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第三章 アップデートしてゆこう
第16話 仁海の予約時刻の調整要望
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仁海(ひとみ)の釣具屋の代理店長としての初日は、朝一番に、卸しの釣り船屋さんから、連続で間を置かず予約が入る、という〈いきなりクライマックス〉から始まったのであった。
たしかに、イソメをパックに詰めてゆく、という単純作業ながら、個数を作るというのは、初心者には大変な労働で、合計八〇パックの作成などで、結局、二時間半近くもかかってしまったのである。
しかも、本来、お客さんであるはずの卸しの釣り船屋さんに、蓋置きとゴム掛けを手伝ってもらって、なんとか多少の時間オーバーだけで済ます事ができた始末なのだ。
だが、いつもいつでも、こんな風にうまくゆく保証なんてどこにもない。
例えば、アオのパック詰め作業をしている最中に、小売のお客さんが来店したら、そこで作業を一時中断せざるを得ない。
五時から二〇時まで十五時間も店を開けているのだから、卸しと小売の客対応が被ってしまう可能性は十分にあり得るのだ。
大洗の店にかかってくる電話は全て、ノー・コールで叔父の携帯に転送されるような手続きをしてあるので、全ての卸しの予約注文を受けているのは叔父なのだ。
だから、仁海は、電話を受ける時点で、予約時刻の調整をしてくれるように、叔父に頼む事にした。
二十代の頃から、二十年以上釣具屋をやっている叔父ならば、青八〇パックなんて、あっという間に作り終えてしまうだろうし、ノー・アポで卸しのお客さんが来ても対応できてしまうかもしれない。
だが、これから、実際に、大洗の店を独りでやってゆくのは、この日初めて店に立った仁海なのだ。
そこんとこを考慮して、予約時刻を調整し、少なくとも、予約のお客さんの来店時刻が被らないように調整してもらわなければ、それこそパニックに陥ってしまいかねない。
本当に今朝は、途中で、小売のお客さんが来なかったから、運良く回せたに過ぎないのだ。
「オイちゃん、要するにさ、今のわたしじゃ、一パック一分ってのがせいぜい出せるスピードなのっ! だから、注文を受ける時には、わたしの作業速度を考慮して、予約時刻を調整してもらいたいのっ!」
仁海は、モエビの水替えを終え、御霊前をあげ終えて、仕事と家事が一段落したところで、叔父に電話を入れ、自分の要望を伝えたのだった。
この先も叔父に協力してもらいながらやってゆかねばならないので、遠慮せず、言いたい事を伝えておかないと、後々、一気に仁海に皺寄せが来るに違いないからだ。
「もっと速く作れると思うんだけど」
「それは、オイちゃんの場合はって話でしょっ!
これから、数をこなして慣れてくれば、わたしの速度もあがるかもしれないけれど、いきなり突然、秘めた力が覚醒するなんて事は、少年漫画じゃないんだから、あり得んよね、それっ!」
「ヒトミ、ヲタクさんのくせに、そおゆうトコ、シビアだよな」
「だからこそだよっ! フィクションが好きだからこそ、現実と虚構の区別をキッチリつけてんのっ!
で、話を戻して、かつ、まとめると、今のわたしの技量だと、〈一パック一分〉なので、十分のマージンをとって、五〇パックのお客さんは一時間、三〇パックは四十分で予約を受けてもらいたいのっ!」
「これまでずっと、卸しのお客さんには、オフクロの頃から、それぞれ都合のよい時刻に来てもらってたんだよな。時間調整って完全にこっちの都合だし、なんかお願いしずらいんだよね……」
「たしかに、そうかもしれないけれど、先約があって予約時刻をズラしてもらうのなんて、普通にどこの店でもやってる事だよっ!」
「でも、だけど、これまでの付き合いってものもあるし……」
「オイちゃん、わたしも頑張るけれど、スキルが無くて速く作れないんだし、予約が被ったら、結局、出来上がるまで、後の方を待たせる事になるんだから、予約を受けるオイちゃんが、うまく調整してよ、お願い」
「ぁ、はい、はいっ……」
「わたしも、アオを大量に作る時はタイムアタックをして、安定して速く作れるって自信が確信に変わったら、オイちゃんに、ちゃんと報告するから。その時には、予約時刻の組み方を変更してよ。
〈ホウレンソウ〉はしっかりやるから」
「『ほうれん草』? なんでいきなり、食い物の話になるんだよ」
「……」
自営業を二十年以上ワンマンで経営してきた、勤め人ではない叔父は、ビジネス用語に疎かったりするのだ。
「報告・連絡・相談の頭二文字を取って、〈ホウレンソウ〉っ!」
「へえ」
叔父は得心したようであった。
「それにしても、ヒトミの気が強いところとか、自分の意見をズケズ……、おっと、はっきりした物言いとか、語尾を強く言うとことか、今、海外で仕事している〈イト姉〉にそっくりなんだよな」
「そうなの?」
「そうだよ。電話越しで顔が見えないって事もあるけれど、声も似ているし、なんか、イトコ姉ちゃんに言われているみたいで、つい、萎縮しちゃったもん」
悪戯心がフツフツと湧いてきた仁海は、こう叔父、豪(つよし)に言った。
「ツヨシしっかりしなさいっ!」
「は、はいっ!」
何歳になっても、姉と弟の関係性は変わらないようだ。
もっとも、このセリフを述べたのは、糸子伯母の声音を真似た仁海だったのだが。
たしかに、イソメをパックに詰めてゆく、という単純作業ながら、個数を作るというのは、初心者には大変な労働で、合計八〇パックの作成などで、結局、二時間半近くもかかってしまったのである。
しかも、本来、お客さんであるはずの卸しの釣り船屋さんに、蓋置きとゴム掛けを手伝ってもらって、なんとか多少の時間オーバーだけで済ます事ができた始末なのだ。
だが、いつもいつでも、こんな風にうまくゆく保証なんてどこにもない。
例えば、アオのパック詰め作業をしている最中に、小売のお客さんが来店したら、そこで作業を一時中断せざるを得ない。
五時から二〇時まで十五時間も店を開けているのだから、卸しと小売の客対応が被ってしまう可能性は十分にあり得るのだ。
大洗の店にかかってくる電話は全て、ノー・コールで叔父の携帯に転送されるような手続きをしてあるので、全ての卸しの予約注文を受けているのは叔父なのだ。
だから、仁海は、電話を受ける時点で、予約時刻の調整をしてくれるように、叔父に頼む事にした。
二十代の頃から、二十年以上釣具屋をやっている叔父ならば、青八〇パックなんて、あっという間に作り終えてしまうだろうし、ノー・アポで卸しのお客さんが来ても対応できてしまうかもしれない。
だが、これから、実際に、大洗の店を独りでやってゆくのは、この日初めて店に立った仁海なのだ。
そこんとこを考慮して、予約時刻を調整し、少なくとも、予約のお客さんの来店時刻が被らないように調整してもらわなければ、それこそパニックに陥ってしまいかねない。
本当に今朝は、途中で、小売のお客さんが来なかったから、運良く回せたに過ぎないのだ。
「オイちゃん、要するにさ、今のわたしじゃ、一パック一分ってのがせいぜい出せるスピードなのっ! だから、注文を受ける時には、わたしの作業速度を考慮して、予約時刻を調整してもらいたいのっ!」
仁海は、モエビの水替えを終え、御霊前をあげ終えて、仕事と家事が一段落したところで、叔父に電話を入れ、自分の要望を伝えたのだった。
この先も叔父に協力してもらいながらやってゆかねばならないので、遠慮せず、言いたい事を伝えておかないと、後々、一気に仁海に皺寄せが来るに違いないからだ。
「もっと速く作れると思うんだけど」
「それは、オイちゃんの場合はって話でしょっ!
これから、数をこなして慣れてくれば、わたしの速度もあがるかもしれないけれど、いきなり突然、秘めた力が覚醒するなんて事は、少年漫画じゃないんだから、あり得んよね、それっ!」
「ヒトミ、ヲタクさんのくせに、そおゆうトコ、シビアだよな」
「だからこそだよっ! フィクションが好きだからこそ、現実と虚構の区別をキッチリつけてんのっ!
で、話を戻して、かつ、まとめると、今のわたしの技量だと、〈一パック一分〉なので、十分のマージンをとって、五〇パックのお客さんは一時間、三〇パックは四十分で予約を受けてもらいたいのっ!」
「これまでずっと、卸しのお客さんには、オフクロの頃から、それぞれ都合のよい時刻に来てもらってたんだよな。時間調整って完全にこっちの都合だし、なんかお願いしずらいんだよね……」
「たしかに、そうかもしれないけれど、先約があって予約時刻をズラしてもらうのなんて、普通にどこの店でもやってる事だよっ!」
「でも、だけど、これまでの付き合いってものもあるし……」
「オイちゃん、わたしも頑張るけれど、スキルが無くて速く作れないんだし、予約が被ったら、結局、出来上がるまで、後の方を待たせる事になるんだから、予約を受けるオイちゃんが、うまく調整してよ、お願い」
「ぁ、はい、はいっ……」
「わたしも、アオを大量に作る時はタイムアタックをして、安定して速く作れるって自信が確信に変わったら、オイちゃんに、ちゃんと報告するから。その時には、予約時刻の組み方を変更してよ。
〈ホウレンソウ〉はしっかりやるから」
「『ほうれん草』? なんでいきなり、食い物の話になるんだよ」
「……」
自営業を二十年以上ワンマンで経営してきた、勤め人ではない叔父は、ビジネス用語に疎かったりするのだ。
「報告・連絡・相談の頭二文字を取って、〈ホウレンソウ〉っ!」
「へえ」
叔父は得心したようであった。
「それにしても、ヒトミの気が強いところとか、自分の意見をズケズ……、おっと、はっきりした物言いとか、語尾を強く言うとことか、今、海外で仕事している〈イト姉〉にそっくりなんだよな」
「そうなの?」
「そうだよ。電話越しで顔が見えないって事もあるけれど、声も似ているし、なんか、イトコ姉ちゃんに言われているみたいで、つい、萎縮しちゃったもん」
悪戯心がフツフツと湧いてきた仁海は、こう叔父、豪(つよし)に言った。
「ツヨシしっかりしなさいっ!」
「は、はいっ!」
何歳になっても、姉と弟の関係性は変わらないようだ。
もっとも、このセリフを述べたのは、糸子伯母の声音を真似た仁海だったのだが。
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