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第五章 オレンジ色の夕陽がやけに眩しかった

第30話 うわぁぁぁ~、やらかしたぁぁぁ~!

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 東京都を構成している二十三区、その西部に位置する新宿区の神楽坂、そこは、古き物と新しき物が混交し、さらに、和的なものと仏的なものが和洋折衷している、落ち着いた雰囲気の街である。実際、神楽坂には、日本料理店と同様に、フレンチ・レストランも数多く存在している。
 神楽坂は、飯田橋方面からも、早稲田方面からも上り坂になっていて、まるで二辺の坂によって成る三角形のような形を成していて、その三角形の頂点辺りに〈毘沙門天〉がある。
 そして、その毘沙門天の近く、早稲田寄りの坂の上の方に仁海の家は位置している。

 その坂の上に在る部屋の窓から差し込んできたオレンジ色の光の帯が、仁海の瞼の上に差し掛かって来た。
 その陽光の眩しさのせいで、仁海は目を覚ましたのであった。

 前夜、時計の針が天辺を越える直前に、大洗から神楽坂に戻ってきた仁海は、カーテンを閉じず、寝間着に着替えもせずに、外出着のままベッドに倒れ込むように、眠ってしまったらしい。
 瞼を擦りながら、部屋の壁を飾っているアナログ時計に視線をやると、時計の針は五時を指し示していた。

 習慣というものはおそろしい。
 週末、大洗の釣具店を開店するために、仁海は五時起きをしてきた。身体がそれを覚えてしまっているのか、東京の神楽坂の家に戻ってきていて、大洗の釣具店を開ける必要はないというのに、この日もまた、仁海は五時起きしてしまったのである。

 眩しいオレンジ色の陽光か……。
 いわゆる〈ゴールデン・アワー〉という時間帯だ。
 これは、太陽が地平線のプラス六度からゼロ度という低い位置にあって、空が全体的にオレンジ色に染まっている時間帯の事をいう。ざっくり言うと、日の出の後、あるいは、日の入の前の四十分間が、この〈黄金時間〉に当たるのだ。釣り的に言うと、いわゆる〈まずめ〉の時間帯である。
 太陽が地平線の近くにあればあるほど、陽光の色は、濃い赤い色となるので、そこまでの濃い赤ではないので、今は、日が出てから、少し時間が経っているのかもしれない。

 えっ、ちょっと待って!
 なんかおかしくない?

 十月八日から十日までの三日間、仁海は、店を開けた後、SNSで大洗の日の出と日の入の時刻のツイートを繰り返してきた。
 だから、店のシャッターを開けて、大きく背伸びをしながら空を見上げた実体験と、数字を入力した事によって、仁海は、日の出の時間帯を、はっきりと覚えていたのである。
 八日から十日にかけての、大洗の日の出の時刻は五時三十八分から四十分、日の入りは五時十二分から九分であった。
 茨城と東京の位置的な違いはあれども、そこに五分も差はないはずだ。
 つまり、日の出のゴールデン・アワーは、五時四〇分分頃から六時過ぎのはずなのだ。実際、六時に店を開けていた仁海は、その身で、大洗の朝日を浴びていた。
 この時期の朝の五時ならば、未だ日の出前で、空が夜から朝へと移り変わってゆく、いわゆる〈ブルー・アワー〉の時間帯のはずなのだ。
 
 ブルー・アワーとは、時間で言うと、夜明け前や日没後の四十分間が、その時間帯に相当し、太陽が地平線よりも低い、マイナス六度から〇度の位置にある状況である。
 この時間帯は、未だ光が弱いので、空の色は、青味ががっていたり、紫ががっているので、この名で呼ばれているのだ。このブルー・アワーを過ぎ、太陽が地平近くになると、空は薄桜色や赤味がかってきて、その後、オレンジ色のゴールデン・アワーに移り変わってゆくのだ。

 この日の出前後の、ブルー・アワーからゴールデン・アワー、あるいは、日の入前後のゴールデン・アワーからブルー・アワーへの、青からオレンジ、オレンジから青色への空の色彩の変化の時間帯は〈マジック・アワー〉と呼ばれている。

 開店や閉店前後の〈まずめ〉の時間帯、シャッターの上げ下ろしをする際に、店の外に出て、見上げた空の色の変化が本当に綺麗だったので、このような空の移ろいを何と呼ぶのか知りたくなった仁海は、仕事の合間にマジックアワーについて調べたばかりだったので、仁海は、日の出・日の入前後の空の色に少し詳しくなっていたのだ。
 それゆえに、仁海は、違和感を覚えたのである。

 この時期の朝の五時ならば、日の出が五時四〇分なので、ブルー・アワーのはずだ。実際、昨日も、一昨日も、その前の日も、大洗の空は青かった。
 にもかかわらず、今日の東京の空はオレンジ色なのだ。

 ま、まさかっ!

 テレビのリモコンのスイッチを入れた後で、数瞬後、画面に映像が映し出された後で、仁海は、次々にチャンネルを入れ替えていった。
 しかし、そこに映し出されたのは、例えば、「めざましテレビ」のような朝のニュース番組ではなく、「スーパーJチャンネル」や「5時に夢中!」のような夕方の番組であった。

 仁海は、思わず、両手で頭を抱えてしまった。

 昨夜遅く、大洗から神楽坂の家に戻ってから、そのまま、ベッドに突っ伏し、直後に寝落ちしてしまったため、目覚ましをセットし忘れていたのだ。

 画面上に流れているテレビ番組が告げているように、部屋に差し込んできたオレンジ色の陽光は、時刻が、〈夕まずめ〉の時間帯である事を仁海に知らしめていたのであった。
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