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西野低気圧

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第1章「出会ったのはおそらく偶然」

Ⅲ.

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「はぁァァッ!」
 女の変身した「ヒーロー」が繰り出したパンチは化け物の太い右腕を弾き飛ばした。見るからに威力は高い。女の戦法は素早く、まるでボクシングの選手のようだった。フェイントを入れながら左右に体重を動かし、全身を使って拳を突き出している。体が大きい分化け物の方が小回りがきいていなかった。
 よく見ると、化け物は力任せに暴れているだけのようで、女の攻撃をほぼ全てまともに食らっていた。しかし耐久力が恐ろしく、傷付いても倒れる素振りすら見せない。
 ナオアツはこの現状にただ傍観しているしかなかった。少しでも前に出れば死ぬ。その思いだけが強くあって、今度はどうしても体が動かない。
 しかし素人目から見ても、戦況は明らかに女が優勢だった。このまま助かるという不確かな安心に胸を包まれて、ナオアツは思考を停止していた。
 「ヒーロー」が放ったカーブパンチが化け物の脇腹部分にヒットする。今まで耐え忍んでいたのだが、ついに巨体が衝撃に流されて揺れる。女はもちろん、その隙を逃さなかった。ほんの一瞬で懐に潜り込む。狙いはアッパー。
「ああああァァアああッッ!!」
 絶叫が響いて、戦いは幕を閉じた。

 と思ったのだが。
 拳が吹き上がる直前に、女の装甲に亀裂が走った。青白い閃光が飛び交い、そのまま銀色のプレートが崩れ落ちていく。ショートしているように火花が散っていた。
「くあぁァァッ!」
 電流なのか何なのかは分からないが、その痛みや苦しみに耐えきれず女の身体は動きを止めた。
 そして、まるでその時を待っていたかのように、化け物の薙ぎ払いが女を吹き飛ばす。すべての装甲が解かれ、『ベルト』が腰から弾かれた。彼女は背中からコンクリート塀に着弾してしまう。相当な深手を負ったに違いない。
「ぁァあ、……クソ……もう“抵抗力”が、足りない……ッッ」
 化け物は勝ち誇ったように咆哮する。ビリッと伝わってくる振動が内臓の痛みを加速させた。血でも吐きそうだ。ヤツはその巨体を引きずりながら女へと近付いていく。
 ナオアツは驚愕するしかなかった。このままではあの女性はやられてしまう。

 そんなときに目の前に転がってきたのは、あの『ベルト』だった。

 逃げなければという生存本能と、助けなければという義務感がせめぎ合い、ナオアツは無理矢理に立ち上がって、ほぼ無意識にそれを手に取った。
「……な、にを……ッ?」
 女が不審そうにこちらを見やった。その気配に気付いたのか化け物も目線を動かす。もはやボールほどもありそうな眼球で睨んでいた。
「ッ……やめてッ!! それ、は……はァ、普通の人じゃッ、使えないッ!!」
 ナオアツはふらつく身体を何とかして保ちながら息を吸う。胸は痛い。でもそれ以上に、理由もない使命感に駆られていた。恐怖心も、今は無い。
「リリーストからッ、逃げてェッ!!!」
 『ベルト』を、腹に押し当てた。
「あッァァッ!!」
 痛い。さっきの比じゃあない。めちゃくちゃに痛い。何かが入り込むように、異物が無理矢理腹をこじ開けているみたいな感覚。不快感が募って、吐き気が急速にこみあげてきた。脳が揺れていて、いまいち意識がはっきりしない。
 ふっと影が落ちる。ナオアツの目の前にまで接近した化け物は、その掌を振りかざしていた。それはまさに、“死”の権化。

「に、たく、ない」
 零れ落ちる。
「たくない、いやだ、まだだ、いやだ、ない」
 溢れ出る。
「死にたくない」
 明確なまでの、“死”への抵抗。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」
 もう、止まらない。
「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!!!!!!!!」

 ナオアツの身体が熱を帯びだす。痛みが引いていき、冷たい湖に入ったみたいに頭が冴えていく。四肢が震える。化け物の掌ははもう目前に迫っていた。
「あああアああアアああアァぁぁァぁァァぁぁ!!!」
 近付く攻撃に抵抗するように、『ベルト』の表面のサークルが、真っ白に発光した。



 〈Are you RESIST ?〉


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