知られる 厚生大臣の吉田純一郎が大泉に向けて質問した。
その質問を受けるように大泉が話を進めた。
「『太陽フレア』と申しましても、その事には皆さんもピンとこないであろうと思いますが、この太陽フレアの発生が今後、日本全体を大変な事態に引き込む可能性が懸念されることとなりました。」
「すでに各方面でこの影響が出始めているようですので、まずは太陽フレアについてのおおまかな説明を、国立天文台の渡辺天文台長から事態の緊急性やその概要、今後予想される事態についての説明を願いたいと考えております。」
大泉の言葉を受けて首席補佐官の中村が渡辺の紹介をした。
「今回の太陽フレア問題につきまして 国立天文台の渡辺天文台長に説明をしていただきたいと思います。」
閣議室の正面に設置された400インチは有ろうかと思われる大プロジェクターの画面にネット回線を通じて渡辺天文台長の緊張した顔が大きく映し出された。
中村が説明を続けた。
「まず、今から 簡単なテーマレポートを配布します。」
「限られた時間の中で作成しましたので、事態の概要とポイントしか書かれていませんので、国立天文台の渡辺氏から 緊急事態の内容の詳しいご説明を頂きたいと思います。」
「国立天文台の渡辺です。」
「皆さんにお渡しした、レポートには 4つの要点が書かれております。」
「まず、今回の事態の根本的原因となりました 第一項目の【太陽フレア】の発生につきまして説明したいと思います。」
「本日 日本時間の午前10時20分に我が国の太陽観測衛星の「ひので」が太陽表面にある黒点ナンバーAR2937にて 巨大な太陽フレアの発生を確認しました。」
「太陽フレアとは、太陽表面にある黒点で発生する磁力線の爆発現象の事です。」
「太陽フレアの規模は 小さなものからA、B、C、M、Xという5つの段階に分かれておりまして、A、Bクラスの規模のフレアは毎日のように太陽の表面にて観測することができます。Cクラスの規模の太陽フレアだと1か月に1~2度は発生し、Mクラスの太陽フレアでも数か月に1~2度は観測することが出来ます。そしてXクラスの太陽フレアの場合 太陽の活動周期にもよりますが 年間に1~2度そのクラスの規模のフレアを観測することが出てきます。」
一息をおいて 渡辺は説明を続けた
「今日発生した太陽フレアは Xクラスの爆発現象でした。」
「Xクラスの太陽フレアは地震に例えるならばマグニチュード9クラスの地震が発生する確率に近いものです。このXクラスを上回る規模は観測上制定がされておらず、その爆発規模に数字でその威力、強さを倍数で示しております。」
「太陽フレアの爆発の観測の中で 今日観測されたその爆発の規模は 観測時のエネルギー放出量から X62という人類が観測した中でも史上最大規模の爆発であったと確認されました。」
渡辺は淡々と太陽フレアについての説明をした。
『最大規模の太陽の爆発現象』という説明を聞いて、「爆発」という言葉に閣議の参加者は反応し驚嘆の声を上げた。特に敏感な反応をしたのが自衛隊の長縄統合幕僚長であった。
「太陽での最大規模の爆発が観測されたと言う事は、その爆風などが襲来して 地球に大きな影響が出ると言う事ですか?」
長縄は太陽での爆発と言う言葉の意味を測りかねるように渡辺に質問を返した。
渡辺が説明を続けた。
「すみませんでした。太陽の爆発という言葉で 過大な連想をしてしまうと思いますが、太陽フレアというのは 太陽にとっては くしゃみのようなものですので、今回の規模の太陽フレアは歴史上特異なものではありますが、この爆発現象で地球に熱波が来たり、爆風が押し寄せるというものではありません。」
「ただ・・・」
「二項目目の【太陽フレアの影響】についてご説明をする中で、今回の事態から考えられることをお話したいと思います。」
「今回の太陽フレアの影響はすでに各方面で起き始めております。ISS国際宇宙ステーションでは、今回の太陽フレアの発生によって襲来した大量の放射線の被爆から身を守るため、船外活動などを緊急停止したうえで、搭乗乗組員五人は放射線の防御区画への避難を済ませ 現在も太陽の観測を行っております。」
「また、各航空会社につきましても、北極や南極など極地の高緯度の飛行を制限するように警報を出しておりますので、国際線におきましては北米便や欧州便では可能な限り赤道に近い低緯度の飛行航路を取るような対策を取り始めております。」
官房長官の乾が声を発した。
「放射線被ばく? 放射線による被ばくの危険性というと、人類が 太陽フレアの影響であの原発事故と同じ様な放射線被ばくを受ける事態になりうるという事なのですか?」
乾の質問を受けて 閣議参加者の多くからざわめきのような声が上がった。
「大丈夫です。太陽フレアの放射線放出で 地上にいる人間や動物や植物が被ばくすることは ほぼ無いと考えてよいかと思います。地球に通常降り注いでいる放射線量の多少の増加は考えられますが、地球では大気と強力な地球磁場のバリアに覆われていますので、人体に影響が出て、地上の人間が被ばくする可能性や危険性はほとんど影響しないと考えております。」
渡辺は乾の発した放射線と言う言葉への反応をネットのモニターに映し出された画面越しに汲み取り 乾からの問いかけを否定し、放射線被ばくに対しては閣議の参加者たちを落ち着かせるように説明を続けた。
「しかしながら、太陽フレアの影響は今後 時間を追っていろいろな方面へ影響を及ぼすことが想定されます。」
「太陽でフレアの発生した午前10時12分から8分ほどした午前10時20分頃には 地球の周辺には大量の放射線が襲来し、国際宇宙ステーションでは、X線やガンマ線、ベータ線などの放射線の増加を確認しております。あわせて太陽では高エネルギーの荷電粒子が発生し、地球に押し寄せて来ています。」
「アメリカやロシアの通信衛星やGPS衛星の多くが この高エネルギーの荷電粒子の影響を受けて すでに機能停止になったり その活動が極端に低下している状況が出始めているとの報告を受けました。今後、場合によってはすべての通信衛星やGPS衛星、気象衛星などが使えなくなる可能性があります。」
渡辺は 現代社会ではなくてはならない 人工衛星が窮地の状況であることを伝えた。
「それでは、今都内で起きている道路の大渋滞は太陽フレアの発生によってGPS衛星が機能せずに カーナビが狂ってしまったのが原因なのですか?」
警察庁の深草長官が発言した。
「すみません、私は各方面と連絡を取っていたため、外の様子はまったく知らなかったのですが、すでにGPS衛星はかなり機能を失い位置情報の確認は停止に陥っている可能性があります。カーナビゲーションが機能しなくなっているとしたら太陽フレアの影響が大きく影響を及ぼしていると思われます。」
「GPSの位置情報を使ったカーナビが機能しなくなったら、交通システムは大混乱になるはずだな。大変な事態じゃないか!」
内閣官房副長官の石田浩一が現状の都内の大混乱の原因に納得したように答えた。
「太陽フレアの影響というのは そんなところなのかね。」
乾が渡辺に確認した。
渡辺は乾の問いかけに大きく首を横に振り、その問いかけを打ち消すように話を続けた。
「いいえ、長官。」
「GPSや通信衛星の障害は今回の太陽フレアによる影響の始まりでしかありません。この影響は時間を追って それ以上の問題を引き起こす可能性があります。」
「通信衛星が大きな影響を受けますので、海外との通信が制限され、テレビなどの衛星中継も難しくなることでしょう。」
「気象衛星の運用も厳しくなり、天気予報にも影響が考えられます。」
「太陽フレアは磁気嵐といわれる 太陽からの強力な磁力線の変化が大きな影響を出すのですが、プロトン現象と呼ばれる地球の電離層への影響から 短波通信にも大きな影響を与えます。要するに海外との通信回線の多くが障害を受ける可能性が出てきます。海外との通信手段は直接つながっているケーブル頼みになると思います。インターネットなどの回線も同じです。」
「おいおい 海外との通信が障害を受けるとなったら 為替相場など大きな影響を受けるじゃないか! 経済が大変なこととなるぞ・・・」
財務大臣の黒屋にとってこの太陽フレアの発生が及ぼす経済的な混乱の可能性に気が付いたようで、大きな経済面での危機感を感じることとなった。
渡辺は、太陽フレアの発生が経済の混乱を招くかも知れないという黒屋の言葉を肯定も否定もすることもなく 説明を続けた。
「海外との通信に限らず 携帯電話などの通信システムにも影響が出ると思います。」
「そして、今日の夜、もしかすると 東京の空でも 極地でしか見ることのできないようなオーロラが見える可能性があります。もしも夜にオーロラが見える事態になったとしたら、それは恐ろしい事態の始まりの前兆となるかもしれません。」
「えっ 東京の空でオーロラが見えるのかね!」
石田が驚きの声を発した。
渡辺はオーロラという現象の先に予想される非常事態の話を続けた。
「レポートに記載しました第三項目の【停電の脅威】という点について説明したいと思います。」
「1859年に発生した『キャリントン・イベント』と名前が付けられた大規模な太陽フレアが発生し、アメリカのカリブ海地域やイギリス、フランス、地中海地域のイタリアなどでもオーロラが観測されたという記録があります。」
「日本でもこの1859年にはオーロラを観測したであろう記録が残されていますし、平安時代などの史記には「赤気」という言葉で京都でオーロラが見えたとう記録もあります。このオーロラの観測は日本にとっては悪夢の始まりになると私は考えています。」
「NASAは2016年に 大規模な太陽フレアが起きた時に考えられる地球への影響をまとめた予測レポートを発表しているのですが、大規模な太陽フレアの発生から二四時間から四八時間ほどすると、太陽のコロナからの大規模な質量放出の関係で 地上で誘導電流が発生する可能性を予測しています。」
「それは、太陽からの高エネルギーの荷電粒子が地上に流入することで 雷による放電現象と同じかそれ以上の過電流が地上に流れる現象が多くの場所で同時に発生することを予想しています。」
「高圧電線や発電所、変電所などで、大規模な送電網へのエネルギーの混流で電力系統の発火現象が起きる可能性があります。この事態によって 誘導電流が発生した場所では 大停電が引き起こされる懸念が広まります。」
「キャリントン・イベントの頃は まだ近代文明で電気社会が花開いた時期でしたが、使われ始めた電信などの機械の真空管が破裂したり、火を噴くという現象が多数発生しました。現代社会のように電気、電子機器が社会の中枢を動かし、その電気の利用で成り立っている社会では大きな混乱を引き起こすことが否定できません。」
「1989年に太陽フレアの発生で引き起こされたという カナダのケベック州周辺で発生した大停電では 修復時間に8時間以上の時間がかかったとの報告の記録があります。実はこの時の太陽嵐の規模はX17からX25クラスの規模の物でした。」
「電機、電子系統においても 雷に打たれたような瞬断の機器故障やEMP電磁パルスの発生のような状況となった時には テレビをはじめ、パソコン、冷蔵庫、洗濯機など多くの電子機器、電気製品が一瞬で故障する事も考えられます。自動車もマイコンチップの塊のようなものですから、多くの車が、走行不能になることでしょう。」
「2008年に全米科学アカデミーによる『激しい宇宙気象・その社会的・経済的影響の把握』という報告リポートが発表されていて、大規模な太陽フレアによる誘導電流の発生は 世界規模の停電被害をもたらす可能性があり、社会を大混乱に導くことが考えられると警告を発しています。工場での生産や物流などが止まってしまう中で、大型の変圧器の修理調達には年単位の修復時間がかかり、電力網の回復には数年を要することになるのではないかという恐ろしい様な想定もなされているのです。」
「今日観測された太陽フレアの規模はX62というとてつもない物で、人類の現代文明にとっては歴史上経験したことの無い規模の物なのです。」
「カナダで大停電を引き起こした 1989年の太陽フレアと比較すると、その規模は数百倍のパワーを持っていて、その影響がどこまで及ぶのか想像もできません。」
「変電所など事故の修理に向かおうとする 作業用の車両自体が運用ができなくなる事が考えられ、停電回復用の緊急物資の輸送から問題に直面する可能性も出てきます。」
「全国規模で大停電が発生した場合、作業員が停電の発生場所にたどり着くことができるか? あるいは物資を運ぶことができるのか、または修理用の機材が提供できるのか? といった多くの難問に直面することとなります。」
『停電』の可能性という渡辺の説明を耳にして、閣議に出席した者たちの頭の中によぎったのは、あの2011年3月11日の東日本大震災の発生によってもたらされた、原子力発電の大事故と暴走の悪夢だった。そしてそれによって引き起こされた計画停電という、日本が今まで経験したことのなかった電気社会の危うさと悪夢の出来事がよみがえっってきた。 2018年に北海道で発生した地震では北海道全体が数日にわたって停電し、「ブラックアウト」という言葉が広まり混乱したことも記憶に新しい出来事だった。
国民生活のみならず、経済面や日本の国防などにおいても大きな混乱を引き起こすであろうし、電気の無い生活の様子を想像することさえ難しい気がしてならないと会議参加者たちは声を失ったのだった。
「渡辺さん、この停電になる地域はどのあたりなのかね?」
自衛隊の長縄が沈黙を打ち破るように質問を発した。
長縄にとって、あの東日本大震災の経験は大きなトラウマでもあった。家々が津波で流されたとき迎えた電気の灯らない夜は 不気味なほど暗く、東北の冬の空に満天の星空が見えたことに驚いた記憶がよみがえったのを記録している。
「正直なところ この太陽フレアによって引き起こされる影響がどこまでの範囲で出てくるのか、今の状況では全くわかりません。 北極に近い北の地域であるほどその影響が強く出る可能性は高いのですが、今回の太陽フレアの規模ですと、日本のすべての地域で停電が引き起こされることも考えられます。逆に、想像するほどの被害は出ずに まったく何事もなかったように通り過ぎるかもしれませんし、発電所に近い、山奥の地域でのみの停電被害で終わってくれる場合もありますが、最悪の場合 世界の各地で同時進行的に大規模な停電が発生することもあり得ます。」
停電が引き起こす闇は、社会生活だけにとどまらず、医療や、救助体制、日本の経済全体に大きな影響が多方面に向けて及ぼされることとなるだろうことが考えられ、それは未曾有な災害となることが想像できるのだった。 これまで日本では地震や大規模な風水害が起こるたびに政府や関係者たちは「想定外」の事象の発生が起きたとして国民に説明することが多かったが、『太陽フレアの発生』という事態においてはまさに全く想定されることも無く、最悪の事態ばかりが浮かび上がってくることを感じなければならなかった。
閣議の司会進行を務める乾 義雄内閣官房長官が緊急閣議召集の開会の口火を切った。
「本日は 国家にとっての防災上の緊急事態となりうる動議が発せられ、皆さんに集まっていただきました。」
「今回の緊急閣議は 緊急防災会議の開催も兼ねていますので、各大臣のみならず関係各位にも集まっていただきました。情報収集の必要性もあり、この大会議室での開催となりますことをご了承ください。」
緊急閣議の開催に対して乾官房長官の隣の中央に座った大泉総理の緊張した表情からも今回の緊急閣議がただ事では無いことが出席者に伝わって来る ピリピリとした雰囲気が漂っていた。
乾 官房長官の開催の言葉に続いて 早速 首相の大泉伸次郎が話し始めた。
「今回閣議では海外出張中の坂出外務大臣をはじめ町岩文科大臣、大林 国土交通大臣などがこの場には不在ですが、現在可能な限り携帯電話やNet回線を通じてこの閣議に参加してもらえるように手配しております。」
「皆さんとは可能な限り情報を共有して、今回の事態に対応していきたいと考えておりますのでよろしくお願いします。また、今回の事態の性格上 考えられる関係部署として自衛隊、警察庁、国土防災会議座長をはじめ関係者方々にも集まっていただきました。」
「緊急事態でもあり 今回の事態に大きな影響を持つ電力企業の代表として 関東電力の本石副社長にも特別顧問としてご出席を願いましたのでご了承ください。」
大泉の時に狼狽しているような表情を前に、閣議の中で2番目のポジションで有り財務大臣で副総理も兼ねる黒屋陽介が身を乗り出した。
大泉は閣議の趣旨を説明することもなく本題に入った。
「本日 日本時間の午前10時20分頃に 太陽で太陽フレアと呼ばれる非常に大きな太陽の表面爆発が観測されたとの報告が入りました。この事象によって、今後日本のみならず、世界各国で、これまで想定することもなかった異常事態の発生が予想され、大きな災害がもたれされる可能性が考えられます」
「太陽フレア?何ですかそれは・・・」
閣議の中でいつも最も声が大きい事で知られる 厚生大臣の吉田純一郎が大泉に向けて質問した。
その質問を受けるように大泉が話を進めた。
「『太陽フレア』と申しましても、その事には皆さんもピンとこないであろうと思いますが、この太陽フレアの発生が今後、日本全体を大変な事態に引き込む可能性が懸念されることとなりました。」
「すでに各方面でこの影響が出始めているようですので、まずは太陽フレアについてのおおまかな説明を、国立天文台の渡辺天文台長から事態の緊急性やその概要、今後予想される事態についての説明を願いたいと考えております。」
大泉の言葉を受けて首席補佐官の中村が渡辺の紹介をした。
「今回の太陽フレア問題につきまして 国立天文台の渡辺天文台長に説明をしていただきたいと思います。」
閣議室の正面に設置された400インチは有ろうかと思われる大プロジェクターの画面にネット回線を通じて渡辺天文台長の緊張した顔が大きく映し出された。
中村が説明を続けた。
「まず、今から 簡単なテーマレポートを配布します。」
「限られた時間の中で作成しましたので、事態の概要とポイントしか書かれていませんので、国立天文台の渡辺氏から 緊急事態の内容の詳しいご説明を頂きたいと思います。」
「国立天文台の渡辺です。」
「皆さんにお渡しした、レポートには 4つの要点が書かれております。」
「まず、今回の事態の根本的原因となりました 第一項目の【太陽フレア】の発生につきまして説明したいと思います。」
「本日 日本時間の午前10時20分に我が国の太陽観測衛星の「ひので」が太陽表面にある黒点ナンバーAR2937にて 巨大な太陽フレアの発生を確認しました。」
「太陽フレアとは、太陽表面にある黒点で発生する磁力線の爆発現象の事です。」
「太陽フレアの規模は 小さなものからA、B、C、M、Xという5つの段階に分かれておりまして、A、Bクラスの規模のフレアは毎日のように太陽の表面にて観測することができます。Cクラスの規模の太陽フレアだと1か月に1~2度は発生し、Mクラスの太陽フレアでも数か月に1~2度は観測することが出来ます。そしてXクラスの太陽フレアの場合 太陽の活動周期にもよりますが 年間に1~2度そのクラスの規模のフレアを観測することが出てきます。」
一息をおいて 渡辺は説明を続けた
「今日発生した太陽フレアは Xクラスの爆発現象でした。」
「Xクラスの太陽フレアは地震に例えるならばマグニチュード9クラスの地震が発生する確率に近いものです。このXクラスを上回る規模は観測上制定がされておらず、その爆発規模に数字でその威力、強さを倍数で示しております。」
「太陽フレアの爆発の観測の中で 今日観測されたその爆発の規模は 観測時のエネルギー放出量から X62という人類が観測した中でも史上最大規模の爆発であったと確認されました。」
渡辺は淡々と太陽フレアについての説明をした。
『最大規模の太陽の爆発現象』という説明を聞いて、「爆発」という言葉に閣議の参加者は反応し驚嘆の声を上げた。特に敏感な反応をしたのが自衛隊の長縄統合幕僚長であった。
「太陽での最大規模の爆発が観測されたと言う事は、その爆風などが襲来して 地球に大きな影響が出ると言う事ですか?」
長縄は太陽での爆発と言う言葉の意味を測りかねるように渡辺に質問を返した。
渡辺が説明を続けた。
「すみませんでした。太陽の爆発という言葉で 過大な連想をしてしまうと思いますが、太陽フレアというのは 太陽にとっては くしゃみのようなものですので、今回の規模の太陽フレアは歴史上特異なものではありますが、この爆発現象で地球に熱波が来たり、爆風が押し寄せるというものではありません。」
「ただ・・・」
「二項目目の【太陽フレアの影響】についてご説明をする中で、今回の事態から考えられることをお話したいと思います。」
「今回の太陽フレアの影響はすでに各方面で起き始めております。ISS国際宇宙ステーションでは、今回の太陽フレアの発生によって襲来した大量の放射線の被爆から身を守るため、船外活動などを緊急停止したうえで、搭乗乗組員五人は放射線の防御区画への避難を済ませ 現在も太陽の観測を行っております。」
「また、各航空会社につきましても、北極や南極など極地の高緯度の飛行を制限するように警報を出しておりますので、国際線におきましては北米便や欧州便では可能な限り赤道に近い低緯度の飛行航路を取るような対策を取り始めております。」
官房長官の乾が声を発した。
「放射線被ばく? 放射線による被ばくの危険性というと、人類が 太陽フレアの影響であの原発事故と同じ様な放射線被ばくを受ける事態になりうるという事なのですか?」
乾の質問を受けて 閣議参加者の多くからざわめきのような声が上がった。
「大丈夫です。太陽フレアの放射線放出で 地上にいる人間や動物や植物が被ばくすることは ほぼ無いと考えてよいかと思います。地球に通常降り注いでいる放射線量の多少の増加は考えられますが、地球では大気と強力な地球磁場のバリアに覆われていますので、人体に影響が出て、地上の人間が被ばくする可能性や危険性はほとんど影響しないと考えております。」
渡辺は乾の発した放射線と言う言葉への反応をネットのモニターに映し出された画面越しに汲み取り 乾からの問いかけを否定し、放射線被ばくに対しては閣議の参加者たちを落ち着かせるように説明を続けた。
「しかしながら、太陽フレアの影響は今後 時間を追っていろいろな方面へ影響を及ぼすことが想定されます。」
「太陽でフレアの発生した午前10時12分から8分ほどした午前10時20分頃には 地球の周辺には大量の放射線が襲来し、国際宇宙ステーションでは、X線やガンマ線、ベータ線などの放射線の増加を確認しております。あわせて太陽では高エネルギーの荷電粒子が発生し、地球に押し寄せて来ています。」
「アメリカやロシアの通信衛星やGPS衛星の多くが この高エネルギーの荷電粒子の影響を受けて すでに機能停止になったり その活動が極端に低下している状況が出始めているとの報告を受けました。今後、場合によってはすべての通信衛星やGPS衛星、気象衛星などが使えなくなる可能性があります。」
渡辺は 現代社会ではなくてはならない 人工衛星が窮地の状況であることを伝えた。
「それでは、今都内で起きている道路の大渋滞は太陽フレアの発生によってGPS衛星が機能せずに カーナビが狂ってしまったのが原因なのですか?」
警察庁の深草長官が発言した。
「すみません、私は各方面と連絡を取っていたため、外の様子はまったく知らなかったのですが、すでにGPS衛星はかなり機能を失い位置情報の確認は停止に陥っている可能性があります。カーナビゲーションが機能しなくなっているとしたら太陽フレアの影響が大きく影響を及ぼしていると思われます。」
「GPSの位置情報を使ったカーナビが機能しなくなったら、交通システムは大混乱になるはずだな。大変な事態じゃないか!」
内閣官房副長官の石田浩一が現状の都内の大混乱の原因に納得したように答えた。
「太陽フレアの影響というのは そんなところなのかね。」
乾が渡辺に確認した。
渡辺は乾の問いかけに大きく首を横に振り、その問いかけを打ち消すように話を続けた。
「いいえ、長官。」
「GPSや通信衛星の障害は今回の太陽フレアによる影響の始まりでしかありません。この影響は時間を追って それ以上の問題を引き起こす可能性があります。」
「通信衛星が大きな影響を受けますので、海外との通信が制限され、テレビなどの衛星中継も難しくなることでしょう。」
「気象衛星の運用も厳しくなり、天気予報にも影響が考えられます。」
「太陽フレアは磁気嵐といわれる 太陽からの強力な磁力線の変化が大きな影響を出すのですが、プロトン現象と呼ばれる地球の電離層への影響から 短波通信にも大きな影響を与えます。要するに海外との通信回線の多くが障害を受ける可能性が出てきます。海外との通信手段は直接つながっているケーブル頼みになると思います。インターネットなどの回線も同じです。」
「おいおい 海外との通信が障害を受けるとなったら 為替相場など大きな影響を受けるじゃないか! 経済が大変なこととなるぞ・・・」
財務大臣の黒屋にとってこの太陽フレアの発生が及ぼす経済的な混乱の可能性に気が付いたようで、大きな経済面での危機感を感じることとなった。
渡辺は、太陽フレアの発生が経済の混乱を招くかも知れないという黒屋の言葉を肯定も否定もすることもなく 説明を続けた。
「海外との通信に限らず 携帯電話などの通信システムにも影響が出ると思います。」
「そして、今日の夜、もしかすると 東京の空でも 極地でしか見ることのできないようなオーロラが見える可能性があります。もしも夜にオーロラが見える事態になったとしたら、それは恐ろしい事態の始まりの前兆となるかもしれません。」
「えっ 東京の空でオーロラが見えるのかね!」
石田が驚きの声を発した。
渡辺はオーロラという現象の先に予想される非常事態の話を続けた。
「レポートに記載しました第三項目の【停電の脅威】という点について説明したいと思います。」
「1859年に発生した『キャリントン・イベント』と名前が付けられた大規模な太陽フレアが発生し、アメリカのカリブ海地域やイギリス、フランス、地中海地域のイタリアなどでもオーロラが観測されたという記録があります。」
「日本でもこの1859年にはオーロラを観測したであろう記録が残されていますし、平安時代などの史記には「赤気」という言葉で京都でオーロラが見えたとう記録もあります。このオーロラの観測は日本にとっては悪夢の始まりになると私は考えています。」
「NASAは2016年に 大規模な太陽フレアが起きた時に考えられる地球への影響をまとめた予測レポートを発表しているのですが、大規模な太陽フレアの発生から二四時間から四八時間ほどすると、太陽のコロナからの大規模な質量放出の関係で 地上で誘導電流が発生する可能性を予測しています。」
「それは、太陽からの高エネルギーの荷電粒子が地上に流入することで 雷による放電現象と同じかそれ以上の過電流が地上に流れる現象が多くの場所で同時に発生することを予想しています。」
「高圧電線や発電所、変電所などで、大規模な送電網へのエネルギーの混流で電力系統の発火現象が起きる可能性があります。この事態によって 誘導電流が発生した場所では 大停電が引き起こされる懸念が広まります。」
「キャリントン・イベントの頃は まだ近代文明で電気社会が花開いた時期でしたが、使われ始めた電信などの機械の真空管が破裂したり、火を噴くという現象が多数発生しました。現代社会のように電気、電子機器が社会の中枢を動かし、その電気の利用で成り立っている社会では大きな混乱を引き起こすことが否定できません。」
「1989年に太陽フレアの発生で引き起こされたという カナダのケベック州周辺で発生した大停電では 修復時間に8時間以上の時間がかかったとの報告の記録があります。実はこの時の太陽嵐の規模はX17からX25クラスの規模の物でした。」
「電機、電子系統においても 雷に打たれたような瞬断の機器故障やEMP電磁パルスの発生のような状況となった時には テレビをはじめ、パソコン、冷蔵庫、洗濯機など多くの電子機器、電気製品が一瞬で故障する事も考えられます。自動車もマイコンチップの塊のようなものですから、多くの車が、走行不能になることでしょう。」
「2008年に全米科学アカデミーによる『激しい宇宙気象・その社会的・経済的影響の把握』という報告リポートが発表されていて、大規模な太陽フレアによる誘導電流の発生は 世界規模の停電被害をもたらす可能性があり、社会を大混乱に導くことが考えられると警告を発しています。工場での生産や物流などが止まってしまう中で、大型の変圧器の修理調達には年単位の修復時間がかかり、電力網の回復には数年を要することになるのではないかという恐ろしい様な想定もなされているのです。」
「今日観測された太陽フレアの規模はX62というとてつもない物で、人類の現代文明にとっては歴史上経験したことの無い規模の物なのです。」
「カナダで大停電を引き起こした 1989年の太陽フレアと比較すると、その規模は数百倍のパワーを持っていて、その影響がどこまで及ぶのか想像もできません。」
「変電所など事故の修理に向かおうとする 作業用の車両自体が運用ができなくなる事が考えられ、停電回復用の緊急物資の輸送から問題に直面する可能性も出てきます。」
「全国規模で大停電が発生した場合、作業員が停電の発生場所にたどり着くことができるか? あるいは物資を運ぶことができるのか、または修理用の機材が提供できるのか? といった多くの難問に直面することとなります。」
『停電』の可能性という渡辺の説明を耳にして、閣議に出席した者たちの頭の中によぎったのは、あの2011年3月11日の東日本大震災の発生によってもたらされた、原子力発電の大事故と暴走の悪夢だった。そしてそれによって引き起こされた計画停電という、日本が今まで経験したことのなかった電気社会の危うさと悪夢の出来事がよみがえっってきた。 2018年に北海道で発生した地震では北海道全体が数日にわたって停電し、「ブラックアウト」という言葉が広まり混乱したことも記憶に新しい出来事だった。
国民生活のみならず、経済面や日本の国防などにおいても大きな混乱を引き起こすであろうし、電気の無い生活の様子を想像することさえ難しい気がしてならないと会議参加者たちは声を失ったのだった。
「渡辺さん、この停電になる地域はどのあたりなのかね?」
自衛隊の長縄が沈黙を打ち破るように質問を発した。
長縄にとって、あの東日本大震災の経験は大きなトラウマでもあった。家々が津波で流されたとき迎えた電気の灯らない夜は 不気味なほど暗く、東北の冬の空に満天の星空が見えたことに驚いた記憶がよみがえったのを記録している。
「正直なところ この太陽フレアによって引き起こされる影響がどこまでの範囲で出てくるのか、今の状況では全くわかりません。 北極に近い北の地域であるほどその影響が強く出る可能性は高いのですが、今回の太陽フレアの規模ですと、日本のすべての地域で停電が引き起こされることも考えられます。逆に、想像するほどの被害は出ずに まったく何事もなかったように通り過ぎるかもしれませんし、発電所に近い、山奥の地域でのみの停電被害で終わってくれる場合もありますが、最悪の場合 世界の各地で同時進行的に大規模な停電が発生することもあり得ます。」
停電が引き起こす闇は、社会生活だけにとどまらず、医療や、救助体制、日本の経済全体に大きな影響が多方面に向けて及ぼされることとなるだろうことが考えられ、それは未曾有な災害となることが想像できるのだった。 これまで日本では地震や大規模な風水害が起こるたびに政府や関係者たちは「想定外」の事象の発生が起きたとして国民に説明することが多かったが、『太陽フレアの発生』という事態においてはまさに全く想定されることも無く、最悪の事態ばかりが浮かび上がってくることを感じなければならなかった。
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