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8話『三男 メノ・エンリアとの邂逅』

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 レナードの授業を受け始めて今日で三日目になる。


 内容は特に変わらないが、レナードの教え方が上手いおかげか少しずつだが自覚するくらいには成長できている気がする。

 日に日に付与術の詠唱も短くすることが可能になってきた。

 「まだまだ詠唱していますよ! 無詠唱に一番必要なのは――」

 「集中力でしょ! わかってるって!」

 何万回と聞かされたその言葉に食い気味に答えると、レナードは少し頬を膨らませた。

 「アルト様のためのアドバイスですよ!?」

 「そ、それは分かってるけど! 言われたからって簡単に出来る問題でもないでしょ?」

 集中力は精神的な問題である。
 なんて言い訳したところで、三日経っても無詠唱で発動出来ないのもまた事実。

 ――才能がないんだろうか。

 自分では集中しているつもりでも、ここまで来ると知能が多分追いついていないのかもしれない。
 学生時代に引きこもっていた弊害がここに来て現れたか……。



 そして日は落ち始めた夕方。
 その瞬間は突然にやってきた――、


「――《魔力付与エンチャント》ッ!」

「はい、いい感じに私の魔力が増加させることができましたね!」

 一言。一言にまで詠唱を縮めることができるようになった。
 これでも俺にとってはかなりの成長だと思っている。

 だが、レナードは言う。

 一言の詠唱から無詠唱にすること。最難関はここからだと。

「じゃあもう一度やってみてください!」

「分かった」

 俺がレナードに二度目の《魔力付与エンチャント》を発動しようとしたところだった。


 少し離れたところから聞こえてきたのは掠れた低い声。


「――んなところで何してんだァ?」


 突然屋敷の方から荒い口調で現れたのは一人の男、とその後ろにはレナードのような大人な女性が一人、付いて歩いている。

 男は何かイライラしているらしい、
 こちらを睨みながら、両手をズボンのポケットに入れながら現れた。金色の髪も相まって、ヤンキーみたいに見えてしまう。いや、断言しよう。あれは絶対ヤンキーだ。


 後ろに立つ女性は男とは正反対の雰囲気を醸し出している。
 無駄なことを喋ることなく、特に男の口調を咎めるわけでもなく。静かにこちらを見ている。


「……レナード、あれどっち?」

「あちらは三男のメノ様です」

 耳元でレナードが小さな声で教えてくれた。
 聞かれたら厄介そうな性格してるし、距離が縮まる前に必要最低限な会話は済ませておこう。


「あー、あれが」

 そんな会話を交わしている間に、メノは俺の目の前まで来た。

 俺はエンリア家の四男らしい。
 つまりメノは俺の一つ上の兄だ。

 この三男のメノがいるということは、一緒に行動していたというもう一人の兄、次男のネクアもこの家に帰ってきているはずだけど。

 広い庭から見渡すが、姿はどこにも見当たらない。

 まだ帰ってきていないのか。あるいは久々に会うアルトに興味無いと言わんばかりに、顔すら出さず部屋に戻ったのか。

 こちらとしても、決して会いたいわけではないけど。

「お久しぶりですね、メノ、兄さん?」

「なぁんだァ? その気持ち悪ぃ呼び方はよォ」

「あー、記憶消えたみたいなんですよ。僕、なんて呼んでましたっけ?」

「てめェ俺んこと、分かってて煽ってやがんのかァ? 記憶かま消えたのは知ってるが、喋り方や敬意は忘れんじゃねェぞこの落ちこぼれがよォ」

「すみません、元々敬意を持っていたかまでは定かじゃないんです……」

「てめェぶッ潰されてェのか!」

 ――理由は分からないが、何か怒らせることを言ったらしい。

 突然メノが俺の襟元に掴みかかってきた。

「す、すみませんメノ様! アルト様は少し記憶喪失の影響で少し言動がおかしいんです! 私が許嫁だということも忘れてるんですよ!? メノ様もおかしいと思いますよね!?」

 さすがに喧嘩が勃発しても困るとレナードも焦ったのか、俺とメノの間に入りこの場を落ち着かせようとした。


「落ちこぼれの弟子の師匠も落ちこぼれってかァ? だりィ、行くぞシーナ。んな奴ら相手してるだけ無駄だ」

 落ち着いたと言うより、呆れられたようだ。
 踵を返すメノを俺は少しからかってみた。

「もうお戻りになるんですか? てっきり僕の練習に付き合ってくれるのかと。まぁメノ兄さんは忙しいですもんね、仕方ありません……」

「――あァ?」

 実力試しがしたい。それが本音である。

 正直そろそろ知りたい。自分の限界とやらを。

「てめェ、なんか勘違いしてんのか、アァ? 父上から聞いたけどよ、洞窟でおもしれぇを得たのかァ知らねぇが、所詮は付与術なんて底辺職業の延長線でしかねェゴミがよ、俺の相手が務まるってかァ?」

「まぁ否定はしませんけど……でも、メノ兄さんも気になるでしょ? ――その、ってやつ」

「はッ、しょうもねェ。言ったはずだァ、何かを得たところで付与術なんてゴミの延長線だって事をよォ」

 突っかかりにくい性格だと思っていたが、結構話せば通じるタイプのようにも感じる。

 メノの言いたいことは俺も理解している。

 この世界は実力主義ならぬ、職業主義の世界らしい。産まれた時からその人間の《天職ギフテッド・ワークス》は決まっていて、その道から外れることも、そこから落ちることもない。

 だから付与術師である俺の限界は、付与術師の中に収まるということだ。

 つまり魔法士という努力次第で最強になれる職業とは、努力でも才能でも縮まらない雲泥の差があるということ。


 ――だから付与術師の俺は、エリート家系の魔法士であるメノには勝てないという、分かり切った答えが明らかに存在している。

「まぁ、弟のお願いですよ。少し僕の勉学を手伝ってください」


 ――ただ、メノは知らない。
 俺はメノの知るアルトではない。

 ――まだ、この世界は知らない。
 俺が他の職業の力を同時に得ていることを。


「そうだなァ、一つ条件を飲むってンならァ、その挑発を受けてやらんでもねェよ」

「条件ですか? 僕にできることなら何でもやります、やらさせてください!」

「てかまずその気持ち悪ィテンションをやめろ。別人みてェで癪に障んだよ」

「あ、そんな簡単な条件でいいんですか?」

「違ェよ、アホかおめェは。条件は俺様に負けたら魔法学校には入学すんじゃねェってことだよ。お前の頭で理解したかァ? それが呑めるってんならァ相手してやるよ」

 中々な条件、いやかなりリスクの高い提案に、さすがの俺も言葉に詰まる。
 実力試しがしたいからなんて気持ちで、この条件を呑んで受けるなんて正直かなりの馬鹿だろう。

 あくまで試したいだけで、勝てる見込みなんてないし、メノはこんなヤンキーみたいな見た目と話し方でも、エンリア家ってだけでもきっとエリートに違いない。

 負ける前提の俺にとっては、リスクなんてどころの話でもない。

「なんだァ? さすがのテンションも消え失せたみたいだなァ!」

「それだったら僕も条件出していいですか?」

「なんで挑戦者のおめェが条件出すんだよ」

「お願いします! お願いします!」


「アルト様の教師でる私からもお願いします!」と横からレナードも俺と一緒に頭を下げた。

 そしたらメノは思いのほか簡単に承諾してくれた。


 メノは押しに弱いらしい。
 この情報だけで今日の収穫はあったと言ってもいいくらいかもしれない。

「ちッ。アルト、てめェの条件ってなんだよ。つまんねェならマジぶッ潰すぞ」

「えー、面白くないとは思いますよ、さすがに」

「うるせェ、早く言えや」

「じゃあ条件を言いますね――もし僕がメノ兄さんに勝ったら、僕は魔法学校に入学する時この家を出て一人暮らしするので、一緒に直談判しに行ってください、父上のところに」

「なッ! なんだその条件はよォ! 家を出るってお前がかァ!? そもそも魔法学校に入学できる前提ってか……面白ェ、乗ってやるよ」

「な! それは私も反対します!」

 クハハ、と悪魔のような悪い笑い声を語尾につけるメノ。
 うん、似合っている。もはや悪役である。

 俺の背後でメノと同じように驚いているレナードの言葉は無視しておこう。
 話したら長くなりそう気がした。


「そもそもてめぇは俺に勝てねェよ。つまんねぇ志は優しい兄がへし折ってやらんとなァ?」

 まぁ喧嘩を売った本人である俺も勝てるとは到底思ってない。
 薄々気付いてはいたが、レナードとは違う魔力の揺らぎのようなものを感じる。

 少しネバネバしたような。濃い魔力だ。

 三日間のレナードの授業で、魔法士のこともいくつか聞いた。

 魔法士たちにもそれぞれ種類があり、この世界にある《天職ギフテッド・ワークス》の中でも才能の差が顕著に出やすい職業だと言う。

 ――この世界の人間の三割が魔法士だと言われているらしいが、魔法自体に自由性があるせいで差が見えるのだろう。


 だがエンリア家はその中でも異様だという。
 何が異様なのかまでは話が長すぎてレナードの話を途中から半居眠り状態で聞いていなかったけど。

「じゃあ、まぁ、やりますか」

 負ける気はするが、負けるつもりはない。
 そんな心意気で挑む初の対人戦。モンスターとの戦いと、レナードの授業で得た知識をぶつける絶好の敵だ。


 ――自分の実力を、まずここでハッキリさせるとしよう。
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