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6話『アルトの父親』
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俺はレナードという女性に案内されるまま森を抜け、とある屋敷へと来ていた。
隠すことを諦めた俺の移動手段は名前をつけた五匹の中で一番俊敏なあじさいの背中に乗ることだった。
あじさいが早いのは想像通りだったが、その速度にこの女は生身で付いてきていた。
身体能力を上げる、的な魔法でも使えるのだろうか?
とはいえ、およそ時速五十キロくらいの速度で走るモンスターの横を並走できる女はやはり異常だと思う。
なんなんだ、こいつは。
そういえばあの森の中でも確か木の上から現れていた気が……。
「その子すごく早いですね! ですが、旦那様がペットを許してくれるかはわかりませんよ?」
「あはは、この子は別にペットじゃないですよ」
屋敷に到着するや否や、息切れする様子もない化け物のレナードがそんなことを言ってきた。
ペットにしては大きいし、姿形は仮にもレッドウルフのはずだ。ネアのような冒険をせずに家庭教師をしているから、レッドウルフの存在自体知らないんだろうか。
なら尚更、平然と俺が覚醒させたレッドウルフの中でも早い個体で、尚且つフルスピードのあじさいに並走するレナードが怖くなってきた。
ほんと、なんなんだこいつは……。
「アルト様! 私に敬語なんて不要です! それと一応旦那様には私から記憶喪失だということをお伝えしますが、私にはいつも通り接してくださいね!?」
「あぁ、うん、わかったよ」
「そこは、わかったぜハニー、だったじゃないですか!」
なんなんだ、こいつは。
こういうテンションが高い子は昔から苦手だった。扱いに困るというか、そもそもレナードが好きなのは俺ではなく、アルトのことだろうしな。
言っても聞かなそうなレナードを無視して屋敷の玄関らしき場所へと向かった。
さすが魔法使いのエリート家系というべきか。
立派な門を抜けると、見えてきたのはアニメで出てくるような大きな屋敷。奥には広大な庭まで見えた。
目を凝らすと、この屋敷を取り囲む塀から庭や屋根の隅々にまで、エラファスが使っていたような防御魔法の光が微かに見える。
「では、入りましょうかアルト様」
「あ、うん」
中に入るとメイド服を着た人たちが俺を出迎えた。
ざっと十人くらいだろうか。
「うわぁ……すごい……」
なんかメイド喫茶みたいだ。
行ったことないけど、俺の頭はメイド喫茶をこんな感じだと想像している。
「旦那様はあちらの部屋でお待ちです」
広い廊下を抜け、案内されたのは玄関から真っ直ぐ歩いて突き当たりにある一番奥の部屋だった。
屋敷の玄関の扉も大きかったが、屋敷内の部屋の扉も随分大きい。
ここには巨人でも住んでんのか、と思ったくらいに。
こんな豪邸に住めるほどの財力と権力、俺以外の息子も何人かいるとネアから聞いた。
しかも俺が以外の子供は立派な魔法士らしい……
あっちの世界を嫌でも彷彿とさせるほど、アルトと俺の境遇は同じらしい。
「旦那様、失礼します」
正直気持ちは重たい。
そのせいで足がこの部屋の前に来て、鉛のように動かなくなってしまった。
この感覚が昔の記憶を蘇らせてくる。
俺もあっちの世界で厳格な父親を持っていたからよく分かる。
もしかしたらアルトもこの家から逃げ出して、あの洞窟に行ってしまったんだろうか。
似た境遇のせいで、勝手な憶測を立ててしまった。
「入れ」
扉の奥から低い声が響いた。
嫌な思い出が次々と思い浮かんでくる。
「アルト様? どうしました?」
「ちょっと、待ってね」
この人は俺の父親じゃない。
そう言い聞かせて、俺は大きい扉を開けた。
「失礼します」
中に入ると真っ先に目に入ってきたのは本棚だった。
壁を埋め尽くすように置かれた本棚には、一つ一つがかなり太い。しかもそんな本がびっしりと隙間がないように詰め込まれている。
中央には机と、奥を向いた椅子が置いてある。
父よりも先に、壁に掛けられたモンスターの頭部の剥製?的な物と目が合った。
何のモンスターかは分からないが、レッドウルフのような狼みたいな顔に、鹿のような角が生えている。
なんだろうこれ。
なんか、カッコイイ。
「三日ほどお前が居なくなり、みな心配していたぞ」
椅子が回転し、死角から現れたのは白髪で目付きの悪いおじさんだった。
右目には引っかき傷のようなものが縦に二本ついている。第一印象は海賊に近い。
――名はシグル・エンリア。この人がアルトの父親だ。
「あ、はい。少し道に迷ってしまって……気が付いたら……」
「グランディアの森深くの洞窟前で発見しました。どうやらアルト様は記憶を無くされたそうです。なのでご説明は私から!」
「お前には聞いてない。アルト、お前の口で続きを話せ」
「は、はい……」
アルトの父親は、俺の父親と性格がよく似ていた。
話し方も、声色も、補足しようと入ってくれたレナードのあしらい方も。
ずっと俺の味方だった母が、味方になってくれなくなったのは、俺の味方をした者に対して父親が攻撃的になるからだ。
ずっとテンションの高いレナードが部屋に入る前からテンションが低かったのはこれが理由だろうな。
俺の専属家庭教師と言うだけあって、常にレナードに対してアルトの父親は当たりが強いんだと思う。
「そういえば、お前が先程乗っていた獣……あれはレッドウルフか?」
「えっ……な、なんのことでしょうか?」
どこからかは分からないが、見られていたらしい。
「隠すべきだと判断した――そう、受け取っていいのか?」
「い、いえ……その、僕にも分からないですが、使役できる魔法が使えるみたいです」
「みたい? 不思議なことを言う息子だな。――そもそも、グランディアの森自体地面の八割は死の沼と言われている危険区域だ。魔法も使えないお前がどうやって洞窟まで行けたんだ?」
いや、と付け加え、父親の目付きは鋭くなった。
「仮に行く手段があったとして、何故そこへ行く必要があった?」
そうだ。俺が目覚めて最初に疑問に感じたことでもあった。
なぜアルトがこんな洞窟の奥で。しかも森の中の、入ったら終わりだと言われる泥に囲まれた洞窟だ。
「すみません、何も覚えていなくて……」
「まぁいい。理由はレストに調査させている」
レストは俺の一番上の兄。いわば長男の名前だろう。
この部屋に来る前に、兄弟の名前くらいは、とレナードから予習を受けておいた。
「記憶を失ったとはいえ、生きて帰ってこれただけで不幸中の幸いと言えるだろう。――入学試験までそう遠くない。また明日から付与術師の訓練に励みたまえ、アルトよ」
「は、はい。頑張りま……入学試験?」
俺の疑問に答えたのはレナードだ。
「魔法学校の入学試験ですよ、アルト様。ネアさんが卒業された学校です」
「俺が入れるの?」
「そ、それが私の役目ですので!」
前途多難だ。
洞窟の脱出が第一歩だと思っていたが、この世界というよりもアルトの人生自体がハードらしい。
父の部屋を後にし、俺はそのまま自分の部屋へと案内された。
そこそこ大きくて綺麗だが、机とベッドしかない殺風景な部屋だった。
窓はあるが、外は木ばかりで特に何も無い。
屋敷に着いた時から思っていたが、周りに家らしい家はなかった。
「とりあえず一日目からベッドがあるだけ全然マシか……」
案内してくれたレナードが帰ったあと。一人になった部屋のベッドに倒れ込んで俺はそう呟いた。
洞窟から脱出、あるいはレナードに見つけてもらわなかったら、なんて想像するだけで怖い。
仮にあの場にネアすらいなかったら……多分俺は洞窟の中で一人死んでいた、と思う。
とはいえ、結果的に良かったと思う。
安心したせいか、眠くなってきた。
外はまだ明るいが、俺は少し早めの眠りについた。
隠すことを諦めた俺の移動手段は名前をつけた五匹の中で一番俊敏なあじさいの背中に乗ることだった。
あじさいが早いのは想像通りだったが、その速度にこの女は生身で付いてきていた。
身体能力を上げる、的な魔法でも使えるのだろうか?
とはいえ、およそ時速五十キロくらいの速度で走るモンスターの横を並走できる女はやはり異常だと思う。
なんなんだ、こいつは。
そういえばあの森の中でも確か木の上から現れていた気が……。
「その子すごく早いですね! ですが、旦那様がペットを許してくれるかはわかりませんよ?」
「あはは、この子は別にペットじゃないですよ」
屋敷に到着するや否や、息切れする様子もない化け物のレナードがそんなことを言ってきた。
ペットにしては大きいし、姿形は仮にもレッドウルフのはずだ。ネアのような冒険をせずに家庭教師をしているから、レッドウルフの存在自体知らないんだろうか。
なら尚更、平然と俺が覚醒させたレッドウルフの中でも早い個体で、尚且つフルスピードのあじさいに並走するレナードが怖くなってきた。
ほんと、なんなんだこいつは……。
「アルト様! 私に敬語なんて不要です! それと一応旦那様には私から記憶喪失だということをお伝えしますが、私にはいつも通り接してくださいね!?」
「あぁ、うん、わかったよ」
「そこは、わかったぜハニー、だったじゃないですか!」
なんなんだ、こいつは。
こういうテンションが高い子は昔から苦手だった。扱いに困るというか、そもそもレナードが好きなのは俺ではなく、アルトのことだろうしな。
言っても聞かなそうなレナードを無視して屋敷の玄関らしき場所へと向かった。
さすが魔法使いのエリート家系というべきか。
立派な門を抜けると、見えてきたのはアニメで出てくるような大きな屋敷。奥には広大な庭まで見えた。
目を凝らすと、この屋敷を取り囲む塀から庭や屋根の隅々にまで、エラファスが使っていたような防御魔法の光が微かに見える。
「では、入りましょうかアルト様」
「あ、うん」
中に入るとメイド服を着た人たちが俺を出迎えた。
ざっと十人くらいだろうか。
「うわぁ……すごい……」
なんかメイド喫茶みたいだ。
行ったことないけど、俺の頭はメイド喫茶をこんな感じだと想像している。
「旦那様はあちらの部屋でお待ちです」
広い廊下を抜け、案内されたのは玄関から真っ直ぐ歩いて突き当たりにある一番奥の部屋だった。
屋敷の玄関の扉も大きかったが、屋敷内の部屋の扉も随分大きい。
ここには巨人でも住んでんのか、と思ったくらいに。
こんな豪邸に住めるほどの財力と権力、俺以外の息子も何人かいるとネアから聞いた。
しかも俺が以外の子供は立派な魔法士らしい……
あっちの世界を嫌でも彷彿とさせるほど、アルトと俺の境遇は同じらしい。
「旦那様、失礼します」
正直気持ちは重たい。
そのせいで足がこの部屋の前に来て、鉛のように動かなくなってしまった。
この感覚が昔の記憶を蘇らせてくる。
俺もあっちの世界で厳格な父親を持っていたからよく分かる。
もしかしたらアルトもこの家から逃げ出して、あの洞窟に行ってしまったんだろうか。
似た境遇のせいで、勝手な憶測を立ててしまった。
「入れ」
扉の奥から低い声が響いた。
嫌な思い出が次々と思い浮かんでくる。
「アルト様? どうしました?」
「ちょっと、待ってね」
この人は俺の父親じゃない。
そう言い聞かせて、俺は大きい扉を開けた。
「失礼します」
中に入ると真っ先に目に入ってきたのは本棚だった。
壁を埋め尽くすように置かれた本棚には、一つ一つがかなり太い。しかもそんな本がびっしりと隙間がないように詰め込まれている。
中央には机と、奥を向いた椅子が置いてある。
父よりも先に、壁に掛けられたモンスターの頭部の剥製?的な物と目が合った。
何のモンスターかは分からないが、レッドウルフのような狼みたいな顔に、鹿のような角が生えている。
なんだろうこれ。
なんか、カッコイイ。
「三日ほどお前が居なくなり、みな心配していたぞ」
椅子が回転し、死角から現れたのは白髪で目付きの悪いおじさんだった。
右目には引っかき傷のようなものが縦に二本ついている。第一印象は海賊に近い。
――名はシグル・エンリア。この人がアルトの父親だ。
「あ、はい。少し道に迷ってしまって……気が付いたら……」
「グランディアの森深くの洞窟前で発見しました。どうやらアルト様は記憶を無くされたそうです。なのでご説明は私から!」
「お前には聞いてない。アルト、お前の口で続きを話せ」
「は、はい……」
アルトの父親は、俺の父親と性格がよく似ていた。
話し方も、声色も、補足しようと入ってくれたレナードのあしらい方も。
ずっと俺の味方だった母が、味方になってくれなくなったのは、俺の味方をした者に対して父親が攻撃的になるからだ。
ずっとテンションの高いレナードが部屋に入る前からテンションが低かったのはこれが理由だろうな。
俺の専属家庭教師と言うだけあって、常にレナードに対してアルトの父親は当たりが強いんだと思う。
「そういえば、お前が先程乗っていた獣……あれはレッドウルフか?」
「えっ……な、なんのことでしょうか?」
どこからかは分からないが、見られていたらしい。
「隠すべきだと判断した――そう、受け取っていいのか?」
「い、いえ……その、僕にも分からないですが、使役できる魔法が使えるみたいです」
「みたい? 不思議なことを言う息子だな。――そもそも、グランディアの森自体地面の八割は死の沼と言われている危険区域だ。魔法も使えないお前がどうやって洞窟まで行けたんだ?」
いや、と付け加え、父親の目付きは鋭くなった。
「仮に行く手段があったとして、何故そこへ行く必要があった?」
そうだ。俺が目覚めて最初に疑問に感じたことでもあった。
なぜアルトがこんな洞窟の奥で。しかも森の中の、入ったら終わりだと言われる泥に囲まれた洞窟だ。
「すみません、何も覚えていなくて……」
「まぁいい。理由はレストに調査させている」
レストは俺の一番上の兄。いわば長男の名前だろう。
この部屋に来る前に、兄弟の名前くらいは、とレナードから予習を受けておいた。
「記憶を失ったとはいえ、生きて帰ってこれただけで不幸中の幸いと言えるだろう。――入学試験までそう遠くない。また明日から付与術師の訓練に励みたまえ、アルトよ」
「は、はい。頑張りま……入学試験?」
俺の疑問に答えたのはレナードだ。
「魔法学校の入学試験ですよ、アルト様。ネアさんが卒業された学校です」
「俺が入れるの?」
「そ、それが私の役目ですので!」
前途多難だ。
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父の部屋を後にし、俺はそのまま自分の部屋へと案内された。
そこそこ大きくて綺麗だが、机とベッドしかない殺風景な部屋だった。
窓はあるが、外は木ばかりで特に何も無い。
屋敷に着いた時から思っていたが、周りに家らしい家はなかった。
「とりあえず一日目からベッドがあるだけ全然マシか……」
案内してくれたレナードが帰ったあと。一人になった部屋のベッドに倒れ込んで俺はそう呟いた。
洞窟から脱出、あるいはレナードに見つけてもらわなかったら、なんて想像するだけで怖い。
仮にあの場にネアすらいなかったら……多分俺は洞窟の中で一人死んでいた、と思う。
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