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公爵家の結婚観

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サリエルとガブはクリスが幼少期考案した魔法《魔法の絨毯》で公爵領まであっという間に戻ってきた。
馬車なら急いでも1週間はかかる道のり、まさにひとっ飛びである。



帰郷の挨拶をと、公爵夫妻じいじばあばとクリスを前にやって来て胸のつかえをぶちまけた。

「わたくし、王家に嫁ぐことが公爵家の令嬢として当たり前なことだと知りませんでしたわ。
あのまま王都に居たら王太子の第一王子と婚約してプレコースに通いながら、王子妃教育を受けることになっていたかと思うと居ても立ってもいられず、取る物も取らずに帰って参りました。」

そういうと、真意を図ろうと言う物言う目を向けて祖父母を見た。

「え?」
「まあまあ」
「やっぱり」
三者三様の受け答えに、目で回答を則す。

そんなことを画策しているだろうなぁ、と気がついていたらしいクリスが口を開いた。

「まあ、前々から王家は公爵家の者を王族に迎えたいようだったから。」
クリスが困ったような顔でサリエルから右斜上に目線を反らして答えた。

「それはクリス先生の体験談ですの?」
半眼で表情を無くした顔を向けて、サリエルが聞く。

「ああ、それはそれは執拗に幼き日から迫られて来たよ。」
「どなたに?」

「最初は王太子殿下の妹の第一王女殿下。四つか五つの頃だったか。

うちの長兄が王太子と同級だろう?兄も幼い時から側近候補として度々王宮へ招かれては一緒に勉強したり遊んだりする機会を持たされて。その後次兄と僕も一緒に連れてかれるんだけど、時々王女様も一緒に交じっていたんだ。

ある日、突然王女様が僕に恋したとか言われ、王家から婚約内示の手紙が届けられてね。

僕は王女様のことをなんとも思ってないし、寧ろ王宮に行くのだって嫌々付き合ってたのに、相手が一方的に好意を持ちましたから責任取って即婚約しろ、なんて横暴だろう?なんの責任があるんだよ。

だから、魔法で黒い大きな繭を作ってそこに閉じ籠ったんだ。」

その魔法の話の時、若干得意気になった顔をしたクリスをサリエルの後ろで控えていたガブは見逃さなかった。
(魔法で解決しようなんて考え、サリー様そっくり。自分のオリジナル魔法に得意気な所もそっくり。)

「で、そんな無理矢理に僕の将来を勝手に決めるなら、この繭が羽化した時に僕は呪いの鱗粉を王国中に撒き散らすからね!って父上に言ったんだ。」

「まあ、その魔法、呪いの魔法でしたの?どういった原理で?どんな呪いを王国に撒くおつもりだったのですか?」
サリエルは呪いの魔法の方が気になってしまう。

(サリー様、気になるとこそこですか?いや、そこも気になるけれども。)
ガブは心の中で一人ツッコミを入れていた。

「ああ、それは今度の授業で教えてあげよう。」
クリスが良い笑顔でサリエルに答えた。

(クリス様、呪いを安易に教えてしまって良いのですか?)
ガブの心中ツッコミは止まらない。

「結局、父上が陛下に断りを入れて王女様との婚約話は無くなったんだけど、王太子が家まで押し掛けてきてさー、『うちの妹の何が不服だ』とか『今すぐ撤回を撤回しろ』とかめちゃくちゃなことを言う訳。

それで、僕、もう頭にきちゃって、その場で大きな黒い繭を作って繭の中から叫んだんだ。

『無理矢理僕を結婚させようとするなら、王族の毛根を一本残らず死滅させる呪いを今すぐに発動するからな!』って。

そしたら、頭を庇いながら走って逃げていったよ、アハハ、思い出しても間抜けな姿で笑えるよ。」

「まあ、毛根が死滅する呪い、中々興味がありますわ。次の授業が楽しみです。」
サリエルがニッコリと黒い笑顔を浮かべた。

(サリー様にその魔法はとっても危険な香りがしますよ、クリス様)
ガブのコメカミから冷や汗がツーっと流れた。

「それからも、王太子の側近の姉妹、王妃の姪、王妃の家門の子女と次から次へと送られて来るわけ。プレコースからの貴族学園の5年間はハニートラップを受けない日は無かったな。学食の飲み物には日常的に媚薬が入れられているし、野外活動に行けば僕のテントの中で裸の女生徒が殴りあいをしていたこともあったな。

もうホントばかなことだよ。

そんなことをする人の中から婚約者を選ぶはずもないのに。
で、どうしてもハニトラが上手くいかなくて、次は魔術師団へ入れ入れと勧誘という名の強制に変わった訳。

それは卒業を間近に控えた頃だったかな。
その魔術師団への勧誘してくるのが、所謂そっち系の美男子やら筋肉マッチョなイケメンやらで。
どうやら、僕の趣味の嗜好が女性ではなく、男性だって思ったのだろうね、ハハ・・」
クリスは遠い目をして冷たい乾いた笑い声をあげた。

「僕に失敗したから次はサリエルだと思ったんだよ。」

「でも、ではなぜ他の公爵家の者との縁を結ばないのです?ウィリアムお兄様でもヘンリーお兄様でもよろしかったのでは?お二人ともどうやら王家からの打診では無く恋愛結婚のようですが。そうそう、うちの両親だって恋愛結婚だったと記憶しておりますが。」
サリエルが不思議そうに首を傾げて聞いた。

「ああ、僕以外の兄たちは貴族学園で知り合ったご令嬢と結婚しているからね。
まあ、王家というか王妃様が決めた者を王家に取り込みたいって意図は感じるな。
王太子はその意図通りに動いているのだろうね。」
クリスはチラリと公爵夫人に目をやり、そう言った。

「まあ、国王陛下ではなくて、王妃様のご意向?おかしくないですか?」
訳がわからんとサリエルはムーっと膨れっ面になった。


「ねえ、クリス。そんなに苦労していたなんて私ちっとも知らなかったわ、ごめんなさいね。
サリーのいう通り、小公爵むすこのジョージだって、貴族学園で知り合った夫人よめのサラと恋愛結婚しているというのに、なぜあなたたちには強制するのかしら?」

黙って聞いていた、お祖母様が口を開いた。

「ああ、我が公爵家は《自分の伴侶は自分で見つけろ》で代々やって来たのにどうしたんだろうな。」
お祖父様も難しい顔をして首を捻っている。

「え?公爵家ってそういう価値観でしたの?初めて聞きましたわ。」
初めて聞く家訓にサリエルが聞き返す。

「そうだよ、初代の王弟アーサーだってそれで臣籍降下したんだから。」
当然とばかりにお祖父様が答える。

「あら、サリーが知らないなんて珍しい。その孫のセスリーだって王族の婚約打診を断って、一介の魔術師と結婚して、相手は後に伯爵位を賜ったけれども。」
お祖母様がまた自然に爆弾を落とす。

「まあまあ、セスリー女史ってうちの家門の出でしたの?でも歴史書にはそんなことちっとも書いてなかったわ。」
「ああ、それはね、王家の恥部だからね、隠してあるんだよ。嘘を書いているんではなくて、なにも書かないことにしたんだ。だから表向きは誰も知らないことになってる。そうは言っても、知る人も間々居るんだけどね。」
そうクリスが訳知り顔で言った。

王家と幼い時に無理矢理誓約魔法で婚約を結ばされたセスリーだったが、成長していくうちに婚約者の王子より魔力量が多くなったことで、誓約魔法を一方的に解除して、出奔してしまう。
後を追った魔術師と道中恋仲になり、平民として結婚してよその国でくらしていた。
しかしある年、王国が他国から進撃を受けて危機的状況になっているのを知ると、帰国して大魔法使いとして戦い、トーホー王国を勝利に導いた。

その時に、王家が謝罪と爵位の授与を行ったので夫と共に帰国した、と言う話らしかった。

「その時に無理矢理婚約させても魔法使いは従わないからと、《自分の伴侶は自分で見つける》ってことになったんだよ。うちの家門では嫌がる者に強引に押し付けて政略結婚をした者は居ないんだよ。」
そう言ってお祖父様は朗らかに笑った。

「ではなぜ、クリス先生とわたくしには強要しますの?納得できないわ。」
「サリーは王家が嫌い?」
クリスが直球で不敬なことを口にする。

「ええ、だってその身分に見合うわないもの。

そうそう、お祖父様、王都の治安がひどく悪化しているのはなぜですの?大通りにすごい数の浮浪者や孤児が物ごいをしておりましたわ。

飢饉や疫病が流行っている訳でもないのに、平民の生活が著しく低下しておりました。
ここ公爵領では全くそんな傾向が見られていませんのに。
どうして王都だけそうなのかしら?そういった事を王家が率先して是正するのが仕事では?

それもせず、勝手に人の結婚を命じるだなんて、義務を果たさず権利だけ振りかざすとか受け入れられないわ。」
サリエルが大批判を繰り返す。

「ん?なに、そんなに治安が悪くなっているのか。それは見過ごせんな、少しこちらでも調べよう。」

「ねえ、サリー。サリーは王家に無理矢理嫁ぐことになったらどうするの?」
お祖母様がいたずらっ子の顔を向けて聞いてきた。

「正直にお答えしても?」
「ええ、モチロン。」
「わたくし、このトーホー王国に、貴族に未練がありませんの。ここではない何処かへ行ってみたいわ。」
サリエルはそう言って、視線をさ迷わせた。

「そう、なら、あなた。準備なさい。」
お祖母様がサリエルにウィンクをしてそう言った。

「え?」
その発言に驚いて、サリエルは聞き返した。

「だって、あなた貴族が嫌だって言ったって身の回りの事一人ではなにも出来ないでしょ?それが出きるようにならないと、どこへも行けないわ。いや、行くことは出来ても暮らせないでしょうね。

だから、これからプレに通わないのなら、自分一人で暮らせるように努力なさい。
まずはこの公爵の館を出て、公爵領地内のどこでも好きなところで暮らしてみなさい。
その生活費も稼いで、家も借りるのよ。そうしてしたいことに向けて準備しておくのよ。

そうそう、ついでだからクリス。あなたはどうするか決まった?
サリーがここを出たら、あなたの仕事も無くなってしまうわよ。
あなたも、もうそろそろ身の振り方を決めなさい。
を気にすることは無いわよ、それは私達がキチンとしますから。」

お祖母様はとっても素敵な笑顔でそう、サリエルに告げたのだった。

サリエルは、祖父母の元を退出してしばらくぶりの自室へと戻った。

「ねえ、ガブ。さっきのお祖母様のお話っていつからかしら?」
「いつからでも良いのでは?」

「じゃあ、出きるだけ早く行動するには、どうしたらいいのかしら?」

「サリー様、そこから考えるのが必要だと思いますよ。ちなみに、家を借りたり食事をしたりするにはお金が必要になりますよ。」

「おかね、お金。お金を払って物を買うのよね、お金はどうやって稼ぐのかしら?
ああ、それを考えるところから始めなければいけないのね、わたくし考えてみるわ。
ありがとう、ガブ。わたくし、頑張れそうよ。」

そうして、サリエルは瞳をボーボーと燃えさせて熱く宣言したのだった。


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