赤い太陽

杉 薫田

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第4章

午前11時35分  (関東テレビ)

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 関東テレビの報道局部長の木村隆之は 午後から予定されていた編集の部長会議を前に ちょっと早い昼食をとっておこうと社員食堂に向かおうとしていた。関東テレビでは午前11時30分からの15分間のニュース番組が1日の番組編成の一つの区切りで、番組編成と昼前のニュース内容に目を通したことで木村の午前中の仕事もひと段落が付いたところだった。

 昼前のニュース番組の進行はプロデューサーの山田 保に託しておけば大きな問題が起きないだろうと確信し、午後12時からはお昼の人気ニュースバラエティーの「TOKYOお昼ですよ!」が控えていて、大きなニュースが飛び込まなければ 芸能ネタと政治情勢ネタ、街の話題などを組み合わせて 関東テレビで最も活躍しているMCの人気キャスター、矢代啓介の軽妙な語り口の中で2時間の番組が進行されて放送されることとなっていた。報道局のニュースの編成作業は 昼の時間を過ぎると夕方の5時から始まるニュース番組放送に向けての準備や編成会議が始まる午後3時までそれぞれの担当者が独自に動き回るはずだった。

 報道局には正午からのニュースバラエティー番組の「TOKYOお昼ですよ!」の番組打ち合わせを終えた番組デレクターの堀内正巳と番組アシスタントの女子アナウンサーの松井由美子がメイクを終えてニュース用の関連資料を受け取りに来たところだった。

「堀内君 今日はなにか特別な大きなニュースが入っているのかね?」
 木村は堀内に向けて いつもの番組前の挨拶のように今日の放送内容を確認した。

「今日のメインは 東京オリンピックの新国立競技場からの中継と、オリンピック委員会から手に入れた開会式の進行プログラム情報のスクープとなりそうです。」
 堀内は木村からの問いかけに応えると 放送開始までのカウントダウンをしながら 首にかけたストップウォッチを手にあわただしく報道局を出ていった。同じく報道局を出ようとしていた松井が目の前で鳴った内線の受話器を取った。

「木村次長 科学部の太田さんから電話です。急ぎの要件が有るようですよ・・・」 
 松井は科学部の太田義美から局内電話を取り次ぐと速足でスタジオに向けて駆けていった。

「科学部の太田から・・・? ニュースになるような大発見でもあったのか? それとも飲み会の誘いか・・・」 
 木村は科学部の太田からという電話にちょっと戸惑いながら 松井がデスクの上に無造作に置いて行った受話器を取り上げた。

 木村と太田は同期入社の間柄で、日頃はあまり付き合いはない畑違いの部所ではあったが、忘れた頃に突然に「情報交換をしよう!」とか「飲みにケーションは大切だから。」と言っては誘ってくる入社以来の気心の知れた仲だった。
 太田からの誘いの大半は ニュース番組の中で科学問題や医療分野のニュースをもっと取り入れろといった注文のような申し入れだったが、ニュース報道の中で医学や科学のニュースといえば医療事故でのニュースか、ノーベル賞での日本人科学者が受賞の候補者になっているといったニュースなど特別な素材が無いと特集を組むような事はほとんどなかった。ワイドショーなどでは日々の健康問題を特集する番組自体は意外な視聴率が期待できる事はあったが、科学的な話題となると女性達からはほとんどソッポを向かれてしまい、番組としての視聴率的な魅力は低い素材と言わなければいけなかった。唯一、科学関連の話題で盛り上がるのは10月頃に日本人のノーベル賞候補者の情報が入ると話題に盛り上がることはあったが、民放局で科学の話題を中心に番組造りをすることはほとんどなかった。

「木村か? ちょっと気になるニュースが飛び込んで来たもんでな・・・」
 太田の電話口から聞こえる口調は いつもとはちょっと違った緊張したような上ずったトーンで語り掛けてきた。

「なんだ、だれかノーベル賞でも受賞すると言った確約情報でも入ったのか? 」
 木村はジョークのつもりで太田の電話に応えたが、太田からの話の内容は意外なものだった。

「お前、『宇宙天気予報』って言葉聞いたことがあるか?」
 太田は木村に問いかけた。

「『宇宙天気予報』なんだそれ? 流れ星の見える予想でも出されているのか?」
 宇宙天気予報などと言う言葉を問いかけられても、聞くのは初めてで 木村にはピンとくる事はなかった。

「『宇宙天気予報』というのは太陽の活動を世界中の研究機関が観測して、放射線や地磁気という太陽から地球への影響を観測して伝えている情報なんだが、現代社会では飛行機などの運行やGPS衛星の運用などではかなり重要なものなんだよ。」
太田は宇宙天気予報の簡単な解説をした。

「実は この宇宙天気予報のホームページが11時くらいから世界中の観測地点で真っ赤に染まっているんだ。世界中の観測機関から一斉に警報アラームが出されている状況だ。」

「宇宙天気予報で 世界中から警報が出されるって どういう意味があるんだ? 太陽の影響で地球の気温が急上昇するとか、地震が引き起こされるとか、南極の氷が大量に溶けるとか、天変地異が起きるということなのか?」
 木村は大田に問いただした。

「10時20分頃に太陽で大規模な太陽フレアの爆発が起きたらしい。この影響がどんなものになるのか まだはっきりとはわからないが、大変な状況らしいぞ。」
「衛星通信が伝わりにくくなって世界中の通信事情が混乱し始め、テレビの画面にもノイズが発生したりといった報告がされ始めている。 衛星中継も多くの局で混乱が始まって繋がりにくい状況になり始めている。技術部はかなり混乱し始めている。」

「NHKの札幌放送局や仙台放送局では たびたび中継映像が乱れる現象も起き始めているらしく、NHKさんが得意な全国をつなぐNet中継が難しい状況となっているそうだ。」
太田はテレビマンらしく テレビ放送に出ている現象を中心に話を進めた。

「宇宙天気予報の警報って、テレビ局向けの情報なのか?」
 木村は事の重大さにまだ気が付くことはなく、太陽フレアの影響が通信状況の多少のノイズの増大程度の意識しか思い浮かばなかった。

 太田は自分の知っている宇宙天気予報についての話を木村に語り始めた。
「太陽フレアの影響が一番大きいのは航空業界だ。今の飛行機はその運行にGPSや衛星通信はなくてはならないものだから、太陽からもたらされるいろいろな電波障害で、GPS衛星の運用や通信衛星への障害が出ると航空機は目的地に向かう事ができなかったり、高度が高いと放射線の影響を受けて乗員や乗客が被ばくする可能性もあるそうだ。」
「宇宙天気予報で警報が出されると、北極や南極などの高緯度の場所を飛ぶことを避けて、影響の少ない赤道に近い地域に移動して飛行したり、太陽からの影響を避けるための回避行動対策を取ることが決められている。今頃、飛行機会社はピリピリしているはずだよ。 羽田空港や成田空港ではこの影響を受けて出発便には待機指令が出され始めているらしいから空の交通の乱れは大きなニュースになる。」

「聞いたところでは、GPSの受信状況も狂い始めているそうで、ちょっと前に取材から帰って来た奴が、車のカーナビが狂っているってぼやいていたよ。 日本中のカーナビが狂ったら結構、大騒ぎになるかもしれないぞ。まだ詳しい事はわからないが、どうも今日起きた太陽フレアは これまで観測された物と比較してかなり大規模なものらしいから・・・・」

 報道局のフロアへ「TOKYOお昼ですよ!」の番組プロデューサーの山田が飛び込んで来た。
「木村部長、都内が大変な事になっていますよ。 道路がどこも大渋滞で、環七、環八、山手通り、中央通り、青梅街道・・・ほとんどの道が動けないような状況になり始めています。 11時頃まではこんな渋滞はなかったんですが、この30分くらいで昼前になったら むちゃくちゃな道路状況になったみたいで。」

「GPSの不具合からカーナビがの影響しているのか?」
 木村の頭の中を 太田から聞いたばかりの太陽フレアの影響に対しての説明が頭をよぎった。

「太田、悪いけど一旦、電話切るわ。ひょっとしたら大変なことになるかもしれんから、情報をもっと収集してくれないか、たのむよ。」
 木村が太田からの電話を切った時、番組デレクターの堀内正巳が報道局に飛び込んで来た。

「山田チーフ、このあと予定していた大阪との衛星中継がつながりません。携帯も長距離がなぜか不通状態で駄目です。とりあえず 回線が確保できているヘリからの交通情報を中心に中継映像をメインにつなぎますので、よろしくお願いします!」
 堀内は用件を番組プロデューサーの山田に伝えると足早にフロアを出ていった。

「こりゃ 昼飯は抜きになりそうだな・・・」
 木村は これから大変なニュースに追われそうな予感に襲われ、12時から放送されるニュースワイドショーの「TOKYOお昼ですよ!」の放送されるDスタジオに向かった。

 12時の時報と共に始まった「TOKYOお昼ですよ!」の番組の冒頭では MCの矢代とアシスタントの松井が、東京都内の各地で昼前頃から大渋滞が発生している様子を各地の定点カメラ映像をつないで放送を始めていた。矢代の軽妙な語り口で 番組はいつもの放送と変わり無い明るい雰囲気の中で、ゲストとのタレント達との和気あいあいとした語り合いのムードを作りながら都内の異常ともいえる渋滞の様子が伝えられる映像を見て番組を進行していた。 

「松井ちゃん なんか今日の東京はあちらこちらで道路が大変なことになっているみたいだね?」
 矢代は 番組アシスタントの松井に語り掛けた。

「矢代さん、そうなんですよ、都内はどこも道路が大渋滞になっていて、動かない車の中で カーナビのテレビ画面で放送を見てる人も多いかもしれませんね。」
 松井は率直に矢代の問いかけに返した。

「松井ちゃん、だめだよ 運転しながらテレビを見たりしたら、ながら運転は危険だよ! 音声だけでこの番組の様子を感じてほしいよね、ヘリコプターからの中継はつながっている?」

「取材ヘリの真下クン、聞こえていますか? 道路の状況は上空から見てどうですか?」
 矢代はヘリコプターに搭乗しているレポーターの真下に語りかけた。

「矢代さん、聞こえていますか? ちょっと電波の状態が良くない様ですが、ヘリの中から見る都内の道路はどこも大渋滞で大変なことになっていますよ。」
「こんな道路状態はあまり見たことがありません。首都高速の都心環状線は車の流れが停まっているように見えます。皇居周辺の内堀通り、外堀通り、日比谷通り、中央区の昭和通り、新大橋通り、海岸通りなど中央区、千代田区、港区の都心の主要な道路は多くの車があふれて 動いている様子がありません。」
「いったい何が原因でしょうね?」
 ヘリコプターから見ても都内の大渋滞の原因が分からないほど、眼下には異常な街の様子が見えていた。

「真下クン 大きな事故が原因での渋滞ではないのですか?」
 矢代は多くの渋滞原因となる自動車事故について聞いた。

「上から見る限りは大きな交通事故が起きている様子は見られません。パトカーや救急車が集まっている場所もあまりありません。自然渋滞のようですが・・・。」
「これから渋谷区方面に向かってみたいと思いますが、山手通りや、環7なども同じような大渋滞になっているという情報が伝えられています。」
「今、警視庁から入った情報ですと11時50分現在、警視庁に連絡が入ったところだと 都内で250件以上の交通事故が発生しているとのことですが、大きな事故ではなくて、どれも小さなトラブルの様です。」

 真下がヘリから映した渋滞の映像と共に 警視庁からの情報を伝えた。 皇居周辺を走る都内で最も広い内堀通りの4車線道路も上下線ともに車で埋まり、ほとんど動きが見られないような状況に見えた。銀座方面に向かう晴海通りや日比谷通りなども大渋滞となっていて、ヘリから映し出された映像は幹線道路から路地に入る細い道でも車があふれて身動き一つできないような様子を伝えていた。

番組のゲストコメンターたちも伝えられる映像を目にして、この大渋滞の発生に疑問をぶつけるのが精いっぱいだった。

「いったいどうしてこんなに渋滞し始めたのでしょうね。朝方は普通だったと思うのですが、お昼のレストランでも探してわき見運転でもしてるんでしょうか?」
 矢代は冗談のような憶測を元に 都内での大渋滞の理由を推察して隣の松井に笑いかけた。

「本当に何か原因があるのでしょうかねえ。都内がこんなに渋滞する景色なんて最近見たことが無いですよね・・・私もいつも車を運転するのですが、こんな渋滞は経験したことはないですよ。」
 松井も首を傾けながら矢代の問いかけに言葉を返した。

「真下クン 事故が発生しているような状況を確認することができますか?」
 矢代は改めてヘリコプターのレポーターの真下に問いかけた。 

 中継のヘリコプターは都心から郊外の方にカメラを向けて交通情報を伝えようとした。都心の上空には他社のテレビ局もこの異様な交通状況を放送しようと数機の中継ヘリが旋回している様子も見ることができた。警察のヘリも近くを数機が飛んでいて都心の上空にも渋滞が発生するのではないかという状況となろうとしていた。

 関東テレビのヘリコプターが機体の方向を渋谷方面に向けようとしたとき マスコミのヘリとは見た目も違う高速ヘリ2機が永田町の首相官邸の方向に向けて着陸しようとしているのが確認できた。それから2分もしない中で、自衛隊のヘリコプターと思われる2機の編隊も首相官邸に続いて着陸していく様子が見えた。 中継ヘリコプターの真下は同乗していたカメラマンにカメラを首相官邸方面に向けるように指示し、首相官邸に乗り入れようとする黒塗りの政府関係者と思われる数台の車の動きを察知した。

 番組がヘリコプターからの中継と都内の大渋滞情報を中心にして話題を盛り上げているところに デレクターの堀内からアシスタントの松井のもとにニュースの原稿が届けられた。

「今、入ったニュースなのですが、12時30分から緊急閣議が召集されることとなったそうです。緊急閣議召集の議題内容は まだ明らかにはされていませんが、なにか大きな緊急事態が発生した様子です?」
 松井は走り書きされた 緊急閣議召集のニュースだけを伝えた。

「緊急閣議の召集ですか? この都内の大渋滞も何か関係しているのかも知れませんね。まだ、その内容や理由はわかりませんが、なにか緊急事態が起こったようです。このニュースは情報が入り次第お伝えしたいと思います。今のところ大きな事件や政府の詳しい動きの状況は伝えられてはいません。」
 MCの矢代は戸惑いながら番組を進行した。

 スタジオ編集室から番組の様子を見ていた木村は太田から聞いた 太陽フレアの発生がこの緊急閣議の召集に関連があるのは間違いないと感じ始めていたが、確信が持てない中で、番組MCの矢代と松井、プロデューサーの山田に伝えるにはまだ時期尚早であろうと心にとどめる事とした。
 木村はあらためて 科学部の太田と連絡を取ることとし、報道局にいた部下たちに資料集めの指示をだした。

「みんなすまないが 昼休みを少し遅らせて、調べてもらいたいことができた。インターネット情報でも資料室の情報でもいいから、手分けして『太陽フレア』という太陽の現象と 関連情報を大至急収集してくれ!」
「それと 宇宙関連の学術関係者でコメンテーターとしてゲストに呼ぶことのできそうな人選を進めてくれないか、これから各局ともに科学者の引っ張り合いになりそうだから・・・」
「防災関連でいつも呼んでいる関係者で連絡の取れそうなゲストにもコンタクトしてくれ、2~3時間で呼び込めるといいのだけれど・・・」


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