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LV1.3 ヲタクREST@RT
第29イヴェ 〈遠征〉は十八とネカフェで
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八月の初めに、渋谷で開催されたライヴから数日たったある日のことである。
「シューニー、ちょっといいかな?」
部屋に入ってきた冬人が、神妙な面持ちで、秋人に相談を持ち掛けてきたのであった。
「改まって、いったい何さ? この頼りになる兄に、何でも訊きたまへへへぇぇぇ」
「実はさ、この前の渋谷ライヴで、僕、〈CI〉ちゃんにはまっちゃって、また、彼女の生歌が聴きたくなっちゃったんだよ」
「んで?」
「そしたらさ、この前のライヴの直後に、延期になっていた春のツアーが今夏に開催される事が告知されていたんだよ」
「ほぅ」
「で、行ける限り、そのツアーを巡ってみようって思っていて、シューニーから、〈遠征〉の仕方を教えてもらいたい分け」
「そうだな……。何はともあれ、まずは、チケットの確保だな。特に、この状況下、会場の収容人数の制限もあるし、チケ取りは気合を入れんとだな」
「その点は大丈夫。もう既に、行こうと思っている会場のチケットは確保済みだから」
冬人によれば、延期の末、この夏に開催される事になったツアーでは、ガイドラインのせいで、売れているチケットの枚数が収容可能人数を越えてしまっている会場に関しては、チケットを全て払い戻しにした上で、改めてチケットを再販したのだそうだ。
その一方で、購入者人数が、ガイドラインの定める人数を下回っている場合には、保有者は、そのままチケットをキープでき、その上で、収容可能な人数分の追加販売が為されたらしい。
そのような運営のチケット再販・追加販売のお陰もあって、冬人は、大阪、福岡、名古屋、岡山、札幌、仙台、そして、東京と巡ってゆく、その〈CI〉さんの夏のツアーのうち、福岡と札幌を除く、五か所をのチケットを既に抑えた、との事であった。
「てか、お前、その五会場、ほんとに行けんの? 予定、大丈夫なん?」
秋人は、素朴な疑問を、弟の冬人に投げ掛けた。
「えっ! 何言ってんの? そもそも、シューニーが僕に言ってた事じゃん」
「なんか、言っていたっけ? 俺」
「こう言っていたよ。『ツアーは、行けるか行けないかってのは問題ではなく、まずはチケットを抑える。それから、なんとか行く方法を考える』って。
僕、シューニーが言っていた、それを実践しただけなんだけれど。
とにかく、今回のツアーは、どこの会場も土日開催だから、予定的には、全く無問題なんだよ」
「チケットは既にあるってのに、それじゃあ、フユ、俺に相談したい事って、いったい何?」
「それなんだけどさ。僕、独りで本州を移動した事がないんだよ。日本で訪れた一番端が東京なくらいだしさ。
つまり、さ。今回のCIちゃんのツアーが初めての遠征で、移動手段について、遠征慣れしているシューニーから、色々とアドヴァイスをもらいたいって話。
そんで、やっぱ、できるだけ移動費を安く抑えたいんだよね」
「オーケー、そういうことね。
まず、言っとく。
そもそも論なんだけど、たとえ、遠方地を訪れるとしても、観光と遠征は、全くの別物だから。
ここ、はき違えちゃだめなとこ。
たしかにさ、時間と金に余裕があるのならば、そりゃ、旅を満喫するのは、もちろんアリなんだけど、観光した結果、肝心の〈現場〉に支障をきたすとしたら、それは、本末転倒ってもんだよ」
「分かったよ」
「でさ、お前ラッキーだな」
「何が」
「今が夏ってことさ」
「ん? どゆこと?」
「それはさ、夏の遠征には、『青春18きっぷ』が使えるからさ」
「なるほど、僕、今、十八歳だしね。
そんな〈十八歳〉限定の切符があるんだ。それは、僕、ラッキーな分けだね」
「ちゃうちゃう。その『青春18きっぷ』ってのは、別に、十八歳以下限定の〈ピンク・チケット〉みたいな、学生向けの切符じゃないの。
『青春18きっぷ』ってのは、ただの名称で、利用者の年齢とは関係ないんだよ。
えっと……。説明するとだな。
これって、夏、冬、春の一定の時期にのみ使える切符で、その有効期間内ならば五回、つまり、任意の五日利用できて、その利用日には、まるまる一日、JRの普通列車が乗り放題になるんだよ」
「一日っ!」
「そう。つまりさ、〈十八〉が使える時期ならば、これこそが最安の移動手段な分け。
現在の価格は、一枚、一万二五〇〇円だから、一日当たり〈二四一〇円〉かな。ちなみにさ、大阪公演って、どこが会場で、スタートって何時?」
冬人は、発券したばかりのチケットを見て、場所と日時を確認した。
「え~~~っと、大阪は梅田で、十五時開場、十六時開演」
「それならば、JRの高田馬場駅まで歩いて、始発列車の山手線に乗って、品川で東海道線に乗れば、大阪には二時頃に着けるから、大阪遠征は〈十八〉移動で、無問題だな」
「えっ、えぇぇぇ~~~! 大阪まで、鈍行列車ぁぁぁ! いったい何時間かかるの?」
「約十時間だよ」
「じゅっ、じゅうじかん!!! 僕、そんなに座ってらんないかも」
「おいおい、遠征ヲタクなら、これくらいは普通だよ。
北は仙台、西は名古屋はあたりまえ。関西も、イヴェントの開始に間に合うのならば、鈍行移動がデフォ。
要するに、二五〇〇円以下で、一日で移動可能な場所には、どこにでも行けるってのに、夏の遠征で〈十八〉を使わない手はないって話さ」
「でも、やっぱ、きっつそうだね」
「あのな。
潤沢な活動資金があり余っているのならば、そりゃあ、新幹線を使えばいいし、なにも、時間がかかる、やっすい方法なんて、わざわざ使わんよ。
早起きしなきゃならない分けだし、さらに、長時間移動は肉体的にも楽じゃない。
つまり、さ。
金がカツカツでも、〈おし〉に逢うために遠征したいヲタクは、いかにすれば、〈遠征〉が可能なのかって事について語ってる分け。
お金が無くても遠征をしたいのならば、時間と体力を対価にして、安さを手に入れなきゃならない分けだから、ブツクサ文句を言うんじゃないよ」
「なんか、ごめん」
「そうは言っても、フユのリアクションは、普通の人、〈一般人〉がする当然の反応なんだよね。
実はさ、自分の知り合いの中には、急に〈最おし〉のイヴェントが入って、時期的に飛行機がめちゃくちゃに高かったんだよね。でも、〈十八〉が使えるタイミングだったので、北海道や九州に、二日かけて鈍行で移動したってツワモノもいるよ。
だから、名古屋、大阪くらいで根をあげていられないって話さ。
その御方、おっしゃっていたよ。『全ては〈おし〉に逢うため』ってさ」
「ほへえぇぇぇ~~~。わかったよ。
それじゃ、ぼく、その〈十八〉での移動を軸に、移動スケジュールを組んでみるよ。
で、宿はどうしたらいいと思う? シューニー」
「旅行サイトで、なるべく安い、カプホやキャビネットを探してみれば。まあ、最悪、安い宿が見付けられなかったら、ネカフェって方法もあるから」
「ヘっ!? カプホ? キャビネット? って何?」
「そっからかよ。
カプホは、カプセルホテルの略で、基本、二段ベッドで、寝るスペースだけが提供されている宿泊施設がカプホ、まさしくカプセルなんだよ。
そんで、キャビネットは、空間がパーテーションで仕切られているだけの施設で、たしかに、カプホに近いんだけれど、上方向にスペースが空いている分、空間的に開放感があるんだよ。俺は、割と、キャビネットが好き」
ちなみに、ネカフェは、ネットカフェな」
「さすがに、ネカフェは知っているよ」
「まあ、上限、一泊、三千円くらいで探してみたら。
その値段ならば、〈十八〉での往復の移動と宿泊代、プラス、メシ代で、一日あたり一万円以内で済むからさ」
「わかった。色々、ありがと。その線で調べてみるよ」
そう兄に告げて、冬人は、秋人の部屋を出て行ったのであった。
「シューニー、ちょっといいかな?」
部屋に入ってきた冬人が、神妙な面持ちで、秋人に相談を持ち掛けてきたのであった。
「改まって、いったい何さ? この頼りになる兄に、何でも訊きたまへへへぇぇぇ」
「実はさ、この前の渋谷ライヴで、僕、〈CI〉ちゃんにはまっちゃって、また、彼女の生歌が聴きたくなっちゃったんだよ」
「んで?」
「そしたらさ、この前のライヴの直後に、延期になっていた春のツアーが今夏に開催される事が告知されていたんだよ」
「ほぅ」
「で、行ける限り、そのツアーを巡ってみようって思っていて、シューニーから、〈遠征〉の仕方を教えてもらいたい分け」
「そうだな……。何はともあれ、まずは、チケットの確保だな。特に、この状況下、会場の収容人数の制限もあるし、チケ取りは気合を入れんとだな」
「その点は大丈夫。もう既に、行こうと思っている会場のチケットは確保済みだから」
冬人によれば、延期の末、この夏に開催される事になったツアーでは、ガイドラインのせいで、売れているチケットの枚数が収容可能人数を越えてしまっている会場に関しては、チケットを全て払い戻しにした上で、改めてチケットを再販したのだそうだ。
その一方で、購入者人数が、ガイドラインの定める人数を下回っている場合には、保有者は、そのままチケットをキープでき、その上で、収容可能な人数分の追加販売が為されたらしい。
そのような運営のチケット再販・追加販売のお陰もあって、冬人は、大阪、福岡、名古屋、岡山、札幌、仙台、そして、東京と巡ってゆく、その〈CI〉さんの夏のツアーのうち、福岡と札幌を除く、五か所をのチケットを既に抑えた、との事であった。
「てか、お前、その五会場、ほんとに行けんの? 予定、大丈夫なん?」
秋人は、素朴な疑問を、弟の冬人に投げ掛けた。
「えっ! 何言ってんの? そもそも、シューニーが僕に言ってた事じゃん」
「なんか、言っていたっけ? 俺」
「こう言っていたよ。『ツアーは、行けるか行けないかってのは問題ではなく、まずはチケットを抑える。それから、なんとか行く方法を考える』って。
僕、シューニーが言っていた、それを実践しただけなんだけれど。
とにかく、今回のツアーは、どこの会場も土日開催だから、予定的には、全く無問題なんだよ」
「チケットは既にあるってのに、それじゃあ、フユ、俺に相談したい事って、いったい何?」
「それなんだけどさ。僕、独りで本州を移動した事がないんだよ。日本で訪れた一番端が東京なくらいだしさ。
つまり、さ。今回のCIちゃんのツアーが初めての遠征で、移動手段について、遠征慣れしているシューニーから、色々とアドヴァイスをもらいたいって話。
そんで、やっぱ、できるだけ移動費を安く抑えたいんだよね」
「オーケー、そういうことね。
まず、言っとく。
そもそも論なんだけど、たとえ、遠方地を訪れるとしても、観光と遠征は、全くの別物だから。
ここ、はき違えちゃだめなとこ。
たしかにさ、時間と金に余裕があるのならば、そりゃ、旅を満喫するのは、もちろんアリなんだけど、観光した結果、肝心の〈現場〉に支障をきたすとしたら、それは、本末転倒ってもんだよ」
「分かったよ」
「でさ、お前ラッキーだな」
「何が」
「今が夏ってことさ」
「ん? どゆこと?」
「それはさ、夏の遠征には、『青春18きっぷ』が使えるからさ」
「なるほど、僕、今、十八歳だしね。
そんな〈十八歳〉限定の切符があるんだ。それは、僕、ラッキーな分けだね」
「ちゃうちゃう。その『青春18きっぷ』ってのは、別に、十八歳以下限定の〈ピンク・チケット〉みたいな、学生向けの切符じゃないの。
『青春18きっぷ』ってのは、ただの名称で、利用者の年齢とは関係ないんだよ。
えっと……。説明するとだな。
これって、夏、冬、春の一定の時期にのみ使える切符で、その有効期間内ならば五回、つまり、任意の五日利用できて、その利用日には、まるまる一日、JRの普通列車が乗り放題になるんだよ」
「一日っ!」
「そう。つまりさ、〈十八〉が使える時期ならば、これこそが最安の移動手段な分け。
現在の価格は、一枚、一万二五〇〇円だから、一日当たり〈二四一〇円〉かな。ちなみにさ、大阪公演って、どこが会場で、スタートって何時?」
冬人は、発券したばかりのチケットを見て、場所と日時を確認した。
「え~~~っと、大阪は梅田で、十五時開場、十六時開演」
「それならば、JRの高田馬場駅まで歩いて、始発列車の山手線に乗って、品川で東海道線に乗れば、大阪には二時頃に着けるから、大阪遠征は〈十八〉移動で、無問題だな」
「えっ、えぇぇぇ~~~! 大阪まで、鈍行列車ぁぁぁ! いったい何時間かかるの?」
「約十時間だよ」
「じゅっ、じゅうじかん!!! 僕、そんなに座ってらんないかも」
「おいおい、遠征ヲタクなら、これくらいは普通だよ。
北は仙台、西は名古屋はあたりまえ。関西も、イヴェントの開始に間に合うのならば、鈍行移動がデフォ。
要するに、二五〇〇円以下で、一日で移動可能な場所には、どこにでも行けるってのに、夏の遠征で〈十八〉を使わない手はないって話さ」
「でも、やっぱ、きっつそうだね」
「あのな。
潤沢な活動資金があり余っているのならば、そりゃあ、新幹線を使えばいいし、なにも、時間がかかる、やっすい方法なんて、わざわざ使わんよ。
早起きしなきゃならない分けだし、さらに、長時間移動は肉体的にも楽じゃない。
つまり、さ。
金がカツカツでも、〈おし〉に逢うために遠征したいヲタクは、いかにすれば、〈遠征〉が可能なのかって事について語ってる分け。
お金が無くても遠征をしたいのならば、時間と体力を対価にして、安さを手に入れなきゃならない分けだから、ブツクサ文句を言うんじゃないよ」
「なんか、ごめん」
「そうは言っても、フユのリアクションは、普通の人、〈一般人〉がする当然の反応なんだよね。
実はさ、自分の知り合いの中には、急に〈最おし〉のイヴェントが入って、時期的に飛行機がめちゃくちゃに高かったんだよね。でも、〈十八〉が使えるタイミングだったので、北海道や九州に、二日かけて鈍行で移動したってツワモノもいるよ。
だから、名古屋、大阪くらいで根をあげていられないって話さ。
その御方、おっしゃっていたよ。『全ては〈おし〉に逢うため』ってさ」
「ほへえぇぇぇ~~~。わかったよ。
それじゃ、ぼく、その〈十八〉での移動を軸に、移動スケジュールを組んでみるよ。
で、宿はどうしたらいいと思う? シューニー」
「旅行サイトで、なるべく安い、カプホやキャビネットを探してみれば。まあ、最悪、安い宿が見付けられなかったら、ネカフェって方法もあるから」
「ヘっ!? カプホ? キャビネット? って何?」
「そっからかよ。
カプホは、カプセルホテルの略で、基本、二段ベッドで、寝るスペースだけが提供されている宿泊施設がカプホ、まさしくカプセルなんだよ。
そんで、キャビネットは、空間がパーテーションで仕切られているだけの施設で、たしかに、カプホに近いんだけれど、上方向にスペースが空いている分、空間的に開放感があるんだよ。俺は、割と、キャビネットが好き」
ちなみに、ネカフェは、ネットカフェな」
「さすがに、ネカフェは知っているよ」
「まあ、上限、一泊、三千円くらいで探してみたら。
その値段ならば、〈十八〉での往復の移動と宿泊代、プラス、メシ代で、一日あたり一万円以内で済むからさ」
「わかった。色々、ありがと。その線で調べてみるよ」
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