僕らのイヴェンター見聞録

隠井迅

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LV1.2 パンデミック下のヲタ活模様

第16イヴェ パラダイム・シフト

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 秋人は、掲示板からファイルを自分のタブレットにダウンロードし、担当講師が書いた資料を読み始めたのであった。

              *

 「パラダイム(paradigm)」とは、一般的な意味では、「範」や「模範」を意味する。
 しかしながら、一九六二年刊行の『科学革命の構造』の中で、著者である科学史家・科学哲学者であるトーマス・クーンが、科学史あるいは科学哲学における特別な用語として「パラダイム」という概念を提唱した。
 クーンは科学史家であるため、この「パラダイム」という概念を、その専門である自然科学という限定された分野のために考え出したのだが、この用語は、提唱者の意図を越えて、本来は適応できないような広い領域にさえ使われるようになり、その結果、数多くの誤った解釈が為されてしまったのである。
 そのため、クーン自身が、一九七〇年上梓の『科学革命の構造』の改訂版の中で、「パラダイム」という用語の撤回を宣言したのだが、それから半世紀を経た二〇二〇年現在、最初の提唱者であるクーンの意図は無視されてしまったかのように、「パラダイム」という語は、今なお、広い領域で使われ続けてしまっている。

 かくして、一般的な意味を獲得した「パラダイム」とは、簡単に言うと、とある時代のとある集団が共通して抱いている物の見方・考え方のことである。

 たとえば、十九世紀的な文学研究のパラダイムは、〈作者研究〉であった。
 つまり、作品を分析することは、それを書いた〈作者〉について知るためのものであった。別の言い方をするのならば、作品の外側にいる作者と、作者にまつわる事象について研究する、いわば〈外在研究〉であったのだ。

 これに対して、二十世紀的な文学研究のパラダイムとは、〈テクスト研究〉である。
 つまり、作品を創作した〈作者〉という存在をいったん括弧に入れて、こう言ってよければ、分析から、作者という作品の外側を徹底的に排除するのだ。そして、作者には作品の作り手という意味が付着しているため、書かれたものを作品ではなく、テクストと称し、その〈テクスト〉それ自体を研究対象とした、いわば、〈内在研究〉であったのだ。

 そして、二十一世紀的な文学研究のパラダイムは、作者よりも、作品寄りの〈内在研究〉に比重がある、という点では、二十世紀のパラダイムである〈テクスト研究〉の延長線上にあるのだが、テクストを、より〈面白く読む〉ためには、二十世紀的な文学研究のパラダイムが排除してきた作品の外側の利用も厭わないという研究方法である。

 まとめてみると、文学研究における〈パラダイム〉は、十九世紀は〈作者〉に関する外在研究、二十世紀は〈テクスト〉に関する内在研究、二十一世紀は、外在と内在が混交した〈作品分析〉に移り変わっていったことが指摘できよう。

 このような、とある時代におけるとある集団の物の見方・考え方の移り変わりこそが、〈パラダイム・シフト〉なのである。

             *

 なるほど、パラダイムの意味も、そして先生の意図も分かった。

 今現在、感染症のパンデミックのせいで、社会は未曾有の危機的状況にあり、いわゆる〈三密禁止〉のスローガンの下、何処かに出掛けることも、そして、誰かに会うことさえ、自粛することが要請されており、その結果、様々な事象や価値観は、その変化を余儀なくされている。
 まさしく、この瞬間、現在進行形で、物の見方・考え方の転換、すなわち、〈パラダイム・シフト〉が起こっているのだ。

 さて、ここまで理解できたところで、レポートでは、具体例として何を取り上げようか?
 やはり、秋人は、自分が最も興味・関心を抱いているアニソン関連のことを取り上げることにした。
 実際問題、〈現場〉が無くなって、演者にも、ヲタクにも、強制的な〈パラダイム・シフト〉が引き起こされているからである。

 そこで、秋人は、提示されたテーマについて、思い付いた事を、思考の赴くままに一気に書き流したのであった。
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